さて、どうするの?
意思はなかった。
形も忘れてしまっていた。
―――から―――んだ
まっさらになってしまった空白に何かが映り込んでくることはない。
色、匂い、感触はとうに抜け落ちて、奇妙な浮遊感とも言えない感覚だけが残るだけだ。
ただ、それも感じ取るための触角を通してのものではない。だから、それは経験から漏れた所感に過ぎず、正確に名状するカタチを持ちえない。
―――だ、―――がわ―――ない
例えるなら、水に流れていく落ち葉みたいな感じだろうか。
ふらふらと、一切の意思なく流動に身を任せて。
抵抗の余地なく、その術すら知りえず、無感情のままに運ばれているような。
どこまでもずるずると続いてしまいそうな虚無。
今、ここは正しくそれなのだ。
―――なさい、―――がら――――もっ――て
自身が如何な形をしていたかも、意思を持っていたかは忘れてしまった。
意味があったのかすら気にしても仕方がない。
自分が今いる場所は棺桶の中とさして変わりない、空虚な箱なのだ。
何も響くモノはない。
光などは以ての外。
不感症は空洞のように、開いた眼球からも情報を取得することが出来ない。
―――症状、投―――はすんで―――呼―――拍は―――
それ―――てる―――だけじゃ
(・・・・。)
だから、この音は聞こえているはずはないし。
それを聞いている自分を自覚する手立てなどは私にはない。
それは生者の特権であって、この私はとっくに放棄してしまった権利であるのだから。
・・・私?
はて、私とは誰か?
―――静にして―――復する――――だろ?
――い・・――でも――――
――お前の――ない
(・・・・・・・。)
何も思い出せない。
思い出すための昨日は形なく崩れて、無意味に呑まれた。
無いものを復元することは叶わない。
だって・・・この■■■は永劫の常闇に落ちてしまったのだから。
救いの余地なく、壊れてしまったのだから。
――ら――したんだ―――もし―――たらどうす――もり―
それ――――が判断――のが悪―――責は
先――は――て下さ――
―――ら、これ―――てくれるな
(・・・・・・・・・・・・・・・。)
知らない。知らない。知られない。知るられない。
『私』はない。
いないのだ。
受け止められる器が存在していないのだ。
だから、その雑音を今すぐに消してください頭が割れそうなんです。
――リはどうだ?
いやまだ、―――きてもいい頃なんだが
――ってことはないの? ―――のは少量―――なんだから
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁ)
違う。
――腕に優しく触れる感触がある。
違う。
――頭に冷たいナニかが乗っている。
違う。
――判然としなかった声が明確な意味を持って
違うっ!
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ)
お前に輪郭はない。
このまま拡散して戻らない生命であるはずだ。
いや、帰る場所など持たない、持てない破綻者であったはずだろう?
もう後悔すらなく塵になってしまった方がお前の身のためなんだ。
従え。
従え。
耳を貸すんじゃ――
――――カザリ。
(・・・・・・・・・あぁぁぁぁ)
声が、聞こえた。
名前を呼ばれた。
ただそれだけで体の輪郭を、外界と自身との境界線を知覚することが出来てしまった。
(・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)
心臓が脈を打ち始め、呼吸が戻る。
カザリ・キリシアを構成する臓器が、一度は機能を停止したはずの中身が正常に稼働していく音を聞く。
完全に、蘇生が完了する。
―――あぁ、呼吸が再開した。 これでどうにか――――
・・・肌の色も良くなってきてますね。 脈はどうですか?
んー・・・まぁ脈も問題なし、しばらくすれば目も覚めるだろ。
よかった・・・! ホントに、ホントに・・・!
