第三話
少し振りですご機嫌いかがですか。僕としてはこんなに長くなる予定がなかったので正直驚いています。あれ、サクッと書いてとっとと終えるつもりだったのにどうしてこうなった。いやまあ書いてるときすげぇ楽しいんですけどね。それでは本編どぞー
「勢いで承諾しちゃったけど…どうやって侵入するつもりだ?」
狐は再び不安げになる。あれ、こいつもしかして表情豊かだな?
「きき給えきつn……」
…
「名前なんていうんだお前」
名前というのは非常に重要だ。多分この調子だと狐の少年なんていっぱいいる。固有識別にも役立つしな。なんで今まで名前すら知らずにここまでずーっと話し込んでたんだよ…。
「名前…」
あれ地雷?いやまあなんか六本木から逃げ出してきたとか言ってたけども…。
「名前…管理No.FOX00354…って呼ばれてた」
「いやそーいうんじゃなくてさ、日常において使われてたあだ名とかあるでしょ?」
だってさっき「体が資本」って言ってたし、重労働現場において番号呼ばわりは多分しないはず。
「…無いな。そもそも名前なんて基本使わないし」
「マジ?…まあどういう環境だったかは知らんが、俺番号とか絶対覚えらんないしなぁ」
「お前がつけりゃいいじゃないか」
なんて?と俺は問い返す。悪いが名付け親になるほどの責任は負えないぞ。元の世界に帰る算段ついたら、普通に帰ることも視野に入れて行動する。こいつまで連れて帰ったとして、獣人に優しい世界なんて俺は知らないぞ。
「暫定とは言えお前がご主人なんだから命名権位あるだろ。まあ今後名乗る機会なんてあるかは知らんし、呼びたいように呼べばいい」
「なるほど?…えー、じゃあ…まあご利益ありそうだしイナリとかでいいんじゃね?」
「イナリ…何だそれ」
「あれ、京都にあるだろ伏見稲荷大社。東京にも分社とかありそうだけど」
京都、というワードに顔をしかめられる。なんであんなに社会に博識なくせに伏見稲荷を知らないんだ。
「そもそも”東京”って定められた区域から俺らは出られないんだ。これは獣も人も」
ん?
「……総武線ってどこまで走ってる?」
「東京駅から小岩駅までだな。噂に過ぎないけど、そっから先にも同じ名前の線路が、イチカワってところからチバってところまで伸びてるらしい」
「へ、へぇ…」
何か思ったより不思議なことになってやがる。
「え、じゃあ何で世界情勢とかに詳しいんだお前、スマートフォン産業そのものの衰退は日本に限る話じゃないって聞いたが」
「インターネットならある程度情報を集められる。物理的に隔離するための仮想的隔離壁は認証されている業者以外を完全に通さないが、情報隔離はあくまで東京に置かれたプロバイダのサーバーでフィルタリングされてるだけだから、隠語や暗号化処理である程度情報が網目からすり抜けてくるんだ」
「お、おう…なるほどな。その、仮想的隔離壁ってのは何なんだ?」
聞き覚えのない単語が出てくる。いや、物理的に隔離すんのに仮想って何だよ。
「こっからだったら…まあ北東だな。ちょっとあっちにカメラ向けてみろ」
「ん?こういう事か…あっ…!」
数キロ先、多分県境だから…荒川沿いに大きな半透明の壁が見える。デフォルトのカメラだからこそ何か合成で表示されてるわけじゃないっていう事実が怖い。
「あれ、裸眼じゃ見えないくせにぶつかるとそっから先には進めなくなるんだよ。通行許可を得た端末をかざせば登録された所有者だけが通行可能になる…もちろんyOS端末専用だが」
「ふーん…じゃあアレも根幹のシステムはXIUかな?」
「いや…確かアレは魔術認証使ってるからXIU系のシステム落としたとしても、だれも通れなくなるだけだと思うけどね」
おっとファンタジーの香りがしてきやがりましたよ。何魔術って、すげえ憧れる。つーかやりたい。俺も魔法使いになりたい。
