学院の異変④ 教室
「カリュグノスか、こいつも初めて見たぜ」
「苦労しましたよ。気難しい種族ですので」
「そこら中を口説きに回ってんのか?」
「できる範囲でですけどね」
「で、これはやっぱり結界を破壊するためか?」
「そうですね、破壊できたらいいですね」
「あ? 違うのか」
「そう簡単には破壊できないんですよ、この結界は」
「じゃあなんでこんなこと……。陽動か?」
「ええ」
「なんだ、久々に俺の出番か?」
「いえいえ、それには及びませんよ」
「あん? どういうことだよ」
「仕込みは済んだと言ったでしょう? すでに種を撒いてあるんです。それが芽吹く」
三ツ矢女学院を眼下に望むニューラは、祭りが楽しみで仕方ないといった様子だった。
「想像してみてください、三ツ矢女学院が崩壊する様を。考えてみて下さい、生徒に犠牲者が出たとしたら……」
「まさかお前ッ、とんでもないこと考えるな。この前のアレはそのための……。仕込みは済んだって、そういうことかよ」
「フフフ、あなたも鋭くなりましたね」
「……なぁ。そろそろよ、ちっとは暴れてもいいか?」
「暴れたいんですか?」
「あれからずっっっと大人しくしてきたからよ。滾って仕方ねえんだ!」
「フフフ、いいでしょう。私としてもあなたの実力を知りたいと思ってたところですし、丁度いい舞台も用意してあります。ぜひ暴れてください!」
* * *
応援に来てくれた芦森有紀寧は高位魔法少女としての片鱗を見せた。
「スパーダ・マギカ」
魔法の杖を剣にすると剣身に電気が纏い、黒く小さい球のようなものが浮かぶ。これは――デュプリケートか?
「さあ、行きますわよ!」
有紀寧さんが魔物を斬ると爆発を起こす。陽奈を救出した時の魔法もそうだったように、爆発魔法が得意なんだろうか?
それにしても驚いた。かなり難しい魔力制御が必要とされるデュプリケートを高校生でマスターしてるなんて。10キロメートルエリア担当でありながら高位相当の実力があるというのは本当のようだ。
「これなら大丈夫そうだな」
戦局がこちらに大きく傾いたところで、盤面をぶち壊すかのような、耳を疑う報告を聞いた。
「なんですって?」
『生徒が大変なんです。姫嶋さんだけ戻って下さい。早く!』
こんな慌てた北見校長は初めてだ。何か想定外の事態が起こったようだ。
「ごめん! 私は校長先生のところに行くね!」
「わかったー!」
「分かりました!」
「かえで」
「陽奈?」
「気をつけてね。なんだか、嫌な予感がするの」
「大丈夫、私が守るから」
「かえで……」
「それに皆もいる。一緒にがんばろう!」
「うん」
急いで戦線を離脱して地上へ降りると、居ても立ってもいられない様子で北見校長が外で待っていた。
「北見校長!」
「かえでさん、よく戻ってくれたわ」
「それより、どうしたんですか? 血相変えて」
「とにかく来てちょうだい」
北見校長に案内されるままに一階の教室へと向かう。そこには信じられない光景が広がっていた。
「なっ!?」
教室にはそこかしこに血が飛び散り、泣いてる子や気絶してる子もいる。そして、カッターナイフを持ってる生徒を必死に説得する先生がいた。
「落ち着いて! それを捨ててちょうだい! お願いだから!」
いや、これは説得というより懇願に近い。あれじゃ逆に先生が危ないぞ……。
「魔法でカッターナイフを落としましょうか?」
「それはダメよ! こんなところで魔法を使ってはダメ!」
魔法を使うには人目が多いか。結界の効果で一般生徒に魔法は見えないが、突然ガラスが割れてカッターナイフが落ちるなんて、まるでポルターガイスト現象だもんな。
「では、私が取り押さえます」
「でも、かえでさんは今――」
「北見校長、そんなこと言ってる場合じゃない。私のことはどうとでもなります。でも、このままじゃ、あの子は殺人犯だ」
