梶谷
翌日、体調はすっかり回復したと会社にも東山にも報告して、いつもの日常に戻ることになった。
それと、ついにアパートから出ることになった。
「なんだかんだ十数年、お世話になったな」
といってもほとんどが寝に帰るだけ生活だった気がする。何度か雷都が来たこともあったが、薄壁一枚のプライバシーゼロ空間じゃ人も呼べない。
「おぅ、兄ちゃん久しぶりじゃねぇか」
「どうも、こんにちは」
最近はすっかり見なくなっていたお隣さん、相変わらずの風体だ。
「そういやよ、梶谷とは話したか?」
「梶谷……」
あっ! デスマとか歩夢の件ですっかり忘れてた!
「ああー! すみません、ちょっとバタバタしてたものでまだ……」
「そうかい。まあ、どのみち話せなかっただろうがな」
「それは、どういう意味ですか?」
「あの後すぐ消えちまったんだよ、文字通りな。影も形もない。簡単にやられるような奴じゃねぇはずなんだがな」
「そんな……」
くそ、こんなことならもっと早く電話しておくべだったな。恐らく魔物に殺されたか、あるいは正体が魔物だったのだろう。
「ところで梶谷さんって、どんな人だったんですか?」
「気の強ぇ女だよ。そこらにいる破落戸なんざ相手になりゃしねぇ」
「え?」
「なんだ?」
「気の強い……女?」
「ああ。梶谷麻耶っつー女だよ。確かまだ15かそこらだったはずだ」
「15歳!?」
「一応、勘違いしねぇように言っとくが、俺らがどうこうしたんじゃねぇぞ? あまりに気が強くて喧嘩っ早く、しかも大人すら敵わねぇとんだじゃじゃ馬でな。教師はお手上げ、親にも見放されて荒れ狂ってたところを俺が拾った――いや、保護したと言ってもいい」
「保護……ですか?」
「ああ。なんせそこら中を荒らし回ってたからな、いつ誰に殺られてもおかしくねぇような、そんな状況だったわけよ。まあ見るに見かねてってやつだな。なんせステゴロは強かったからよ、あっという間に実質的なナンバー2よ」
「ステゴロ……?」
「要は喧嘩だ喧嘩。武器無し素手のみのな」
「ああ、なるほど」
「そんな奴だから気になってな、しばらく調べさせてたんだが……結局見つからなかったよ」
なんだか悲しそうに見える。それはそうだ、拾ったという言い方からも個人的な感情が見え隠れする。恐らく娘のように思っていたのだろう。……まあ、俺の勝手な想像だが。
「そうだったんですか……。ちなみに最後に目撃された情報とかありますか?」
「あいつがマンションに帰ったところだ。場所は確か……M区だったか?」
「M区……?」
「ちょっと待ってろ、確認してやる」
そう言うとどこかへ電話をかける。
「……ああ、俺だ。梶谷の住んでたマンション、なんて名前だったか分かるか? ああ、そうだ。……分かった。また今度飲み行くぞ、おう」
電話を終えると「セレスティナ浅部というマンションだ」と答える。
数奇と言っていいのか、なんともタイムリーだな。
「そういや兄ちゃんはどこに越すんだ?」
「えーと……そのセレスティナ浅部です」
「なに!? そりゃあ奇遇だなぁ! けっこう稼いでんじゃねぇか、え?」
「ああいや、知り合いが海外出張するっていうので、安くしてくれたんですよ」
「そんなことできんのか? 羨ましいなぁ」
「はは……ありがたい限りです」
「まあ、なんかあったら言えや。セレスティナならいつでもすぐ行けるからよ」
「あはは……ありがとうございます」
* * *
引っ越しと言っても、大きな荷物は小さな冷蔵庫とテレビくらいしかない。しかも東山からの引っ越し祝いのおかげで、小さな冷蔵庫は寝室専用になった。
「それにしても改めて良い部屋だな」
2LDKの対面式システムキッチン、バストイレ別でエアコンがあり、なんと宅配ボックスまである。防音・遮音対策もバッチリでよほど大きな音を出さない限りはお隣さんにも迷惑がかからない天国のような仕様だ。
しかも当然高速Wi-Fiを完備している。おかげで通信量気にしなくてよくなり、東山とのレッスンもバッチリだ。
「気になることはあるが……」
一つは以前、挨拶を兼ねて部屋を見に来た時の違和感というか気配だ。あれからメイプルに監視してもらってるが報告は無い。つまり異常無しってことだ。
「俺の気のせいか? でも確かに感じたんだよなぁ……」
もう一つはさっき聞いた15歳の喧嘩最強女子、梶谷麻耶だ。最初話を聞いた時にはてっきり男だと思ってたのに、まさか女の子だとは……。
15歳の女の子が姫嶋かえでの戦闘シーンを目撃したとなれば話は変わってくる。梶谷麻耶も魔法少女か、あるいはローレスになる手前かだ。――いや、一応まだ未契約者の可能性もあるのか。魔法の杖が届いたけど触ってないという説。
「どちらにせよ、魔法少女の関係者であることは間違いないわけだ。なら話は早い。――ハロー、メイプル」
『お呼びですか?』
「魔法少女のデータベースから梶谷麻耶って名前を検索してくれ」
『――名前はありますが、まだ候補となってます』
「やっぱりあったか。候補ということは、まだ魔法少女の契約はしてない?」
『はい。そうなります』
契約してないってことは、まだ魔法の杖には触ってないわけだ。まあ気持ちは分かる。
男勝りで勝ち気で硬派な女の子が、あんないかにも少女アニメグッズのような魔法の杖を使うわけないよな。
「ちなみに魔法の杖の位置は分かるか?」
『現在位置は307号室ですね』
「307号室か……とりあえず行ってみるか」
部屋を出て3階に下り、307号室の前に行くとプレートには確かに【梶谷】とあった。
「メイプル、なにかしら反応あるか?」
魔法少女モードじゃないとセンサー類は使えないのでメイプルに頼る。
『いえ、魔法の杖以外の反応はありません』
念の為にハンカチを出して指紋が付かないようにレバー式のドアノブを開けようとしてみるが、やはりというか鍵が掛かっていて開かない。
魔法の杖は部屋の中、鍵が掛かっていて本人はいない。まるで密室殺人事件のようなこの状況で、麻耶という子はどこに消えたんだ……?
To be continued→
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
応援よろしくお願いします。
皆さんは覚えているでしょうか? お隣さんのヤ○ザと梶谷。特に梶谷は名前がチラッと出ただけなので覚えてない人も多いかも。第二章でようやく少し深掘りできました。
梶谷はいったいどこへ消えてしまったのか?
お楽しみに!




