05
さて、子どもを探して屋敷に向かったジュン。
そこで彼女は、とある存在と遭遇するのですが――
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「ここが、その怪物が出るっていう……」
幽霊屋敷に着いたジュンは早速、入り口を開けるためにドアノブに手をかけて引く。
だが、ドアには鍵がかかっていた。
子どもがこの屋敷に侵入していた場合、中からわざわざ鍵をかけたりはしないだろうから、ここから入ったのではないと考えたジュンは周囲を回って屋敷を観察する。
すると、ほとんどの窓が板などが打ち込まれて開かないようになっている中、一階の窓が一カ所だけ開けられたままになっているの発見した。
窓の下にはほんのつい最近置かれたと思われる、足場に丁度いい、プラスチック製の箱が置かれている。
ここから誰かが入った可能性は高いな。ジュンはそう考えた。
だがしかし、その窓はあまり大きくない。
ジュンの身長は百六十五センチ程度とこの国の平均的な女性としてはやや背が高いとはいえ、極端に大きいわけではない。
だが、それでもその窓から入り込むのはちょっと無理がありそうだった。
子どもなら入れるだろうが、あたしには無理だと判断したジュンは再び入り口に戻る。
そして近くに置かれている雑草が生えた植木鉢をどかしたり、色々なものが詰め込まれている郵便受けの中を覗いたりする。
しかし、そういった所には残念ながら鍵が置いてあったりはしなかった。
「……ったく、仕方がねえな」
ジュンはそう言いながら、落ちていた針金を拾い、それを上手い形に折り曲げて、鍵穴につっこむ。そして、慣れた手つきでちょっといじると、ジュンが予想していたより簡単に鍵は開いたのだった。
こうも簡単に開けることが出来たのは彼女がかつて、海外を渡り歩いていたときに身につけたピッキングの技術がそれなりのものだったことと、屋敷の鍵の種類が数十年前の古いタイプのものだったためである。
「本当はあんまりこういったことはやりたくねぇけど。ま、事情が事情だからな」
言い訳しながら扉を開け、ジュンは屋敷の中へと進む。
その屋敷。中は埃だらけだった。
そしてその埃には、まだ新しい子どもの足跡が残されていた。
間違いない。ここに子どもが入り込んだんだ。
そう確信したジュンは、
「おい、誰かいないか?」
と大きな声で確認する。
すると。
ガサリと物音がした。
その物音は子どもの立てたもの――ではない。
なんか知らないが、ヤバい。
物音を聞いてそう判断したジュンは咄嗟に玄関の一番近くの、入り口が開いたままになっていた部屋に入り、壁を背にして部屋の外の様子を窺う。
すると、そこに現れたのは。
全身灰色で、よく磨かれた石材のような質感の、禍々しい容姿を有した存在であった。
――怪物
怪物なんて所詮は根拠のない噂話、実際にいるはずがないと思っていたジュンはその存在を目にして驚いた。
だが彼女はすぐ怪物が実在したことに驚いている場合ではないと冷静になり、この場合どうするべきかと考える。
非現実的なことに遭遇しても素早く頭を切り換え、対応しようと試みることができるのは、彼女の今までの人生と、その間に行っていた修行の成果の一つである。
とはいえ、そんなジュンでも怪物を相手にした場合どうするべきかなどという非常識な自体に対する答えを直ちに導き出すことができるはずもない。
悩むジュン――と、そんな彼女の耳に、
「ジュンさん……ですよね?」
という声が聞こえた。
ジュンが声の方を見ると、机の下から声の主が顔を出す。
声の主、それはジュンが探していた少年だった。少年も怪物から逃れるために、この部屋に身を隠していたのだ。
「ああ……大丈夫か?」
ジュンは少年に対して、まずはそう声をかける。
「はい、大丈夫です。とりあえず怪物には見つかっていません」
少年はジュンの問いかけにそう答えてから、
「ええと……こんなところに勝手に入ったりしてごめんなさい」
とすぐに謝罪してきた。この様子からジュンは、この少年が単なる興味本位で危ないところに入ったりはしないのではないかと推測。なのでジュンは少年に対して、
「悪いことしたってわかってんなら別にいい。何か事情があったんだろ?」
と訊ねる。すると少年は手にしていた玩具の指輪をジュンに見せてから、
「これを、友達がここで無くしたって言っていて。これ、転校した子から貰ったって話だったから……」
と説明した。
「なるほど。友達の宝物のために頑張ったってわけか」
