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さて、視点は変わって。ジュンの行動に。
どうやらジュンは怪物を探すためにあまり治安のよくない地域に向かったようですが……。
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夜宵市の治安はそんなに良くはない。
いや、むしろこの国の中ではどちらかといえば悪い方に入るぐらいである。
最も、この国はこの世界の他の国と比較すると平和な国であるので、治安が悪いなどといっても普段から凶悪事件が頻発したりするほどに悪いわけではないのだが。
まあ、それでも周辺の地域に比べたら夜宵市の治安が悪いことは嘘偽りのない事実である。
治安が悪くなっている理由はいくつかある。
例えば夜宵市は大都市から電車で三十分程度で行き来できる距離にあるため、そういう都市部にいるガラの悪い連中が集まってくるということ。
あるいは夜宵市は他県と隣接しているため、実際にはそんなことはないにもかかわらず「管轄が変わるため警察を攪乱しやすい」という噂が広まってしまい、悪事を働く者が取引の場所として利用することが多いということ。
更には、戦前からこの地域で活動している犯罪組織や、最近勢力を拡大している不審な新興宗教団体などが存在していることなどが夜宵市の治安を悪くしている原因として挙げられる。
組織ラトムスが夜宵市を活動拠点にしているのは、地下に特殊なエネルギーがあるためだけではなく、こういった治安の悪さが彼らにとっては都合が良かったからでもあるのだが。
それはさておき。
ともかく、夜宵市はこの国の中では治安の悪い都市である。
が、だからといって市の全体の秩序が乱れているといったわけではない。
多くの治安の悪い都市がそうであるように、夜宵市もまた堅気の人間が住む地域と、そうではない地域が、目には見えない境界線で区切られているのである。
さて、この日ジュンは。
そんな境界線を越えて危険区域に踏み込んでいた。
それは彼女がそういった危険に鈍いから――ではない。
海外生活の長いジュンはむしろ、そういったヤバい所を察知する嗅覚とでもいうべき勘が鋭いぐらいである。
にも関わらずジュンが危ない場所に踏み込んでいるのは、勿論、怪物を退治するためである。
彼女の今までの経験上、怪物はこういった危険区域の、更に危ない連中でも近づかないような所に出現する確率が高いのだ。
これに関してジュンは怪物が人間の暴力性や嫉妬心といった負の感情に何か関連しているためではないかと推測しているのだった。
にしても相変わらず、汚い路地だぜ。
そう考えながら、ジュンがラクガキが描かれたシャッターや、割れたところをテープと段ボールで補修した窓などがある店舗の並ぶ、吐き出されたガムやポイ捨てされた吸い殻、何故ここに捨てられているのかよく分からない、分かりたくもないような得体の知れないゴミの数々が落ちている通路を一人歩いていくと、
「あ、ジュンさんじゃないですか」
と話しかけてくる少女がいた。
髪も染めておらず、服装も至って普通な彼女は、一見するとこの場には不釣り合いな真面目な少女にも見えるが、実のところ、この付近を縄張りとする不良グループのひとつをまとめるリーダー的存在である。
「よう」
ジュンは話しかけてきた相手が顔見知りだったので、彼女に軽く挨拶を返す。
「どーしたんですか? あ、またなんかヤバい奴ですか?」
「まあ、そんなとこだ」
不良少女の言う「ヤバい奴」とはジュンが追っている怪物のことである。
ジュンの存在と、その活動はこの辺りの不良達には有名だったりするのだ。
そしてその不良達の中には、ジュンを慕っている者も少なからず存在している。
彼らはジュンが自分たちの縄張りの中にいる危険な存在である怪物と戦って、それを排除してくれることや、不良達には彼らなりの価値観があるとして彼らの生き方を否定したり、彼らのテリトリーを荒らしたりはしないところを評価しているのである。
この少女もそんなジュンを慕う不良の一人である。
「ああ、そういえば例の怪物っぽいのが出たって数日前に連絡があったっけ」
「ん? それはどの辺りだ?」
「なんか、この先の。ほら、潰れたホテルのあった辺りらしいですよ」
潰れたホテルのある方角を指さしながら少女はジュンに伝える。
「そうか、あそこか」
ジュンは少女が指さした方を見て、そのホテルの地下駐車場で確か前に大きめの暴力沙汰があったことを思い出し、確かにあそこなら怪物も出そうだなと想像した。
「よし、ちょっと様子を見てくるぜ」
早速、ホテルの方に向かって行こうとするジュンに少女は、
「あ、ちょっと待って」
と呼び止める。
「ん? どうした?」
「気をつけてください。ジュンさんなら平気だと思いますけど。怪物とは別に、なんかさっきこの辺りに妙な連中がやってきたことで気が立っている奴もいますから」
「妙な連中?」
「なんか数人の集団がそのホテルに向かって行ったって話ですよ。で――」
「そいつらに縄張りを荒らされたって怒ってる奴もいるって感じか」
「まあ、そんなところですね」
不良というものは自分たちのテリトリーを荒らすような連中に対しては敏感に反応するものである。そして不良の中にはジュンを日頃から「テリトリーに侵入する部外者」として快く思っていない者も存在する。
もし日頃からジュンを不快に思っている不良が、テリトリーに部外者が侵入したことで気が立っているとすれば、ジュンのことを「縄張りを荒らした奴の仲間」だと一方的に決めつけ、喧嘩をふっかけてくるかもしれない。
治安の悪い地域で不良に喧嘩を売られる可能性がある。
それは確かに普通の人間なら気をつけなければならないことだろうが――
「おいおい、あたしはこれから怪物と戦おうっていうんだぜ? 気が立ったチンピラなんかそれに比べりゃあ大した問題じゃないだろう?」
不良など、普通の人間ではないジュンにとっては大した驚異ではない。
勿論、そんなことは目の前の少女も知っているはずだ。なのに何故、彼女は「気をつけてください」などと忠告したのか? 単に念には念を押してといったところだろうか?
不思議に思うジュン。
そんなジュンの顔を見て少女は、
「いや、気をつけてって言ったのは『相手に怪我させないように』って意味ですよ」
といった。
「……お前なあ」
「まあ、ジュンさんなら怪我の跡を残さない程度に痛めつけるぐらいのことは朝飯前ですよね?」
「おい、あたしを一体何だと思っているんだ」
ジュンは、こいつはあたしが何でも力任せに片付けると思っているのか? これでも一応、気の立った相手の戦意を言葉や態度だけで削ぐ方法も心得ているんだぜ? と言ってやろうかと考えた。
が、今はそのことについて話している場合じゃあない。怪物だけでも早めに片付けなくちゃならないのに、その上その怪物の元に妙な連中が向かったとなるとなるべく急いだ方が良いのかも知れないとも思ったので、結局、ジュンは彼女の意見に反論するのはやめることにした。
「ったく、まあいいや。それじゃ行ってくるぜ」
「はい、気をつけて」
ジュンは手を振って見送る少女を背にして、ホテル跡に向かって駆け出した。
(続く)
こうしてホテル跡地に向かったジュン。
そこで彼女が目にするものは――