・・・・さっきも言ったけどな、レイラ。 お前が気に病む必要はないからな
・・・でも、
でも、じゃない。 大体、マスクの整び―――たの―――・・・・・・・・・・
(あぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・)
――――から――・・・で―――
――――みの・・・・・がで―――――
(ぁ・・・・・・・――――――――――)
しかし、それでも・・・・。
(―――――――――――――――――――)
瞳が、閉じられる。
いや、元々閉じていたのか。
それすら知覚できる範囲から抜け落ちて、また曖昧な水流に流されるように。
閉じていいく、閉じ切っていく。
声がまた、遠くへと、間延びして、消えていく・・・・。
そして・・・・そして。
▽▽▽
カザリ・キリシアが擁白館で倒れたと一報が入って、彼女自身が運び込まれてくるまでの間は僅かなものであった。
まず、気が付いたのは異様なほどに白くなり血の気の失せた顔。目も虚ろで、男に負ぶさられて運ばれた道すがら、レイラによって声をかけ続けられたようであったが反応がない。
想像していた状態よりも深刻であることに舌打ちしそうになるのを堪えながら、背負われたままカザリの顔に、首筋に触れて脈拍などを測って、
「――このまま慎重に奥のベッドまで運んでくれ。 くれぐれも慎重にだ」
「分かった先生」
カザリを火定館まで運ぶのに一役買ってくれたべリスにもう一仕事、と指示を出し、先行して部屋へと向かうレノ。
「先生」
「浄化剤。 在庫、あるだけ持ってきてくれ」
その途中で待っていたユシィナにも続けて短く支持を振って、同時にカザリが陥っている症状に頭が痛くなる思いであった。
「黒辺イモの花粉か・・・」
それはケルマ大森林で発見したイモ科の一種で、食用として広く流通しているジャガイモと同様の生育段階を持ち、環境変化の激しい大森林内で生まれたからこそ生命力が強く、栽培が簡単なことからエリィナ村で育てている野菜の一つだ。
表面に黒く炭化したような斑点が浮かぶことから黒辺などと名前が付けられたこのイモは、その禍々しい見た目以外にも収穫期であっても花を咲かせ続けるといった特徴がある。
根は強靭に土中へと張り巡らされ、葉や茎もそれもう立派に伸び育ち、大きな物では男の腕ほどの太さにもなる大森林産特有の出鱈目っぷりを見せる黒辺イモは、しかしその壮大さとはかけ離れた小さな白い花を咲かせる。
子供の手のひらにでも納まってしまいそうな花は見た目こそ可憐であるのだが、そこから発せられている極小の花粉こそが擁白館で隔離して栽培している理由だ――何せ、極微量であっても体に入り込んでしまったならば瞬く間に死に至らせる猛毒が含まれているのだ。
(濾過装置を着けていなかった・・? いや、レイラが付いていたのなら、そんな事態にはなってない)
では、何故か?
(マスクの方に不備でもあった・・・・いや)
今はそんな事を考えている場合ではない、と。
頭を振って雑念を払う。
一先ずは目の前にある危機を乗り越えることが肝心である。
「先生、寝かせましたよ」
「――あぁ、分かった」
寝台に寝かせられたカザリの様子を見る。
ぐったりと脱力し、呼吸が浅い。そして不規則になりつつあるのは肺組織と周辺の神経系が侵され始めている証拠だ。心音も微弱になりつつあるのは危機的な状況としか言いようがない。
はっきり、このまま放置すれば死は避けようがない現実だ。
「・・・・レイラ、手伝ってくれるか。 後悔は後回しにしろ」
「――うん」
黒辺イモの毒は少量でも死に至る劇毒の類だ。肺呼吸の際などに体内に侵入されてしまえば、付着した細胞から徐々に死滅させていき、体の機能を停止させてくる。
しかし、決して毒の周りが早いという訳ではない。
それ故に適切な処置を早急に施したならば助かる可能性がある。
―――そして、カザリ・キシリアの症状は十分にその可能性を引き寄せうると、レノは判断した。
「その点だけで言えば悪運が強いな、お前・・」
部屋の外から足音を立てるのも気にせず、床を大きく揺らして走る音が聞こえてくる。
