森にて語る
「これ・・じゃない・・・」
カタルナの耽溺。
そう呼ばれる地区へと踏み入り、その中心部にたどり着いてカザリは左手に黄色く色あせた紙を持って、一面びっしりと生えそろった草々と見比べていた。
その時代を感じさせる用紙には虫の触角を伸ばしたみたいな花弁を持つ花が描かれており、端々にはどのような場所を好んで生えてくるか等の情報が書き込まれている。その他に当時に発見できた具体的な場所やその時の天候、果てには『諦めるな』などとエールめいた言葉までもが記載されていた。
そして、黄色く色落ちした紙にはシュメイラン、と消えかけてしまっている花の名も見られた。
「・・・・これでもない」
そんな用紙を片手に、四つん這いで地面と向き合って二時間。
すっかり昼食の時間を過ぎ去って、空腹が一周して落ち着いてきてしまった頃に、
「・・・・・・・・・もう、見つかんないんじゃない・・・?」
何だかカザリは疲れ切っていた。
▽▽▽
「みーつかんないよぉ・・・・」
カタルナの耽溺、その中心部に位置するぽっかりと空が臨める泉の付近。
爽やかな青空の下、間延びする声が響いた。
その声の主であるカザリ・キリシアは伸びきった声に即するように、足を緑の生えそろった地面に投げ出し後ろ手に体を支えて、ほとんど体を横たえているような姿勢になっていた。ついさっきまで地面に膝を付き四つん這いになってまで件の薬草を探していたのだが、遂に限界が来たと体を伸ばしたという訳だ。
「・・・・・・いい、かぜ」
カザリの髪がそれに誘われて流れる。ふわりと遊ばれて頬に掛かってきた一房を指で掬い上げて、浮かぶ汗もさらってくれそうな涼やかさに目を閉じた。
聞こえてくるのは、そよぐ風と薬草を引き抜く少しの断切音。
すぐ近くから聞こえるのはレノのもの。
遠く離れているのは、こちらも同じく薬草の収集をする村の人たちだ。
薄目を開けて、その方へ目を向けると、
「・・・・ずっと休みなしで動いてる、よね・・・」
泉を挟んで向こう岸。
黙々と作業を続けている人々が目に入る。
カザリとレノのように二人組で野草を刈り取り、小さな木箱にそれぞれ詰め込んでいく。慣れた手さばきで進められる作業の様子は、遠目からでも彼らがどれだけ熟達しているかが見て取れた。
「・・・・・。」
ちょっぴりと・・・本当にちょっぴりと、カザリは罪悪感を覚える。
少しだけ休憩のつもりなんです・・だから許して下さい、と。
薄目を開いていた目を閉じて、柔く吹いてくれる風に身を任せることにした。
木々の合間を縫って歩いていた時とは考えられない程に心地の良い風。前もってこの場所が危険だと教えられていなかったら、背中も投げ出して昼寝でも洒落こもうかと思ってしまう。
いや、メテリアの森の中であれば間違いなくそうしていた。そして、暗くなるまで寝こけて、捜索隊を出して探されるまでがセットになっていたはずだ。
それで祖母は相変わらずな私を怒ってくれて―――。
「・・・・・・・・・いけない」
首を振って頭から思い出したことを追い出す。
せっかく休んでいるのに、自分を痛めつけてくる記憶を思い出してしまっても仕方が無い。
特に、
「何が『いけない』なんだ?」
気遣いの出来ない誰かしらがいる時には。
「・・・・なんでもないです」
独り言を聞かれてしまった気恥ずかしさと、自分への迂闊さに後悔しながら、ふいっ、と視線を外して適当に言葉を返す。
そうした言外の言葉を、怒っている時にこそカザリが多用する癖があることを分かるようになってきたレノは「はぁ・・」と、辟易した様子を隠すことなく大きくため息を吐いて、
「なんでもないって言うなら、そろそろ仕事に戻ってもらえませんかね? もうすぐ他の班と合流する時間になっちまうんだから」
「・・・足腰が疲れたので休んでるだけですー。 少しくらいは問題ないじゃないですか」
「そう言ってもう十分くらいは経つだろ。 休憩っていう割には長くないかぁ?」
「そもそも私を連れてきたのは人数合わせだから人手としては期待してないって言ってませんでしたっけぇ??」
ぎりぎりぎりぎり、と言い合いのうちに睨み合う形となる二人。
が、それは長続きするはずもなく、
「「はぁぁ・・・・・」」
どちらともなく脱力し、盛大にため息を吐いた。
「・・・お前は本当に強情だよな。 この遠征だって強制しての事でもなし、お前の自由意思に則って参加したんだろ?」
