第七話
iPadって普通に便利ですよね、特にapple pencilに対応した第六世代のiPadは使い勝手が良くて本当に助かります。
「分かりました。はい、了解です。えぇ、はい。ジャンクで構いません。タッチ不良でもマウスサポートがあるはずなんで、えぇ。はい。あ、Humanoidのバージョンですか?4.1以降が望ましいです。えぇ、Humanoid Beamの互換性が4.0と4.1以降で無いので。はい、あ、5.0あります?じゃあそれで。はい、ええ、領収書は忘れずにお願いします」
受話器を置く。一息ついてHumanoid用のAirTakeハックプログラムを書く。
「…悲しいもんですね、結局pippinを抑えてものし上がるのはHumanoidなんですもんね」
そう憂いを露わにするのは何時ぞやの狼獣人。このプロテスタントに所属し初めて出来た知り合いだ。
「まー…仕方ないでしょうね。一般人に馴染みやすいシステムを組んだものが勝ち残っていくのが"市場”なので」
「絶対物理キーあったほうが便利だと思うんですけどねぇ」
自らのコードネームをウルと名乗った彼は、親身になって色々教えてくれた。基本的にネットワークシステムは完全にpippinが掌握している現状、本名は殆ど晒すべきではないと言うこと。業務についても、基本的にパワーバランスがHumanoid一強体制なので、実質的支配権は炉囲土にあること。
「今はフリック入力が主流らしいですし、そもそもサポートが受けやすいyPhoneやHumanoidにユーザーが流れたのもわからない話ではないです」
「悲しいもんですよ、バックがあるHumanoid陣営が羨ましくて堪らんですわ」
「まあ輸入代理業者は東京に干渉できないですし…仕方ないですよ。とりあえずpippinの暴走を止めないことには何も始まらないです」
ウルはわざわざ俺のために煎れてくれたお茶を置いて、立ち去っていった。彼は機材管理部門に所属している。一度うっかり充電器を挿しっぱなしにして放置し俺のWhiteBerryのバッテリをパンパンに膨れ上がらせるというミスを犯した事があった。だが、彼のずば抜けた修理能力のお陰で1時間で直してくれた事があった。液晶が浮きタッチ不良を起こした本体は、メーカーですら新規機体を送り返すのではと思うほどの惨状だったにも拘らず、である。
少しコーディングを進めたところで定期連絡が入る。異常の有無を確認し、電話を切る。この連絡は全チームから一定時間毎に入るもので、反俺派の連中からの電話を受けるときには胃が異常を訴えるほどに痛くなる。やっぱり俺が"管理者”やる意味なくない?情報技術部門配属の平社員で良くない?
「ああ、そう言えば最近狐の出現報告が相次いでますね。まあありがちな孤児獣人なんですけど、やたらめったらスリがうまいらしくて。鉄さんも気をつけて下さいね」
鉄とは俺のコードネーム。クロガネともテツとも読めるが、そこは自由に読んでもらう事にしている。どっちだって良くない?
しかし…狐か。俺が初めてこの秋葉原に来たとき、狐の少年を連れてきた。数ヶ月前、数日間だけの付き合いだったが、あの時の記憶は今も鮮明に残っている。
全チームからの報告を受け、損害計算を行っていると、緊急用ホットラインから「pippinから理解不能な攻撃を受けた」との報告が。
撤退命令を下し、送られてきたカメラの映像を確認する。
カメラに映っていたのは確かに「科学」では説明しきれない不可解な映像だった。
「クロくん!」
後ろから炉囲土の声がした。もはやクロである。ただのHex#000000だよ。
「どうしたんです、そんなに大声出して…」
「定期連絡で聞かなかったのか!?あんなのどうやって対策しろってんだ」
「まぁまぁ落ち着いて下さいよ」
まあ、予想通りといえば予想通りである。pippinの正体不明な攻撃手段。炉囲土が言うとおり、対策のしようがないのは事実だ。
「…どう思う、これ」
「どう思うと聞かれましても…まあ確かにどうしようもないですよね。推測するにもデータが足りないです。が、その為に特攻させるほど価値があるデータが取れるとも限らないですし」
分かりやすく炉囲土は落胆してみせる。ここまで憔悴しきった彼を見るのは初めてかもしれない。
「やっぱり…俺たちはpippinに勝てないのか…?」
「何いってんですか。海外じゃHumanoidがちゃんとシェア取ってるんでしょ?」
「…だが、あんなものが世に出てみろ」
「ネガティブな話をしていると解決策だって出るもんも出なくなります。それを必死に考えてみんなを守るのが俺達の仕事じゃないんですか?」
言いながら新宿ギルドに連絡を取る。同様の通知は向こうにも届いているので、間もなく向こう側もポートを開いてオンラインになるはず…
*
結局得られた情報は、「pippinは今の所炎系の"魔法”が使える」、「発動にはyPhoneが必要」、「電源接続が必須」そして「ロック解除が必須」という事だけだった。それぞれバック企業に情報を提供し、受けた攻撃の分析をプロテスタント側で開始する事になった。
「テツさん、どうします?」
各部門の長が俺のオフィスに集まっている。俺にどうしろと?時間をくれ時間を。
「え、そのレベルの指示仰いじゃうんですか!?…ちょっと待ってください、とりあえずこれ以上被害者を出すわけにはいかないんで一旦全員防御態勢をとってください。情報監視部は一つ確認したい事があるので後ほど伺います」
