九重三郎
「私たちをプロデュースしたって、HuGFを?」
「そう。九重三郎さんはねー、俳優で歌手で音楽プロデューサーやってるマルチタレントよー。あ、Know Tuberもやってるよー。チャンネル開設1週間で登録者100万人突破したの」
「そ、そうなんですか」
「で? その九重さんがどうしたの?」
「さっき自販機で会って、スポーツドリンク買ってもらいました」
「「ええええええ!!?」」
防音を貫通するんじゃないかってくらいの声にビクッとなる。
「ここにいるの!?」
「やだ! 今日のメイクもっとちゃんとすれば良かった!」
「私たち見に来てくれるかな!?」
なんだなんだ? 急に女子の世界だぞ?
「みんなね、九重さんのファンだから」
「瑠夏さんは違うの?」
「うーん……。私は、なんだか苦手、かな」
人それぞれ違うもんだなぁ。
「か……姫嶋さんは九重さん見てどう思った?」
「え? そうだなー、背が高いなーって」
「……それだけ?」
「うん。スポーツドリンク買ってくれて、練習がんばってって言われたくらいだし」
「そうなんだ。姫嶋さんはイケメンとか苦手?」
「どうかな? 苦手ってわけじゃないけど別に好きってわけでもないかな。瑠夏さんはイケメン苦手なんだ?」
「なんかだか……緊張しちゃって……」
可愛い理由だな、おい。
「姫嶋さんはどんな男の人が好き?」
おいおい、恋バナに発展かよ。俺は男には興味ないんだけどな……。それっぽく答えておくか。
「んー、優しくて頼れる人かな。仕事でも助け合えるような」
「すごいね、そんな具体的に考えてるんだ」
「え? まあ。そんな人いないけどね、あはは」
「それって九重さんじゃないのー?」
と、麗美が割って入る。
「え?」
「優しくて頼れるし、同じ業界だから仕事でも助け合えるし、ね」
「なになに? かえで九重さんがタイプなの?」
「いや、そうじゃなくて」
「またまたー、素直になっちゃいなさいよ」
素直か。そういや九重って人が言ってたな、素直な子は好きだとか。
「それなら、皆も素直に九重さんにアタックしてみたらいいんじゃない?」
なんて言ったら、「分かってないわねー」とやれやれ顔で呆れられ、「かえでは恋愛のレッスンも必要かもね」と麗美はニヤニヤする。
「でも、かえでちゃんなら放っておいても男の子集まるわよー」
「それは言えてるわね。すでにファンクラブもあるし」
「え? それ初耳ですけど!?」
「ああ、非公式なものよ。だから私たちはノータッチ」
「そうなんだ。非公式なファンクラブってみんなもあるの?」
「あるわよ。多くのファンは公式と非公式と両方登録してるわね」
「非公式のほうも特典あるからー、かえでちゃんも考えておいたほうがいいわよー。1万人突破記念とか」
「いやいや、どんだけ遠いんですか」
「でも、もう7千人超えてるよー?」
「まだたったの7千人……7千人!?」
「非公式ファンクラブでは異例のスピードね」
マジかよ。姫嶋かえでが勝手にどんどんアイドル化してる。一人歩き状態だ。
「でも、こういうのってちゃんと管理しないと危ないんじゃ……」
「一応認定はされてるわよ」
「認定?」
「非公式だからこそ、身元が分からない人に運営させるわけにはいかないから。だから非公式ではあるけど活動してるファンクラブは全て認定されたものよ」
「そうなんですか」
へー、思ったよりしっかりしてるんだな。
「ちなみに設立者は分かるんですか?」
「分かるわよ。かえでのファンクラブは……。東京の会社員の人ね」
「へー、会社員の人が」
「非公式ファンクラブは業界の人やらないから、会社員とか主婦とか、女子高生がオーナーなんてこともあるのよ」
「女子高生!? すごいなー」
「あら? かえでのファンクラブは共同になってるわね」
「共同?」
「2人以上で立ち上げたものよ。複数人のほうが管理しやすいからだけど、非公式ファンクラブで共同は珍しいわね。もう一人の設立者は……sub9? おかしいわね……登録情報に本名が載ってない」
「そんなことあるの?」
「いいえ。認定があるって言ったでしょ? 設立者の本名は必ず登録するようになってるはずよ」
「設立者の定義が共同には及んでないとか?」
「まさか! ……でも、そう考えると確かに納得かも。設立者として代役を立てて、共同はハンドルネームで登録する。それなら確かにあり得るかも」
「でも、そんなことしてなんの意味があるわけ?」
麗美の言うことは尤もだ。そんなことをする必要がどこに……。
「バレたくない業界人とか」
瑠夏の一言に全員が頷いた。
「きっとそれよ! 業界人が登録しちゃいけない決まりはないけど、身バレしたくない業界の人がどうしても登録したくてこんな形にしたんだわ」
「でもー、誰がそんな面倒なことしたのかなー?」
「うーん……。重役とか役員レベル?」
「いやいや、ないない」
「バカね、今のかえでは世界中にファンがいるのよ? 誰が登録しててもおかしくないわ」
「じゃあ石油王とか?」
「麗美いつも言ってるもんね、石油王と結婚したいって」
「だって世界一のお金持ちじゃん!」
その後も皆で犯人探しをしてみたが、これといった人物が浮かばないので練習を再開しようとしたら――
〈マスター、救援要請が入りました〉
〈分かった。すぐ行く〉
「ごめん煌梨、急用が入って」
と、魔法の杖を指して言うと「分かった。気をつけてね」とだけ返される。俺と煌梨にしか分からないやり取りだ。
「あれ? かえでもう帰るの?」
「うん、ちょっと急用で」
「そっかー、またねーかえでちゃん!」
「はい、また!」
歌詞の直し方も分かったし、振り付けもなんとなくコツが分かりそうだ。これなら十分間に合うだろう。
足取り軽く、救援に向かって空へ飛び出した――。
* * *
「……」
「ん? どうした? 玄関のほう見て」
「龍玄さん。いえ、なんでもないですよ」
「ボーッとしてんなよ三郎。お前仕事し過ぎてんじゃねえのか?」
「そんな事ないですよ。まだまだです」
「ったく、お前が頑張りすぎるから俺なんてサボってると思われてんだぞ」
「またまたー、聞きましたよ月九の企画。通りそうなんでしょ?」
「ったく地獄耳が。まあ通るだろうな」
「主題歌、まだ決まってませんよね?」
「おいおい、まだ売り込みかよ! もう十分だろ」
「違いますよ。龍玄さんも知ってるでしょ? 姫嶋かえで」
「あのシンデレラガールか」
「そのシンデレラガール、使いませんか?」
「まだ入院中だろ?」
「俺なら話つけられますよ」
「……そういやHuGFのプロデュースしたのお前だったか。行けるのか?」
「任せてください」
「分かった。なら待っててやる。女泣かせるようなことはするんじゃねえぞ?」
「大丈夫ですよ、泣かされるのはいつも俺のほうなんで」
「ったく、お前いつか刺されるぞ」
「はは、気をつけますよ」
三郎は勝利を確信した様子で鼻歌交じりにその場を後にした――。
To be continued→
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九重三郎がなにやら暗躍してますね。
どうなるのかはまだ私にも分かりません←




