特別な夜
「よっし、こんなもんかなー?」
「なんや手応えの無いやっちゃなー」
「普段のレベルはこんなものだろう。ニューラの波状攻撃が強かっただけだ」
「ほんなら、ウチらで片付けたかったわ」
「そういうわけにも行かないだろう」
「あ、ライブも終わったみたい! じゃあ、あたしは先に戻ってるねー、記録見なくっちゃ!」
「せっかちなやっちゃ。……なぁ、気づいとったか?」
「ああ。我々の姿までは見えないだろうが、違和感を感じたのだろう」
「アイツ、確か三ツ矢女学院に潜入しとるスパイやろ?」
「先代とは違って仕事熱心のようだな」
「……まあええ。それで? 悠月のほうはどないや?」
「手応えはある。近いうちに姫嶋とも接触があるだろう」
「しっかし分からんなぁ……あんたも悠月もなんで姫嶋やねん。確かに器は強いで。トリックスターの継承者でもある。けどなぁ」
「そのうち分かるさ。それに、適性で言うなら私自身はこの任務に向いているとは思わない」
「はぁ? 冗談キツイで自分。あんた以外おれへんやろ。実績もそうやけどな、他のとは器がちゃうねん。魔法少女としても人間としてもな」
「そう言ってくれると嬉しいよ。――そろそろ我々も撤退するとしよう」
「そうやな。ほな、またあとでな」
「ああ」
北見に助っ人として呼ばれた3人は、他の誰に気づかれることもなく仕事を終えて解散した。
* * *
「……」
ライブが終わり、外に出た真中はさっきの違和感があったポイントを見つめる。しかし先ほどの感じは消えていた。
「状況が終了したのか、それとも……」
数秒考えて思考を切り替えた。情報が降りてないということは任務に関係はなく、真中個人にも関係無いからだ。
「それにしても、凄かった」
HuGFのライブを初めて観た真中は、そのあまりの熱量と完成度に圧倒された。学院の体育館であることを忘れ、ただひたすらに彼女らのパフォーマンスに魅入ってしまった。
それは人生で初めてのライブを経験した生徒たちも同じで、興奮が収まらないといった様子だった。
時刻はすでに19時を回っていた。三ツ矢女学院は普段、夜間の出歩きは禁じていたが今夜に限って特別に少しだけ自由が許された。そのため各所から歓談の賑わいが聞こえてくる。
「姫嶋さんすっごく可愛かったよねー!」
「ホント! 同じ女子とは思えない」
「私も姫嶋さんくらい可愛ければなー」
「歌もダンスも上手かったし!」
「アイドルと同じ学校なんて素敵よね!」
興奮冷めやらぬ初めての夜に、お互いにライブの感想を言い合っていたが、もっぱらの話題はやはり姫嶋かえでについてだった。
話題の中心である当の本人は、メンバーと一緒に寄宿舎の自室にいた。
「みんな! お疲れさま!」
「「カンパーイ!!」」
かえでの部屋限定ではあるが、ここでもまた特別に飲食が許された。
「まさか北見校長先生がここでの打ち上げを許可してくれるなんて……」
「私が頼んでおいたのよ。せっかく普段行けない三ツ矢女学院に行けるんだから、色々見てみたいじゃない? かえでのプライベートとか、ね?」
「いやいや、プライベートって言ってもご覧の通りなんにも無いよ」
「本当に質素だよねー、瑠夏の部屋くらいなんも無いし」
「え? 瑠夏の部屋もこんな感じなの? ていうか麗美さん行ったことあるんですね」
「敬語要らないって、今さら」
「あ、ごめん」
「あたしは全員の部屋行ったことあるよー」
「そうなんだ」
いわゆる陽キャな麗美はムードメーカー的な存在だが、楓人にとっては若干苦手な相手だった。しかし姫嶋かえでとして接していると、不思議と気にならなかった。
「麗美は勝手に押しかけて来るだけ」
「なーにー? ちゃんと手土産持って行っただろ?」
「そういう問題じゃない……。それに手土産がなんで外郎なの」
「山口って言ったら外郎じゃん」
「えーと……。麗美は山口県に旅行でも行ったの?」
「ていうか、あたし山口県出身だからさ」
「あー、なるほど」
他の人にも外郎を配ってるのかな? 食べたことないからちょっと気になる。
「私は外郎好きだよー」
「さっすが響子さん! 分かってるー!」
賑やかな打ち上げの途中、煌梨が「かえで、ちょっと」と部屋の外に手招きする。なんの用だろうかと廊下に出た楓人の前には、私服姿の逢沢優海がいた。
「優海さん!」
「かえでのステージ見たよ。すっごく可愛かった」
「ありがとう……ございます」
可愛いと言われ慣れない楓人は照れながら礼を言う。
「煌梨ちゃんも、ライブお疲れさま。良いステージだったわね」
「ありがとうございます」
「あれ? 優海さん知り合いだったんですか?」
「魔法少女はそう多くはないから、自然と知り合いになるのよ」