「ええ、まあ」
怯えながらそう返事をする少年。その顔色からジュンはどうやら少年は怪物に襲われることだけではなく、自分に怒られることも警戒しているのではないかと考えた。
二人が無事にここから脱出するためには、少年の自分に対しての警戒を解いてもらう必要があると判断したジュンは、
「なら、別にあたしは怒らねえよ」
と少年に告げる。
「え?」
言われて驚く少年。ジュンはそんな少年に対して、
「だって、お前はもう自分が悪かったって反省しているし、その上ここに入った理由も人のためなんだろ? だったらそれはもうあたしがどうこう言う問題じゃあねえ」
と説明する。
「はあ、なるほど……」
少年は一応はジュンの言うことに納得したものの、
「でも……」
と呟く。その反応に、おそらく怒られないのはそれはそれで後ろめたいものがあるのだろうと察したジュンは、
「おいおい、あたしが怒らないってだけで、お前は親とか先生に叱られる必要はあるんだぜ?」
と言い、少し間を空けて、相手に考える時間を与えてから、
「だから、お前はここから無事に脱出しなけりゃならないんだよ」
と続けた。
「そう……ですよね」
ジュンに言われて頷く少年。そんな彼の表情からは既にジュンに対しての警戒心は消えていた。ジュンもそれに気がついた為、
「ああ。ってわけでとりあえず二人でここから出る方法を考えようぜ」
といって、話をここから出るための策を考える方向へと持っていこうとし、まずは、
「とは言っても、怪物を相手に戦えるわけじゃあねーしな」
と言って、少年に「流石の自分でも得体の知れない敵とは戦えない」ということを打ち明ける。
「ですよね。相手がどれだけ強いかわからないですから」
少年はジュンの言ったことに素直に納得して、そう言いながら頷く。
これを受けてジュンは、少年もどうやら最初から戦って脱出するというのは考えていないらしいと安心してから、少年に、
「じゃあ、こっそり脱出するしかねえわけだが、窓は閉じられているから……あたしが入ってきた玄関から出るのが一番早いってことになるか?」
と訊ねる。ジュンとしては少年の方が先にこの建物に入っているので、どこかに別の出口があることを知っているのではないかと思い、彼に訊ねたのである。
だが、少年はジュンに対して、
「でも、廊下のすぐのところに怪物がいるんですよね?」
と訊ね返してきた。
この様子だと少年も別の出口を知っていたりはしないようだと判断したジュンは、危険を冒して別の出口を探すのは無謀だと思い、自分の入ってきた玄関から出るという方法を第一に考えることにして、
「そうだな。そうすると、なんかの方法で怪物の注意を玄関から逸らす必要性があるな」
と少年に言う。
「怪物の注意を逸らす方法ですか――何かあるでしょうか?」
ジュンに言われて、少年はそう訊ねる。
少年の方が怪物に詳しいと思って彼に相談していたジュンは、
「ん? 確か、ここの怪物について、子どもの間で噂になってんだろ? そこに何か怪物の気を引く方法とか、苦手なものとかの話はねーの?」
と言って彼に質問する。すると、少年は少し考えてから、
「苦手なものですか……そうですね、怪物を倒す黒白の鎧を纏った騎士がいるとか、そういう話ならあるんですが……」
と答えた。
「騎士ねぇ……」
呟くジュン。
彼女は、まあ確かに都市伝説の怪物が実在したんだから、同じ都市伝説の騎士がいてもおかしくないとは思った。
が、しかし、そんなものが都合良く助けに来てくれるとは思えなかったので、少年に対して何と応えればいいのか迷った。
少年もまた、いくら何でも騎士が助けに来てくれるとは思えなかったので、
「いや、あくまで噂ではって話ですよ」
とジュンに告げる。
――と。
そんな会話をしているとき。
ジュンは廊下から何者かが接近してくる気配を感じ取った。
そして感じ取ると同時にジュンは、無意識のうちに少年を庇う形で、部屋の出口に向かって構えを取る。
それを見た少年も、どうやら何かが近づいてきているのだろうと悟って、ジュンと同じように身構える。
最も、武術を習い始めて日の浅い少年のその構えは、実戦経験豊富なジュンと違って、緊張のために弱々しいものになっていたが。それでも、この状況で下手に逃げたりせずに構えを取って対応した辺り、少年は武術の才があったのだと言える。
さて。
こうして廊下の方向へ身構えている彼らの方へ。
ゆっくりと、だが確実に。
足音が迫ってきていた。
そして――
来るっ!