その音が急いでレノのいる救護室へと向かってきているのを認識しつつ、
「・・・それじゃ、無事に戻ってきてくれよ」
長丁場の格闘が始まった。
▽▽▽
「先生、分かっているとは思いますが」
「・・・いやまぁ、来るとは思ってたけど」
カザリが運び込まれて五時間ほど経過しただろうかという時間帯。
窓の外はすっかり赤く染め上げられ、道々には一日の労働を終えた村人たちがちらほらと見かけられる。思い思いに談笑したり、後ろから駆けてきた子供に体当たりされていたり、仕事終わりの弛緩と人々の日常が垣間見える瞬間だ。
各々、英気を養うために家へと戻っていく―――その中で、火定館の一室、カザリ・キリシアが眠る救護室へ数名の客人が訪れていた。
無論、カザリが倒れたと知って見舞いに来た訳ではない。
部屋に満ちる物々しい空気は重く、粘性を持つかのように絡みついてくる。外から聞こえる笑い声は和やかな感情を想起させてはくれず、どこまでも他人事のように空々しく聞こえてしまった。
それもこれも―――
「・・・で? カザリ・キリシアをどうしろって?」
目の前にいる男女、老若バラバラの数名。
しかし、意志ある瞳はまっすぐにレノを射抜いていて、
「簡潔に言います、カザリさんを隣国に逃がしてあげてはどうでしょうか」
暗に、カザリ・キリシアを村から追放しようと、そんなことを言われてしまった。
「・・・そりゃ突然だなリアラ。 昨日の騒ぎにはお前も参加してたと思ったんだが、受け入れてやったんじゃないのか?」
「外から来たという人物がどういった人なのか、知りたくなるのは人情というものでしょ先生。 勿論、それが単純に興味であるのか、脅威としてであるのかの違いはあると思いますが」
レノの問いに答えるリアラ――赤毛の女性は鋭い釣り目の視線をレノに向け、口調だけは穏やかに返した。先ほどまで纏めていた髪を解き、雑然と広がってしまうことを気にせず『自分が代表で話す』と言わんばかりに一歩前に出て話をする姿は、女性特有の熱しやすい苛烈さを体現したかのようであった。
レノとしては早々にお帰り頂きたい所だ。及び腰であることが判明してしまう前に。
「先生は彼女を森から救助してきたとおっしゃっていましたが」
「あぁ・・・」
というか何でオレはこんな感じで詰問されることが多いのかな、と。
カザリを森から拾って帰ることはや二日、繰り返し責め立てられる立場に嫌になるレノである。
「それは彼女がリュメインに向かう馬車に同乗していて、不慮の事故で崖から滑落して・・・その結果、森の中に放り出されてしまった、ということで間違いないですか?」
「・・・本人から聞いた話ではな。 それがどうした?」
「どうした、ではありません先生」と、どうも最初の言からして遠回しにレノを説得したいらしいリアラは、
「先生はその話をどこまで信じられるというのですか?」
「・・・・。」
答えがたい質問を投げかけた。それに対してレノは、
「・・・信じる、信じられないなんて価値では測りかねる、とは思っている」
「それは?」
ふぅ、と一息。
「あり得る、とは言い難い・・・ただ、状況としては説明がつくことだと――」
「先生」
「・・・・なんだ?」
やりにくいなー!、と。
見た目からすれば問答無用と「私は反対! 反対するからね!」と感情任せに事を進めたがるような人物像を想像させるリアラから冷静で、容赦のない詰め方をされてボコボコにされるレノであった。
実際に、少し前まではそういった感情に全てを委ねたみたいな行動が多かったように思えるのだが、これを成長と呼んでいいのか分からなくなってしまう。
「例えば、先生が森に数日彷徨い歩かれたとします・・・先生はそれが可能だと思われますか?」
「・・・荷物は」
「持たず。 何も持たずに過ごせますか?」
「それ、は・・・」
「このケルマ大森林。 何者であっても飲み込んでしまう魔境で」
「・・・・・。」
「ただ一人。 魔法使いが生き延びることは可能ですか?」
「・・・。」
その結論は既に出ている。
