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まだ、明日になる前に  作者: 桃柿モノ木
11/50

これからの予定は?

 (このままではいけない)


 『カザリ! 端っこの炉から順番に燃焼材を追加してって!』


 体をすっぽりと容易に覆いつくしてしまう防熱服を身にまとう―――というより、酒樽の中にでも入って無理やりに体を動かしているような感覚に陥ってしまうカザリは、キユヒの服越しでも通る声に従って工房内を駆け回っていた。

 

 『温度下がる! 早く!』


 『はいっ!』


 バケツに似た容器を手に持って、石炭に似た黒い燃焼材と言われた物質を次々と炉の中へと放り込んでいく。

 炉を開き投げる。素早く閉じる。その横の高炉にズレて手順を繰り返す。


 (・・・このままでは、いけない)


 『六番炉! 鋳型に流し込むよ!』


 『『『はい!』』』


 雷のような号令。

 元々、カザリが来る前に働いていた影も揃って返事をし、作業を中断して移動を開始した。

 カザリも負けじと声を張り上げ、ズシリと握った重みを手放して影に続く。

 移動した先は炉を囲うように二階部分に張り巡らされた階段だ。複数人が勢いよく昇っていくことで怪しげに軋む足場を、しかし全く躊躇なく先んじていく影に続いて、止まりかけた足を動かして無理やりに踏み出していく。

 辿り着いたのは屋根の骨組み部、本来なら人の立つことが想定されていない場所だ。


 『鎖もて! 持ち上げるぞ!』


 『『『はい!』』』


 六番炉と呼ばれる煮えたぎる窯に繋がっている四本の鎖。

 複数の滑車を噛ませて繋がっているそれを、梁に立つ四人がそれぞれ持ち上げ、


 『せー・・・のっ!』


 息を合わせて、一斉に引き上げる。


 『・・・・ぐっっ、ぐっ!』


 この作業で求められることは大まかに三つだ。


 『カザリ! もっと力込めて! 全然持ち上がってないよ!』


 『・・・はぁいっ!』


 一つ、四人が一斉に同じ力で持ち上げないといけない。

 炉の中身は液状化している。その為、少しでも傾いてしまえば中身が流れてしまうことになってしまう。

 一つの炉を狙った温度に落ち着かせるためには、およそ半日掛かりの大仕事となる。その労力を無駄にしたくないのは誰しも当然に思う事だろう。


 (あぁ・・・本当に)


 『よし、上がったね。 次! フレドとキシュルの側を傾けて!』


 『『はい!』』


 二つ、迅速に鋳型に流し込んで溶解した()()の温度を下げてはいけない。

 特定の木より採取できる樹液である珀鉄樹脂(はくてつじゅし)は、一定の高温化で液状となり鉄のような性質を持つようになる。製鉄のように叩き、伸ばして鍛え上げることで、金属器とも遜色ない程の強靭さとなる。

 しかし、この珀鉄樹脂の厄介な性質として、冷却する温度によって持ちうる靭性や強度に大きな違いが生まれてしまうといったものがある。だからこそ、加工の際には迅速さが常に求められる。


 『維持!』


 じゅくじゅく、と。

 流し込んだ鋳型の中から焼け焦がす音が聞こえ始め、滔々と夕日よりも濃い朱色の液体が流れ込んでいく。

 その流れは実に穏やかで、溶鉄には見られない粘性は―――堪らず腕がもげ落ちてしまいそうな苦痛の象徴であった。


 『・・・っぐ! ・・・・っっっっんん!』


 『カザリ、維持! 流し込み過ぎてもダメだ!』


 『っっっっぁ、ぃぃいいいい!』


 (ホントのホントに不味い・・)


 三つ、流し込む量は一定であることが望ましい。

 高温に晒させ続けた樹液は蒸発もせず、鉄と同様に溶ける。が、その粘性は消えることなく残り、鋳型に流し込む際はある程度の時間を要する。

 また、流し込んだ溶液は鋳型と接することで一度、急速な温度低下に見舞われるため、下がった温度を徐々に上げていく必要がある。

 故に、同じ姿勢を維持し、粘液が静かに流れるのを待たなければならない。


 『もう少し・・・!』


 (あぁもう無理無理無理無理っ!)


