08
自身の復讐のために行動を開始したカイは。
まず、ジュンの住む大石道場に向かったのだが……果たして。
08
夕方。まだ昼間の熱気が残る時間帯。
市にある大石道場の中に二人の人物がいた。
一方の鋭い目つきをし、床に倒れている鎧を纏った人物を睨んでいる女性は、この道場の師範、オオイシアヤ。
もう一方の床に倒れている鎧を纏った女性は、組織ラトムスを裏切り、妹であるジュンに復讐するために道場を襲撃しに来たカイである。
ラトムスが敵対する組織から攻撃を受けている隙を突いて組織を抜け出したカイはまず大石道場に向かった。
彼女はジュンを苦しめるには彼女自身にいきなり襲いかかるより、道場生や育ての親であるアヤを痛めつけてからの方が良いと判断したのである。
そして、道場付近に到着したカイは自身が道場に一気に攻め込めるギリギリの距離に隠れ、様子を窺った。
そしてカイは、日中に稽古が終わっているため道場生は既にいないが、アヤは一人残って自身の鍛錬を行っていることを確認し。
アヤが神棚を前に、そして道場の出入り口を背にして黙祷をしている隙を突いて、背後から斬りかかったのである。
だが、アヤは目を瞑り、更に背後を向いたままそのカイの攻撃を回避。
アヤを斬り殺せると思っていたカイは、突如斬る対象がいなくなった為に、速度を落とす事ができずにそのまま道場の壁へと突っ込み、倒れたのであった。
「やけに殺気がすると思ったが、まさかいきなり斬ってくるとは思っていなかったな」
暢気な雰囲気でそう言いながら、アヤは倒れているカイを観察する。
そして、カイの持っている剣が、自身の弟子であるジュンが能力で生み出すものと形状や質感がほぼ一致していることを見つけたことで、倒れている鎧の戦士がカイであると気がついた
アヤは、
「お前、あいつの姉か?」
と訊ねる。
それを受けたカイは、嘘をついても無駄だと判断し立ち上がりながら、
「……そうだ」
とだけ返事をする。
「ほう、やはりそうか」
起き上がり、剣を構え直すカイにアヤは何と。
頭を下げ、
「今まで助けにいけずに悪かった。申し訳ない」
と謝罪をした。
「何のことだ?」
アヤの意外な対応に戸惑うカイは、これはこちらを動揺させて隙を作ろうという策だろうかと警戒し、攻撃的な体勢に構えを変える。
だが、カイに訊ねられたアヤはそんな事はまるで気にせず、
「いや、あいつの姉が、怪しい組織に利用されているってのは予想していたんだが、私も流石に得体の知れない連中を相手に一人で立ち向かうのには実力が足りなくてな。助けに向かうことができなかったわけだ。だからこうして謝っている」
と自分のペースで会話を続けた。
ちなみに。
アヤはこのカイ救出の件に関して、まだジュンには打ち明けていなかった。
それは今までの未熟なジュンでは、打ち明けた途端に何か行動に移し始めてしまう可能性があったからだ。
今朝のやりとりでジュンの成長を感じたアヤはその件に関して、ジュンにそろそろ話そうかと思っていたのだが。そうする前にカイはこうして組織を自分の力で抜け出して来てしまったのであった。
まあ、それはさておき。
アヤの発言を聞いてカイは最初、何を言っているんだ? と思った。
だが、その表情や仕草からはまるでふざけた雰囲気が感じられない。するとこれは本当に詫びているのだろう。カイはそう推測し、そしてこのいきなり斬りつけられたという状況で、動じるどころか真剣に謝罪をしてくるような相手に場の主導権を握られるのはまずいと判断。
結果カイは、
「こっちはお前を殺しに来ているんだ」
と言って、剣をアヤに突きつける。
「殺してどうする?」
そう言ったのと、ほぼ同時にカイはアヤに何かをされ。
そしてそのによって強烈なダメージを腹部に受けたカイは、痛みによって再び倒れたのであった。
「………………っ」
「ああ、やめておけ。痛みが治まるまでは無理して起き上がったりしない方がいい。もっとも、そもそも起き上がれないだろうけれど」
アヤはそう言いながら、カイに歩み寄る。
そしてカイの顔を見て、どうやら何が起きたのかわかっていないようだと悟ったアヤは、
「縮地、寸勁……それに浸透勁」
と呟く。
「な……何だ? それは……」
「おう、もう口がきけるのか」
流石は戦闘用の人造人間だと感心しながらアヤは、先に挙げた三つの術について、
「まあ、このうち縮地、浸透勁ってのは通称であって正確な武術の言葉じゃあないんだが。漫画なんかでこういった名前なんかが有名になっているからな」
と言って、説明を始める。
「ま、漫画だと?」
「ん? お前は漫画とか読まないのか?」
「私の組織ではそんなものは読ませてもらえなかった」