『魔法使いであっても迂闊なことをすればすぐに命を落としかねない』と、言ったのはレノ自身なのだから。
「お答え頂けませんか?」
「・・・それは、だな」
思わず唇を嚙みそうになる。
一つ、カザリ・キリシアは無傷のまま発見された。ただし、この森に来たのは馬車が滑落したことが要因、そして件の馬車は落下が確認されてから既に数日が経過している。
二つ、魔法使いであっても、このケルマ大森林では生存は絶望的である。
―――つまり、『カザリの話には矛盾がある』と突きつけられている。加えて最も厄介なのが、それに返せる事実が存在しないという事。
矛盾はそのままカザリ・キリシアが嘘を付いた、という意味にすり替えられる。如何にレノの被害者として受容的な感情が生まれていたとしても、負の印象は疑念と嫌悪につながるものだ。
(・・・まずい)
まさに迂闊、油断が過ぎた。
カザリを村に残すことに異議を立てる者は少数でもいるとは考えていた。
しかし、まさかここまで執拗に裏を取って詰め寄られるとは思ってもみなかった。
(・・・・・まずい)
ユシィナから一定の理解を得られたと安心していたのがいけなかった。
一番の難物だと想定していた彼が、少女の行く末を案じて折れてくれたのが期待した通りで、気を緩めていたのが仇となった。
(・・・どこで身に着けたんだか)
リアラは毒の使いどころを心得ているようだ。
仕掛けどころも抜群に上手い。
(まったく末恐ろしい・・・)
呼気が張り付いてしまったような口内を無理やり湿らせ、兎も角とカザリの弁護をしようとし、
「それとも・・・それは先生が思いつかれた作り話なのではありませんか?」
次なる毒が、いやレノにとっての猛毒が放たれた。
「カザリ・キリシアという魔法使いは外部から来た。 しかし、先生と面識があった上で」
「・・・・・。」
「カザリは先生、あなたが用意したシナリオを沿って来たのではありませんか?」
「・・・・・・・。」
「でなければ、森の中で無防備に倒れていたとはあり得ません。 普通、獣に食いつかれてしまって成す術なしに解体される・・・それが常道です」
「・・・・・・・・・・。」
「しかし、彼女は負傷はおろか傷すらもありません。 それがどれだけ異常かは私たち以上に先生が分かっていることでしょう?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「傷がなかった、つまり傷つく要因が無かった・・・カザリが現れたというのが先生たちが訪れる直前であったのだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「先生。 確か、あの日の遠征は突然決まったのでしたね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
先生、と。
冷たい声が響く。
「先生は何を企んでいるのですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
レノは語らない。
無言を貫くだけだ。
それでも注がれる視線が強烈な熱を帯びて、逃がすことを許さず、
「お答えください、先生。 答えの如何によっては――」
「・・・・・・・・・っふ」
そこで初めて、レノから声が漏れた。
そして、
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!!」
「・・・!?」
リアラは困惑に固まるのであった。
笑い声に驚いた・・・のではない。
「よく思いついたな、そんなこと!」
そりゃもう、これ以上が無いほどに嬉しそうな顔をしたレノが、
「ちょっ・・・! やめ・・!? 先生・・・!」
しゅばっ、と素早く動いたかと思うと、リアラを肉薄し髪が乱れるなんて気にせず、全力、全霊でもって頭をなでなでしていた。
「よくぞ! このエリィナ村の環境でそこまでの価値を芽吹かせたな! 周りはオレを肯定的に捉える奴らばかりで苦労しただろう?」
「え・・うぇ?」
