勝負の夜④ - Malédiction et urgence
昔聞いたことがある。物心がつく頃に。
「あの子はだれー?」
たまたま有栖川に用事があったのだとかで、母親らしき女性に連れられてやって来た女の子。
形容するなら、「人形みたいな」まさにその言葉はこの子のためにあるんじゃないか。そう思わせるほど可愛らしく、美しかった。
「昔、有栖川に嫁いだ家の者だよ。女の子のほうは紫と言ったかな」
「ゆかりちゃん……?」
父様からそう教わった。紫――なんと気高く美しい名だろうか。
そして、父様はこうも言っていた。
「廷々家がうちに来なければ……」
「なーに?」
「いや、なんでもないよ」
その時の父様は、少し悲しく見えた。
* * *
「あなた、廷々家の者ね?」
「……」
「なっ!」
楓人さん、本当に正直な人ね。間違いなさそう。
「はい。以前は理由あって苗字を偽っておりました。大変申し訳ありません」
素直に認めて深く頭を下げる。やっぱり、悪い子じゃない。
「いいわよ。廷々家との諍いは聞いてるし、隠したくなるのも分かるわ。そんなことよりも」
キッと楓人さんを睨むと、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「樋山さんはどうして、遠い親戚なんて嘘をついたんですか?」
にっこり笑うと楓人さんは「えーと、その……ですね」と挙動不審になる。
「それは、私の提案なんです」
「え?」
「楓人さんから、若い子とどう話していいか分からない。といった相談を受けまして、それなら私が同席しましょうと提案しました。そのさいに、妹や恋人は無理があるということで、遠い親戚ということに」
「そうだったの。……本当なの? 楓人さん」
「あ、うん。実はそういうことで……。騙した形になってしまって、本当に申し訳ない」
楓人さんは本当に悔いているんだろう、紫ちゃんよりももっと深く頭を下げる。
「ふぅ……。もういいわ、分かった」
「え、許してもらえる?」
「ええ」
「良かったぁ……」
楓人さん、尻に敷かれるってタイプね。ふふ、ちょっと楽しみかも。
「でも、どうしてそんな簡単に許していただけるんですか?」
「どうしてって?」
「廷々と有栖川には浅からぬ因縁があるはずです」
「ええ、聞いてるわ」
「因縁って……どんな?」
「廷々が有栖川に嫁いで来てから呪われるようになったって」
「の、呪い?」
「あはは、そんなの無いわよ。ただ、有栖川の女の子が不審死したり行方不明になることがあって、それが廷々の者が嫁いでから始まったと言われてるの」
「――!」
「実はね、あたしの母様も行方不明になってるの」
「え!? それっていつから?」
「あたしが生まれて間もなくだから、23歳頃って聞いてるわ」
「そうでしたか……」
「ああ、気を遣わなくていいわよ。それより、紫ちゃん奥の部屋に行かなくていいの?」
「そうですね、お邪魔しました」
ペコリとお辞儀して奥へと行った。
「それにしても楓人さん、どうやって知り合ったの? あんな可愛い若い子と」
「え? ああ、仕事の関係でね」
「仕事? 紫ちゃんプログラマーなの?」
「いや、仕事の関係といってもSEとは無関係だよ」
「そうなの」
じゃあどういう知り合い? と訊くのはやめておいた。もう少しイジメたい気はするけど、あまり問い詰めるのも可哀想だ。
「ところで、例の案件は進捗どうですか?」
食事が終わり、雑談タイムに入る。
「ああ、それなら問題ないよ。少し遅れたけど間に合わせる」
「さすがね。でもどうして遅れたの?」
「ちょっと最近調子が悪くて」
「え? 大丈夫なの?」
「うん。もう治ったよ」
「体には気をつけてね。仕事は少しくらい遅れてもいいけど、楓人さんが倒れたら困るわ」
「はは、大丈夫だよ。ありがとう」
仕事が遅れてもいい? あたし、何言ってるんだろ。そんなこと言ったの初めて……。でも、仕事が遅れるよりもなによりも、楓人さんのほうが大切だって思った。
「……ねえ、楓人さん」
「なに?」
「あたし、楓人さんのこと――」
意を決したその瞬間、携帯電話から着信ありのバイブが鳴った。
「もう、なんなの? ちょっとごめんね」
「いいよ」
席を離れて化粧室へ行きスマホを見る。案の定、敷根来馬からだった。
「もしもし? 今夜は大事な用があるからって言ったわよね?」
『申し訳ありません。緊急でしたので』
「緊急?」
『はい。先ほど陽奈様が行方不明と報告がありました』
「陽奈が!!?」
うそ……うそよ。陽奈が? なんで……どうして……。
まさか、まさか本当に……廷々の呪い!?
居ても立ってもいられず、化粧室を飛び出した。
「彩希?」
「ごめんなさい楓人さん、急用なの」
「分かった。会計は任せて、早く行って」
「ありがとう」
陽奈、無事でいて……!
To be continued→