 『あとちょっと!』


 内心を読まれているのかと思うくらい的確な叱咤が飛び、既に感覚と言えるものが消失した指を固くする。

 いや、もう力が込められているかもよく分からない。鎖が落っこちていないという事はまだ支えられているのだろうが、それを確かめようとすると体諸共に鎖に引っ張られていく自信がある。

 

 『よし! いいぞ!』


 『・・・っ!』


 声と同時に指から、腕から、肩から力が抜ける。

 作業工程としては、このまま炉を窯の所へ戻して一巡となるが、そこら辺は周囲の人が察してくれた。

 ゆっくりとその場にむき出しの炉を置いて、カザリと同じく鎖から手を離した。


 『フレド達は型を安置室へ運んで! 私とカザリは先に休憩!』


 『『はい!』』


 『は・・・い』


 そうしてやっとのことで一連の作業は終了し、


 (ダメ・・・ダメだ・・・・・・・これ以上は確実に死ねる)


 仕事が始まる前から分かっていた事を再確認したカザリ・キリシアは、自身の心が折れる音を確かに聞くのであった。


                    ▽▽▽


 「つ・・・・かれ、たぁ・・・」


 時間はお昼時真っ盛り。

 昼食を求めて集まる人々の喧騒を遠巻きに聞きつつ、カザリ・キリシアは何をするでもなく、机に溶け広がる水あめみたいに体を横たえていた。

 きっと祖母がこの場にいたならば『みっともない恰好はお止め!』と烈火のごとく火花を立ち上げて、カザリを叱りつけること請け合いの恰好を晒しているカザリではあるが、こればかりは勘弁願いたいと思わずにいられない。


 (体・・・動かない)


 筋肉痛とは時間差を置いて、身体の無理を祟ってくる痛みではなかったのか、と。

 そうした痛みとは縁遠く、せいぜいが成長痛くらいを経験した程度のカザリは、自分の未熟さを思い知らされてるみたいで恥ずかしくなった。

 

 (おじさんが「いたたたたた!!」とか言ってるのを見て情けないなぁとか思ってたけど・・・)


 これは我慢の許容する範囲での痛みではない、と。

 この世に生を得てはや十八年。初めて、仕事という苦行の一端を知れた気のするカザリであった。


 『ほれ並べよー』


 『げ。 今日も燻製シチューかよ』


 『文句あるなら食べなくてもいいんだよ?』


 『わぁシチューとってもおいしそうだなー』


 カザリの視線の先。

 木盆を持って料理の乗った皿を受け取っている集団、エリィナ村の空腹労働者たちがいた。

 どの人も手慣れた様子でカウンターに並んで口々にメニューに関することで愚痴ったり、有無を言わせぬ雰囲気でそれらの反応を一掃したりとしていた。

 一瞬、和やかな昼時の一幕と勘違いしそうになってしまうが、カザリとしては全く違った光景に見える。


 (すっごく平然としてるけど・・・・あれ以上にキツイ仕事を日課にしてるって、ヒトなの・・・?)


 軍靴の行進。

 祖母から小さい頃に連れて行ってもらったらしい事を聞いていた軍事パレードは、それまた聞き及ぶ所によると一糸乱れぬ、倒れることを知らない英雄たちの行軍なのだとか。

 勿論、カザリは連れて行ってもらったとはいえ覚えてはいない。

 村のお爺ちゃん世代の人たちに捕まっては如何に素晴らしい光景であったか聞かされてきたくらいが精々覚えていることだ。

 ただ、実態を知らない光景を想像したのならば、と。

 それは今、目の前にある情景を言うのではないかと、カザリは直観的に思った。


 (倒れることのない・・・英雄)