「疑念なんてものは他の悪感情を誘発しやすい、その上にこんな異常者が受け入れられている現状は息が詰まって仕方なかったろうさ。 そもそも、昨日今日で醸造された感情ではないんだろ? それは何時頃からだ? 五年か? 十年か? それとも幼少からか?」
「あ、いや・・・え、えぇ?」
「それとももっと前からか? それだけの感情を? 今まで悟らせずにいたのか? はははっ、いやすまん。 あまりに見事だと思ってさ」
「そ、ソウナンデスネ・・・」
「いや、お前には苦しい日々だったのかもしれないしな、すまん。 ただ、その上で言わせてくれ――心からの感謝を、リアラ。 お前がこの村に生まれて来てくれて今日ほど嬉しかった日はないよ」
「・・・・・・。」
今度はレノがひっ切りなしに喋り倒す番であると、その勢いと、自身を根本から否定された言動を心底嬉しそうに話す価値の無理解加減が天元突破し、リアラは言語中枢でも故障したかのようにうわ言を繰り返すだけであった。
しかし、それだけではレノの歓喜――もとい狂気とも言える感情は止まる素振りすら見せず、
「というか、いつもオレが関わることに一々感情的になってたのはそういう事だったんだな・・・なんだよもっと早く打ち明けてくれたら、お前の手助けぐらいはしていたってのに」
「え・・・・・・・・えぇぇぇぇ・・」
困惑のあまり身を引くリアラ。
「お前が何を原因としてそういった感情を燻らせていたかは知らんが、お前が自由に心を育んだ結果に得たものだとすればそれは何より尊いものだ。 それをオレが否定する訳ないだろう?」
「・・・・・・・・・うわぁ・・・」
あまりにの気持ち悪さに身を守る体制になるリアラ。
「いやしかし、何だろうなこの感情は・・・・こんなに浮ついた感じがするのはレイラに『お父さん・・・』って恥ずかし交じりに言われた時以来の――」
そこまで言いかけて、バチン!と。
興奮するレノ何某の頭頂部を木盆が落っこちてきた。
「・・・とうさん」
「・・・・・・・なんでしょう」
「ちょっとでいいの・・・・黙って」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そうしてようやく静かになった。
「れ、レイラさん~!」
「よしよしリアラ。 頑張ったね、頑張って耐え抜いたね?」
「うん・・! うん・・・!」
さっきの威厳あふれる佇まいは何処へと、レイラに抱き着いて泣き崩れるリアラ。
盛大かつ予想の遥か外から受けた傷は深く、しかしその想定は出来ていたらしい無言を貫いていた数人は『あーぁ、やっぱりかぁ』と納得の同情を浮かべていた。
「あいつぅ、あなたは疑わしいって正面から言ってやったのにぃ・・・!」
「うんうん」
「めっちゃくちゃ嬉しそうにしちゃってさ!」
「そうだねー」
「生まれて来てくれてよかったってぇ・・・!」
「うんうん」
「しかもっ・・! ある事ない事ぜーぇんぶ明け透けにしてきてぇ・・・!」
「それで?」
「ぜーんぶ肯定されたのぉ・・・!!」
「うんうん、怖かったね。 悔しかったね。 リアラは頑張ったよ」
「れいらぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!!!」
そんなこんなで泣き崩れてしまうのであった。
▽▽▽
「あのー先生?」
リアラが泣き続ける中、今まで無言を貫いてきた数名の内の一人、壮年の男性――ギアムが話しかけてきた。
リアラの後ろに控えるようにして鎮座していた彼らであるが、『もういいよね?』なんて確認をしているあたりはどうも協力者としていたのではなく、別件で話が終わるのを待っていたようである。
ただ、無言で見守っていた事から、どうもリアラの案に反対している訳ではないだろうとレノは思案し、完全に緊張感が霧散してしまった部屋で一人、何を言われるかを覚悟して、
「・・・・・。」
「・・・あぁ、話せないんでしたっけ? レイラちゃーん」
「・・・・。」
レイラが望んだことを反故にする訳ないだろ、と。
話す術を手放しているレノであった。
「・・・・・・。」
リアラを宥めるレイラが顔を上げてギアムが『これ、これ』と口の辺りをジェスチャーで伝え、口を閉ざしたままのレノも指さす。
