学院の異変㉘ 千歳
「フフフ……」
計画が順調に進み、ニューラは笑いが止まらなかった。
「これで計画は大詰めです」
花織灯の乱入はイレギュラーだったものの、支障はないと判断したニューラは最後の仕上げに取り掛かる。
「時にマタリナさん、呼び名を付けましょうか」
「あ? なんだいきなり」
「マタリナとは人間のネーミングで、種族を表すものです。例えるなら『人間さん』や『鳥さん』と呼んでいるようなもの」
「べつに、俺は気にしないぜ?」
「まあそう言わず。呼び名というのは実に便利なものですよ。個を表し特定する言葉。そして、時にはカムフラージュにも使える」
「……なるほどな、なんかまた企んでやがるな? いいぜ、好きに呼べ」
「では、これからはディスラプターと名乗ってください」
「ディスラプター?」
「ええ。その意味は――」
ニューラが説明しようとした瞬間、空間にパリッと電気が走った。
「電轟千迅!」
一瞬の間に、ニューラのいた不可視空間が斬り刻まれ破壊された。
あまりに唐突の奇襲で流石のニューラも思考が止まる。その隙を、奇襲者は逃さなかった。
「空縛り」
ニューラは両手を後ろ手に、両足は閉じた格好で拘束された。
「くっ!」
抜け出そうとするが、拘束力が思ったより強いのか抜け出せない。最後の抵抗として叫んだ。
「ディスラプター! 聞こえていますか!? プランCです! 合図があるまで待機していてください!」
「ディスラプター? それが仲間の名か」
巫女服をモチーフとしたドレスと、長い黒髪を一本にまとめ洗練された印象の千歳は、鋭く光る切っ先をニューラに突きつける。
「フフフ……あなたには私を殺せないでしょう」
「なぜ?」
「私は貴方がた魔法少女にとって貴重な情報源だ。拷問はしても殺せやしない」
「ほう。意外と冷静だな。それとも予行演習でもしたか?」
「フフフ、まさか。パニックですよ。生き残りたい一心です」
「ほう? 生き残りたい一心でプラン変更を仲間に伝えたのか。人語を解する魔物は珍しいが、パニックの意味は分かってないらしい」
「ぐぬ……」
「貴様は主のもとへ連行する。お望み通り拷問してやろう」
ニューラは内心ほくそ笑む。思った通り、魔法少女も人間だ。命乞いという最終手段が通用する――と。
ニューラは魔法少女について、ひいては人間について研究した。性質、行動、集団として、個として……。その副産物として命乞いという行為を発見した。
人間全てではないが、少なくとも魔法少女のような若い女性に対しては命乞いは高確率で成功する。もし万が一にも捕まってしまったら命乞いを試してみよう、と。
それが見事に成功したことで、拷問されるかも知れないというのにニューラはご機嫌だった。
「一つ忠告しておく。逃げようとしたら殺す」
「分かりました。逃げようなんて思いませんよ、私には戦闘能力なんて無いんですから」
「どうだかな」
ニューラの言うことは正しかった。戦闘能力で言えばランクBの魔物のほうが強いだろう。ニューラが長けているのはそこではない。
そして千歳の警戒も正しかった。未知の物に対してはあらゆる可能性を考慮すべきであり、魔物に対してはまさに油断大敵である。
だからこそ、千歳は目の前で起きた事に目を疑った。先ほどのニューラと同じく、想定外の事態に一瞬思考は停止してしまった。
「私にできるのは、こんなことぐらいですよ」
「貴様ぁ!!」
目の前に血塗れの主――花織灯が現れた瞬間、それが本物であるのかの確認すら忘れて技を放つ。
「炎火終刃!」
超高温の燃え盛る一閃。幻影の花織は消え去り、残り火は空を裂いて結界に群がる魔物を焼き払った。
「ハァ、ハァ、……」
「フフフ……素晴らしい力だ。100キロメートルエリア担当にも劣らない。左腕の代償くらい安いものです」
「調子に乗るなよ。今消してやる」
「怖いですねぇ。そう焦らなくとも、近いうちにまた会えますよ。きっとね」
「なんだと?」
「ではまた」
意味深な言葉を残したニューラは気配を消して逃げ去った。それを確認した千歳は刃を鞘に収める。
「まったく、大人しくしていれば良いものを。主からは逃れられんぞ」
To be continued→
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