チョコレートの衝撃
冬にして風もなく、暖かい朝。顔を洗ったクリスは鏡の前に座り長い髪をきっちりとした三つ編みにしてもらっていた。ふわふわの長い髪は纏まりづらいと思うが長年同じ人にしてもらっているから編み込みも手馴れたものだった。
「いつもありがとう。制服へ着替えるわ。」
三つ編みが終わると退室してもらい制服へ着替える。貴族の子弟が通う学園の制服は、ドレスとは違い一人でも着替えることが出来るようになっている。白い丸襟にオリーブ色の厚手のワンピースで裾にはレースがあしらわれて可愛いと評判だ。着替えたクリスは鏡の前でおかしな所はないか確認し食堂へ向かった。
席に着くとカリフラワーのスープに焼きたてパン、今日はお気に入りのふわふわ玉子のホットサラダに新鮮なフルーツが芸術品のような飾り切りでと次々に食事が運ばれてくる。名門貴族だけあって、朝食であっても素晴らしい出来栄えだ。しかし家族の姿はない。クリスは学園に通うために領地を離れ王都でのハウスで家族と離れ過ごしているのだ。
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「アディオスおはよう。」
学園に着くとクリスは白々しく婚約者のアディオスに挨拶をした。長めの赤い髪を無造作に後ろに流し、ややたれ目の色気のある顔立ち。適度に着崩した制服からは鎖骨が見え、いつも柑橘系の良い香りがしている。学園では王子に次ぐ人気者の婚約者。王子の側近なので、気がよく回る上、分け隔てなく接するので親しみやすいのが女性を勘違いさせるので厄介だ。クリスは直接ではないものの幾度となく女性に嫌味を言われている。三つ編みの地味な印象と学園ではアディオスが決してクリスに近づかないのも拍車をかけているのかもしれない。
「アディオス、私にはあなたが他人に靴を履かせているのように見えるのだけど。」
「彼女、昨日足を怪我したそうなんだ。」
クリスに目を向けることなく、他の生徒の視線なんか気にせず、ピンクブロンドのボブヘアの可愛らしい生徒に跪き上履きを履かせている。天真爛漫で可愛いと評判の季節外れの転校生ララのようだ。
「そう、大変でしたわね。」
靴を履き終わるのを見届けクリスは自分の靴箱に向おうとすると手を掴まれる。
「待ってください。クリス様は昨日、何処にいたのですか?私、階段から突き落とされそうになって怪我をしました。逃げる長い三つ編みの生徒を見たの。」
涙を溢れんばかりに目に溜めて、震える声でクリスに問いただす。
「俺も今日聞きたい。昨日は何処で、何をしていたのか?」
アディオスの言葉にララは自分の味方であると確信していたのか口角が上がっているように見える。
「私が何処で何をしようと関係ありませんわ。」
クリスはララの手を振り払う。しかし、今度はアディオスに掴まれる。
「疚しいことがあるから言えないのだろう。何処で、誰と、何をしていた?」
アディオスの言葉にクリスは仕方なくアディオスの目をしっかり見て答える。
「昨日は友人のエリカ王女と一緒にアディオスにバレンタインチョコを手作りしてたの。」
見つめられたアディオスは頬を赤らめる。
「本当?心配したんだよ。昨日は16時36分45秒に家に帰る予定なのに帰ってなかったから。」
何で秒単位で自分の行動が把握されてるのかクリスは目眩を起こしそうになるのを踏ん張り耐えた。これくらいは序の口である。アディオスは掴んだ手を引き、クリスを抱きしめ、頭に頬ずりしながら叫んでいた。
「あぁ、クリスずっと一緒にいたいのに、クリスと一緒だと使い物にならないからって王子に学園でクリスに近づくなって言われてるけど、やっぱり一緒にいたい。」
こうなると引き剥がすのが大変なので、学園では決して近づかないのだ。
「彼女、逃げる長い三つ編みを見たと言ってましたわよ。」
「あぁ、彼女は昨日クリスの靴箱に件の階段に呼び出す手紙書いてたから自作自演じゃない?さっき靴を履かせる時に強めに足を掴んだけど、ちっとも痛そうじゃなかったよ。王子に横恋慕して相手にされないからって大人しそうな婚約者からなら奪い取れるとでも思ったみたいだ。」
「何で私の靴箱の手紙を知っているの?」
「俺以外の手紙なんかゴミだろ。ゴミはゴミ箱に捨てないと。彼女も片付けておくから心配しないで。」
