彩希のアポイントメント
「ん……」
朝。三ツ矢女学院の時計塔にある鐘の音で目が覚める。
「ふぁぁ……。もう朝か」
昨日は学校に来たばかりだってのに色々なことがあったな。まさか魔物が侵入するとは。陽奈の話だと魔物が侵入することはまずないし、来ても警備体制は万全だと言っていたが……。
「対応できない新種ってことか」
「おはようございます! 姫嶋さん!」
「おはようございます。舞彩さんもとに戻ったんですね」
「一晩寝れば充電完了しますので!」
舞彩はロボットか何か?
「そっか。今日は皆さん授業?」
「はい! 姫嶋さんはどうするんですか?」
「私は少し用事をね」
「学院外ですか!?」
「そうだけど」
「分かってるとは思いますが、学院外では一切フォローできませんので!」
「うん。分かってる。気をつけるよ」
「それでは! 授業なので!」
「いってらっしゃーい」
舞彩を見送ると、魔法通信で人形を呼び出す。
『はい。お呼びですか?』
「今日そっちに行こうと思う。仕事の進捗と予定はどうなってる?」
『小規模な案件はほとんど片付いています。有栖川HDの方は進捗芳しくありませんね』
「え? 小規模とはいえ、けっこう仕事溜まってたはずだけど」
『皆さんのチームワークが向上したためと思われます』
「チームワーク……」
そういえば以前、佐々木にワンチームでって言ったことがある。なんだ、上手くやれてるんじゃないか。
「それで、有栖川の方はどんな感じなんだ?」
『それは……。実際に来ていただいた方が良いかと』
なんだ? 歯切れが悪いな。
「分かった。今からそっちに向かう」
『了解』
通信を切るとステルスモードをオンにして窓から外に飛び出す。
「会社へは……こっちか!」
やはり魔法少女は移動手段として本当に優れてる。まるでジェット機のようにあっという間に会社へ着いた。
裏路地で変身を解除して楓人に戻る。やはり自分の体は良い! と、ほぼ同時に人形もやって来た。
「お疲れ様です」
「よう、お疲れさん。なにか変わったことは?」
「一つだけ」
「なんだ?」
「あのライブ以来、佐々木さんと新島さんが元気をなくされてるようで」
「そうか。そういえばあの二人もライブ会場に居たんだったな」
まさか、有栖川の案件が遅れてる理由って……。まさかな。
「分かった。そしたら久しぶりに出社するか」
「楓人さん」
「ん?」
「これを」
「スーツ?」
あ! しまった! そういえば魔法少女モードを解除すると変身前の服装になるんだ!
最後に変身したのは……。えーと、ライブに行く時だから……。
「……やっぱり。思いっきり部屋着じゃないか」
「こんなこともあろうかと準備しておきました」
「有能かよ。サンキューな」
急いでスーツに着替えるとビルに入る。この感じ本当に久しぶりだな。
職場のドアを開けて「おはようございます」と言うと、新島がバッと振り向いて席を立ち、「せんぱーい!!」と抱きついてきた。
「に、新島!?」
「もう! 今までどこに行ってたんですか!?」
「え? ええー?」
なんだ? どういうことだ? 人形がずっと俺の代わりに仕事してただろ?
「と、とりあえず、ちょっとこっち来い!」
「わっ!」
廊下の自販機のところまで新島を連れて来る。
「まったく、いきなり抱きついてくる奴があるか! 変に噂されたらどうする!」
「……私は別にいいですけど」
「え?」
「なんでもないですっ!」
「な、なんだよ……。それより、さっきのどういう意味だ?」
「なにがですか?」
「どこに行ってたんですかって。昨日も会ったろ?」
「そういえば、……そうですよね?」
「はぁ?」
「違うんですよ! そうじゃなくて!」
「なにが違うんだ?」
「えーと、上手く言えないんですけど、なんか最近の先輩は先輩じゃないような気がして……」
「――!」
おいおい、まさか新島は人形だって感づいてるのか!?
そういえば、新島は魔力に汚染されて魔法の杖が見えるようになってた。ということは、その影響で人形が人間じゃないって無意識に分かってるのか。
待てよ? するともしかして、魔法少女の姿も見えてるのか!?
「先輩?」
「え? ああすまん、なんでもない」
とりあえず今は平静を装え。感づかれるな!
「とにかく仕事に戻ろう。何事かと思われてるぞ」
「あ! すみません」
職場に戻ると、「ヒュー、朝から熱いねぇお二人さん」と女好きの先輩、小宮がからかう。
「そんなんじゃありませんよ」
「またまたー、新島が嬉しそうに抱きついてたじゃねえか」
「躓いただけですよ」
「ハッ、なに中学生みたいな言い訳してんだ」
「小宮。私語は慎め」
課長の早山が注意すると、「へいへい」と仕事に戻った。
「新島、どちらでも構わんが、職場では自重しろ」
「は、はい。すみませんでした」
しかし本当に課長デキる感じに戻ったな。ブラック感すっかり無くなったし。いったい何があったんだ?
「樋山。有栖川の件はどうなってる?」
「有栖川ですか?」
「かなり遅れてるぞ。お前らしくもない」
げっ、やっぱり仕事に関しては人形に任せられないな……。
「すみません! 早急に仕上げます!」
「急ぎすぎてミスしても敵わん。いつも通りでいい。先方はお前を指名して下さったんだ。しっかり期待に応えろよ」
「はい!」
「それと、有栖川彩希からアポイントメントの連絡があった。できれば今日中にということだが、無理なようなら連絡しておけ」
「ありがとうございます!」
彩希からアポ? 私用ならLINEか電話のはず。やっぱり進捗の遅さに気づいたか……。
彩希に電話すると、ワンコールですぐに出た。
『……もしもし?』
うっ、なんか少し不機嫌な雰囲気が……。
「連絡遅れてごめん。わざわざアポなんて取らなくてもよかったのに」
『べつにー、仕事に関してアポイントメントは常識ですから』
「えーと……怒ってらっしゃる?」
『まっさかー、私が怒ることなんてありませんよー、樋山さん』
樋山さん? あ、これ絶対怒ってるやつだ。
「あ、あの!」
『なんですかー? 樋山さん』
「明日の夜、空いてるかな?」
『……。えー? どうだったかなー』
「会えるなら、前に行ったレストランに」
『割り勘なんでしょ?』
「俺が持つ」
『……本当に?』
「ああ。だから、明日夜8時に」
『……分かった。遅れたら承知しないからね!』
ふぅ……。勢いで言ってしまったが、大丈夫かな? 俺の懐……。
* * *
電話が切れると、彩希は自室のベッドで足をバタバタさせ、めちゃくちゃ動揺していた。
――なになに!? デート!?
最近連絡くれないし進捗が芳しくないから、ちょっとイジワルしてやろうと思ったら……。あんなに真剣にデートに誘って来るなんて……。
「はぁ……」
ううん。楓人さんのことだから、たぶん仕事をなんとかしなくちゃって、そういうことなんだろうな。
「あたしの気持ちなんて……」
でも、仕事のためだけにあんな高級レストランに誘ってくれるかな? それも、懐事情も芳しくない楓人さんの奢りだなんて……。
「なんにせよ、これはチャンスね」
仕事も恋も上手くやってみせる。だって私は有栖川彩希なんだから!
「見てなさいよ、樋山楓人!」
To be continued→
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学院で一波乱あったと思いきや本業でも波乱の予感。
楓人は無事ミッションを遂行できるのか?
そして彩希の想いの行方は……。