「『この村にいつまで居るかは知らないが、来年の事を見越して参加してみるのもいいと思うぞ』とか脅迫しておいて何をぬけぬけと言ってるんですか」
鋭い視線で返してくるカザリ、その納得がいかないといった風の様子に「おいおい」とレノは肩をすくめて、
「あくまであれは提案の一つにすぎないさ。 今はどうか知らないが、もし来年度もエリィナ村にいるつもりなら色々と仕事を覚えてもらった方がいいだろう?」
「それ、私には拒否権はないとかって話をした上で言ってるなら強制以外の何と捉えればいいんですか? そんなんだから村の人に嫌われるんですよ」
「はっ、言ってろ。 あれはなオレとあいつ等にしか分かりえない絆というものだ。 照れ隠しだって見てれば分かる―――」
「・・・・・・・うわぁ・・」
「・・・・なにその呆れ顔・・」
耐えがたい誇大妄想に思わず顔が歪むカザリ、その様子を見て「何かまずい物でも口に入ったか・・?」と割と真面目に心配するレノ。
互いに正面で見合っているのに、幸か不幸か思っている事は伝わらない。
その滑稽さを一方的に知る所のカザリは、何を言うでもなく更に顔をしかめるしかなかった。
「・・・・・・・・・・。」
どこか既視感のある表情を浮かべるカザリを前にして、レノは集めた薬草の入った木箱の蓋を静かに閉め、背負った籠へと詰め込んだ。
そして、両手を掲げ「分かった、分かりました」と、
「・・・・お前を遠征に連れて来たのはオレの意向だよ」
呆れ顔をどう受け取ったのか。
‘村人に嫌われている’に掛かっているとは梅雨とも思わない徹底した盲目加減で。
半ば分かりきっていた、遠征へカザリを故意に連れ出した事を白状した。
「・・・今更言われましても」
「いやだって、いい加減白状しろみたいな顔をしてるから・・・」
全くそんな意図はありません、あなたが他人との関係性に無頓着なのに呆れてただけです、と。
目の前で否定してやりたい感情が沸き上がった―――が、それもさらりと笑って流されるだけだろうと察してカザリは口を噤んだ。
カザリが黙った一方で、レノは短く息を吐きカザリに倣うように足を伸ばして楽な姿勢になって、
「カザリ、魔法について興味はあるか?」
「―――――は?」
カザリの血の巡りが一瞬で早くなるような事を聞いてきた。
「あぁ、やっぱり怒るのな―――待て待て、悪かったって。 確認のつもりだったんだ、今回ばかりは悪意を持っての質問じゃない」
噤んだ口元をわなわなと震わせるカザリに、レノは口先ばかりの言葉で謝罪する。
その態度に、一度しっかりと自分の意思を伝えるべきかと考えるカザリは一杯に息を吸い込んで・・・そこに「待て待て!」とレノが声を上げる。
「ここで大きな声を出そうとするな、何が寄ってくるか分らんぞ! ・・・悪かった、謝罪する」
「ふん・・・」
勢いよく頭を下げるレノに、まだ怒りが収まらないとそっぽを向く。
「・・・・分かった事だけど、本当に極端な拒否反応だよな」
「あなたが頓着なさすぎなだけじゃないですか」
「・・・仕方ないだろ。 もう七十年あまりは外へ出ていないんだから」
「―――――――。」
「あぁ、悪かったって・・! 言わない、もう言わないから!」
はぁ、と堪らずレノからため息が漏れる。
カザリは当然、とんでもない形相で睨んだかと思えば、また視線をあらぬ方へと向けてしまい、
「魔法の事は置いておくとして・・・・」
背を向けているカザリを見ながら、
「エリィナ村についての話をしようか」
「・・・・・・・。」
振り返らず―――しかし、ピクッと肩が揺れるのを見たレノは「ようやく本題に入れる・・」と曖昧に笑うしかなかった。
お久しぶりです・・・。
また随分と期間が空いてしまいました。
もう明けてしまいましたが、今年もよろしくお願いします。
・・・まぁ、一応言い訳をとさせてもらいますと、とあるゲームにかまけていたのですが。
喜劇というか、不運というか。そのシナリオに関して盛大に地雷を踏んでしまいまして・・・。
えぇ、伝わらないで欲しいのですが色々ありまして。柄にもなく二次小説を書いていました。
まぁ、そちらは出す予定もなくなってしまったのですけど。
そんな感じです、はい。
そんなこんなで、いつもの事になってしまいましたが。
また、よろしくお願いします。
・・・今年には完結させたいです。