 もし、このエリィナ村の人々がカザリの想像が追い付かない鈍重で陰惨極まる日々を送っているのだとすれば―――あの列は正しく件の隊列なのではなかろうか。


 『いやー疲れた・・・・あ、その人参もどきのデスキャロットは入れないでね』


 『今回は流石になぁ。 おばちゃん、こいつにオレの分の人参を入れてやって今日頑張ってたからさ』


 『はっはっはっは! 何を仰います先輩殿、後輩が先輩に先んじて頂くなんてできませんよォ。 って訳だから先輩に全部乗せでOKよ?』


 『いやいや遠慮すんなって。 こんな人参型の吐しゃ物なんぞ食いもんの範疇じゃねぇの、後輩が先輩の分を食って当然だろが、こちとら昨日に大当たり引いてんだよ』


 『あぁ? 食いもんじゃない? ふざけんな、こんなもんはムベムベのクソ以下の劇毒だろうが、食い物に謝れや先輩殿ぉ』


 『お前が食え』 『お前こそ食え』


 『はいはい、うるさいったらないからサービスしとくよ。 倍、倍の倍の大盛ね・・・残すんじゃないよ?』


 『『ぎゃあああああああぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!』』


 「・・・・・・・。」


 いやないな、と。

 疲れすぎて訳の分からない事を考えちゃったに違いない、と。

 見事に揃った断末魔を聞いて、一抹の冷静さを取り戻すカザリであった。


 「・・・・・はぁ・・・」


 再び視線を手元に戻し、欲求には逆らわず溜息交じりの吐息を吐く。

 「私が取ってきてあげるよ!」と同じ仕事をしていたとは思えない元気さを振りまいていったキユヒと別れてしばらく、周囲を見渡して暇な時間を潰す作業にもそろそろ飽きが出てきた。

 お陰様で突拍子もない発想が出てきたりと、自分自身の疲労具合が致命的になりつつあるのを自覚してしまうばかりだ。ついでに本音を言ってしまうのなら『今すぐにベッドで横になりたい・・・』となるのだが、それが叶わぬ願いであることはカザリ自身が重々承知なのであった。


 (あの人の言い方だと午後からも別の仕事がある・・・・)


 人の体などは簡単に溶けてしまう程の熱量を扱う仕事を『この村で一番安全な仕事だ』と言って見せた外道――もといレノ・クラフトが次に用意しているとする仕事など、一体何を紹介されるか考えるだけでも恐怖である。

 次いで、その認識が恐らくはエリィナ村の共通認識であることもカザリの心を揺さぶるには十分すぎる情報でもあった。

 

 「・・・さすがに死んじゃいそうなんだけどなぁ」


 目を瞑って、重い重い胸のわだかまりも零す。

 勿論、誰にも聞かれることのない本音は―――


 「ほう、魔法使いが死ぬか。 興味深い話だな、そりゃ」


 今、一番会いたくない人物の元へと届いてしまった。


 「・・・・・・。」


 「よ」


 首だけを動かして声の主を確認する。

 気さくに声を掛けて挨拶のつもりなのか手を上げているのは、間違いなくレノ・クラフトその人であった。


 「・・・・・。」


 何と言おうか。

 今、カザリがすべきなのは怒ることなのか、それとも朝の八つ当たりを謝罪するべきなのか。

 完全に分からなくなってしまって、思うように言葉が出てこなかった。


 「・・・・・。」


 ただ、無言で無視をすることは絶対に正解ではないことは分かったので。

 すっと。

 レノがするのとは少し遠慮がちに手を上げて見せた。


 「お」


 (待って何に対する『お』? 失礼だった? そりゃ失礼すぎるにも程があるけど何を話せばいいのか分かんないのよぉ!)


 一声。

 意味を組み上げるにしても、どうとでも取れてしまうような一音だけでは、人の内心を読むのが不得意と自称するカザリにはレノの身に起きた感情変化を追いきれず、混乱するばかりであった。

 それこそ『あー』とか『うー!』と怪しげな唸り声を上げるくらいには手に負えていなかった。


 「しかし、その様子だと随分と苦労したみたいだな」


 こちらもまた変わらず、相手の心情なんて考慮した風もないレノが世間話でもする気軽さで、カザリが一番気にしていた話を始める。

 

 「珀鉄樹脂、あれを見たのは初めてだっただろ? この森にしかない代物でな」


 「・・・・・一通りは説明されましたけど」


 『随分と苦労したみたいだな』と、他人事のような―――いや、実際に他人事で間違いのだが、その言い方にまたカチリと火が付きそうになるのを押さえて、カザリは会話が一応成り立ってるように取り繕うことにした。

 若干、声に文句ありげにくぐもっていたが、それは一種の愛嬌であると解釈する事とした。

 

