路の整理①
「……あれ?」
チュンチュン、と鳥の声が聞こえる。見慣れない部屋に一瞬戸惑ったが、すぐに昨日のことを思い出した。
「そうだ、確か東山に運んでもらって……」
東山はさすがに帰ったようだ。部屋には誰もいない。
「お目覚めですか?」
「あれ、いたのか」
リビングから人形がやって来る。自分とそっくりな人形がいるというのは、やはりまだ慣れないな……。まあそのおかげで助かったわけだが。
「薬は?」
「こちらに」
人形は薬の入った紙袋を俺に見せる。
「ですが……」
「ん?」
「もう回復されてるように見えますが」
「え?」
そう……言われてみれば……身体が軽い?
「どういうことだ? お前が飲ませてくれたのか?」
「いえ。私がここに来た時にはすでに容態が安定していましたので、特に看病の必要は無いと思い待機状態になってました」
「容態が安定していた?」
つまり、午後か夕方にはもう治ってた? そんなことあるのか? 仮に薬を飲んだとしても、そんなすぐ治るわけがない。魔法じゃあるまいし。
「……魔法? そうか、もしかしてキュアオール?」
「魔法少女のアイテムですか?」
「噛み砕かれた脚すら再生するような、あの薬なら一瞬で治ったとしても不思議じゃない」
「それは魔法少女が全員持ってるようなものなのですか?」
「いや、ものすごく貴重なものだよ。……そんなものを俺に使うわけないか……。ハロー、メイプル」
『マスター、体調はいかがですか?』
「ああ、だいぶ良くなった。ところでキュアオールって風邪も治せるのか?」
『風邪……ですか。キュアオールを外傷以外で使用した記録がないので分かりません。ほとんどが致命傷に近い状態や身体の欠損などのやむを得ない事情ばかりなので』
「風邪程度で使うものじゃない、か。そりゃそうだよな、10万ポイントとかアホみたいに法外な値段だしな」
「ですが、そうなると楓人さんが快復した理由は謎ですね」
「まあ、分からないものはしょうがない。困ったのは今日一日暇だってことだ」
「会社に行かれないんですか?」
「昨日39℃近くの熱出して死んでた奴が、翌日になって全快しました。なんてあり得ないだろ。……いや、無いとは言い切れないが、それにしたって一晩で全快はおかしいだろ」
「では、本日は仮病ということに?」
「まあ、言い方はアレだけどそうなるな」
魔法少女モードのままでもLINEなら報告できるから楽だ。
と、報告しようとして気づいた。
「しまった! 体温計はボロアパートのほうか……。それにあっても平熱だから熱が計れないな……。いや、工夫次第か」
「体温計は私が取って来ましょうか?」
「うーん、平熱になったし俺が行くよ。飛んだほうが早いし。ちゃんと見えない設定になってるよな……よし」
魔法少女モードを解除しないまま寝たのが功を奏した。窓から飛び出して真っすぐアパートへ向かう。
昨日出掛けてからそのままだが、窓の鍵はいつも掛けてないので簡単に侵入できる。
「えーと、体温計は……あった」
ついでに着替えの服とかをバッグに詰める。冷蔵庫も持って行こうと思ったが、さすがに重いし落としたらシャレにならないので止めた。
体温計の表示をせめて37℃にするためにガスコンロでお湯を沸かす。まさかこんな子供がやりそうなアホなことを自分が大人になってやることになるとは……。
良い子はマネしちゃダメだぞ!
「このくらいか?」
お湯に浸けた体温計の表示が37.6℃になったのを確認して、タオルでお湯や水滴を拭いて写真を撮ってLINEに送る。
「昨日まで死にそうになってたのに、その翌日にこんな情けない偽装工作することになるとは……」
ミッションコンプリート。これより帰還する。
脳内でスパイのようなセリフを呟いてマンションへと戻る。
「ふぅ、なんとか終わった」
「お疲れさまです」
「しかし暇なのは変わらないな」
「ところで、私は帰っても大丈夫でしょうか?」
「ああ、そうだね。わざわざ来てもらったのに変なことになってすまん。ありがとな」
「いえ、またご用があればいつでも」
人形が去ると新居に一人ぼっちになる。なんだか広くなったし比較的新しいマンションだからか、慣れなくてソワソワする。
「なにもすることがない」
『では、魔力の路を整理してみては?』
「あ! 忘れてた、そうだそれやろう」
『ドクター藍音からシミュレーターはインストールされてますので。起動します』
目の前におなじみの半透明ディスプレイ――ではなく、魔法の杖からホログラムが浮かぶ。
「おいおい、マジかよこれ……」
まるで腕の血管だけを見ているような、無数の魔力の路が赤く表示されていた。毛細血管のような細いものから動脈のような太いものまで複雑に絡み合っていた。
「これ、実際に魔力を通したシミュレーションもできるんだよな?」
『はい。シミュレーション開始は赤いボタン、操作は緑のボタン、シミュレート結果の保存は青いボタンに触れてください。シミュレーションは指定ない限りはピュアラファイを想定した魔力の流れになります』
「じゃあ、とりあえずこのままで赤いボタンを」
触れてみると、ポーンという軽快な音がして赤いラインが青くなっていく。
「うーん、まるで動脈と静脈だな……」
その様子を眺めていると、確かに効率の悪さが目立った。とにかくそこら中が青くなってしまうので大量の魔力を流さないと魔法の杖まで届かないのだ。そのロス率は48%とある。つまり100流しても半分ほどは無駄になっているわけだ。
「ちなみにこれ、整理しないと皆だいたいこんな感じ?」
『個人差はありますが、40%前後が平均値です。最高65%、最低23%と記録されてます』
「上下だいたい20%くらいか。さて、ロス一桁を目指して頑張りますか!」
To be continued→
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一晩で快復した楓人。いったい何があったのか……?




