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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
25/50

緊急につき

 カタルナの耽溺、その樹林の中に再び人の足音がこだましていく。

 片方はひたすらに急ぎ足。慣れた足運びで凹凸のある地形であっても早さを抑えることなくどんどんと前へ進み、そればかりか更に速度を上げていっている。

 何か急ぐべき理由があるのか、その足音には一切の迷いがない。


 「はぁ・・・はぁ・・っ・・・!」


 その後方、追随する音が一つ。

 こちらも頑張って急いでいるようではあるが、木々の根に、地面の凹みに、茫々と伸び揃った野草が足に絡まり思うように歩けていない。

 喘ぐように口端から漏れる吐息は一層激しく、呼吸さえも満足には出来ていないようだ。

 前を行く男と比べて明らかに土地勘の無さを感じさる足音が響いていた。


 「はぁ・・・もう・・っ・・・・はやいって・・・っ!」

 

 息も絶え絶えになりながらもレノへの文句が口をつく。

 森を行く二人の内、後方を行く者であるカザリは悪路に四苦八苦しながらもレノに置いて行かれないようにと足を進める。

 何てったって、こちらがいくら「待って!」と叫んでも止まる気配すらないのだ。先を行くレノ・クラフトはそれ程までに、周囲を見る余裕がない。油断したならば、どっちに行けば見当もつかない森の中で孤立する未来が待っている。

 そして、それ即ち死である事をカザリは知っている。よって、


 「あぁ・・・もう・・っ」


 カザリは頑張って姿の遠くなっていくレノを追いかける。

 再び足を踏み入れた森の中は先と同じで濃い緑の香りが充満し、上がった呼吸も相まって一層息苦しさを感じてしまう。

 決して慣れる類のものではないな、と心から思うカザリである。


 (・・・あの鳥笛? ・・の音を聞いてから急に移動を始めたけど)


 その音が響いた直後に『緊急事態の報せだ』とレノは言っていた。

 その緊急事態にあたる出来事というのは全く想像の外ではあるのだけれど、いくら考えも見積もったとしても「え、今以上に危険な状況? ははははっ、ムリムリ~!」というのが本音だ。今、まさに歩いている樹林の中でさえも危険は身近に潜んでいる。それが命に関わるものであるという事も、平穏な村育ちのカザリにも分かってしまう。


 (・・・・それが・・・何で音の方に向かってるの?)


 さっきからも断続して甲高い鳥の声に似せた音が聞こえてきている。

 レノが迷いなく進んでいく方向も、確認する必要もなく音源の方だ。


 (・・もう胃が痛くなってきた)


 一体何が待っているのか。

 詳しい説明がなされていない事が余計に妄想を掻き立てる。

 掻き立てられる妄想は、最悪の未来ばかりだ。


 「・・・・はぁ・・っ・・・」


 息切れなのか、ため息なのか。

 自分でも判断がつかない混沌とした内心に目を向けるのを諦めて、真っすぐ見据えた視線の奥の奥。

 姿が小さくなったレノが光の射す中へと消えていくのが見えた。

 目的地はどうやらそこであるらしい。


 「・・・・・・・・・・・。」


 木々の終わり。

 草葉の香りが薄れて、人体が植物に置き換わる幻視が見えなくなる、その間際にカザリは立つ。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 そこを超えれば厄介ごとが待っている。分かってはいるのに避けては通れないらしい。

 いつぞや自分がレノに対して言い放った言葉そのままだ。

 山びこじゃないんだから律儀に帰ってくることもないだろう、とは思ってしまうカザリである。


 「・・・・待ってるだけじゃダメだよね」


 独り言のように呟いて、覚悟する。

 未だに納得がいっていないいえれど、このまま佇んでいても最悪は置いてけぼりをくらってしまうかもしれない。その危機感には流石に逆らいようがない・・・ので。


 「・・・・・っ!」


 カザリは一息、深々被ったフードも取り払って光の下へと飛び出して、


 「・・・・・・・え?」


 ―――根元から千切れた木々が、地面に転がる場所へと辿り着いた。


                    ▽▽▽


 そうして、レノ・クラフトは横たわった木の幹を足蹴にして渡っていく―――。

 足裏に伝わる確かな感触を踏みしめて行くは、横倒しになって積みあがってしまった木々の道だ。

 ここ一帯にかけて並び立っていた其れらは、無残にも根から切り離され、子どもじみた雑多さでもって積み上げられてしまっている。

 この周辺を覆いつくすほどに密集していたからだろう。積みあがった木々はちょっとした小山を作るにまでなっていた。お陰で周囲は大きく開けており、見上げれば清々しいまでの青空が広がって、胸をすく清涼とした風がカタルナの耽溺の内部に流れ込んできていた。