「魔術!?」
「魔術は基本pippinの独占産業だからあんま明るくないなぁ…。でも、電気が途切れてもある程度、pippinが自社マシンでやってきたことの代替になるのは知ってる」
「うーん…対策しづらいなぁそれ」
話がだいぶ逸れてきてしまった。だが、この世界における「常識」が割と知れたのは思わぬ収穫だったりもする。若干まだ混乱している節があるのだが。
「はー…まあとりあえずね?今日から君はイナリってこどでオーケー?」
「まああのいなり寿司のイナリじゃないらしいし良いよ」
「伏見稲荷の近くの特産品だし言葉のルーツはいっしょだよ?」
「……取り下げようかな」
「悪かったって。あ、ちなみに俺は黒苺 勇太。よろしく」
うーん我ながらクッソマイペースな自己紹介。でもまあ今逃すと名乗るタイミング来そうにないし。
「…よろしく」
あーなんだろう可愛い。帰ったらキツネの飼育とか調べてみよう。野性味強そうだけどまあ多分東京でも飼えるっしょ。
「さて、話を戻そうか…」
イナリに計画の全容を話す。ちょっと調べたところ、もうアップデートされているとは言え、今回のマイナーアップデートで修正された脆弱性は「認証されていないアプリケーションの任意起動とコード実行」と「Wi-Fiアドホックサービス『AirTake』の使用中の機体にユーザーの意図なく任意ファイルを流し込める」ものらしい。調べながら「マジかよこのバグ」とか思ったのは内緒。他にもいくつか修正が行われてるらしいけど、「アニ文言にて犬、狐、猫を選択する際にクラッシュする不具合」とか謎すぎて面白すぎるしそれに対する対策が「一覧からグレーアウト」ってユーザー舐めてるでしょ消すかクラッシュしないように修正するかしろ。
「つーわけで、超簡単。調べた感じ、AirTakeってどうやら組み込み向けyOSにも有効で、しかもアップデートが遅れてるらしい。だからどっかの足がつきにくそうな券売機か何かを狙えば良さげね」
「つっても…そもそもセキュリティの無効化はどうすんだよ。結局は検問突破する必要があるだろ」
「俺ちょっと思ったんだけど、検問を潜らずに侵入出来たら楽だと思うんだよね」
「何いってんだ、そんなのできるはず…」
「総武線を線路沿いに歩いていけば秋葉原駅があるだろ?」
「どー見たって廃墟だろあんなん。そもそも線路内侵入はセンサーで検知される。秋葉原駅だって封鎖されてるだろうし」
「見た感じ、結界が張られてる訳じゃなさそうだな」
スマホを秋葉原方面に向けてかざす。
「仮想的隔離壁な」
「覚えらんねぇよその名前。だけど、魔術が使われてないなら電源落とせば問題ない。それに、どうせシステムの異常を察知したら検問なんて絶対に封鎖される。それこそ向こうの駅なんかよりよっぽど厳重に、な。組み込み向けyOSがどーいったものかは元々俺がいた世界に無かったからなんとも言えんが、多分電源系のコマンドならスマホとかPCに積んであるのと一緒だろ」
軽くスマホのキーを叩いてソースを組む。なんと素敵な事に、こっちの世界じゃpippin製品以外でもyOS向けアプリをビルドできるらしい。これだけ、これだけは元の世界も見習ってほしい。
「でも、そもそも電気系統の管轄システムそのものを落とすなら改札だって死ぬし電車も止まる。そんな状況下誰にもバレずに線路を歩けるか?」
「落ち着くまで改札内で隠れてりゃいい」
割と簡潔かつ実効性の高い案を提示したつもりでいたが、どうやらイナリは不安らしい。俺だって不安だけどやらないよりはマシだと思うんだが。
「一回限り…怖いなぁ」
可愛いかよお前。ケモナーになりそうで怖いわ。
「安心しろ。とりあえずいつまでもこんな高架下に居る訳にもいかないし、どっか落ち着ける場所に行きたいな」