 「あれは特定の木から滲み出てくる樹脂でな。 それが硬質化したものを運んで加工を行ってる」


 「・・・・・・・はぁ、そうなんですね」


 ただ、カザリが聞きたいのはそんな話ではないのであって、身体状況を考慮して昼からは静かに出来る事を用意して欲しい、と思うのである。

 ・・・・・まぁ、確かにあれが何であるのか気にならなかったと言うと嘘になってしまうのだが。


 「物質としては確実に有機物。 樹液って時点で、鉱物とかと一緒の高温による処理なんてしたら燃え尽るのが通常だ。 だが、珀鉄樹脂は高温に晒されることで鉱物とか同じ、つまりは溶解して、冷えると硬質化する反応をするんだ」


 「・・・・へー」


 「まぁ色合いなんかは元の黄褐色しかないんだがな。 この樹脂の面白いところはそれだけじゃない」


 「・・・それは?」


 「維持する温度、冷え方なんかで名前の通りの鉄としての性質以外を持つことが分かったんだ」


 「鉄、意外ですか?」


 「あぁ。 例えばな―――」


 「あれ~?」


 と、そこで第三者の声が入ってきた。

 キユヒだ。

 取ってくると言っていたカザリの分の食事を持って帰ってきたようであった。


 「お、丁度いい所にキユヒ。 これちょっと借りるぞ」


 そう言ってレノはお盆に乗ったコップを取り上げて、


 「これだ」


 カザリの目の前に置いた。


 「・・・ガラスコップですよ?」


 「あぁ、これも珀鉄樹脂で出来てる」


 「・・・うーん。 確かに同じ色ですけど」


 「信じられないのはよく分かる。 どちらも強度や靭性・・・つまり壊れやすさなんかが全然違う訳だしな」


 「それが熱だけで?」


 「違いが生まれる。 違い、と言ってしまえる程に一般的でもないんだがな」


 「へー・・・・」


 「あのー・・・・」


 と、また声が聞こえた。

 キユヒである。

 なんだろうか?


 「喧嘩したって聞いてたけど・・・・・」


 「あ・・・・」


 いけない、と。

 反射的にカザリは思った。


 (この子にとってこの人がどういう立ち位置に当たる人なのかは分からないけど・・・・)


 仲のいい間柄であっても、そうでなくても。

 いがみ合っている大人というのは、そこに存在しているだけで子供にとっては恐怖や悲しみを想起させるものだ。

 どんなに巧妙に隠していたとしても、敏感に、それでいて多感に感じ取っては無自覚に傷を増やしてしまうのが子どもなのだと、何より自身の経験を振り返って知っているカザリは、


 (それはダメ!)


 何を言うのかも思いつかず、しかし衝動だけで口火を切ろうとして、


 「仲直りしたんだね!」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 なんということか、キユヒの一言によって完全に止まった。


 「あー・・・・えっと、キユヒ?」

 

 「心配してたんだよー。 先生が壁にめり込んじゃうくらい大喧嘩したって聞いてたから『会わないようにしなきゃ!』って思ってたからー」


 ちくっ、と。

 胸の奥に針でも刺さったような微細な痛みが走った。


 「え、えーっとね? キユヒ?」


 「そしたら先生がもう来てるんだもん。 びっくりしちゃったんだから!」


 「・・・・・キユヒさーん」


 騙している訳ではないのに苛んでくる罪悪感をよそに、キユヒの語気は少しずつ熱を帯びていき、なけなしの静止などでは彼女を止められない。

 何やら、カザリ自身の事で心配をしていたとのことであるが、どうも誤解をしてるのは間違いなく、さっきから罪悪感がじくじくと苛んでくる。

 

 「どうしよー、とか悩んでたら楽しそうに話してるしさ。 ホント二重でびっくりだよ!」


 「あ・・・いやー、うん・・・・」


 否定をしたい。

 これでもかと言うくらい強烈な拒否でもあって、誤解を紐解いてしまいたい。

 というか、いくら誤解であったとしても、この人間モドキと仲良くしていたなどとは思っていても欲しくない。

 以上がカザリ・キリシアの隠されざる本音であった。


 (でも、それをしたら・・・・・)


 言動自体は明るく振る舞ってはいるが、話す内容はカザリとレノに関する心配ばかりが覗き見られる。それに合わせて嬉しそうに語気を弾ませる様子からは、心配した分の反動とも言うべき興奮があった。

 彼女はまだ十四だと言っていた。

 その少女と呼ぶべき――まだ大人の手を離れられない年頃の子どもにそれ相応の負担を強いていたという事であり、それは何よりも重たい愁事である。

 