「そうか。それは残念だ。これから機会があったら読むといい。面白いし、ためにもなる……と、漫画の話はいいとしてだ。とりあえず、私がお前に何をしたかと言えば」
言いながら、空手でいうところの基立ちに近い構えをしたアヤは、それから脚を滑らすように移動させ、更に一見するとほとんど変化がない程度に拳を突き出す。
「まあ、こんな感じで。お前の意識が一瞬途切れる隙を見計らって、脚を前に倒れるようなイメージで滑らせて接近し、腕力ではなく全身の力を利用して拳で突き、その衝撃を鎧の中に伝わるように打ち込んだわけだ」
そう説明したアヤは、それからまたカイに頭を下げ、
「本当のところ、武術を嗜む者としてはこうやって実際に攻撃を仕掛けて相手を説得するという手段はあまり美しくないのだがな」
と謝罪した。
「何を……言っている……」
「ほう、立ち上がるとは……だが、剣を杖代わりにするのはあまり良くないな。武器が痛む。もっとも、お前のは能力で作っているから手入れをする必要はないのだろうが」
アヤはそう言って頭を上げてから、カイのフルフェイスの兜で覆われた顔を見て、
「とりあえず私は、今のお前には理解できない術が使える。どうだ、興味はないか?」
と問う。
「興味があったら、どうだというんだ?」
まだ腹部に痛みは残るものの、既に戦えるだけの状態に回復したと判断したカイはまたもアヤに対して剣を構える。
それを見てアヤは、懲りない奴だなと思いながら、
「お前が私を殺そうとしているのは、おおよそ恨みか何かなんだろうが。そういう事はやめて私と一緒に修行しようと言っているんだ」
と静かに告げる。
「修行だと?」
「ああ、楽しいぞ。新しい技術を覚えたりするのは。特に武術の修行をしていると、自分の身体にこんな使い方があったのかという驚きに遭遇できるからな」
「使い方?」
「そうだ。数値化できる筋力とか体力とは別に、使い方そのものを習得できたりもする。興味があるならお前もうちの道場の弟子になればいい。大方、組織を抜けたから行き場もないのだろう?」
誘いを受けて、カイはこいつは自分を殺しに来ている相手にまだそんなことを言うのかと苛立った。
だが、一方で自分がアヤの使った不思議な術や、言っていることに興味を持ち始めている事にも気がついていた。
このままでは、相手のペースに飲まれてしまう。
カイはそう思ったために焦り、
「ふざけるな!」
と叫んでアヤに斬りかかった。今度は一撃必殺ではなく、連続技で斬り刻むことが狙いである。
本来、戦闘用人造人間であるカイの、しかも身体能力を向上させる鎧と剣を身につけた状態での超高速攻撃など生身の人間が回避できるはずはないのだが。
アヤはそれを、カイからすればいとも容易く避けられていると感じられる程の余裕を持って全て回避したのであった。
そして更に、迫る斬撃をかわしながらアヤはカイに対して、自身の行っている回避について、
「石火の機……ってカッコつけて言うにはまだ不完全だが。お前が攻撃しようと意識したのと同時に私はその攻撃に応じている。たとえお前が人造人間であろうと、特殊な力を持っていようと、今のお前では私に一太刀たりとて浴びせるのは不可能だ」
と説明する。
それを聞いたカイもまた攻撃をしながら、
「意識したのと同時になんて不可能だ」
と返す。だが、その質問に対してアヤは、
「武術の修行を積めば可能だ」
とさらりと言いながら、カイの懐に潜り込み、彼女の剣を振るう腕を押さえた。
カイの、おそらくは目のあるであろう位置を見つめるアヤと。
アヤの目を仮面越しに睨みつけるカイ。
しばし、そのまま時間が流れ。
そして、それからアヤが口を開いて、
「だが、まあ、武術を学ぶことにとって本当に大切な事はこういった技術を習得する事なんかじゃあない」
と言った。
「何?」
「武術を学ぶ事にとって真に大切な事は、自分自身の人生についてや、より良く生きる術を知る事だ」
思わず訊ねたカイに、そう応じるアヤ。
そして、その言葉を聞いたカイは無意識のうちに、
「自分自身の……人生……」
と呟いていた。
自分自身の人生。
それは道具として生み出され、道具として利用されてきたカイが、普段意識はしていないものの、心の奥底では強く欲しいと願っていたものであった。
この、カイの様子の変化を敏感に感じ取ったアヤは、
「そうだ。それを知りたければ、お前も私のところで修行をするといい」
と優しく、諭すような口調でカイに告げる。
カイの心はそれを聞いて揺れ動く。
と。
その時。
カイは何者かが道場の出入り口に接近している気配を感じ取った。
もしも、カイがもう少し冷静な状態であれば、それは取るに足りない実力の者だと察知したであろうし。