それだけで十分な情報が伝わったようで、思いっきり嫌そうな顔をするレイラ。
そんなレイラをじっと見つめることしばし、溜息と共に頷きを返され、改めてギアムに向き直った。
「なんだ?」
「先生は意外と律儀ですよね・・・。 いや、そうじゃなくてですね、私らもカザリさんの事で少し」
「話がある、と」
「えぇ」
目元の皺を笑みの形にし、「私らは全員、カザリさんがこの村に居てくれることには賛成しています」と前置きして、
「その上で、この環境が彼女に適しているのか。 そこに疑問を持っています」
「・・・・。」
「先生、あの子は外から来た。 やむに已まれず、今まで暮らしてきた場所から逃げてきたと話していました」
・・・あぁ、と。
レノは短く返す。
「その末にたどり着いたのがこの村だってのは何かの運命なのかもしれない、私らとしてもあの子はもう孫みたいな感じでありますしね・・・・ただ、その思いを押し付けることは出来ないとも、考えています」
「・・・結局、何が言いたい?」
結論を急がせるレノに、壮年の男は逆に一層穏やかな顔をして、まっすぐにレノを見据えた。
「この森の事です先生。 外から来た人間には、この森での生活はあまりに過酷すぎる。 それは先生が一番よく知っておいでのことでしょう?」
「・・・・。」
そうして聞き出した答え、その結末をすでに知っているレノ・クラフトは深く、深くため息を吐き出し、
「・・・・・・やっぱり、そういう視点も生まれるよなぁ」
呆れたような、諦めたような声を出した。
その声を聴いてギアムは「ふふふ・・」と笑い、
「その反応は私らがどういう話をするのか分かってたって事ですよね。 ・・・なら先生もカザリさんの事を案じての行動だったんですね」
「・・・・何の話だ?」
いえいえ、と。
「あの子が私らに必要のない負い目を感じてしまわないように、村人と早く対等な立場になれるように――だから、無理にでも村の仕事を手伝わせたのでしょう?」
でなければ率先して危険な目に合わせる意味もないですし、客人として迎えてしまえば働く義理もなくなってしまいますしね、と。
見透かした言葉が続き、いかに温厚なレノと言っても我慢の限界と・・・
「・・・・・やっぱり・・・分かりやす過ぎたか・・・・・?」
その心意だけは知りえてほしくなかった所を、そりゃもう見事に言い当てられて色んな意味で頭を抱えるレノであった。
「いやだってさぁ・・・・オレだって同業の何某とかは関わらぬが懸命だって知ってるけど、放っておけないじゃないか・・・」
「おや? 先生が話して下さるとは珍しい。 いつもなら適当に誤魔化してしまうのに」
「・・・別にオレは秘密主義じゃない・・・必要ない事は話してないだけだ」
『それを秘密主義っていうんだよね?』 『違うよ、屁理屈っていうの』 『違う違う、救いようがないって言うのよ』
「おいそこ、老いぼれ一人に任せっきりのわりに余計なこと話してんじゃねぇ」
『うわー、こわーい』 『娘に優しくされないからって八つ当たりはどうかと思いまーす』 『ウチのお父さんもこんな感じだよ。 無駄にプライドが高いというかさ』
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ま、まぁまぁ。 先生、落ち着いて」
ギアムの後方にいるだけの比較的若い方のお嬢様方(本人たちの主張によって)が好き勝手言いやってくる。
レイラとの関係性に触れられたなら遠慮がなくなるレノ。
その被害をこの中では唯一知っているギアムは慌てて間に入って仲裁するのである。
「ま、そこはどうでもいいんだけどさ。 ウチからもいい?」
どうでもよくねぇよ、寧ろ最優先事項じゃこの野郎あ?、と。
話を聞く気満々のレノが促す。
「ウチはあくまでカザリさんの滞在には反対しないってだけ。 あの子が仕事に関わるなら出て行って欲しいと思ってる」
「それは・・」
「働く上で不安材料を残さないため、さ。 先生が常日頃言ってることだろ?」
「・・・今回の事故は偶発的で・・・・・責があるとすれば整備を怠ったオレに」
