ヨウシン様
なんということだと佳乃は思った。
彼女が今年14歳になる息子の耕太の部屋を探っていた時だ。当初の目的通り彼女が気に入らないいかがわしい雑誌の類は見つかったが、それ以上のものが出て来たからである。
それは首吊り刑の様子が描かれた絵だった。
髪と髭を伸ばし放題にした痩せた男。身に着けているのは腰巻ひとつ。一本の縄で首を吊られて宙に浮き、合掌している。
絞首刑にされた罪人の絵に思われた。それが数点。
こんなものを我が子が所持しているとは。
佳乃は耕太が学校から帰って来ると問い詰めた。
だがその答えはさらに驚くべきものだった。
「それは死刑じゃないよ。ヨウシン様が修行する姿だよ」
「馬鹿なこというんじゃないの。首を吊っているじゃない。死んでしまうわ」
「ヨウシン様は死と隣り合わせのような苦しい経験から内なる神を」
「内なる神って何をいっているの、恐ろしい」
佳乃は胸が苦しくなった。
こんなことになるとは。彼女は限界を感じた。
「すぐに教団へ行きましょう。位のある方の対処が必要だわ」
佳乃は近所にある教団の門をたたき、息子をつきだした。
「キンボウ様。お助け下さい」
佳乃は普段から世話になっている初老の聖職者に息子のことを話した。
途端に聖職者は眉間に皺をよせる。
「内なる神とは・・・」
キンボウは合掌する。
「内なる神など存在しない。そんなものが存在するならば人の数だけ神が存在することになる。愚かしき邪教の思想。我らが信ずるは主のみ」
再度合掌する。
「かのごとく愚かしき思想を学校で教えるはずもない。なにやらいかがわしき人物とつきあいがあるのか、それとも書物でも手に入れたか」
キンボウは耕太を睨みつける。
耕太は目を伏せた。
佳乃は息子から取り上げた数点の首吊りの絵を差し出した。
「これを修行する姿だっていい出しまして」
キンボウの顔が真っ赤になる。
「これは絞首刑の姿ではないか。このようなものを勝手に解釈し、愚かな思想をまき散らす輩が何年かに一度現れる」
怒号が響き佳乃は首をすくめる。
それに対して、ずっと目を伏せていた耕太が顔を上げ口を開いた。
「キンボウ様。この絵にあるのはヨウシン様のお姿ではないのですか。十二大弟子の御一人であるヨウシン様です」
キンボウの視線がさらに鋭くなる。
「その言葉を知っているということはやはりいかがわしき人物とつきあいがある証拠だな。
そのような説があるのは事実だ。何故なら古い寺院の書庫からそれと同じ絵が多く見つかっているからだ」
「ならば」
「いや。あくまでも仮説の一つに過ぎない。それも下らぬ仮説だ。あくまでも開祖の弟子は十人。十大弟子が正しい。ヨウシンなる人物は存在しない。それを勝手につくりあげ、利益を得ようとする卑しい輩よ。邪教の類だ。よいか。これは邪教を信じた愚か者が絞首刑となる時の姿を描いたものだ」
キンボウは耕太の腕をつかんで引き寄せた。
そして佳乃にいった。
「ご子息は今夜は預からせてもらう。邪教を信じかけている弱き心を正さねばならないからな。それにきき出さねばならないこともある。汝も今回のことは口外無用だ。しばらくは謹慎せよ」
キンボウは今夜はといったが、耕太は次の日も帰っては来なかった。
三日後、佳乃の所に教団からの使いがやってきて封書を置いていった。
書かれてあった文章の内容はこうだった。
息子の耕太には悪魔が憑いていた。
よって悪魔祓いを行った。
非常に強い悪魔であったため困難をきわめた。その結果、息子は死んだ。
悪魔を完全に封じ込めるため、遺体はすでに火葬した。
息子は自らを犠牲にして悪魔を封じ込めたのである。
息子の死は名誉の死である。
佳乃は息子の耕太が死んでしまったことを知って泣いた。
実は、佳乃は息子を教団に預けてのこの三日息苦しくなるほどの不安を抱えていた。
邪教を信じた反逆者の母親。
それが周りからどのような扱いを受けるか。
噂にしか聞いたことはないが。
邪教を信じた反逆者の家族の運命は、ある者は職場での待遇が悪くなり、ある者は左遷。解雇。近所づきあいはなくなり、日々の買い物もままならない。子供は学校でのいじめや無視。進学の道は閉ざされ、就職の斡旋もなしになる。そして、私刑。
つい先日まで笑顔であいさつをし、仲良く立ち話をしていた人たちから罵倒され、殴打され、挙句の果てに首に縄をかけられて吊るされる。あの絵の男のように。
そんな状況に追い込まれるかもしれないと思っていたのに、名誉の死として認められるとは。
息子の死を知らされた二日後に葬儀は行われた。
葬儀を取り仕切ったキンボウが参列者に向けてはなった言葉。
「自らの死をもって悪魔を封じ込め、結果人々を救った自己犠牲の人、耕太君。彼の死は悲しいことですが、それよりも彼のとった行動を賞賛すべきでしょう。そして、彼にその精神を伝えてきた母親の佳乃さん。
彼女こそ聖女と呼ぶにふさわしい」
参列者からの羨望のまなざしと拍手。
死と隣り合わせのような不安におびえた苦行から解放された瞬間だった。
佳乃はこのとき自らに内なる神を見た。
(ヨウシン様・・・)
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