戦いが終わって - 北見校長
「大変だったわね」
校長室に行くと、いつも通りお茶を淹れてくれた。美味しい高級茶と分かり、今回は遠慮なく頂く。
「……美味しい!」
「でしょう? 滅多に手に入らない茶葉よ」
「って、もしかして山田さんから貰った!? そんな高級茶を――!!」
「そんな気にしなくていいのよ。まだあるから」
「そ、そうですか」
「この茶葉はね、少し特別なの」
「特別?」
「そろそろ効いてくるはずよ」
「効いてくるって……。あっ!」
体の奥が熱い。乃愛のマッサージに近いが、それよりも深く芯から熱くなる感覚がある。
「これ、もしかして回復効果が?」
「ええ。魔法アイテム以外では珍しい魔法少女を回復する効能がある茶葉なの」
「すごい……。力が漲るようです」
「でしょう? きっと厳しい戦いになると踏んで分けてくれたのね」
なんで茶葉なんか……と思ったが、これは最高のサポートだ。あとで山田さんに礼を言わなきゃな。
「これ、他の人にも」
「もちろん。あとでちゃんと淹れてあげるわ。冷めても美味しいし、効能も変わらないから」
「ありがとうございます」
「それで」
ソファに座ると、俺の目を真っ直ぐ見据える。
「どうだった? 今回の戦いは」
「……自分の力不足を痛感しました。ピュアラファイだけじゃどうにもならなくて、協力者の皆さんがいなかったらどうなっていたか」
「どうしてピュアラファイしかないの?」
「えーと、魔法を作る暇がなくて……」
「そう。かえでさんは忙しいものね」
北見校長はおもむろに立ち上がると、机の引き出しから小さい物を取り出して俺に手渡す。形としてはUSBメモリのようだ。
「これは?」
「それを魔法の杖の底部に挿し込んで」
「底部?」
魔法の杖をひっくり返して見ると底部にはカバーがあり、それを開けるとスロットが現れた。言われた通りにUSBメモリのような物を挿し込むと、カチッとハマる。
《魔法継承用メモリを検知しました。一覧から一つだけ継承する魔法を選択して下さい》
「これって!?」
「私が使ってた魔法よ。どれか選べばすぐ使えるようになるわ」
「い、いいんですか!?」
「もちろん。いつか誰かに継承する時のために作っておいたの」
ズラッと並ぶ魔法名を見ていると、気になる魔法があった。
「アブソリュートレイ……」
「ああ、それでもいいけど、それは――」
「シビアな魔力制御が求められる。ですよね?」
「花織さんに聞いたのね」
「はい。この前レッスンしてもらった時に」
「そう」
「北見校長が現役の頃にはすでにあったんですね」
「あった。というより、発明された。かしらね」
「え?」
「ピュアラファイの攻撃性能を高められないか。そう考えた魔法少女がいたの。その人はまさに天才だったわ。それでも、ピュアラファイの全てを解明することはできなかった。でも代わりに攻撃の魔法式構成を抜き出すことに成功した」
「その天才が一人で作ったんですか!?」
「そうよ。でもね、あまりに扱いが難しくて高位魔法少女ですら当時は使える人はそんなに多くなかったわ」
そんな難しい魔法を、花織さんはキレイに決めて見せた……。伊達に最強の魔法少女じゃないってことか。
「アブソリュートレイが発明されて、逆にピュアラファイの魔法式構成バランスの素晴らしさが証明されたのよ。威力を求めるなら別の魔法でやればいい。ピュアラファイはあれが完成形なのだから、とね」
確かにその通りだ。ランクA++にすら通じる威力であっても、制御が難しいんなら他の高火力魔法を使うほうが安全で確実だ。
「でも、北見校長はあえてポートフォリオに加えた。なぜですか?」
「簡単よ。最強の魔法だから」
「最強の? 他にも強い魔法はあるんですよね。どうしてアブソリュートレイが最強なんですか?」
「アブソリュートレイについては花織さんに教わってないの?」
「魔力制御を鍛え直してからということで」
「そう。さすがに賢明な判断ね。でも、教えるくらいならいいでしょう。アブソリュートレイが最強な理由は威力だけじゃないの」
「だけじゃない?」
「アブソリュートレイがなぜ、“Absolute”と名付けられたと思う? 魔法に必ず存在するデメリットや、魔物への相性問題。それらがこの魔法には無いからよ」
「デメリットがない? え、でも魔力制御はデメリットなんじゃ……」
「それはただ未熟なだけ。デメリットとは言えないわ。実際、100キロメートルエリア担当は使おうと思えば全員使えるもの」
「――!」
そうか、当時の高位魔法少女でも扱える人が少なかったというのは、50キロメートルエリア担当を含んでいるからだ。100キロメートルエリア担当になる実力がある魔法少女にとって魔力制御なんて呼吸と同じ。扱えて当然ということか。
「そして使用ブロックは5つだけ。相性関係なく使えて、上手くすればランクAの上位種にも致命傷を与えることが可能。ね? 使わない理由がないじゃない」
……俺は、アブソリュートレイの最強たる所以よりも、北見校長の笑顔を見て戦慄が走った。
使わない理由がない。簡単に言うが、それはつまり北見校長も完璧な魔力制御ができたってことだ。この人は食えないと思ってたが、とんだバケモノじゃねぇか。
「北見校長、あなたは恐ろしい方ですね……」
「そう? もう引退して随分と経つわ。今はお茶の時間が楽しみなだけのお婆ちゃんよ」
そう言ってお茶菓子を食べながら紅茶を飲む。
この人が味方で良かった。今は本気でそう思う。
「それで、魔法はどうする?」
「そう……ですね。これはどういう魔法なんですか?」
「あら、懐かしいわね。それはね、魔力量が物を言う珍しい魔法よ」
「魔力量が?」
「そう。あなたにピッタリかも知れないわね。直接的なダメージを与えるものではないのだけれど、使いようによってはアブソリュートレイにも匹敵する力が得られる」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ええ。この魔法は魔力制御が必要ないし」
「魔力制御が必要ない?」
「懐かしいわ……」
「これも北見校長先生が使われてたんですか?」
「いいえ。それは私の友人のものよ。継承魔法のリストに入れて欲しいと言われてね。もう随分と昔のことよ。あの子がいたら使い方も教えてあげれたんだけど」
「いたらって……」
「亡くなったわ」
「すみません……」
「いいのよ、もう何十年も前の話だから」
魔法少女は死と隣り合わせの世界だ。俺は運よく生き残ってるし、まだ周りで死んだ子もいない。だが北見校長は多くの死を見届けたことだろう。
「では、この魔法にします」
「いいの? 他にも色々あるけど」
「はい。使いこなして見せますよ」
「そう。かえでさんなら、きっと使いこなせるわ」
* * *
「北見」
「あら、スレイプニル。珍しいわね」
「魔法継承を行ったのか」
「もう分かったの?」
「当然だ。お前も知ってるだろう、魔法継承は必ず天界に通知が行く」
「そうだったかしら」
「よりにもよって、アレを継承するとはな」
「あの子が選んだのよ」
「まあ、今は花織が付いてる。問題はないだろう」
「そうね。いわく付きの魔法だけど、かえでさんならきっと大丈夫」
「それと、今回の一件は天界に報告してもらう。いいな?」
「ええ。迷惑掛けたわね」
「気にするな。お互い様、だろう?」
短いやり取りを終え、スレイプニルは天界へと戻る。北見は冷めた紅茶を飲み、ため息をついた。
「さて、一段落ついた事だし、そろそろあの子にも来てもらおうかしら」
To be continued→
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