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MARBLE 序章  作者: 窓井来足
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10

ついに。ジュンとカイが巡り会う。

この奇妙な双子の姉妹の戦いはどうなるのか。

 10


 かつて、ジュンが初めてキニス、そして自身の姉と遭遇した屋敷。

 その事件の後、表向きは「不良のたまり場になっている」という理由で屋敷の入り口は厳重に閉じられていたのだが、ジュンが到着するとそれは開かれていた。

 既に相手はは中で待っているのか。

 そう思い、足を踏み入れたジュンは、真っ先に自身と姉が最初に出会ったあの部屋にゆっくりと、しかし力強い歩みで向かう。

 すると。

 その部屋の真ん中辺りの床に、地下へと通じる入り口が開かれていた。

 以前この部屋に来たときは、怪物に集中していたし、それになにより薄暗かったのでこんなところに出入り口があるとは気がつかなかったが。

 などと思い出しながら、ジュンはその入り口をのぞき込み、そして下へと降りるための梯子に手をかける。

 そしてジュンは、先に来ている者が罠を張ったり、不意打ちをしてくる可能性を考慮して警戒しながらも梯子を下りる。

 そんな彼女の目に飛び込んできたのは。

 異様に広く、そして頑丈そうな、コンクリートで囲まれた部屋であった。

 部屋のあちこちには、何か巨大な装置がかつて取り付けられていたような名残があるが、今はそういうものは全て取り除かれており、戦うには動きやすい空間になっている。

 そして。

 そんな部屋の奥に、ジュンは。

 自分とそっくりな容姿の女性が、目を閉じて静かに座っているのを発見した。

 その女性、カイはジュンが彼女の存在に気がつくと同時に、ゆっくりと目を開け、そしてジュンに対して、


「ここは、この屋敷は、お前と私が〈あった〉場所だ」


 と一方的に告げる。


「ああ、そうだな」


 今話している相手が、自分の憧れた姉であるとも、アヤを殺害した犯人であるとも感覚的には受け入れられなかったが、相手が姉であるとした上でジュンはそう返事をする。

 それを聞いてカイは、


「お前が言っているのは、この上にある部屋での遭遇のことだろう。私が言っているのはそれ以前のことだ」


 と言う。


「それ以前?」


 心当たりがないので首をかしげるジュン。

 その様子を見てカイは「まあ、お互い覚えているはずはないのだがな」と呟いてから、


「ここは、この地下室はかつて私とお前を産み出したラトムスという組織の研究室だった」


 とジュンに教える。


「ラトムス……」


 謎の組織の名前が明らかになったため、特に意識せずに繰り返したジュンは、ある可能性に気がついたので、


「もしかして、つまり、ここは……」


 と口にする。

 流石に、そこまで言えば察するか。

 そう思ったカイはこれ以上話を延ばす意味はないと考えたので、


「そうだ。私とお前はここで造られたのだ」


 と明かした。

 それを聞いてジュンは、あたし達が造られたのがここで、その後再開したのもここならば、姉ちゃんがここを二人の戦う場所に選ぶってのも分からなくもないなと考えた。

 また、それと同時に。

 地上の屋敷の部分が、かつて自分程度のピッキングの技術であっさり入れたのは、あくまで隠したいのはこの地下研究室だから、地上の屋敷に下手に厳重なセキュリティーを施すとかえって怪しまれると判断したためだろうとも推測した。

 しかし。

 そう言われると。

 この研究室から何か不思議なものを感じる。

 そう思ったジュンは研究室の中を見回す。

 実のところ、この研究室はもう既にかなり昔に閉鎖されており、当然、この街の地下に眠る高エネルギーを転送する設備もとっくに取り除かれている。

 そのため、この研究所はもはやただの空き部屋でしかない。

 なのでジュンが感じた不思議な感じというのは彼女の錯覚である。

 だが。

 育ての親である師匠の死や、その殺した犯人が姉であるという事だけでも自身の感情の処理が間に合っていなかったところに、その実の姉との再会や、自身を産み出した組織の名称という新たな精神を揺さぶる要素が加わり、そして最後に自身が産まれた場所という情報が追加されたのだ。