なんか予想だと今頃秋葉原についてギルドに顔をだして今頃ベッドかなんかの上の予定だったんだがな。どーしてこうなった。
「だが…確かに実機試験が出来ないのは不安だなぁ。何かyOS端末どっかから買えないかな?」
「盗ってきてやろうか?」
「うーん遠慮するわ。盗みはマズいって」
「まぁ…言っちゃえばスマホ乗り換えって超簡単な改宗みたいなもんだからなぁ。もちろん乗り換え先のメーカーはウェルカムだろうけど、新規購入ってなると色々厳しいと思うね」
「ジャンクとか状態の悪い中古とかで十分なんだけどな。だって結局の所犠牲になるし」
「まぁそうだろうね。詳しくどういう動きをするかは勇太の匙加減一つだけど、どうせ一回再起動とかじゃ済まないでしょ?」
忘れがちだが、イナリって情報端末に対する知識エグいほどあるよね。凄いよね。何歳か知らないけどうちのクラスの連中とは大違いだわ。まあ俺が通ってんの普通科高校だからなんですけど。
「うん、AirTakeでこのソフトのコピーをばら撒いて、スタートアップに登録して、最重要タスクで再起動を実行。この一連の作業をループさせるよ。まあスタートアップでソフト実行まではOSの機能でやるから、実際にソフト側にやらせるのはばら撒きと初回起動時だけスタートアップ登録、そして再起動だけだけど」
「改めて怖い事言ってるなぁ」
「でもやってる事は超単純でしょ?」
「そうかもしんないけど…それに、これって最新のアップデートが当たってない前提で話が進んでるけど、もし全部直ってたらどうすんの?」
「…けーすばいけーすかなー」
「ねぇこっち向いて。ねぇ目を背けないで。おい?ご主人?」
「うーんご主人呼びやめよっか。何か色んなものに目覚めそうで怖い」
「??」
結局、グダグダと夕方になるまで高架下で話していたのだった。
*
「家ってか…倉庫だなこれ」
半ば押しかける形になったが、今日はイナリの家に泊まる形になった。こちら側に住居がない以上、頼れる人に頼み込むしかないのだが…これはちょっと心配になる。
「廃棄された倉庫に住み着いてるだけだからね。家を持つほどお金はないよ」
「…俺もこの世界じゃほとんど文無しだから何も言えねぇ」
キャッシュカードはどこのATMでも取り扱いエラーで引き落としができなかった。つまり、今の全財産はポケットに入っている財布のみである。
「うーん…飯はどうしてんのさ」
「基本万引き。まあ今まで貯めてたお金が少しあるから今日からは飯ぐらい買いに行ってもいいけど」
「…人ってこうも極限に追い詰められると簡単に倫理観が壊れんだな」
「そんなもん律儀に守ってたら死ぬよこの世の中。僕だって好きでこんな生活してる訳じゃない」
「そうか…いや、悪かった…」
「まあ良いよ、馴れたし。綺麗事だけで生きてるおきれいな人間なんて信用に値しない。どーせ『自分だけがダークな世界に足突っ込んでるかっけー』って自惚れてるだけなんだよ。僕の事をもて遊ぶ奴なら尚更」
何も言えない。あくまで十蔵に頼まれた「世界を救う」というミッションと「元の世界に帰る」ミッションっていう大義名分があるとは言え、こんな状況嫌でも楽しまなきゃ精神が保たない。それに「裏社会に関わってるかっけー」的思考が無いかと言われれば嘘になる。自惚れもいいところだ。
「何で勇太がそこでしおれんのさ。勇太は今まで僕が関わってきた人間の中じゃトップクラスに信頼度高いよ」
「そうか?…そう言ってもらうと助かる」
…毒されてきている気がする。多分、彼を通じて見るこの世界は相当「一般」からは離れたものになるだろう。常識は無いものとして考えたほうが良いかも知れない。
「今後収入はなくなるから、そこだけは気をつけなきゃいけないけどね」
「あれ、今の仕事は?」
「流石にそんなことにかまけてらんない。だって予定より何年も早く、安く秋葉原に逃げられるんだよ?」