 

 (あっちからか・・・)


 積みあがった木の山を慎重に上りながら、レノは木々が散乱し始めている方へと目をやった。

 視認できるぎりぎり、耽溺の手前くらいから木が蹴散らされ始めているのが見えた。その地点からほぼ真っすぐに、痕跡というには派手過ぎる跡が続いてきている。

 見ようによっては獣道に見えなくもない道筋に、人力では半日掛かりで切り倒す木を雑多になぎ倒す有様。

 何があったのかはレノの知る所ではない。が、嫌な予感を後付けするように、残された痕跡は一つの結論をレノの内に結び付けてきた。

 ・・・こうして倒木の上を登っているのが処刑台への道行にしか思えない。


 「・・・・。」


 そして、登りきった先に人影を見つけた。

 筋骨隆々とした後ろ姿に安堵を覚えながら、


 「ジルバ、何があった?」


 鳥笛を首にかけた男、ジルバ・ウェルナーに問いかけた。

 ジルバは「先生」とだけ言って振り返り、何かを言おうとして、


 「・・・・・・・・・。」


 何故だか迷うそぶりを見せた。


 「・・・何が、あった・・?」


 「・・いや、どう説明しようと思っただけで」


 彼らしくない慎重な言葉選びに、一段と嫌な予感が膨れ上がる。

 その予感を的中させるようにジルバは「これを見て下さい」と彼の立つ小山の頂上に視線を移した。


 「・・・・・・。」


 レノは示された所へと視線を落として、

 

 「・・・・・・・・・・・・・。」


 しばし硬直した後に、ポツリと


 「・・・全班に遠征中止を伝令したよな」


 「はい」


 「・・その返答はなんて来てる」


 「それは今―――」


 そこまで言ってジルバが言葉を切る。レノもそれに倣って口を噤むと遠くから甲高い笛の音が聞こえてきた。


 「短く五回・・・もう既に全班が帰路に着いているようですね」


 「迅速で何より」


 求めた問いの答えがすぐに届けられ・・・しかし、逆に憂慮を深めるように頭痛を覚えるレノは苦々しい顔をして、


 「これ、どうしたもんかな・・・」


 小山の頂上。

 積みあがった木々の山を、真上から踏みつけて出来た大穴が覗いて見えていた。

 人間一人が横たわっても余裕があるくらいの横幅に、井戸でも掘っているのかと思える深さ。そこから測られるのは、圧倒的な自重と膂力。

 丈夫な幹をへし曲げて、所々に抉れた跡が見れる事から鋭い爪も有していると分かった。

 ・・・が、分かるのはそれだけだ。


 「どれも今まで確認できた生物と異なっている・・・」


 カタルナの耽溺に生える頑強な木々を雑に薙ぎ払えてしまう巨体、倒された木に付けられた円弧を描く爪痕。

 レノが長年を費やして綴ってきた生物名鑑に、それらが該当する生物は記載がない。

 類似するものがあるが、明らかに予測される大きさと見合っていない。

 だとすれば、と。


 「・・・変異体、かなぁ」


 「そうなると確認されるのは十年ぶりですか」


 「想像したくはないけどな」


 変異体とは、その種が有する遺伝的性質からもかけ離れた特性を発現した個体を言う。

 体の巨大化は言うに及ばず、皮膚細胞の変色、新たな臓器を得る、骨格から変形し翼を持つようになったモノもおり、レノの知る範囲では例外なく、森の厳強な規律でさえも壊してしまう強力な性質を有していた。

 はっきりと、バケモノと呼ぶにふさわしい在り方であったと言える程で、


 「・・・・・・・。」


 目下、そんな恐ろしい生き物がこの辺りを徘徊しているらしい、と。


 「・・・・・夢であってくれたならなぁ」


 「そうも言ってられないでしょう」


 現実逃避気味のレノに、見た目通りに厳めしく嗜めてくるジルバ。

 

 「遠征を中止し、現在は全員が帰宅の途に着いている。 しかし、この生物がいつ我々を見つけて襲ってきても可笑しくない状況なんです」


 「相変わらず手厳しいなジルバは・・・」


 目を反らしたい事実を容赦なく突き付けてくる筋肉男に「言ってみただけだ」と手を上げて降参を示し、


 「次善が叶ったのなら、その次を。 犠牲が出る前に危機を察知できたんだ。 その次―――森をこの有様にした正体を明らかにする必要があるって事だろ?」


 「はい、正にそれです」


 真面目ったらしくジルバは頷き、それに倣うようにレノも大いに頷いて・・・盛大にため息を吐いた。


 「・・・何故ため息?」


 「そりゃお前なぁ」


 そう言いながらもう一度ため息を吐き、呆れ半分にレノは言う。


 「今、この場で『危険生物の正体を確かめましょう!』って言ったら誰がすると思ってるんだ?」


 「? 俺たちじゃないんですか?」


 「そう! オレたちしかいない。 帰宅命令を出したお前に、状況確認に来たオレの二人。 どんな理屈を捏ねようが他の人員を巻き込む道理が全くない・・・・それで喜べって方がどうかしてるだろ」