いーや、と。
大げさに、首を横に振って一文字にサリアは否定した。
「先生と一緒に生きてることがウチらにとっては悪影響しかないのは知ってるし、そのリスクは先生自身から嫌って程に話を聞いてるから今更な話なの、それは。 ・・・ウチが言いたいのはそれ以上のリスクについて」
「・・・それ以上、ね」
「そ。 一人の失敗が引いてく足は一人分じゃない、必ず誰かの足も一緒に引っ張ってしまうもの。 ・・・・嫌な事を言ってるのは分かるけど、もしそれがウチの家族だったなら一生かけて恨むと思うから」
「・・・・・。」
溜息と共に頭を掻く。
話の整理をする前に、また一歩前に出て話をする影が。
「私も同じ意見。 どう取り繕ったって私たちの命は一つ切り、替えの利かない生き物なんだよ、先生」
そして、もう一人。
「いくら事故だからって、次がないって保障にならない。 まずはちょっとした事から始めた方がいいんじゃないですか?」
「・・・・・。」
先に、レノに対して散々な酷評をしていたのとは同一人物であるとは思えない変わり身。
ギアムが話していたやんわりとした説得から、ざっくりと切れ味抜群の否定論でもってカザリに関わる意見が陳情される。
「まぁ、先生。 それこそ無理にしなきゃって事でもないんですから。 ただこの村に居てもらうのも選択肢としてはあると思いますよ」
「―――あぁ、分かってる」
最後の最後、ギアムによる一言で締められる。
それ以上に言いたいことはないのだと、各々はまた口を閉ざし、レノは今告げられる言葉だけを返した。
かくして、カザリ・キリシアを取り巻く事情は一端の取り置きがされるのであった。
▽▽▽
『・・・ところで、先生って村中の人が肯定的に受け入れてくれてるって思ってるの?』
『? 嫌がられてるのは知ってるが愛想は尽かされてないと自負してるぞ?』
『あー・・・だから「肯定的」とか「苦労してる」なんて言葉が出てきたのか』
『・・・・・えー? 被害者の会とか作られてるのに? えー・・・?』
『しーっ・・・。 知らない方がいい事だってあるんだから』
『・・・っひぐ・・・っぐ・・・・かわい・・・そう・・・! ぷぷっ』
『・・・・なんだよ』
『先生』
『ギアム、お前なら分かって――』
『もう年なんですから―――いい加減、現実を見ましょう』
『・・・・!?』
そうして、今後の結末も知らない平和な人たちは、なんやかんやと賑やかに談笑し、
「・・・・・。」
その目が薄く開いていたのを見逃すのであった。
▽▽▽
そして、今。
「・・・・・。」
上下ともに張り付いてしまったかのように硬い瞼を開いて、周囲には誰もいないことが分かった。
あれからどれくらいの時間が経ったのか。
近くで聞こえていた声は、もう聞こえていない。
「・・・・・。」
ベッドの上。仰向けに寝そべった体を末端から動かしていく。
指先を震わして、手のひらを握りこむ。肩に力を入れて腕を上げる。
足指も動いた。縫いついたみたいに重かった膝も、一度持ち上げてしまえば問題なく屈曲してくれた。
そして、暗い室内にカザリ・キリシアは一人きり。
だから、
「・・・・。」
その好機を逃すことなく、カザリは声のしない方へ。
光のない方へと走った。
『これ以上、危険があるなら一緒にいられない』
『事故だといっても、私たちの命は一つきりなんだ先生』
『何も無理する必要はないだろ?』
『――あぁ、分かってるよ』
聞いてしまった。
意識なんて無かったというのに。
意味を、理解してしまった。
拒絶された。否定された。破棄された。
だから、もうここには居られない。
一度は受け入れてくれたかもしれなけど。
間違いを犯したのは自分自身だから。
ただの一度、誤ってしまえばそこには居られない。
だって私は、魔法使いなんだから。
・・・なんだか難しいことを書いたような、そうでもないような。
まぁ、言えるのは、冒頭が某月のゲームに引っ張られた箇所がいーっぱいあるなぁ、と。
・・・・どうかお許しください。
さて、今回は早い(?)ですが、次もまたよろしくお願いします。