 結果としてジュンの精神状態や、その感覚、そして感性がかなり乱れたものになっていたとしてもそれを責めることは誰にもできないであろう。

 とはいえ、このままでは話がややこしくなる。

 そう判断したカイは、


「ところで、アイツは――お前の師匠はどうなった?」


 と訊ね、ジュンの意識を自身との戦いに集中させようとする。

 その狙い通りに、ジュンは師匠の死や、姉が殺しの犯人であるという事を考えるのに意識を搾る。

 そして、先ほどよりは多少冷静になったジュンは、カイに対して、


「死んだよ――お前が殺したんだろうが」


 と返した。

 繰り返し言うまでもなくジュンはまだ、師匠が死ぬことや、目の前にいる姉が師匠を殺したということを受け入れてはいない。

 なのでこの発言は、自分の姉、あるいは殺しを行った相手に対してそう告げることで、自分に対して言い聞かせるという意味もある。

 だが、それはジュンが意図して行った言い聞かせではない。


「そうか、助からなかったか……」


 ジュンの発言を聞いてカイは呟くように言う。


「自分で殺しておいて、そう言うか」


 カイのまるで殺しを行いたくなかったとでも言いたげな態度をジュンは指摘。

 一方のカイもジュンからまるで怒りや悲しみといった感情が感じ取れなかったので、


「お前も、大事な育ての親である師匠の仇を前にした態度じゃあないな」


 と返す。

 言われて、ジュンはもっともだと思い、


「師匠が死んだことも、殺したのがアンタだってことも実感がねえ……っていうより、今アンタと話していること自体、現実味がねえんだがな」


 と明かし、更に一息ついてから、


「それに、師匠はお前のことを許せってあたしに言い残したんで、一体どうしたらいいのかも分からねえんだよ」


 と正直に告げた。

 それを聞いたカイは、


「そうか、迷いがあるのか」


 と言いながら立ち上がり、剣を召喚。


「迷いがあるなら……それは……」


 言いながらジュンは後ろに一度、右脚を引いてためを作ってから、


「お前の弱さだッ」


 と自分自身の迷いを否定するかのように叫んで、ジュンに飛びかかる。

 ジュンに対して自身の刃が届くまでに、カイは空中で鎧を召喚し、それを纏う。

 対して、飛びかかってきたカイを見たジュンは、素早く剣を召喚して、彼女の攻撃を受け止める。

 だが、鎧の効果でジュン以上に身体を強化しているカイが、飛びかかって攻撃を放っているその勢いを、咄嗟に出した剣を使って受け流せる程の技術は鍛錬を欠かさずに行っているジュンだといっても、持ってはいない。