 (・・・・気を遣ってもらってたんだよね)


 であれば、と。

 カザリが選びうる言葉など最初から決まっている。


 「それで? 何の話で盛り上がってたの?」


 「―――うん。 さっきの樹脂の話を詳しくしてもらってたの」


 嘘は言っていない。

 それでも真実ではないという事はカザリ自身が嫌という程に分かってしまっていて、


 「えー。 それなら私にも聞いてくれればよかったのにー」


 「ごめんごめん」


 無邪気にコロコロ表情を変える少女を見て、余計に胸が痛くなるのであった。


 「あぁ、そっちだと素材の説明までする時間はなかっただろ? 自分がどんな物を扱ってたか知りたくなるのは当然ってもんだ」


 などとレノも付け加えていた。

 ・・・まぁ、渦中のもう一人ことレノ・クラフトに関しては、きっとカザリの苦悩は全く分からないままに同意してきたに違いなかったが。

 

 「・・・・・。」


 それでもいいか、と。

 兎も角は、キユヒにはこのまま誤魔化して、と。


 「・・・・?」


 考えた所で、やっと自分の行動を俯瞰する余裕が生まれた。


 (・・・あれ? 『仲直りしたんだね』? それって私・・・?)


 時間を戻そうとするのは最も無駄で、愚かしい思考である。

 そんな言葉を知ってか知らずか、ぐるぐると記憶を遡って、カザリ・キリシアが行った行動を巻き戻って再現してみて―――遅ればせて客観性を獲得することに成功した。

 つまりは、いかに自分が興味ありげに、宿敵といっても全く過言になり得ないレノ・クラフトの話に耳を傾けていたかを知ってしまった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 この時、絶叫しなかった自分を褒めてあげたいと思うカザリである。

 

 「・・・・・・・ちがうんだよぉ」


 全く何も間違いなどはない。

 何しろ『それでいい』とキユヒの誤解を正さない選択をしたのは、カザリ・キリシア自身なのだから。

 いや、寧ろ誤解を放置する罪悪感が消失してよかったではないか。

 これで大手を振ってキユヒに改めてでも関係の修復を宣言しても問題なくなったのだ。

 何一つとして後悔することなどは・・・


 「・・・・・・・・・っふふふ」


 自己弁護。

 してみたはいいものの、するだけ墓穴を掘るだけであった。


 「あれ、カザリさん?」


 「おーい?」


 「・・・・・・。」


 キユヒが傷つかないようにと気を回して仲直りをした風を装って、しかし実のところカザリ自身でレノと親しげに話をしていて―――本音である『レノ・クラフト許すまじ!』からは遠く離れた行動をしてしまっていた。

 その事実は、カザリ・キリシアを打ちのめすには十分すぎる威力を秘めていており、これで心身共に疲労困憊になったカザリは、早急かつ迅速に現実から目を背けるべく机に再び突っ伏すのであった。


                   ▽▽▽


 「―――それで? 何してるの?」


 その声が聞こえたのはカザリが自爆して間もなくの事であった。

 

 「・・・!」


 聞き間違えるはずもない。

 その涼やかでいて柔らかな声はレイラ・クラフトのものだ。

 

 「―――。」


 静かに顔を上げて、視線を彷徨わせてみせると、苦も無く声の主を見つけることが出来た。


 「おう。 レイラ」


 「レイラさん! こんにちは!」


 近くからはレノとキユヒの声が。

 机に俯いて反応を示さなくなったカザリを「まぁ、流石に疲れたんだろ」と言って、「あ、そう言えば樹脂の処理方法で相談があるんですけど・・」と別の話題で話をしていた二人は、それぞれの反応でレイラを迎え入れていた。


 「こんにちは、キユヒ。 今日も頑張ってるわね――それで? 父さんはどうしたの?」


 「やけにオレだけ当たりが強くないですか・・・・・?」


 「最近の出来事、おさらいしますか?」


 「いえ! 必要ありません!」


 最小限度の労力でもって、レノに反論の余地なく制御しきってしまう。

 レイラの手腕というか、存在の安心感というものが、エリィナ村に来てからというものカザリには日光以上のありがたさを感じ入って仕方がない。

 

 (あぁ、ホント・・・ここでの良心だよ)