あるいは逆に、アヤに襲いかかっていたときのように攻撃にばかり集中していれば、その存在に気がつかなかったであろう。
そして、更に言えば。
その存在が、もしもう少し早くにここにやってきていれば。
アヤとカイが戦っている音や、漂ってくるカイの濃厚な殺気を警戒して、彼は道場内まで入り込まなかったであろう。
だがしかし。
運命の残酷な悪戯か。
今、道場は静まりかえっており。
同時にカイは微妙な精神状態に置かれていたのであった。
結果、その存在――かつてジュンとともに鎧を纏ったカイに遭遇したあの少年――は、単に忘れ物を取るために、普段と変わらない様子で道場の中に足を踏み入れてしまい。
カイはその道場生を「組織の追っ手」あるいは「アヤを援護しに来た敵」と錯覚して、斬りかかってしまったのであった。
そのカイの攻撃的な意識を感じ取ったアヤは。
咄嗟に動いて、カイの剣から道場生を庇う。
この際の一瞬の中で、アヤの脳内には。
「弟子の為に死ぬ」という意志と。
「弟子のためにも死ねぬ」という意志が。
一方、斬りかかった後、刃の下にアヤが存在することに気がついたカイの脳内には。
「ここでこの女を斬り殺せば自身の迷いも断ち切れる」という思いと。
「この女の言うことが気になるので、斬り殺したくない」という思いが無意識のうちに同居していた。
そしてその結果。
アヤは致命傷を受けたが。
それでも何とか絶命せず、意識を保ったのであった。
「な……な……」
アヤを斬ることに迷いの生まれていたカイは自身が斬ったアヤを見て狼狽える。
他方、斬られた方のアヤは斬ったカイの方を見て。
そしてカイの心に生まれた、アヤを殺すことに対しての迷いを読み取り、微笑む。
自身の常識では理解できない相手の表情にカイは思わず、
「何故、お前は笑えるのだ」
と問う。
これにアヤは、
「お前が私の話を真剣に聞いて、そして自分で考えてくれたからだ」
と答え、更に、
「その上、大事な弟子が傷つかずに済んだんだ。嬉しいに決まっているだろう?」
と告げる。
「弟子……弟子と言っても、そいつはジュンの奴とは違う。ただここに通っているだけの他人ではないか」
アヤの答えに納得ができないカイは、アヤに対してそう、強い口調で訊ねる。
するとアヤは「他人? 違うな」と呟いてから、
「私の教えを受け継いだ奴はみんな私の子どもだ。他人じゃあない」
と返し、突然のことに呆然としている道場生や、目の前で剣を構えているカイを見つめてから、
「こいつも、ジュンも、そしてお前も、私にとっては意志を継ぐ者だ」
と続けた。
「な……私も……だと?」
疑問を持つカイ。
そんな彼女の様子を見たアヤは、再びカイに対して笑顔を作る。
そしてそのまま、アヤは意識を失い。
道場の床に倒れたのであった。
さて。
アヤに言われた様々なことを思い出しながら、カイは倒れたアヤを見つめる。
何故、自分はこの女を一撃で斬り殺せなかったのか。
それは、自分の心の中にこの女を斬りたくないという意識が生まれていたからだ。
多少落ち着いてきたカイは、自身が剣を振り下ろした際の心境を振り返り、冷静に分析して、そう答えを出した。
だが。
彼女はその意識を「迷い」であり「弱さ」であると判断した。
そしてその結果。
カイはこの迷いを断ち切り、強さを取り戻すには、自分の憎むべき真の対象である、妹のジュンを殺すしかないと決意する。
しかし師匠とはいえ、生身の人間であるアヤがこの実力。
人造人間であるジュンは、場合によってはこれより手強いかもしれない。
アヤから言われたことを気にして冷静さを欠いている今の自分に、ジュンを相手にできるだろうか?
ジュンの実力を勝手な推測によって過大評価したカイは、一度体制を立て直し、覚悟を決め直してからジュンと戦った方が得策だと考えた。
とはいえ、カイにはもうあまり時間が残されていなかった。
何故なら計画通りラトムスが壊滅した場合、明日の朝には新しい組織に加わるとあのスパイと契約していたからだ。
新しい組織が今所属するラトムスよりは自由が利く組織だとはいっても、流石に私闘を行えば問題行為として罰せられてしまうだろう。
よって、カイは明日の朝までにジュンとの決着をつけねばならないのであった。
ここは一度退く。だが今晩中にジュンとは決着をつける。
そう結論を出したカイは、かつて自分達を助けてくれた戦士が、自分の師匠を斬ったという事実に混乱している道場生に対して、
「ジュンの奴にこう伝えろ。今晩零時、かつてお前達と会った、あの屋敷で待つと」
と告げ、そのまま道場から去って行ったのであった。
こうして、アヤを斬ったカイは立ち去ったのですが。
果たしてアヤはどうなるのか。
そしてジュンはどうするのか。次回に続く。




