花織の魔法レッスン⑧
「あら、いらっしゃい灯」
「ユキ、こんにちは」
「んー? 君は確か、この前千夜ちゃんと一緒に来てた……」
「はい、姫嶋かえでです。その節はどうも」
「かえで、千夜ちゃんと来たことあるの?」
「あ、はい。以前スレイプニルの紹介で会った時に」
「そうなの? かえでの感動した反応期待してたのにー」
「えっ、なんかすみません……」
「いいのよ、放っとけば。かえでちゃんここに来た時ちゃんと感動してもんね」
「はい! それはもう。とても素敵なお店だなって」
「ふふ。ホント、良い子よねーかえでちゃんは」
「え?」
「でしょー!? かえで可愛くって!」
「へ?」
「ほらほら、二人とも席に座って」
ユキさんに促されてテーブル席に座る。奇しくも月見里さんの時と同じテーブルだ。
「花織さんはユキさんと同期なんですか?」
「そうよ」
「ということは、ユキさんも高位魔法少女なんですか?」
「まあ、ね」
なんだ? 少し引っ掛かるような……。
「すごいですね、高位魔法少女なのにカフェのマスターもやってるなんて」
「それほどでもないわよー?」
お冷とおしぼりを持って来てくれたユキさん。ドヤ顔でコップを置く。
「両立するの大変じゃないですか?」
「うーん、そうでもないかな。お店はそんなに繁盛するわけでもないし」
「そうなんですか?」
「そもそも高位専用だからね、100キロメートルエリア担当が全員来たって10人でしょ? 50キロメートルエリア担当の半分くらい来ないと忙しくはならないんだー」
俺もそれくらい気軽に両立――俺の場合は両立×2か?――したいよ。
「ところで、二人はなにしてたの?」
「花織さんに魔法を教わってました」
「へー、そうなんだ……。もしイジメられたら言ってね。私が懲らしめてやるから」
「あはは、大丈夫ですよ。優しく教えてもらってます」
「ならいいけど。注文は?」
「えーと……」
前回は気にしなかった――というより気にする余裕もなかったが、よく見るとちゃんとフードメニューもあった。
「うーん、じゃあ私はクリームパスタとパンケーキで」
「はい。かえでちゃんはどうする?」
「そうですね……」
クリームパスタかぁ、美味しそうだなぁ。
でも俺にはカフェで注文したかった憧れのメニューがある。
「ジェノベーゼパスタとパンケーキで」
「あ。もしかしてかえでちゃん、緑色のパスタ?」
「え? そうですけど」
「やっぱりね。ほら、ここ見て」
ユキさんがフードメニューを開いて見せてくれる。そこには確かにジェノベーゼパスタとあるが、注意書きで「牛肉煮込み」と書かれている。
「え? 牛肉煮込み?」
「日本だとジェノベーゼって言えば緑色のパスタだと思われてるんだけど、本当は牛肉のワイン煮込みのソースをジェノベーゼと言うのよ」
「そうなんですか!?」
「かえでちゃんが食べたいのはこっちの、ペストパスタね」
「ペスト……」
「あはは、分かる分かる。聞き馴染みないよねー。私もシンフォニー任されるまで知らなかったよ」
「日本だけよ、ペストパスタをジェノベーゼなんて言ってるのは」
「ええ……。そうなんですか」
いったい誰がこんなややこしい事にしたんだ……。
「シンフォニーでは拘ってるんですね」
「うちはオーナーの意向でね、ジェノベーゼはちゃんとしたジェノベーゼを提供するようにって言われてるの」
「オーナー? ここオーナーがいるんですか?」
「ええ、いるわよ。とっても偉い人」
「誰なんですか?」
「うーん、分かるかな? 中原陽子って人なんだけど」
「なっ!?」
中原理事長がシンフォニーのオーナー!?