「そうなんですか」
「それに、優海さんみたいな強い人の周りには自然と人が集まるの」
「あー、それなんか分かる」
「そういう煌梨ちゃんだって、けっこう強いじゃない」
「そうだよ。煌梨の双剣カッコよかったよ」
「そうかな……。なんか真面目に言われると照れちゃうわね」
優海と煌梨と3人でしばらく談笑した後、部屋に戻り再度乾杯する。しかし無情にも時間は過ぎ去り、あっという間に魔法の時間は終わってしまった。
「えー? もうそんな時間ー?」
まだ騒ぎ足りないといった様子の麗美は、不満そうにジュースを呷る。
「ここまで好きにさせてくれただけ奇跡なんだから、文句言わないの」
「そうだよ。もうみんな寝る時間だし」
「はーい。しょうがない、帰るかー!」
後片付けをして寄宿舎を後にすると、かえではメンバーと一緒にHuGF専用バスに乗り込む。来週から復学ということで、一旦寄宿舎を出ることになった。
「煌梨、ありがとね」
「どうしたの? かえで」
「学院の皆がこんなに素敵な夜を過ごせたのは煌梨のおかげだから」
「なに言ってるのよ、私をその気にさせたのはかえでじゃない」
「え?」
「忘れたの? 本部長室で私に言ったこと」
「あー」
『東山さんに暗い顔は似合いませんよ』
「かえでが私を元気づけてくれたから、このライブをやれたのよ。そうじゃなかったらライブどころかHuGF解散してたかも」
「えー! 解散!?」
「私が抜けるだけで済むならそうしたと思う。でも、きっと維持は難しかったと思うわ。だから私の方こそ、かえでには感謝してるの。本当にありがとう」
「いやいや、そんな」
「ところでツアーについてなんだけど」
「ええ!? もう!?」
「当たり前でしょ。もう決まってるんだから、来週からまたレッスンやるわよ!」
「ひぃぃー!!」
賑やかなバスは三ツ矢女学院を出発し、いつもの日常へと向かう。
忘れることのできない事件が待ち受けていることも、その事件が人々の心に大きな爪痕を残すことも、この時はまだ誰も知る由もない――。
To be continued...
あとがき
第三章・最終回まで読んで頂いてありがとうございます。
★★★★★評価で応援してくださると大変励みになります。ブクマもお忘れなく。
長い第三章がようやく完結しました。ざっと単行本1.5冊分ほどです。こんなに長くなるとは思いませんでしたが、ここまで読んでくださった皆様には感謝しかありません。本当にありがとうございます。以下、裏話と第四章についてです。第四章については活動報告にも書いてあります。
第三章は1ヶ月で20万文字を超える書き溜めを作れたのがとても大きく、推敲時間も大きく取れてクオリティを上げる事ができたと思います。1日1万文字書けた時もあり、西尾先生かな? と思える覚醒ぶりでした。ゆうて気づけば第二章から2年経っていたので、1年で10万文字と考えると月1万文字も行かない計算にはなるんですが……。
本当なら完結してから投稿したかったんですが、年初に「今年再開します!」と宣言しましたし、10月中旬になってもまだ終わりが見えなかったので、このままだと再開は来年になってしまう……。ということで書きながら更新することにしました。結局完結まで書けたのは2月後半だったので、書きながらの更新は正解でした。
制作の裏話としては、三ツ矢女学院のニューラ襲来は実を言うとホラーテイストで描く予定でした。魔物が入れないはずの学院内で続々と生徒が襲われていく。正体不明の侵入者……。といった感じ。でも気づいたらバトルシーン多めの王道(?)展開になってました。バトルシーンは好きだから良いんですけどね。あと、没になった話が15話分(約30,000文字)ほどあったりします。
第四章は100話を超えないようにしたいと思いますが、どうなるかは未定です。実はまだプロットも作れてません。スタートとゴールは決まってるんですが、絡める話やキャラの立ち回りなど細かいことはまだです。けど、少しだけ伏線を回収したり、ストーリー上やらなければいけない話を書いたりと、作品全体として前に進むような章になる予定です。お楽しみに。
これからまた書き溜め期間に入りますが、もう「なる早」とかASAPとか言いません。ですが1年以内には出したいと思ってます。
それと、以前のあとがきにも書いたのでご存知の方もいると思いますが、『アニセカ大賞』に応募して一次落ちでした。アニセカは他のWEBコンテストと毛色が違って面白そうなので参加したんですが、力不足だったようです。
長々とあとがき書きましたが、これから第四章を構築していきます。それと、新作も考えているのでお楽しみに。またお会いしましょう。
そらり@月宮悠人




