HuGFのリーダー、東山煌梨
訓練棟に戻って意識集中短縮の練習を再開しようと思ったら、ショップに見覚えのある女の子がいるのに気づいた。
「あの子、確か……」
会社の後輩から聞いたような――
* * *
「アイドルグループ?」
「はい、自分の趣味で」
「へー、ドルオタってやつか?」
昼休み、入社3年目の佐々木航太と飯を食べていると趣味の話題になった。
「いやー、そこまでじゃないですよ! 自分が応援してるのはHuGFってグループで推しは東山……」
「いやいや待て、ちょっと待て。落ち着け」
「え? はい」
「まずHuGFってなんだ? 新しいプログラミング言語かなんかか?」
「やだなー先輩、ハピネスundグッドフォーチュンの略ですよ!」
「……なんだって?」
「だから、ハピネスundグッドフォーチュンの略です!」
「なんでundなんだ、andじゃないのか?」
「先輩、セリフに直接ツッコむのやめてくださいよ……。undはドイツ語なんですけど、uを英語のyouと引っ掛けて、あなたに幸せを届けます! みたいな意味が込められてるんですよ!」
「なるほどなー、よく思いつくなそんなネーミング」
注文しておいたカツ丼が2つテーブルに届くと、割り箸を横に咥えてパキッと割る。
「それで? CD何枚も買ったりしてるのか?」
「もちろんCDもDVDもBlu-rayも全部買いますよ!」
「十分オタクだろそれ」
「自分なんてまだまだ一般人ですよ。知り合いのガチオタなんて全種類10枚ずつ買ってますからね」
「はあ? 買いすぎだろ、転売でもするのか?」
「そんなことしませんよ。視聴用、保存用、布教用の3枚はマストなんです」
「いやいや、なんのマストだよ」
「それに各種10枚までが上限なんです。で、残りの7枚はポイント用なんです」
「ポイント?」
「CD、DVD、Blu-rayそれぞれにポイントが設定されていて、集めると特典が貰えるシステムなんです!」
「なんだその地獄のようなシステムは……それじゃサブスクなんかは使わないのか?」
「なに言ってるんですか! 今の時代サブスクは基本ですよ! 出先はサブスク、家に帰ったらCD聴いたりBlu-ray観るのが楽しみなんですよ!」
「ああ、よく分かった。お前はもう一般人は卒業してるよ。俺が保証する」
「先輩はアイドル興味無いんですか?」
「あるように見えるなら、この店にいる人間全員そのグループのファンになれるよ。――それで? お前はそのHuGFっていうグループにハマってるのか?」
「はい! 一応他の情報も拾ってますよ。でも今はHuGF――特にリーダーの東山煌梨って子が激推しです!」
「煌梨? また格好いい名前だな」
「でしょう!? 可愛いし格好いいし、もう最高ですよ! ……この子です!」
佐々木が見せたスマホには、どう見ても中高生くらいの若い女の子が映っていた。黒髪のセミロングで画像を見る限りではそんなに目立つ子には見えない。
「なるほど? この前、強引に有給取った目的はそれか」
「そうなんですよー」
ははは、なんて笑ってるが、恥もプライドも窓から投げ捨てたのかってくらいなりふり構わずの懇願だった。正直見ててドン引きするレベルだったが……。
「そうまでして行きたいものか……」
「当然です! 今の自分の生きがいなんですから!」
「生きがいか……」
俺の生きがいってなんだろうな、平のブラック企業戦士を延々と10年以上勤めて彼女もいない。
考えてみれば、佐々木のほうがよっぽど充実してるのかもな。
「ま、楽しめてるのは良いことだ。楽しんできな」
「……」
「……ん? なんか変なこと言ったか俺?」
「いえ! そう、ではなくてですね……」
「なんだ歯切れ悪い」
カツ丼を食べ終えて箸を置く。
なんだか一気にシリアスな空気になってきた。まさかなんかやらかしたか?
「……んです」
「え?」
「チケットが取れなかったんですよー!」
「はあ? ちょっと待て。行く前提の話じゃなかったのか?」
「実は、チケット購入までは行けたんですが……その、ネットワークエラーとやらで決済ができませんでしたとメールが来たんです……」
「うわぁ……。エラーってことは他の人も?」
「はい。確認したら同じような被害が多くて」
「じゃあさすがに返金されるだろう」
「返金はされるんですが、そんなことよりチケットを配って欲しかったです」
「また買えばいいじゃないか」
「全員が買えるわけじゃないんです! 抽選に勝った人だけなんですよ!」
「え? まさか再抽選したのか?」
「はい。それで落ちてしまって……」
ご愁傷さまという他ない。
「そればっかりはしょうがない。諦めて有給返上するか遊びに行くかだな」
「ダメ元で万が一の話なんですけど、先輩の知り合いでチケット譲ってもらえる人なんていませんよね?」
「残念ながらいないな」
「ああああああ!! 俺はどうしたらいいんだ……」
「仕事するしかないな。缶コーヒー飲みながら楽しい残業ライブしようぜ」
「ライブって付ければ楽しくなるわけじゃないですよぉ……」
「だろうな。それで楽しくなるなら働き方改革なんて叫ばれないだろうよ」
会計して外を出ると、都会特有の熱気が押し寄せて一瞬で気力を奪われる。
「まったく、今年の夏はいつにも増して暑いな」
「ですね……早く戻りましょう、外よりは会社のほうが天国です」
「だな、楽しいお仕事に戻るとするか」
* * *
――そうだ思い出した。大人気アイドルグループ『ハピネスundグッドフォーチュン』のリーダー、東山煌梨だ。
ここにいるってことは魔法少女なんだよな? まさかアイドルが魔法少女やってるのか?
普段の表の世界なら特に気にしないところだが、同じ魔法少女となると興味が湧く。
「あの、東山煌梨さんですよね?」
「ええ、そうよ。あなたは?」
「あ、すみません。姫嶋かえでといいます」
「かえでさんね。なにかしら?」
「いえ、その……まさかアイドルが魔法少女やってるとは思わなくて」
「あら、仕事のこと知ってるのね、ありがとう。でも私から言わせてもらえば不思議でもないわよ」
「え?」
「器が強い魔法少女はなにかしら秀でてる傾向があって、例えばKnowTuber/Vtuberで有名だったり、インフルエンサーだったり、スポーツ選手だったりね。あなたはどんな才能を持ってるかしら?」
「い、いえ! 私は別に……」
「ふーん?」
東山は足先から頭のてっぺんまで、舐め回すように俺を吟味する。
「……っ」
「かえでさん、あなた気づいてないのね?」
「……なにがですか?」
「十分、アイドルになれる資質があるわよ」
「……は?」
「そうだ。今度ライブがあるんだけど、かえでさん出てみない?」
「えーと、大変ありがたいお誘いなんですけど、チケット無くて……」
「あら、なにか勘違いしてない?」
「へ?」
「見に来るんじゃなくて、出演に行くのよ」
「……ええええーっ!?」
「言ったでしょう? あなたには資質があるって」
「そんな、でも……」
「大丈夫、私がプロデュースしてあげるわ。そうだ、お友だちも誘って見に来てもらいましょう」
「いや、だからチケットが……」
「大丈夫。プラチナチケットだけど、2枚くらいならなんとかなるわ」
うわぁ……職権濫用じゃないのかそれ。
「あとで電子チケット引き換え用のアクティベーションコードを送るから、LINE交換しましょう」
「あ、えと、はい」
「……ありがとう。かえでさんなら必ず成功するわ。じゃあ、また連絡するわね!」
そう言い残して東山は去っていった。まるで台風一過のように場が静かになる。
押されるまま流されるままに、プラチナチケットを貰えることになった上に大人気アイドルとLINE交換してしまった。
「佐々木が知ったら発狂するだろうな」
しかし、このあり得ないほどの幸運を素直に喜んではいられない。
歩く最高機密となった俺がアイドル? ステージに出演する?
「どうしたらいいんだ……」
To be continued→
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
応援よろしくお願いします。
現役アイドルの魔法少女というのは、この作品を始めるにあたってやりたかった話の一つです。いうなれば第二章はアイドル編ですが、ストーリー展開がかなり目まぐるしくなるので、ひとくくりにするのは難しいです。
まだまだ書きたい話はありますが、とりあえず第二章の完結を目指してがんばります。




