藍音のリスク
「まず相手の――有栖川彩希に確認したいのは、どうして私を知っているのかなんだ」
「……有栖川?」
「知ってるのか? まあ有名な巨大企業だもんな」
「ええまぁ。……お仕事の関係で知ってるのでは?」
「正直、うちみたいな小さい会社が本来関わるはずないんだよ有栖川HDなんて。だから心当たりが全く無いんだ。私を指名してきたのが謎すぎる」
「……」
「どうしたの?」
「かえでさん、器用ですよね。魔法少女でいる時には一人称が私」
「ああ……“俺”の時もあるけどね、女の子の体と声だし違和感はもう無くなったよ。それに私って人称自体はビジネスシーンで慣れてるからね。さすがに元の姿で女の子のフリするのは疲れるし恥ずかしいけど……」
「なるほど、魔法少女はビジネス」
「うーん、なんかアレだけど、言い得て妙だな……」
「彩希さんとは本当に面識ないんですか?」
「ああ。そもそも孫娘がいるってことすら今回初めて聞いたからね。どこでどう繋がってるのかはさっぱりだ」
「確認したら、次はどうします?」
「ケース・バイ・ケースと言っちゃそれまでだけど、どんな状況でも商談は進めたいと思ってる。紫には退屈させてしまうかもな」
「私は構いませんよ、慣れてますし」
「え?」
「いえ、なんでも。ところで私は妹がいいですか? それとも恋人?」
「ブっ!?」
ちょうどお茶を飲もうとして、思わず吹き出してしまった。
「かえでさん、大丈夫ですか?」
「げほっ! ごほっ! ……だ、大丈夫。さすがに恋人は無理あるだろ、年齢差えぐいだろ」
「恋に年齢は関係ありませんよ」
なんだその達人感ある言い方。中高生は年上ウェルカムという話は昔からよく聞くが、今も変わらないのだろうか?
「それはそうかも知れないけど、私が社会的に死ぬ可能性あるから却下だ。ただでさえ正体バレたら人生終了とかいう理不尽な魔法少女やらされてるってのに」
「そうですか、残念」
なにが?
「妹というのも正直無理がある。家族構成は会社に知られてるからすぐにバレるし」
「では、親戚の子。という設定はどうでしょう?」
「……なるほど、いっそ遠縁の子が遊びに来てるという話なら多少強引でも行けるか」
「それなら名字が違っていても違和感ありませんね」
「うん。悪くない」
「ただ、一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
「私の名字だけ変えたいんです」
「廷々じゃダメなのか?」
「ちょっと、事情がありまして」
「そっか……じゃあ名字を決めないとな。なにがいいかなぁ……。松野とか?」
「それでいいです」
「いいのかよ! じゃあ松野紫?」
「はい。松野です」
「よし、打ち合わせはこんなところかな?」
「そうですね、では……」
「ああそうだ、一つ相談があったんだ」
「はい? なんでしょう?」
「実は……」
東山煌梨に誘われてライブに行ったらHuGFのメンバーが魔物に寄生されたのを偶然確認した。という話をした上で、その魔物を見つけられないかと訊ねる。
俺の全力意識集中で見つけられなくても、ぷに助の結界を見抜くことができる紫なら、あるいは……。
「……どうでしょうか。実際に見てみないことには、なんとも言えませんが」
「無理ならまた別の手を考えるけど、なんとか頼めないかな?」
「構いませんよ。他ならぬかえでさんの頼みですし」
「本当に? よかった、ありがとう!」
「では、集まる時にまた連絡してください」
「わかった。とりあえず日曜日の付き添いよろしくね」
「はい。こちらこそ」
紫が部屋から出たのを確認して、メイプルに訊ねてみる。
「ハロー、メイプル」
『お呼びですか?』
「さっき私が撃ったの見た?」
『いえ。記録を見てみますね。……これは、クイックドロウですか!』
「クイックドロウは知ってるんだ?」
『はい。高位魔法少女でも、これほど鮮やかにクイックドロウを決められる人は滅多にいませんよ』
「そんなに?」
『はい。私が保証します』
「そっか。……ところで、魔力の路についての話は覚えてる?」
『はい。どの部分でしょう?』
「路の整理のとこ。技術班のところでシミュレートできるって知ってた?」
『いえ、それは初耳です。……確認しました。確かに技術班のデータにありますね、これは失礼しました』
「藍音がデータ入れ忘れてたってこと?」
『どうやらそのようです』
「メイプルは情報収集できないの?」
『魔法通信はできますが、なるべく外部アクセスはしないよう言われています』
「どうして?」
『恐らく機密保持のためと思われます』
「機密保持って……メイプルの?」
『私の存在はマスター、ドクター藍音、スレイプニルとごく一部の技術班しか知りません』
「え、そうなの? 紫にはなんとなく言わなかったけど」
『技術班は中立であるべき。という理念があるようでして、担当の魔法少女であっても特別入れ込むことは原則禁じられているんです』
「中立か……。つまり、メイプルの存在がバレるということがイコール藍音のピンチってわけか」
『そうなります』
「ははっ、バレたらアウトなんて、まるで俺と同じだなメイプルは。……そうか。そんなリスクを負ってまで、藍音はメイプルを作ってくれたのか」
今度、また改めてお礼しないとな。
「でも、やっぱりメイプルの能力を最大限引き出すには外部接続はマストだ。また藍音と三人で話し合おう」
『私は人ではありませんが?』
「メイプルには心がある。それはもう立派な人格だよ。なら三人だ」
『……ありがとうございます』
「さて、少しクイックドロウ練習しようかな」
『お付き合いします。――シミュレート・モード『スヴェル』を開始します』
To be continued→
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廷々紫はかえでが好きなのか楓人のことが好きなのか、はたまたからかって面白がっているのか……。
次回は紫の秘密が明らかに……?