 刃が身体に触れることは回避したものの、ジュンは衝撃に押されてそのまま壁に背中から激突した。

 そしてそのままジュンはゆっくりと崩れ落ち、壁に寄りかかって座るような形となる。

 そんなぐったりしているジュンに対して、カイは剣を向け、


「お前を斬って、私は前へと進む!」


 と宣言。


「な……何の事だ……」


 カイが師匠を斬ることに迷いがあった事や、彼女がそれを振り切ろうとしている事など、当然知らないジュンはカイの発言に対して咄嗟にそう返す。

 これを聞いてカイは、先ほどジュンに向けて放った宣言は、自分の中にあるアヤやジュンに対しての迷いが言わせた台詞だと自覚。

 しかし、カイはそんな様子を敵であるジュンに知られるのは恥だと考える。

 そしてその結果、ジュンに歩み寄り、剣を一旦地面に突き刺してから、左手でジュンの胸ぐらを掴んで起き上がらせたジュンは、彼女の質問に、


「お前にッ 私のおまけで産まれておきながらッ 私の手に入れられなかったものをッ 手に入れているお前にッ 私の気持ちがッ 分かるものかァーッ」


 とずれた返答をしながら、開いている右の拳でひたすらジュンの頬を殴りつけたのであった。


「私のおまけで産まれておきながらッ お前はッ お前はッ 私の持つことのできなかったッ 家族をッ 居場所をッ 自分自身の人生をッ 持っていやがったッ」


 叫びながらカイはなおもジュンを殴りつける。

 最初、自身の内心を悟られないようにとの演技で声を荒げていたカイであったが、途中からその叫びは演技ではなく、今までため込んできた怒りや妬みの爆発に変化していた。

 そしてそんなカイの恨みのこもった拳を何発も受けた結果。

 ジュンの両の頬は赤く腫れ上がり、折れた歯で傷ついたために口からも出血し、更にカイが頬を殴り損ねた何発かによって目にも痣ができていた。

 そんな彼女の顔を見ても、まだカイの怒りは治まらない。

 しまいにカイは地面に突き刺した剣を右手で引き抜いてから、


「何故ッ 何故ッ 私がッ 私だけがッ こんな生き方をしなければならなかったのだアァァァァァァーッ」


 と雄叫びを上げ、左腕でジュンを持ち上げたまま後ろに振り向き、その勢いを利用する形でジュンを投げ飛ばし、更に空中にいるジュンに対して一太刀浴びせたのであった。

 そして今度は先ほどとは逆方向の壁に激突したジュンは、そのまま地面に倒れ込む。

 先ほどまでの拳によるダメージ、投げ飛ばされた衝撃、そして何より剣によって受けた斬撃とそれによる出血により、ジュンの意識は朦朧とし始める。

 ――あたしは、ここで終わるのか。

 そう言った考えが、ジュンの脳内に浮かんだのを引き金として、彼女の脳内に様々なものが沸き上がってきた。

 それは一方では走馬燈に近いもので。

 例えば幼い頃に行った東南アジアやインドの風景や、イタリアや中国そしてアメリカで知り合った数多くの人々、アメリカから帰国した後の三年でできた友人の顔などであったのだが。

 もう一方ではまだやり残したことがあるといったものもあった。

 あたしは、師匠から譲り受けた武術をその先へ伝えなければならない。

 目の前で師匠が斬られるのを見ていたあの道場生や、師匠が死んだ事を知って嘆き悲しむだろうその他の多くの道場生を支えなければならない。

 そもそも、ここであたしまで死んだら、道場生達はより一層悲しむ事となる。そんな事を摺るわけにはいかない。

 そして何より。

 言葉と、その拳を通してあたしは姉ちゃんの悲しみや怒り、妬みや憎しみを知ってしまった。

 だから、目の前の姉。

 彼女もまた救わなければならない。

 だと言うのに。

 ここで、あたしは死んでしまうのか。

 もうお終いなのか――

 いや。

 駄目だ。

 ここで、終わるのは駄目だ。

 ここで。

 ここで終わるわけには――いかない。

 ぼんやりした意識ではあったが、しかしそれでもはっきりと、ジュンの中に誰かのために生きねばならないという意志が生まれた。

 そして、それと同時に。

 師匠を殺した相手である、姉を許すということが少しだけ、ほんの少しだけだが、何か掴めた感覚がジュンにはあった。

 正直、姉とはいえ、師匠を殺した相手である姉に怒らず、憎まずというのはあたしには無理だ――が。

 それでも。

 怒り、憎みながらでも。

 こんな姉ちゃんを許してやる事なら、できるかもしれない。

 そう思ったジュン。

 彼女の中で、何かが、変わった。

 しかし。

 そんな彼女に向かって、剣を持ったカイが歩み寄る。

 そして、カイはジュンの前に立ち、剣をゆっくりと、だが力強く持ち上げ、


「終わりだ」


 と告げるように口にして、ジュンの脳天に向けて振り下ろそうとした。

 だが。

 その剣が、振り下ろされはしなかった。

 何故なら、カイの目の前でジュンの身体が光を帯び。

 そして。

 カイが纏っているのと同じような形状と質感の、ただし黒白が逆転した鎧をジュンが纏ったからであった。

 ここで、鎧が召喚できるまでにジュンが成長したのは、奇跡などではない。

 また、精神的成長が能力自体を成長させた――というだけでもない。

 実のところ、カイがジュンをいたぶるためか、それとも圧倒的実力差による油断のためか、ともかく、一撃で斬り殺さず空中で斬撃を喰らわせるという形で一太刀浴びせた事が一番の原因であった。

 この攻撃により、カイの剣の持つ特殊な粒子がジュンの体内に取り込まれたのである。

 かつて、ジュンが剣を生成する能力に目覚めたのは、その直前にジュンが負っていたかすり傷程度の小さな傷口から、空気中に飛び散った微量の粒子が入り込んだためであった。

 そして今回、その時など比較にならないレベルの量の粒子がジュンの体内に送り込まれたのである。

 当然、それが引き金となってジュン自身の中で鎧を生成できるだけの力が生み出せるようになったとしてもおかしくはない。

 カイは普段、理性や知性そして意志を持たず、戦闘能力も同じようなレベルの怪物とばかり戦っている影響で戦闘技術はあっても、策を立てて戦ったり、メンタル面の問題を考慮したり、相手の実力を計るのは苦手である。