物騒な事を言うアディオス。誰にでも分け隔てなく接するが、勿論クリスに敵意がない場合のみである。クリスは戦意喪失しているララに逃げるように合図を送り逃した。あれだけ走れるなら彼女の足は大丈夫のようだ。まぁ、逃げた所でアディオスが許すとは思わないが。
「さぁ、誤解も解けたし離してくださる?授業に遅れますわ。」
「嫌だ。離れたくない。」
ますますギュっと抱きしめられる。
「ちゃんと離してくれたら、ご褒美に家に帰ったら刺激的な物を準備して待ってますから。」
クリスがそっと小さな声で囁くと、アディオスは顔を真っ赤にしてガバッとクリスを離す。
「約束だからな!」
そう言って、やっと授業に向かうアディオス。今夜は刺激的な夜が待っている。
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アディオスの家のアディオスの部屋。部屋のソファで隣同士に座るならまだしも、クリスはアディオスの膝の上。三つ編みを解き、ふわふわの髪をアディオスは飽きずに撫でている。
「アディオス、今日は刺激的なものをちゃんと準備したわ。一口で熱くなるチョコレートよ。あーんなさって。」
クリスはアディオスの目をみつめ、箱からチョコレートを一つ摘んでアディオスの口元へ。
「クリス、まさか熱くなるって...びっびっ媚薬とか?そんな暴走したらクリスに酷いことしちゃうかも」
アディオスは顔を真っ赤にしながらチョコレートを拒みたいが、クリスのあーんには逆らえない身体。意を決してチョコレートを食べると....。
「辛い!辛い!」
「ほほほ。刺激的と言ったでしょう。あの薬物オタクのエリカ王女と作った[人はどこまで耐えられる?激辛チョコレート]ですわ。」
辛さに苦痛の表情のアディオスに紅茶を勧めるクリス。アディオスは紅茶を流し込み、一息つく。
「クリス、どうしてこんなチョコレート作った?地獄の辛さだったよ。」
アディオスはお仕置きと言ってぎゅーっとクリスの腰に手を回し抱きしめる。
「だって、一つ上の姉は王子の間にもう御子がいるのに何処かの誰かさんは婚約者と同じ屋敷に住んでて、私が髪型でオシャレするのを邪魔して毎朝髪を自ら三つ編みにするくらい嫉妬深いのに、スキンシップはするのにキスもしないなんて、ちょっと頭にきてたのかも。」
クリスは残っているチョコレートをまた一つ摘んで今度は自分の口に入れて、口を押さえた。
「わー!何で自分も食べちゃったの?食べちゃダメでしょ!辛いよね?激辛だよね?」
アディオスは先程の辛さの記憶からかオロオロとする。しかし、クリスはにっこり笑ってみせる。
「実は辛いのは一つだけであとは甘いの。試してみる?」
クリスはアディオスの首に手を回してキスをする。
「甘い?」
クリスが首を傾げて尋ねる。
「分からなかったから、また頂戴。」
真っ赤なアディオスの目はゆらりと揺れる。アディオスはクリスの唇を舌で舐めて味わい、舌唇を甘噛みされる。
「たくさん食べて。」
今夜は刺激的な夜が待っている。
また明日の朝はアディオス自らクリスの髪を三つ編みにするだろう。
クリスの髪からはアディオスと同じ柑橘系の香りしている。
「ロリコン」
王太子に対して不敬にも言ってのけるのは、側近兼、幼馴染兼、親友のアディオス。
「俺とジュリアは同い年だ。つまり結婚出来る年だ。」
「だってあんなに小さいのに妊娠するなんて。」
アディオスは小さな体のクリスの姉、ジュリアを心配する。
王太子は逆にニヤっと不敵に笑う。
「何度も言うが、同じ年。もう身長は伸びないよ。ジュリアの母君はジュリアより小さくても5人も産んでるから大丈夫だ。大体、ジュリアよりクリスの方が小さいじゃないか。それよりジュリアの心配よりクリスの心配でもしてろ。まあ、心配しすぎてあんな地味な格好させる辺りは、お前の独占欲が強くて俺がクリスを心配になる。」
「だって、淡い金髪の髪がふわふわして、目も溢れんばかりでいつも潤んでて小さくて妖精みたいに可愛いから。害虫が付くから心配。結婚まで三つ編みは必須、俺の前だけで可愛くすれば問題ない。」
「そんな事よりキスくらいしたのか?」
アディオスに問うと、アディオスはびっくりするくらい顔を真っ赤にする。
いつも色気があるアディオスはクリスが好きすぎて見た目と違い中々の純情に育っていた。
「キスじゃ終わらない。」
聞こえない声で呟くアディオスだった。