自販機でまた
「……どうかな?」
翌日、急遽メンバーに集まってもらって英歌詞を入れたエンディング歌詞を見せた。
「煌梨には単純な英語がいいって言われたんだけど、ヒロインの心情を表すには詩的にしたほうがいいかなーって思って……」
本業でもライブでもない、異質の緊張感に吐きそうになる。
「……これよ」
「え?」
「かえでちゃん! すっごく良くなったよー!」
「うわっ!」
響子に押し倒されて頬ずりされる。どうやら上手くハマってくれたようだ。……そろそろ退いてくれないかな。
「ほら響子、いつまでやってんの」
「にゃー!」
いつも通り煌梨につままれる。
「かえで、やるじゃない」
「ありがとう」
「タイトルも良いね」
プリントした歌詞を見て瑠夏が呟くと、明音も「うんうん」と頷く。
「私もこのタイトル好き」
「それじゃ、これで決まりね! 作者にもメールしといたから、調整するところあったら知らせるわ」
「分かった」
ふぅー、なんとかなったな。原型は残らないと思うが、まさか俺が作詞デビューすることになるとは。
「じゃあ、あとは練習に集中しましょうか」
「あ……うん」
ニッコリ笑顔の煌梨が怖い……。
* * *
「うぇ〜……」
1時間ぶっ通しは魔法少女の体であっても疲れる。
「10分休憩したら次の曲やるわよ」
「も、もう少し休めない?」
「大変なのは分かるけど、とにかく時間がないのよ」
「それは分かるんだけどね……。あ、飲み物もう無いや。ちょっと買ってくるね」
「私も行くわ」
スタジオ内の自販機に行くと、煌梨が横で「ごめんね」と呟く。
「え?」
「あんな事件があって大変だったのに、せっつくようで」
「いいって、そもそも私が余計な提案したから時間が無いわけだし」
「余計じゃないわ!」
「煌梨?」
感情を露わにする煌梨はなかなかに珍しい。普段はキリッとした感じで、リーダーの振る舞いをしてるせいか大人びて見える。
「正直ね、私は感謝してるの」
「感謝?」
「かえでがオープニングを歌うことになって、本当に嬉しかったの。でも、本当はHuGFとしてもやりたかった。2期があるのは聞いてたから、チャンスはまだあると思ってたんだけど、かえでがそのチャンスをくれたの」
「でも、そのチャンスを掴み取ったのは煌梨でしょ」
「私が?」
「だって、私の提案を直接作者にプレゼンしたのは煌梨じゃない。普通なら『エンディング差し替えなんて無理』で話は終わりだよ。それを多方面から怒られるの覚悟で行動した煌梨の勝利だよ」
「……ほんと、かえでってすごいね」
ふわっとシトラスの香りがして、抱きつかれたことに一瞬気づかなかった。
「き、煌梨!?」
「ありがとう、かえで」
……なんだろう、今の煌梨は人気アイドルというより一人の女の子という感じがする。だからだろうか、ドキドキするのは変わらないが、軽く抱きしめることができた。
「おっ、熱い現場を目撃してしまったかな?」
「にゃうぁっ!!」
ビックリして変な声が出た。
「ははは、驚かせてしまったかな?」
「九重さん!」
「やあ、煌梨。久しぶりだね」
女子ってなんでこう切り替えが早いんだろうな。つい今さっきまで感動的なシーンだったのに、一瞬で恋する乙女に変身だ。――いや、恋というより憧れの人か?
「新曲はどう? 仕上がった?」
「あと少しです……」
「楽しみにしてるよ。がんばってね」
「はい!」
「二人ともスポーツドリンクでいいのかな?」
「え? いやいや! 自分で買いますから!」
「いいから」
「……じゃあ、スポーツドリンクで」
「君も?」
「あ、はい。……あの、この前も買って頂いて、ありがとうございます」
「いいよ、気にしないで」
「あの、プロデューサーだったんですね。HuGFの」
「ああ。といっても肩書だけだよ」
「どういうことですか?」
九重はスポーツドリンクを二つ買って手渡すと、少し困ったように頭を掻いて苦笑いする。
「本当のプロデューサー、黒幕は別にいてね。僕は広告塔というわけさ」
「そんなことないです! 九重さんがいたから、私たちはここまで来れたんです!」
「ありがとう、煌梨。――そうだ、君……姫嶋かえでだったね」
「え? はい」
「詳しいことはまた今度話すけど、君に仕事の話があるんだ」
「仕事? アイドル活動ってことですか?」
「どうかな。僕もまだ分からないけど、間違いなく君のステップアップになるよ」
「はぁ。分かりました」
「話はミニライブの後にしよう。いいかな?」
「大丈夫です」
「じゃ、またね」
九重が去ると、煌梨は俺を見て信じられないような顔をしていた。
「かえで……ヤバいかも」
「や、ヤバい?」
「九重さんが直接話を持ってくる子はスターになるって言われてるのよ」
「まさかぁ」
「実はね、私たちは九重さんに声を掛けられて企画を知らないままHuGFを結成させられたの」
「えええ!? ……いや、でも私は今HuGFのメンバーだよ?」
「かえではまだ正式なメンバーじゃないの。あくまで新人アイドルがコラボしてるだけ。だから九重さんが直接話を持って来れるのよ」
「そう……なんだ」
なんか嫌な予感がする。だがこれは姫嶋かえでのサクセスストーリーじゃない。それにアイドル活動は特例で許されてるが、芸能活動をなんでもやっていいものじゃない。北見校長や中原理事長が許さないだろう。
「煌梨、今の話は皆には内緒にしてね」
「皆は誰かに漏らしたりはしないわよ?」
「そうじゃないよ。変に期待させたり意識させたくない。正式に話を聞いたら私から話すよ」
「かえでがそう言うなら、分かった」
「よし、練習を再開しよう」
嫌な予感を振り切るためにも、再び過酷なレッスンへと向かった。
To be continued→
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かえでに仕事の話。例の話でしょうね。さらに忙しくなる予感?