 それにより、ここまでの話でも何度か、時には油断、時には相手を過大評価してために失敗を犯しているわけだが。

 今回も、その彼女の弱点がジュンの成長という自身に不利な状況を生み出してしまったのであった。

 そして、更に。

 そんな、カイが緊急事態への咄嗟の判断が得意なわけもなく。

 結果、カイはジュンが鎧を纏ったのを見て、それだけで隙を作ってしまった。

 そんな隙を、日頃から人間相手に武術の稽古をしているジュンが見逃すはずもない。

 鎧の身体強化により、傷を多少回復させたジュンは剣を手に取り、カイに対して一撃を叩き込んだ。

 この一撃。

 冷静に判断すれば、そこまで決定的な攻撃ではない。

 いくら傷を回復させているとはいえ、それでもダメージを負ったジュンが、倒れているところから起き上がったばかりという無理な姿勢で放った攻撃が、無傷であり鎧を纏ったカイに致命傷を与えられるはずもない。

 第一、姉を許そうと思っているジュンには、カイを斬り殺すなどといった考えは全くないのである。

 当然、その攻撃もダメージを与えて一度、攻撃を収めてもらおうといった意図によるものであった。

 だが。

 身体能力を向上させる鎧を初めて纏ったジュンが、その力をコントロールできなかった事と。

 予想外の展開に、カイが動揺し、防御を疎かにした事が重なった結果。

 その一撃は、決定的な攻撃ではなかったが、カイに対して確実なダメージを与える一撃となっていた。

 そして。

 その攻撃を受けたカイは。

 鎧を纏って身を固めている自分に、今までに受けた事もないようなダメージを与えたジュンに対して、自身と対等か、それ以上の実力を持っているのではないかという過大評価をしてしまい。

 結果として、ジュンを冷静に観察する事ができなくなってしまったのであった。

 カイは、目の前にいる朦朧とする意識と身体を襲う激痛、そして極度の疲労によって何とか構えを取っているだけのジュンを警戒し、遠ざかる。

 今、こいつを斬ろうとすれば返り討ちにされるかもしれない。

 いや、しかし、今こいつを斬らなければ次の機会はいつになるか分からない。

 何せ、新しい組織に属してしまったらおそらく私闘は禁止されるだろうし、仮に何らかの理由をつけて許可を出させるにしても、それは新しい組織との信頼関係ができるまで、待たなければならなくなる。果たしてそれが、いつの事になるか……。

 だが、実際問題、私は今のこいつに勝てるのか?

 私も先ほどの攻撃でダメージを受けているのだ。まともに戦ったらどうなるか分からない。

 こいつの実力がどの程度のものなのかが分からない以上、一旦退いて、詳しく調べてから再び戦いを挑んだ方が賢いのではないだろうか?

 そもそも、師匠のアヤと比べてあまり強いとは思えなかったので多少侮っていたが、こいつもまた私と同じ戦闘用の人造人間。能力が覚醒した以上、このまま戦うには危険な相手に違いないじゃないか。

 ……………………よし。

 ここは一旦、退こう。

 これは逃げではない。

 確実に勝つための策であり、手段だ。

 カイは自分にそう言い聞かせ。


「今回はこの程度にしておいてやる」


 と捨て台詞を吐く。

 そしてそれから、人造人間の脚力を使って一気に飛び上がり、地下室から脱出したのであった。

 ちなみに。

 立ち去った彼女の心の奥底には、彼女が無意識に叫んでいた言葉によって自分が家族や居場所を欲していたのだと気がついた事をきっかけとして「自分に対して共に暮らそうと誘ったアヤを斬り殺してしまった」という罪悪感が芽生えていたのだが。

 この段階で、その感情はカイにとってまだ言語化出来るほどのはっきりとしたものではなかったのだった。

 さてこうして、カイは戦いの場から去った訳だが。

 一方、研究室に一人残されたジュンは。

 戦いが終わった事に安心したため、そのまま意識を失ってしまった。

 勿論、カイの発言や行動が罠であり、退いたと見せかけて襲ってくる可能性もあり、ジュンもその事態を想定したものの、心身の限界をとっくの昔に超えてしまっていた彼女にはもう、それに備えるだけの力は残っていなかったのであった。


 と、こうして。

 二人はそれぞれ、悩みを抱えたまま。

 ジュンとカイの戦いは一旦、幕を下ろしたのであった。

ジュンも、カイも。

それぞれ問題を抱えたままの決着となったこの遭遇。


そして時は流れ――

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