「お、おう…」
「ほら、善は急げだよ。いつ管理者の気まぐれでアップデート当たるか分かんないよ?」
「そうだな。この倉庫の中にあるのは全部お前のか?」
廃棄された倉庫、というだけあって中身はスカスカだった。そもそも中に生き物が住むことを想定して建てられている訳ではないので、最低限の雨風が防げる程度、壁に穴がないだけマシ、という感じだ。ただ、なにもないかと言われるとそうでもなくて、イナリが用意したであろう生活必需品の他にもいくつか放置されたと思しきものがいくつかある。
「基本はね。ここに3年ぐらい住んでるけど誰ひとりとして意図せぬ来客はなかったよ」
なるほど、勝手に使っても良い、と。ちなみに中身は把握してるんだろうか。
「中身は?」
「金目の物は無かったよ。今はもう使われることのないLinax機の残骸が死ぬほどあったし、元々中古ショップの人が借りてたんじゃない?」
ふむ、と頷く。Linaxなんて使ったことがないけど、流石にWhiteBerry単体で作業するのは辛い。それに、プロテスタントの中でも相当マイナー機種に分類されるWhiteBerry向けのyOSアプリコンパイラには割と不確実な部分が多く、バグも拭いきれていないそうだ。より確実に作業するならLinax機を使ったほうが早いだろう。
「すごいね、WhiteBerryユーザーがLinax使ってる」
「Winds機があるならそっちのほうが得意だけどね。家のPCはWindsだったし」
「尻軽男」
「何て?」
どえらい罵倒が聞こえた気がしたぞ。
「そもそもPC自体がもう衰退の一途どころかすでにロストテクノロジーにも似たようなところがあったのに。良かったね、マカーがPC向け製品についてそこまでうるさく言ってなくて」
「ロストテクノロジー…マジかよ」
「だって基本タブレットで事足りるし」
「…考え方の違いって怖いな。つーかなんでpippinの熱狂的ファンのことをマカーって言うんだろうな」
「さぁ、興味ないから知らない」
…ちょっと不機嫌にさせたかな。コイツの中の地雷が全然予測出来ない。そもそも、この暮らしをしている以上スマートフォンなんて持っているはずが無いのだが、そういった場合迫害を受ける事はあるのだろうか。他社製品の製品をヘイトしている故の行動ならイナリはその対象にならないだろうし、もし自社製品を所有していない事が気に食わないなら携帯を持たない全人類を敵に回す事になる。うーん、どうなんだろう。
「そろそろ寝ないと明日に響くよ。僕はコーディングなんてしたこと無いから分かんないけど、夜なべしてやっても良い結果は出ないんじゃないかな」
駄弁ってる間、俺はやった事もないSwaftのタグリファレンスを睨んでいたのだが、その間にイナリは布団を敷いていてくれた模様。ただ問題はその布団が一組しかない事なのだが…。
「それはそうなんだけど…」
「獣人と添い寝なんて嫌だって言うタイプ?」
「むしろ人んちに押しかけた挙句添い寝を強要したくないタイプなんだけど」
割と他意はない。
「別に気になんてしないよ。あんたなら手出ししなさそうだし」
…タコ部屋勤務か何かを経験なさってらしたんですかね。やっぱり無法地帯じゃないか。あと手出しって何。そんな趣味ねーよ。やっぱりタコ部屋労働してるとそういう経験もすんのかな。怖ぇよ。
「じゃあ遠慮なく。おやすみ」
「はい、おやすみ」
こうして俺の、人生で一番長い一日が幕を下ろした。今頃元の世界じゃどーなってんのかな、やっぱ親とか心配してるかな、と胸いっぱいに不安を感じながら、黒苺勇太こと俺は深い眠りについたのだった。
書いてる途中に「あれ、これ隅田川泳いでいけば秋葉原に侵入できんじゃね」って思って書き直しまで考えたけど普通に網とかで塞がれてそうですよね。アホすぎ…