そう思ったジュンは少年を突き飛ばして、部屋に入ってきた、禍々しい石像を連想させる怪物の放った攻撃から彼を守ると同時に、その怪物の胴体に向かって蹴りを放つ。
横蹴りに近い形となったその一撃は怪物のみぞおちにかかとが決まる形で命中。これは普通の人間なら痛みで崩れる程の威力である。
だが、怪物はその蹴りを受けても怯むことなく、ジュンに振りかぶった腕を振り下ろしてきた。
ジュンはこれに対して、右肘で怪物の攻撃の軌道を逸らす形で防御。更に左手で怪物の腕を掴み、右足を相手の足にかけて投げ、地面に叩きつける。
怪物がジュン達に襲いかかってから、地面に倒されるまではほんのわずかな時間である。
「大丈夫か?」
自身が怪物の攻撃から守るために突き飛ばした少年に対して、そう声をかけるジュン。
ちゃんと受け身を取っていたため、ほぼダメージを受けていなかった少年は起き上がりながら、
「はい、おかげで無事です……ジュンさんこそ大丈夫ですか?」
と返事をしながら、倒れた怪物から間合いを取り構える。
「え? ……大丈夫って?」
倒したぐらいでこの得体の知れない相手を無力化したとは思えないジュンもまた少年と同じように怪物から距離を取って構え直しながら、少年の言葉について聞き返す。すると少年は、
「いや、ジュンさん右腕のとこ、怪我しているんで」
と言いながら、自身の腕の右肘の辺りを指さした。
「あ、ああ。これか……」
言われて、自分の腕から少し出血していることにジュンは気がつく。
どうやら、先の戦闘の最中、怪物の身体の尖った部分に少し引っかけてしまったらしい。
とはいえ、その傷は大した深さではなかったので、ジュンは、
「なぁに、かすり傷だぜ」
と答えて、余裕のある笑みを浮かべたのであった。
とはいえ、その笑みは少年を心配させないための作り笑いであり、この異常時に実際に余裕があるわけではない。
なので当然、ジュンは先ほどからいつも以上に精神を集中させて辺りの様子を窺っているのである。
そして、そんなジュンの耳に。
廊下から再び足音が聞こえてきた。
ジュンは倒れた怪物の方を意識しながら、部屋の出入り口の方も同時に注意。
一方、少年は自分の実力では二カ所同時に心配しても両方が隙となると判断。考えた結果、倒れた怪物ではなく、部屋の出入り口の方に意識を集中させる。
こうして、二人が部屋の出入り口の方を意識していると。
そこから。
先ほどの怪物と同じような質感の、違う形状をした二体の怪物が姿を現した。
その二体の怪物は、ジュン達の方へとじりじりと歩み寄ってくる。
これを見てジュンは、先ほどの経験から怪物達の攻撃には武術や格闘技のような技術はなく、単なる力業なので一対一なら何とかなるが、二体ではどうなるか怪しい。確かに、本来武術は武器を持った相手のようなこちらより力のある者を、数人同時に相手できるように編み出されたものではあるが、かといってその敵が得体の知れない者では果たしてどこまでできるか。と考えた。
だが、ここは何とかこの二体を退けて隙を作り、少年と共にこの建物を脱出しなければならないとも思ったので、ジュンは結局、目の前の二体の怪物を相手する覚悟を決めた。
だが、そのとき。
倒れていた、最初の一体の怪物がゆっくりと起き上がってきた。
これで数の上では三対二。少年に彼らと戦うだけの技量はまだないだろうから、実質三対一である。
「……しかたがない。おい」
「はい?」
「あたしが隙を作るから、お前はそれを突いて逃げろ。あたしはその後脱出する」
ジュンは少年に提案する。
ちなみに。
そうは言っているものの、ジュンは実際、少年が逃げた後、自分が脱出できるかどうかまでは考えていなかった。
武術を学ぶ者として、自分の身の安全というものは非常に大切なものであり、下手な自己犠牲などはあってはならないものなのだが。ジュンはこのままでは二人とも最悪死ぬと判断し、少年だけでも逃がすことにしたのだ。
さて、ジュンの提案を受けて少年は。少し考えたものの、ここであれこれ言っても足を引っ張るだけだと判断したので、
「……わかりました」
と返事をし、怪物の隙を狙って逃げる方向に思考を集中させ、出入り口の方を見る。
するとそこに。
何者かが立っていた。
その存在もやはり怪物達のように石像を連想させる質感をした鎧を纏っていたが、怪物達が灰色なのに対して、それは黒白の二色の身体を有していた。
