逃走
―――予感とは、頭の中を擦る不快な感触がする。
「・・・・。」
刹那に走り廻って、ただ一瞬の違和感で完結してしまっているのに、忘れがたい爪痕になる。
「・・・・・・・。」
無視してしまえればいいのだろうが、その不快感を消し去るためには従わざるを得ない。
何かがズレる。
嚙み合わなくなる。
どこか致命的なところで、掛け違ってしまう。
「・・・・・・・・・・。」
それを誰もいない医療ベッドを見て、レノ・クラフトは心底、嫌になるほどに実感してしまうのであった。
「・・・・・・・・・・・・・・・はっ・・」
それだけの音を残して、部屋からは誰も居なくなる。
誰もいないから匂いも、温度も機能しなくなる。
残されたのは虚しさだけ。何もかもが意味を失くしていくように、色褪せていくばかりである。
▽▽▽
「はぁ・・・はぁ・・・っ!」
呼吸は浅く、けれど体は休めずにただ暗闇の中へ。
目が覚めてどこかの部屋から逃げ出し、ひたすらに声が、明かりが無い方へと足を動かし続けてどれくらい時間が経過したのか。数時間か、または数分しか経っていないのか。
懸命に足を動かすことのみに専心していたカザリには明確な答えを算出する術が無かった。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・っ!」
呼吸が乱れる。
走っていくと同じくして荒ぶる髪が頬に当たってくるのが不快でたまらなかった。
でも、足を緩めることはしない。
カザリ・キリシアは、もうこの村には居られないと分かってしまったのだから。
だから、一刻も早くこの場を離れなければならないのだ。
「はぁ・・はぁ・・はぁっ・・はぁ!」
きっと―――
きっと、この村の人たちはいい人ばかりで、誰にでも優しさを向けられる善良さを持ち合わせているのだと思う。
それはあの魔法使いが一緒に暮らしているというだけで十分に証明されている。彼もまた悪い人ではない・・・・のかもしれないけど、それでも魔法使いという異分子はただ存在するだけで想像もしないような悪影響を及ぼす。
かつては災禍の渦などと災害を引き起こす中心点みたいな扱いがなされていた時もあるくらいだ。
自ら望んで共存しようとは、それこそ常識的な判断が下せる知性があったのなら、考えもしない狂気なのだ。
(・・・・だ、から)
降りかかるかもしれない無数の危機を受け入れて共に在れるのは、もう天井知らずの善意としか言いようがない。
人知及ばない、とは魔法使いの性質を端的に表した言葉だ。
であれば、もしこのエリィナ村の人々を表したのならば人倫極めた聖人と言う他ない。
カザリにとっては全く、理解の外の話だ。共感は勿論できるはずもなく、ただその在り方に他人事のような頌辞しか浮かんでこない。
(そう・・・いい人ばかりだった・・・)
連合国に生まれた身としては嫌悪を抱くのが健全なあり方ではあると思う。
いくら人間的な感傷や善意を用いようとも、この国では魔法使いに関わる者、また物品の類はすべて抹殺すべき悪の温床なのだから。
あの忌むべき大虐殺を。
国を半壊させた災禍を。
誰もかれもが裏返って帰ってこなかった、地獄の底を。
忘れるはずもない。忘れることなど出来ない。
でも。
それでも。
(・・・これ以上は・・・迷惑を掛けられない)
嬉しいと、思った。
暖かいと、感じてしまった。
だから、カザリ・キリシアは恩義を返さなければならない。
ここに留まり続けることが彼らにとって苦痛となってしまうのなら、一瞬たりとも迷うことをしたくない。
・・・・それが例え、十八年間の内に培った人間性から発せられたのではなく、僅か一か月余りの内に経験した魔法使いとしての感覚であったとしても。
「はぁ・・っ・・・はぁ・・・っ・・はぁっ・・・!」
(この感情に間違いはない・・・)
「はぁ・・はぁ・・・はぁっ・・・!」
(『お前には居場所がない』、その通りなだけ・・・だから、これが現実だって諦められる)
「っ・・はぁ・・・はぁっ・・・・はっ・・・はぁ・・・・」
(・・・今までの目的通りに・・リュメインにたどり着いて・・それで)
「はー・・・・はーっ・・・はー・・・っ」
(それで・・・・・・それから・・・・)
「・・・・・・はぁ・・・・・・・・・はぁ」
(それから・・それから、それから。 それからそれからそれから・・・それから?)
足が、止まっていた。
「・・・・・・。」
早鐘を打つ心臓はまだ痛いほどに、躍起になって全身へと血液を送るべく動いてくれる。
日中の疲れは完全に抜けきっていないけど、それでも足にはまだまだ力が入る。
ここが限界ではない。まだ、先に行ける。
一歩でも多く、距離を取るべきだ、と。
「・・・・・・・・・・。」
体は、まだ動いてくれるはずなのに。
意思は、動くことを止めてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ」
だって、こんなに・・・・こんなに大きな壁があっちゃ進める訳がないんだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
カザリは、何時かの会話を思い出していた。
曰く、この村は森を生活区域を遠ざけるために壁を作って隔てているのだとか。
曰く、男衆十人がかりで運ぶような巨木を倒して地面に突き立てているから、そう簡単には壊れないのだとか。
曰く、鉄の壁なんかよりも断然安心できるの、だとか・・・。
「・・・・・・・・・・・・そん・・な」
ぺたり、と思わず座り込む。
そうして、カザリ・キリシアの逃避行は、
「・・・・・誰?」
声。
「・・・っ!」
かくして、空しく終わりを―――。
▽▽▽
「・・・っ!」
声。
聞こえた瞬間にカザリは足に力を入れていた。
「・・・・・・・っっ!」
逃げる。
意味もない意地だ。分かっていても体は自然と動いてしまっていて、後悔に後ろ髪を引かれても構わず、
「・・・あぁ、やっぱり」
その、優しい声に。
あまり聞き覚えのない、何よりカザリの後悔が焼き付いた声が聞こえてしまった。
「・・・・・あ」
「こんばんわ。 こんな所でどうしたの?」
目の前には、アレン・メイズが立っていた。
すごく短いです。
ただ、切りがいかと思いあげます。
次もよろしくお願いします