「わかりました」
サッと持ち場に戻って行く。俺の予測が正しければ、"魔法”と称された炎はイナリの言っていた"魔術”によるものだろう。随分前から研究が進められていたと聞いたが、遂に実用段階に入ったと見ていいだろう。
「炎縛り」は十中八九魔術力不足だろう…と言うより、そこを考察するには余りに知識が足りない、「電源接続が必須」に関しては大体ハードウェア…主にバッテリの制限によるものの筈だ。報告に上がっているモバイルバッテリーは認可品が殆どだったが、認可を受けていないサードパーティ製のバッテリーも使用可能とのことである。
じゃあ残った「yPhone縛り」は何だろうか。ハードウェア的にyPadやyPodと根幹から違うものを載んでいるとは考えにくい。それこそ昔から開発を行っていているならば、わざわざyPhoneにだけ魔術用のパーツを載せるメリットがない。消費量が多いだけ生産単価は下がる筈だから。
じゃあなぜ載せないのか…ここは仮説に過ぎないが、恐らく流出したyOS端末からの魔術発動を恐れて、発動前に毎回チェックを挟んでいると見た。yPhoneはyPadやyPodに比べ流出率が低い。特にWi-Fiモデルそのものが存在しないyPhoneは必ずインターネット接続時にpippinというプロバイダに接続させることが可能だ。Cellularモデルでは駄目な理由の説明がつかないが…やはりSIMを抜くとアクティベート出来ないという既存の縛りを考えた物なのだろうか。
部屋のロックを掛け、情報監視部門の部屋に向かう。
…
「pippinのユーザー認証システムのサーバーログの確認…ですか?」
「はい。これに関しては予測段階ですが、発動条件を見るにたぶんpippin Payの決済時と同じ認証システムを利用していると思います。ですが、その前後にはそのデータの送受信が必要なはず」
部長がこちらの目を見据える。バカげてると言わんばかりに。
「戦闘時にそんな悠長なことがしていられると思ってるんですか。それに、そんなことを言ってしまえばyPhoneを叩き割るだけで相手は完全に武力を失うんですよ?」
「だからこそです。相手に奪取された段階で無力化出来なければ意味がない。それそこ今までの重火器と違い使いこなせる戦闘員はまだ少ないでしょう。今までよりよっぽどスキができる筈です」
「実戦投入してきているんですよ?テスト商品のモニターとは訳が違うってちゃんとわかってますか?」
埒が明かない。仕方ない、もともとそんなにないプライドだが、目の前で全部投げ打たれたとしたら相手だって無碍には出来まい。
「このとおりです。それこそなんの通信もなく使用しているとしたら、我々にだって対策あるいは模倣が可能になるやもしれません。確かにこの件は我々WhiteBerry派の範疇外なのは承知しています。ですが、この件で三派閥対立していては結局自滅しておしまいになったっておかしくないんです」
深々と頭を下げて言葉をつなげる。
「逆侵入されづらいWhiteBerryOSの出番です。個人の思いつきでやらせる仕事量じゃないですが、実録データは必ず僕が有効活用してみせます」
「…」
声が上ずる。緊張感に体中を引っ張られているイメージだ。汗が垂れ、鼻先に伝って落ちていく。
「…言いましたね、有効活用すると。無駄働きになったら承知しませんから。ソラはeSIM搭載モデルのチェックと型番のリストアップ。サンは認証ログの場所の特定…」
…とりあえずは、説得に成功したらしい。
*
「…なるほど、本社で管理されたyTagの認証をその場で実行し、ユーザーがそれに合わせた「メインサーバーに登録された生体情報の認証」を各yPhone端末で行うことで実行許可が降りる仕組みだと…」
「はい。更に実行可能端末はeSIMに対応している必要がありますが…pippinのサポートセンターの在庫システムによれば既存のyPhoneでも使用できるようにカードタイプのeSIMを配布しているようでした」
情報監視部長は若干の悔恨を表情に滲ませながら俺にそう報告した。ほら言ったべさ~、そりゃそうだよyPhone落としてプロテスタントの手に渡ったらどうすんのさ。
「なるほど…暫定的には電波のジャマーで対処できそうですね、ただ我々も通信できなくなるので使い所に注意しなければなりませんが」
「そうですね。ですが、通信内容は専ら認証のみで、不可思議なファイルやコードの送受信は見られませんでした」
「つまりは端末主体で魔法を使うことができ、認証システムを上から被せてある…って感じですね」
「そうなります。ではこれにて」
下がっていった。過去端末での実行に備えてeSIMの配布…これは良い事を聞いた。
裏を返せば専用のチップを必要とせずに魔術の実行が可能というわけで、これなら我々にも勝機があるかもしれない。
*
簡単なジャミングソフトを作った。この世界は何でもかんでもyOSがベースに組まれてるからシステムハックが楽でいいね。
この前の大規模障害で俺たちが使った手法は完全に封じられていたが、今度はyCloudに脆弱性が発見された。しかもこちらはゼロデイだという。勝った。
いやぁシステムガバガバじゃないですか。なんでそんなんでシェアを取れたのか気になります私。
いや…いいや、なんか悲しくなってきやがった。
因みに全部ypaファイルでビルドしてplistと一緒にHTTPS通信でねじ込んであげれば実行可能らしい。嘘でしょ。アプリの開発…手軽すぎ!?