 机に頬を付けつつ視線だけを上げて観察してると、カザリは自然と笑みになってしまうのを押さえられなかった。


 「父さん」


 「・・・・はい、なんでしょう」


 「・・・もしかしなくても本題を忘れてない?」


 「・・・本題?」


 その如何にも『何の話をしてるんだ』と言わんばかりの反応に、レイラは容赦なく溜息を吐く。

 「ぐっ・・」と呻くしか出来ないレノ、「何か用事があったんですか、先生?」と無邪気に退路を塞いでいくキユヒ。


 「・・・・・ふふ」


 先ほどの自虐的な笑いとは違う、腹の中がフワフワとする笑いがこみ上げた。

 少し、疲れた体も擦切りそうな精神も、こみ上げた笑いと一緒に楽になってくれた気がした。

 

 (ホント・・・・いいなぁ)


 このエリィナ村に辿り着くまでに降り積もった不信感や恐怖なんかが押し流されて、じくじくと痛む傷跡を癒してくれるみたいだ。

 彼女の前にいる時だけが、人としてちゃんと呼吸出来ている瞬間かもしれない、と。

 半ば本気に、カザリは感じてしまうのである。


 「あー・・・・思い出した、思い出した」


 「えー、ホントに先生?」


 「キユヒも分かってきたね」


 「そうかなぁ? ・・・・えへへへ」


 「おーい、オレにとっての癒し枠を包囲網に懐柔するの止めてもらえませんかね?」


 やいやいと。

 賑やかに話をしてる姿を見て、ついつい笑みが濃くなる。

 若干名、余分な要素が入り混じっているようだが―――それでももう少し、と。

 息を潜め、レイラ達の会話を聞いていようとカザリが決めた直後であった。


 「か・ざ・り~。 起きて?」


 ふわっと、柔らかく髪を梳くように頭を撫でる感触と、官能的なまでに脳を蕩かす声が聞こえたのは。


 「ふひゃいっ!?」


 寝たふりをしていたことなどは完全に忘れて、それどころかどこかに放逐してきた勢いで飛び起きる。

 我ながら体も心も正直だなと、自己評価してしまうが。

 ・・・・いや、今はそれどころではなかった。


 (頭なでなでふぁ!?)


 慌ててレイラが触れていたであろう箇所をまさぐり、感触を確かめる。


 (・・・・・・・ある・・・・触られた感触がある・・・・)


 少し冷えたレイラの手のひらが。

 スラっと長くて綺麗な指先が。

 髪と髪の間を通り抜けて、往復三度に渡って触れた。

 その事実を、感触の残滓を確かに感じ取り、


 「か~ざり?」


 「ふぁいなんでしょうレイラしゃん~」


 「カザリさんが一瞬で起きた!」


 「・・・・・いやいや、それより表情筋が大変なことになってるぞ」


 もう隠すことが出来ないくらいにカザリ・キリシアを溶かした。

 ―――間違いなく、物理的にも。


 「ふふふっ、カザリって面白いわ」


 そんでもって、こちらはこちらで血縁ゆえか、カザリの内情を鑑みない強火な言葉を生成しているレイラであった。


 「ふへへへへへへへへへ・・・・」


 「・・・・・・悲しんだり、怒ったり、喜んだりと忙しい奴」


 「・・・先生?」


 「なんでもなーい。 気にするな」


 その外野を固める二人は一切合切気にされず、何とも言えない感じであった。


 「・・・・あー・・思い出した」


 ふとレノが一言。

 何故、わざわざ全力で拒否されていたカザリの元に来たのかを思い出した。


 「カザリー」


 「・・・・・・はい?」


 「分かりやすい奴だなお前・・・・・いや、じゃなくてだな」


 そうして言い出そうとしたところで再びレイラが前に出た。

 必然的にレノはレイラの陰に隠れる構図となってしまい、今話をしようとするのを邪魔されてしまい「・・・・あれー」と困惑するばかりだ。

 それを意図的に無視してレイラは、


 「カザリ、午後からは私と一緒よ」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふえ・・・?」


 カザリ限定の衝撃発言を放った。

随分と時間が空きました。

もう少しで一年が経ってしまう・・・・・。


一章はすぐに終わる予定だったのに・・・。

本当にちまちまとしか進んでいません。


まぁ、そんないつもの『遅れてすいません』アピールは置いといて11話です。


またよろしくお願いします。

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