憎い仕事
よく女の子が「キャー!」と叫ぶやつ。まさか自分がやるとは思わなかった。
服を着てリビングのソファに座り、水を飲んでようやく落ち着く。
「まったく、本当にお前は女に耐性無いんだな」
「マキハラは落ち着き過ぎだ!!」
「落ち着くもなにも、ガキの体には興味ねえよ」
それはそれでなんかムカつく……。
「それで、なんの用だ?」
「お前、10キロメートルエリア担当になったんだろ?」
「ああ、少し前に」
「ちっと遅れたが、昇格祝いを持ってきた」
「マジか。新しい人形?」
「確かに俺は人形師だが、なにも人形作るだけが能じゃねえよ。メイプルってサポートAIあるんだろ?」
「あるけど」
「そいつの演算能力を借りることで、人形のパフォーマンスが大幅に上げることに成功した」
「メイプルと人形とを接続できるのか!?」
「接続自体はそう難しいことじゃない。相互リンクによる演算のレイテンシーが問題だったんだ」
「そっか。考える時に間があるのは不自然になるもんな」
「さすがエンジニアだな、その通りだ。それは小堂藍音が解決した」
「藍音が?」
「あいつは天才だな。伊達にメイプルを作ってねえよ」
「同感だ。それで、人形のパフォーマンスって具体的にどういうことなんだ?」
「まず、お前の魔力波長に同期できるようになった」
「え……どういうこと?」
「簡単に言やあ、雰囲気や空気感までお前そっくりになるってことだ。今までのちょっとした違和感も消える」
「それはすごいな……」
「それと、応答パターンやバリエーションが100倍になった」
「100倍!?」
「それもメイプルのリソースの30%を利用しただけでだ」
「30%で100倍か……」
メイプルのスペックは思ってた以上だな。俺は主に事務処理として使ってることが多いが……。ひょっとしたら宝の持ち腐れだったんじゃないか?
「人形にそれだけの恩恵があるなら、メイプルをもっと活用しないともったいないな」
「そうだな。俺も話には聞いちゃいたが、こんなAIは見たことない。だが、メイプルの使いすぎも考えものだ」
「どうして?」
「考えてもみろ、これだけの演算能力をAIだけで実現できると思うのか? ハードウェアが必要だろう」
「確かに……」
「それとなく嬢ちゃんに訊いてみたんだが、はぐらかされた。個人のコンピューターが処理できる情報量を超えてるからな、どっかのスパコンを間借りしてる可能性もある」
「それはマズいな……」
「ああ。もしデカイ研究所のスパコンや、どっかのデータセンターが利用されてると判明したら大事だぞ」
藍音がそんな犯罪みたいなことするとは思えないが……。
「そうだ、メイプルに直接訊いてみるのはどうだ?」
「それも試したが、俺じゃ無理だったな」
「そっかぁ」
「だが、マスターの言うことなら聞くかも知らんぞ?」
「うーん、一応やってみるか。ハロー、メイプル」
『はい、マスター』
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
『なんでしょうか?』
「メイプルの演算処理はどこのコンピューターを利用してる?」
『申し訳ありません。それについてお話する権限は私にありません』
「俺の時と同じか」
「よっぽど秘密にしておきたいんだな」
「調べようと思えば調べることもできるんだが……」
「それはやめておこう。藍音を信じたい」
「お前がそれでいいなら、いいんじゃねえの」
「ん? ちょっと待て。藍音に人形とのリンクを話したってことは、私の正体もバラしたのか!?」
「んなことするわけねえだろ。試作の実験とだけ伝えてある。フィードバックもお前の情報だけ抜いてあるよ」
「そっか、安心したよ。他はなにかあるのか?」
「お前に一番嬉しいアップデートがある」
「一番嬉しい?」
「メイプルとリンクすることで、お前と同じプログラミングが可能となった」
「それって!?」
「ああ。完全なリモートワークが可能だ」
「ありがとう! ほんっっっとうにありがとう!!」
「感謝するならスレイプニルに言えよ」
「ぷに助に?」
「あいつから頼まれたんだよ。お前が今後さらに忙しくなるから、人形でのサポートを強化できないかってな」
「そうだったのか」
昼間はそんなこと話してなかったのに……。ぷに助はたまにこういう憎い仕事をする。
「本当はマキハラの負担を減らそうと考えてたんだけど、逆に負担増やしちゃったか」
「それが仕事だ、気にするな。それに俺としても学ぶことや発見もあったしな。――ああそうだ、一つ注意点がある」
「注意点?」
「バージョンアップした人形は常にメイプルと繋がっている。そのリンクはお前の魔法の杖を介しているから、もし魔法の杖が壊れたりしてリンクが切れると元の性能に戻っちまうからな。気をつけろよ」
「……魔法の杖の予備って貰えないのかな?」
「無理だな。魔法の杖は魔法少女の器と魔法契約によって繋がっている。別の魔法の杖を使うには変更手続きに一ヶ月は掛かる」
「マジか……」
「そもそも魔法の杖は鉄心が入ってる程度の強度はあるんだ。滅多に壊れたりしねえよ」
その滅多にをやらかしてる経験あるんだよなぁ。
「ま、本業のエンジニア減らしても魔法少女にアイドルに学生だろ? 今までと大して変わらねえな」
「いや、本業のウェイトはかなり大きかったから、本当に助かるよ」
「ならいいけどな。それと通学が決定したから人形は回収するぞ」
「ああ、分かった」
「そんじゃな。次はちゃんと服持って風呂入れよ」
「その前に勝手に入るなよっ!!」
To be continued→
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
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リアルの話をすると、AI需要による世界の半導体売上高は2025年に7000億ドルに達すると言われてます。しかし一方で、スーパーコンピュータの性能向上は電気代の高騰や排熱問題など、主に予算が理由で頭打ちになるとも言われてます。
そんな中、小堂藍音はどうやってメイプルを運営しているのか。その話もいつか書けたらなと思います。