「…どういう原理でこういう脆弱性が生まれるんだろうね、こんなのが俺の居た世界にもあればもっとみんな手軽にyPhoneアプリを積極的に作れるんだけどなぁ」
「まず異世界じゃビルダーそのものがwindsじゃあ動かないんでしょう?」
「…その通りでございます。…はい、じゃあちょっと壁の外にチェックに行きましょか」
壁の外に移動するには安くない金額を払う必要がある。それに、一人で敵陣にほっぽりだして帰ってこれるはずも無いので、必ず二人以上でかつ一人は十分に闘える戦闘員を連れて行く必要がある。勿論俺はそんな屈曲な身体の持ち主ではないので、誰かに付き添ってもらう必要があるのだ。
「了解です。一応探してみますか?eSIMyPhone売ってないか」
「そうですね、家庭用端末に実行ソフトがインストールされてるとは考えづらいですが探すのはアリだと思いますよ」
付き添いの人に経費で落とした通行費を託して、本部ビルを出発する。
…
壁まではとても平和な日常が広がっていた。魔術の発動に制限でもあるのか、厳戒な戦闘態勢が敷かれているとは思えないほど町は平和そのものだった。
街を歩く人の半分はプロテスタントに所属している。もう半分はyPhoneに抵抗しようとはしないけど普通にHumanoidとかWhiteBerryが使いたいとひっそり暮らしている一般市民だ。本来俺もそっち側なんだがなぁ…と、思いながら重い防具の踵を返す。ここの角を回るとそこは検問所だ。
「ではクロガネさん、気を引き締めてくださいね」
「了解です…」
無愛想な見張り人に薄くない札束を渡す。この世界はゲーム感覚で倒した相手からお金を奪い取れる…通称追い剥ぎが可能なのでこれぐらい端金ではあるのだが…これだけあればどれだけいい機材が買えることやら。
文字通り見て見ぬ振りをしてもらうだけなので、目の間でジャミングしようもんなら見張りが飛んでくる。流石にそこまで命知らずにはなれない。
「裏市の方に行きましょうか。どうせ今日も恫喝まがいの事が起きてるでしょうし」
外に出て戦闘状態を起こすのは非常に簡単。WhiteBerry PlayBookを取り出しておもむろにドキュメント編集を始めればいい。狂気を帯びたyOSじゃないと許さないマンがすぐに飛び出してきて戦闘が始まる。
「ッ…本当に対策の取りづらい攻撃ですね…」
実際に魔術を目にするのは初めてだったが、かつて結界をカメラ越しに見たときと似た感覚を覚える。
タブレットを庇う形で逃げながらも、手元のWhiteBerryでポケットの中からジャミング実行コマンドを打ち込む。画面を見ずとも操作ができることが物理キーの最大の利点と言えるだろう。
ジャマーを起動する。今回は通信設備にのみインストールするよう設定してある。つまりyPhoneやyPadは感染経路に過ぎない。
「なっ…」
相手もさぞびっくりすることだろう。いきなり自分のスマホが圏外になり魔術が全く起動できなくなるとは思いもしないだろうから。
スタンガンを撃ち込みあっさり勝利を決める。順調に感染は進んでいるようなので、このまま撤退を決める。相手からお金とyPhoneを拝借しつつ。
生還し報告する。これで消失したyPhoneの行方も掴めまい。なにせ外では大規模通信障害が発生しているのだから。
珍しくプロテスタントがpippinに一矢報いた瞬間であった。
毎度のことではありますが、実際には一介の高校生にはこんな簡単に端末をハッキングしたりは出来ません。俺TUEEEEEEE系小説の主人公だからこそなせる技です。