 二人きりで冬の雪山登頂、または仲良く滝つぼ飛び込み。この際、どちらが危険度的に近いかは置いておくとして、やろうとしている事はこれらの無茶とまるで遜色ないのが問題なのだ。

 

 「あの・・・これから危険地帯に飛び込もうって時に余分な人員が居る方が困るじゃないですか」


 「いやまぁそうんだがな・・・」


 そも論点はそこじゃないんだ、と。

 レノが言うよりも早く、


 「第一に、もしもの事態があったとしても犠牲は二人で済みます。 運が良ければ片方は逃げられるかもしれませんし。 決死行にこれ以上の効率はないと思いますが」


 「・・・・・・・・・・・。」


 決死行って言っちまってるじゃねぇかよ、とは軽口でも言えなかった。


 「・・・・・てか、そう考えるならお前も」


 「発見者は俺です。 事態を知る身としては責任を果たさなければならないでしょう?」


 「・・・正ニ、ソウデスネ」


 ちなみに、その教えの元はレノである。さもありなん。


 「――では、話もまとまった所で・・・お?」


 「・・・ん?」


 話を終えようとした所でジルバが後ろに振り返った。

 何事かとレノが覗き込むと、ジルバの袖口が白い手に捕まっていた。一瞬、ぎょっと体を硬くしたレノは「・・あれ?」と村人らしからぬ綺麗な手を見て、どこで見たかと掠れた記憶をさかのぼり、


 「・・・やっと思い出したんですか」


 その声で忘れていたものを完全に思い出した。


 「・・・・・・・・・・・・・・・よく、追いついて来たな」


 引きつった顔で、同じく積みあがった木の上を歩いて来たらしいカザリにレノは返答するのだった。


                    ▽▽▽


 そうして、下段にいたカザリはジルバによって引き上げられて、


 「それで・・?」


 真っすぐに、怨嗟籠った視線をレノへとギンっと向けた。

 

 「毎回、私の存在を忘れてしまうのは持病の一種なんですか・・・?」


 「あぁいや・・・・違うんだ」


 「何が違うんですか」


 間髪入れずに問うてくるカザリの眼光が煌めく。晒されるレノは喉元を引き絞るような感覚を味わいながら、


 「・・・記憶に・・・・・・残りずらいというか」


 「それは存在感が皆無だってことですか!?!?」


 ふざけてんのかぁ!!! とでも言わんばかりに怒気を荒げる声に、レノは「いやいやいやいや・・・」と消え入りそうになる声で返す。


 「そういう意味じゃなくてだな・・・純粋に記憶に留めて置くのが困難というか」


 「覚えておくのも億劫とかそういう意味で言ってます・・・!?」


 火の鎮火を求めて、逆に油を並々と注ぐ。

 愚行の塗り重ねに一番近くで見ていたジルバも「うわっ・・・」と引き気味の声を上げる。

 怒りのボルテージが上がりっぱなしのカザリを前に、レノは『落ち着かなければ』と一息、深く息を吸う。このままでは先の関係がすぐにでも破綻しかねない所にあるのだと冷静に判断、続く言葉を慎重に吟味して、


 「カザリ」


 態度からも真剣みが伝わるように、レノは真っすぐにカザリを見据える。

 そして、一言。


 「すまん・・・・」


 そう、言った。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 レノの前、カザリとジルバは無言で―――しかし、二人は示し合わせたように同時に「ふっ」と息を吐き、


 「ふっっざけんな! こんにゃろうぉぉぉぉ!!!」


 「先生! あんた何でよりにもよって最悪な言い方をするんだよ!」


 猫を思わせる俊敏さでレノを肉薄戦と迫るカザリに、それを阻止すべく背後から羽交い絞めにするジルバ、の図が完成してしまった。


 「誠意を込めて謝罪したじゃないか・・・」


 手のつけようが無くなった状況を前に、理解できぬとレノは呟くだけだった。

何とか今月も出せました。

日に日に本職の方が忙しくなっていって、執筆の方も上手くいっていません。

が、流石にそろそろ終わりまでを書きたいと思う所です。


よろしくお願いします。

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