また、怪物達が歪な彫刻のような見た目なのに対し、その存在はまるで鎧を着て剣を携えた騎士を連想させる容姿である。
いつの間にかいたその存在に驚く少年。
その少年の様子を見て、ジュンもその存在に気がつく。ジュンは当然のことながら表には動揺を出さなかったものの、自分であっても気配に全く気がつけなかったということで、少年以上に内心では驚いていた。
その存在の、顔前面を覆う兜の為に、表情の読めなくなっている顔を睨みつけるジュン。
ジュンに睨まれて、その存在もまたジュンの方を見つめる。
両者の意識のぶつかり合いを察知したのか、三体の怪物達もまた、少年とジュンに遅れながらも、背後の存在に気がつく。
そして怪物達にジュン達と、背後の存在のどちらに対応するべきか、一瞬迷いが生じた。
そのとき。
背後の、黒白の存在が動いた。
まず、ほぼ横に並んだ状態だった怪物のうち、中央の一体を黒白の存在は、その手にしていた剣で縦に一刀両断に斬り裂く。
更にそのまま下から上へ斜めに剣を振るって自身から見て右側の怪物を斬り、そのまま左方向に横一文字に剣を向かわせ三体目の怪物も斬る。
その一連の攻撃は、ジュンの目にさえも捕らえることができない早業であった。
怪物のうち、最後に斬られたもの以外の真っ二つになった二体は黒白の炎を上げ、灰と化す。
残り一体はまだかろうじて身体が繋がっているためか、燃え上がらずにその場に崩れ落ちる。
そして怪物を斬った騎士は、手にした剣をジュンの方に向ける。
攻撃してくるのかと、咄嗟に鎧の存在に対して構えをとるジュン。
だが、鎧の存在は、しばし無言のままジュンの顔を眺めてから後ろを振り返り、そして部屋から立ち去っていったのであった。
「助かった……のか?」
呟くジュン。
「ええ……そうみたいですね」
そう言って頷く少年は、そのまま続けて、
「あれが例の黒白の騎士でしょうか?」
とジュンに訊ねる。
「まあ、そうなんだろうな……」
ジュンはそう言いながら、去っていた騎士のことを思い出し、そして先ほどから自分の胸中に沸いている妙な感覚について考える。
最初、ジュンはその感覚を都市伝説の存在が目の前に現れたことに対しての驚きや、自分が全く気配を感じる事ができなかったということに対する焦り、それに圧倒的強者を前にした畏れなどだと考えていた。
だが戦士が去って、やや落ち着いてからジュンは自身の感覚を分析し、自分が戦士から感じたものは感情的なものだけではないと気がついた。
この感覚は一体?
そう思いながら、ジュンはふと、自らの右手の平を見つめる。
すると――手の平に急に熱を帯びたような、奇妙な感覚が走る。
そして、次の瞬間。
ジュンの手の平に、先ほど戦士が持っていたのとほとんど同じ形状と質感の、しかし黒白が逆転した剣が現れたのであった。
咄嗟にジュンはその剣の柄を握る。
その途端――。
「…………っ!」
ジュンは今までに感じたことのないような異様な感覚に襲われた。
その感覚は、ジュンの五感と身体能力が、剣を持つ前より数段階向上したことによって発生したものであった。
そして、その研ぎ澄まされた五感はジュンに、自分と少年以外のものが動いている様子を知らせた。
突然に能力が向上したジュンには、五感のうちどれがその動いているものを捕らえたのか、具体的にはわからなかったが、それでも、とりあえずその動いているものがどちらに存在するかは把握することができた。
なのでジュンはその動いているものの方に向かって構える。
そしてそれが自分に殺意を持って襲ってきた事を感じ取ると同時に、それに向かって剣を振り下ろす。
ジュンとしては軽い力で振り下ろしたそれは、新たに出現した四体目の怪物を真っ二つに切り裂き、更に建物の床に深々と穴を空けた。
切り裂かれた怪物は黒白に燃え上がり、そのまま灰と化す。
その灰が床に降り積もる様子を見て、ジュンはようやく自分が剣で怪物を斬り倒したことに気がついた。
「ジュンさん。今のは……?」
ジュンが突然、剣を創りだし、更に怪物を倒した事で驚いた少年はジュンに声をかける。
すると、そんな少年の前でジュンは。
がくりと崩れ落ち。
そしてそのまま意識を失ってしまったのであった。
(続く)
こうして。戦う力は手に入れたジュンですが。
その力を使いこなすのは難しいらしく……




