いち
初めてその夢を見たのはいつのことだろう。
物心着いた頃には既に彼女を夢に見ていた気がする。
初めて見た彼女は、当時の僕と同じくらいの年齢に見えた。
背格好こそ僕より少し高いが、顔立ちや声からそんな雰囲気を感じた。
所詮夢の中の話だ。実際に僕と同年代だったのかなんて、当の僕にも分かりはしない。彼女のみぞ知る、といったところか。
彼女はよく、僕の手を引いてはあちこちに連れ回しては笑顔を振りまいていた。
あちこち、というのは本当に、現実では有り得ないような『あちこち』だ。
ある時は広大な草むらで四つ葉のクローバーを探して回ったり、ある時はテレビでよく見るような河川敷で暗くなるまで語り合ったり、ある時は街灯も道路もない真っ暗な山道を歩き、山頂で星を眺めたこともあった。
当然、楽しいことばかりではない。
ある時は一面銀世界の冬景色の中を体を貫く程の大きさの刃物を持った大人から逃げ回り、ある時は喊声と銃声が怒涛のような響きとなって飛び交う中で生存をかけて逃げ惑ったりしていた。
しかしそんな時にも彼女は恐怖に怯える僕に、私がついてるから大丈夫と微笑みかけた。
僕はそんな彼女の笑顔が好きだった。
目を覚まして、それが夢だと悟っても、彼女のことを思い返してはその笑顔を求めてしまう程には。
彼女が現実にいたら。
そんなことは妄想で、幻想で、彼女が実際に存在したらどうしようなんて考えるのは砂上の楼閣というか、つまりは全く無駄なことなのだ。
それでも考えてしまうのは悲しきかな人間の性で、好きな人ができたらその人とどうやって関係を築こうか、どう告白しようか、初デートはどこにしようか、何を食べようかと考えてしまうものだ。
まあ、彼ら彼女らと違い、僕の相手はそもそも存在しないので、宇宙空間で何の装備もなしにどう呼吸しようか考えているようなものなのだが。
僕は脳裏に浮かぶ彼女の笑顔を必死に振りほどく。
存在しない人物に恋焦がれていても虚しいだけだと言い聞かせる。
夢を見る度にこの調子じゃあ、果たして彼女の呪縛から解き放たれるのはいつになることやら。
彼女の夢を見る頻度はまちまちだ。
小学生の頃から始まり、一年以上見なかったこともあるし、数日間連続して彼女と顔を合わせたこともある。
それは僕の気分に左右される、ということもないようで、気分が良い時もすこぶる悪い時も彼女はふと思い出したかのように現れる。
僕の記憶から彼女の存在が消えないように、と言わんばかりのタイミングにも思えるが、偶然だろう。
そもそも、僕は彼女のことを忘れたことは一度もない。
初恋の相手だ。忘れるはずがない。
夢の中の少女に恋をする、なんて馬鹿げた話で、人に話せることではないが、それでも僕の初恋は夢の中の彼女だ。
どこが好きなのかと聞かれても分からない。
顔ははっきり見えないし、声は目を覚ました時には曖昧な記憶しかないし、怖い目にも沢山遭った。
それでも彼女の笑顔は僕の中の何かを融かしてくれる暖かさがあった。
惹かれたのはきっとその心地良さだろう。
まあ所詮、全て夢物語なんだけど。