「それは……」
「もし、北見校長になにか非難があったら、全て私に被せてください」
「そんなことできないわ!」
「北見校長、あなたは三ツ矢女学院中学校の代表なんです。660人の生徒を預かっている身なんですよ。あなたのような有能な教育者はそうはいない。子供たちのためにも、保護者のためにも、あなたはこの事件の矢面に立ってはいけない。
それに、北見校長も気づいてるんでしょう? これは普通の事件じゃない。明らかに魔法絡みだ。下手したら天界や魔法少女協会が介入してくる。そんなことになったら、せっかく築き上げた実績が全て泡と消えるんですよ」
「かえでさん……あなたっていったい……」
「私は姫嶋かえで。三ツ矢女学院の生徒ですよ、校長先生」
にこっと笑うと、確保に動く。怪しくないようにステルスモードはオフ。対物バリアやドレスもキャンセルして衣装変更機能で三ツ矢女学院中学校の制服に着替え、念の為にマスクをして飛び出す。
「先生、後ろへ!」
やめて、やめてと叫ぶしかなかった教師を後ろへ下がらせて、カッターナイフを叩き落とそうとすると、ボーッとしていた子が急に反応する。
「おっと!」
なんだ? まるでセンサーに反応したような動きだったぞ。
〈メイプル、スキャンでなにか分かるか?〉
〈いえ、微弱な魔力反応はありますが、魔物の気配はありません〉
待てよ、これってもしかして……。
〈メイプル、陽奈が操られていた時のデータはあるか?〉
〈はい、もちろん〉
〈この子の魔力反応と照合してみてくれ〉
〈了解〉
メイプルの作業中、カッターナイフの子と対峙する。もし陽奈と同じように操られているなら当て身の要領で気絶させれば、一時的な解決にはなるはずだ。その後は魔法少女対応の病院にでも……そうだ、竹田先生に相談しよう。
〈マスター、照合の結果、98.22%で一致しました〉
〈やっぱりな〉
どういうわけか、この子も洗脳魔法に掛かったらしい。だが一般生徒相手なら確保はそう難しくない。
目の前の子がカッターナイフを両手に握って突進して来る。ここで叩き落として――
「危なぁぁぁい!!」
「なっ!?」
馬鹿な! さっきまで生徒にやめてと懇願してた教師が割って入った!? マズい。この展開は非常にマズい!
「くそっ!」
飛び出してきた先生を咄嗟に抱きかかえて床に伏せる。すると運良く生徒が教師に躓いて床に転がり、カッターナイフも遠くに転がった。
「ふぅ……」
あっぶな。どうなるかと思ったぜ。とりあえずカッターナイフを回収してポケットに入れる。
「良かった。気を失ってるだけだ」
操られてたのは陽奈だけじゃなかったのか。これは厄介だな……。近しい人すら気づかない洗脳魔法が、いったい何人に掛かってるんだ?
それに、いつどこで魔法を掛けられた? もし魔物が学院内に潜んでいるとしたら、被害はまだ拡大する恐れがある。
〈メイプル、被害状況は?〉
〈重傷者1名、他は軽傷です〉
〈Rドリンクは一般人には効かないよな?〉
〈はい。魔法少女の体にのみ作用します〉
こんな時にキュアオールがあればな……。いや、あったとしてもキュアオールを今ここで使うのは愚策か。とにかく救急車だ。
〈メイプル、私の主治医の竹田さんに連絡してくれ。私からの緊急要請と言えば分かってくれるはずだ〉
〈了解〉
北見校長にアイコンタクトして後を任せ、教室を出るとステルスモードをオンにして戦線に戻る。
他にも同じような被害者がいるとしたら、このままだと被害が拡大するばかりだ。敵の目的はなんだ?
戦術的意図を感じる結界への攻撃。一般生徒への魔法攻撃。……まさか、敵の目的って――!?
To be continued→
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