表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MARBLE 序章  作者: 窓井来足
10/12

09

カイが立ち去り、アヤが致命傷を受けて倒れている大石道場。

そこにジュンが戻ってくるのですが……彼女は一体どうするのか。

 09


 さて。

 カイが道場から立ち去って、とりあえず危機を脱したことによって多少は理性を取り戻した道場生の少年は、師匠を助けるために自身の持っている携帯電話で救急車を呼んだ。

 そして、次に道場生はジュンに連絡をしようと、再び携帯電話を操作する。

 その時。

 道場の中から物音が。

 気になった道場生が携帯を操作するのをやめ、道場の中を見るとそこにはいつの間にかジュンがいたのであった。

 道場生が出入り口にいるのに、どうやってジュンは彼に気がつかれずに道場内に入ったのか。

 それはジュンが道場の裏口から入り込んだためである。

 ジュンは別に、中の異様な雰囲気を気にして裏口から入ったのではない。

 ただ彼女は、怪物に関しての調査によって帰宅が予定より更に遅くなったことで師匠から怒られるのではないかと心配してこっそり入り込んだだけである。

 ただ、結果的にそれによって、道場の出入り口から出て行くカイと鉢合わせしないで済んだのだが。

 それはあくまで偶然であって、ジュンが狙ったものではないのであった。

 さて、そんな裏口から密かに入り込んだジュンが、道場の中をこっそり伺うと、彼女の目の中に飛び込んできた光景は。

 血まみれの床と、そこで倒れる師匠であった。

 さっきまでその師匠に怒られるかもしれないと、彼女との日常的な場面を想像していたジュンにとって、それはあまりに衝撃的な光景であった。

 なのでジュンは中の様子を見ると買い物袋を放り出し、一目散に倒れている師匠に駆け寄った。

 そしてとりあえず手当をしなければと、アヤの傷が開かないように細心の注意をしながら、アヤを抱きかかえる。

 しかし、武術の勉強の一環として応急手当などは一通り学んでいるジュンであっても、今の師匠の身につけられた巨大な刀傷に対しての処置などできるはずもない。

 途方に暮れたジュンは、とりあえず、


「師匠! おい、大丈夫か、師匠!」


 とアヤに呼びかける。

 すると、アヤは意識を取り戻してゆっくりと目を開き、それから


「大丈夫……な、わけないだろう……」


 と呟いた。


「師匠! よかった、生きていた」


 出血は酷いが、それでも意識があるのだから何とかなるかもしれない。

 そうジュンは期待する。

 だが、アヤはそんな弟子に対して、


「……馬鹿言え……ギリギリだよ……おそらくは助からないだろう……」


 と弱々しい声で告げる。


「そんなこと言うなよ。何とかなるって」


 弱気な師匠を励ますジュンだが、アヤは、


「……自分の身体の事ぐらいわかるんだよ……残念だがな……」


 と答える。

 そして、アヤは少し目を閉じて考えてから、


「どうせ、お前のことだから黙っていても私を斬ったのが誰だか見つけ出すだろうから、教えておくが」


 と断ってから、


「私の斬ったのはお前の姉だ」


 と言った。


「え……」


 意外な発言にジュンは一瞬、師匠を疑った。

 だが、こんな場面でそんなあり得ない冗談を言う師匠ではない。

 とするとこれはどうやら嘘ではないようだ。

 しかし、姉だと?

 姉ちゃんは、あたしの姉ちゃんは、怪物と戦い人々を守る正義の味方ではなかったのか?

 あたしが尊敬する、立派な戦士ではなかったのか?

 あの時、あたしが始めて怪物を見たときだって姉ちゃんは助けてくれたじゃないか。それが何故、何故だ。

 何故、姉ちゃんは師匠を斬ったんだ。

 そして。

 師匠を襲ったのが姉ちゃんだと知って、あたしは一体、どうすればいいんだ?

 迷うジュン。

 そんな彼女の顔を見てアヤは、更に、


「お前の姉を……許せ」


 と伝える。


「許せ……って……」


 ジュンは師匠に言われたことの意味がわからず、咄嗟に繰り返す。

 そしてそんなジュンの様子を見ながらアