緊急事態!?
「せんぱーい」
「……」
「せ・ん・ぱーい」
「……んん」
「起きないですね」
「こうすれば一発だ」
耳元で「納期間に合わねーぞ」と聞こえた俺は、ほぼ条件反射で「うわぁぁー!!」と叫びながら飛び起きた。その拍子に目の前にいた雷都に頭突きしてしまった。
「ぐあっ!」
わりと本気で痛かったらしく、雷都は頭を抱えて悶える。
「てめぇ! 殺す気か!」
「いや、悪い悪い……まさか目の前にいるとは」
「あー痛ぇ……。お前徹夜かよ?」
「ああ、まあな。おかげでかなり進んだよ。寝不足だけどな……ふぁ〜」
「……先輩これ、一人でこんなにやったんですか!?」
「ん? ああそうだよ」
「どれどれ……ああ、こりゃまたキレイに書いてあんなぁ、さすがコードの鬼」
「どうしてですか? 納期まで本当に時間無いのに」
「ああ……なんていうか、丁寧に書くと分かりやすいし気持ちいいだろ? それになんかあった時に対応がしやすいし」
「こいつは昔からコード書くのだけはキレイにやるんだよ。他はわりとズボラだけどな」
「へぇー……」
「さて、今日も頑張りますか」
「楓人は今日終わったらすぐ帰れよ」
「そうもいかない。最終チェックもあるし」
「あのなぁ、また倒れたりしたら、しわ寄せはこっちに来るんだからな? 分かってんのか?」
寝起きの頭にボールペンをコツコツと当てられる。
「分かってるよ……」
「ったく、まず顔洗ってこい」
「ああ、そうするよ」
こんな事もあろうかと、念のためロッカーに置いてあったタオルを持って顔を洗いにトイレへと向かう。
「ふぅ……」
冷水で洗うと目が覚める。
仮眠時間は2時間ほど。よく眠れたほうだ。一応スマホで目覚ましは設定しておいたが、新島と雷都のおかげで起きることができた。
「新島……か」
新島が魔物化したら、他の魔物と同様に浄化しなくてはならない。すぐにではないが、そう遠くないうちに。
なんとかならないものか。というのはぷに助にも聞いたが――
『どうにもならん。器は割れたら修復不可能なのだ。魔物化する汚染度は魂によって違うため、早いか遅いかしかない。魔物化は止められない』
『つまり……救う方法は無いってことか』
『残念ながらな』
「くそっ!」
なんで新島なんだ? どうして……。
これじゃまるで、余命宣告じゃないか――!
「おい、なにかあったのか?」
「え?」
トイレに入ってきたのは、先輩諸氏の中で一番チャラくて仕事ができない小宮和史だった。
女遊びが派手なことで有名で、この会社の中だけで10人は手を出したらしい。
「いえ、別に」
「なんだよ、俺には相談できねーってか? なんなら女紹介してやろうか? この前いい女見つけてよ、まだ18なんだけどな」
「ちょっ! 未成年じゃないですか!」
「んだよ、気にすんなそんなこと。今どきは16から食べ頃なんだからよ」
「――!」
こいつ……女遊びが派手だとは聞いてたが、まさか未成年にまで手を出してるとは……!
「い、いえ、俺は別に……」
「あ? お前ホントつまらねぇなぁ、女くらい知らないでどうするんだよ?」
「いえ、その、仕事で手一杯なもので……」
「んだ? 俺は仕事してねーみたいじゃんよ?」
その通りだよヤリ○ン野郎。
「いえいえ、また今度ということで」
「たーくよぉ、真面目ちゃんだなお前は。ま、お前には新島がいるからいいか」
「え?」
「え? なに? お前まさか……気づいてねぇの?」
「えーと……」
「かぁーっ! お前ヤバいぞそれ! まあ、俺の好みじゃねーから別にいいけどな、さっさと仕事戻れよー」
「は、はぁ」
なんだったんだ? 確かに新島は職場の紅一点だけど……まさか狙ってるのか? でも好みじゃないと言ってたし……訳が分からん。
開発室に戻ると、新島も雷都も黙々と仕事していた。俺も自分の席に座って仕事を再開する。
山田商事の案件が最優先だが、十河運輸の方も大枠くらいは作っておかないといけない。
「終わる気がしない……」
ボヤきながらもキーボードを叩いていると、社内メッセンジャーに通知が入る。
「まさか案件追加とか言わないよな?」
いくらなんでも追加されたら冗談抜きに死ぬ。今日も徹夜しないといけない。また過労で倒れるぞ。
「なんだ、新島からか」
『先輩、お手伝いできることがあったら言ってくださいね、なんでもしますからっ!』
「……なんでもか」
分かっちゃいるけど妄想してしまうのは男の性だろう。詳しく書いたら官能小説になってしまうので残念ながら割愛する。
気持ちはありがたく受け取る。今度飯でも奢ってくれ、と書いて返信した。
「緊急事態だ!」
「――!?」
目の前にいきなり現れたぷに助に驚いて、危うく椅子から転げ落ちるところだった。
「てめ――!」
反射的に叫びかけてハッとなる。
昨夜とは違う。今は昼間で新島と雷都がいる。しかも新島にはぷに助が見える可能性がある。
下手に騒いだらまずいので小声で話す。
「なんだコノヤロー、俺を殺す気か? 社会的に抹殺する気か?」
「アホが! 本当に殺されるかも知れんのだぞ!」
「はあ?」
「あの御方が会いたがっているんだ!」
「あの御方って、歩夢のことか。会えばいいのか?」
「そうだ。素の姿でな」
「素の姿って……?」
「つまり、変身してない姿の姫嶋かえでと会いたいそうだ」
「い、いつ……?」
「明日だ!」
「ええー!?」
思わず声を出してしまって慌てて口を閉じる。新島が「どうかしましたか?」と訊いてくるので「いや、ちょっとな、なんでもないよ」と笑って誤魔化す。
「あの御方の行動力はハンパじゃないからな。いいか? 明日夜9時にH公園だ!」
「夜9時!? H公園は近いからいいけど、9時かあ……仕事間に合わない――」
「アホか! 正体バレるかどうかの瀬戸際だというのに仕事してる場合か!」
「うっ……」
「いいか、しっかり伝えたからな!」
「え? おい待てよ、俺はどうすればいいんだ!?」
「私は忙しいのだ! 追ってまた連絡する!」
「連絡って、俺は今魔法の杖持ってないんだぞ!? おーい!!」
しかしすでにぷに助の気配はなく、カタカタとキーボードを叩く音だけが聞こえていた。