「あら? 知ってるの?」
「そういえばかえで、三ツ矢女学院じゃなかった?」
「ああ、なるほどー」
「中原理事長がここのオーナー!?」
「そうよ。ここを創設したのも、未だに資金を出してくれてるのも理事長よ」
「で、でも月見里さんは福利厚生の一環だって……」
「あー、言われてみれば、そう考えられなくもないわね。でも天界がこんな洒落たことしてくれるわけないじゃない?」
「確かに……」
「中原さんが現役だった当時にね、高位魔法少女の特権をもっと分かりやすく、恩恵ある形にするべきだと天界に進言したの。天界も中原さんには弱いから、あっさり許可が下りたそうよ」
「へー、やっぱり花織さんは詳しいですね」
「灯は好奇心旺盛だからねー」
「コホン、それより注文した料理はいつ来るのかな?」
「はいはい。今用意するねー」
こうしたやり取りに慣れた様子で、ユキさんは厨房へと向かう。
「でも、どうして天界は中原理事長に弱いんですか?」
「そうねー、当時は100キロメートルエリア担当の中でもずば抜けて強かったそうだし、なにより有無を言わせぬオーラというか、圧があったみたい」
うん、なんか分かる気がする。
「――って、中原理事長、100キロメートルエリア担当だったんですか!?」
「そうよ。マジカル、コンバット、アタッカーの全てで技能試験A判定を受けた史上初の魔法少女で、ミス・パーフェクトと呼ばれてたのよ」
「最強じゃないですか」
そんな風には全然見えなかった。もう引退したからか?
ていうか、100キロメートルエリア担当のことをデセム・マギアと呼んでたって、中原さん自身がデセム・マギアだったのか……。
「三ツ矢女学院出身で最強の魔法少女で、今は三ツ矢女学院の理事長。すごい人ですね」
「そうねー、そのぶん苦労も多かったと思うけど」
「そうなんですか?」
「そういうすごい人ほど、水面下の苦労は途轍もないものよ。かえでだって三ツ矢女学院の生徒でアイドルやって、魔法少女もがんばってるじゃない?」
「あー、言われてみれば……」
そこに加えてサラリーマンもやってますけど……。でもそうか、本業を抜いてもトリプルフェイスには変わらないのか。
「だから、もしなにか困ったことや、相談があったらすぐに言ってね。私にできることならなんでも協力するから」
「はい、ありがとうございます」
「そうだ、まだ連絡先交換してなかったよね。ラインでいいかな?」
「はい、大丈夫です」
「……これでよし」
丁度そこへユキさんが料理を運んで来た。
「お待たせ。なにしてるのー?」
「花織さんと連絡先交換してもらったところです」
「へー? 珍しいね」
「珍しい……ですか?」
「灯が連絡先交換したのなんて、私と本部長と、あと一人くらいじゃない?」
「そうなんですか?」
「失礼ね、表のほうはもっといるわよ! 魔法少女は魔法通信があるからそんなに必要ないってだけ。かえでとは困った時や相談のために交換したの」
「ふーん? はい、クリームパスタとペストパスタ」
「ありがと」
「いただきまーす! ……美味しい!」
「良かった。またあとでパンケーキ持って来るからねー」
そう言って、また厨房へと去ってゆく。
ジェノベーゼだと思ってたペストパスタ。前にも食べたことはあったが、ここのは別格というか、今まで一番美味い。新島や佐々木にも食べさせてやりたいな。できないけど。
「えい、隙あり!」
「へ?」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。花織さんが俺のパスタを少し食べている。
「んー、ペストパスタもいけるわね!」
ええええええええ!!?
ちょっと待て! 花織さんが、俺が口をつけたパスタを花織さんが食べてる!? それって――
「かえでも一口どう?」
「え?」
「美味しいわよー、灯のクリームパスタ!」
それって、それって……。
「じゃ、じゃあ……」
心臓バクバクするのが花織さんにも聞こえてるんじゃないかと不安になりながらも、クリームパスタを少し――
「それだけ? 遠慮しないで、ほら」
「!?」
花織さんが自分のフォークで俺の皿にパスタを!?
分かってるのか!? これってつまりその、かかか、かん、かんせ――
「……美味しいです」
「でしょー?」
……そのあとはもう、ほとんど何も覚えてない。
To be continued→
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私もつい最近までジェノベーゼが緑色のだと思ってました。まあ日本ではジェノベーゼで通じるからいいんですけど、海外では通じないらしいので豆知識として覚えておくといいかもです。




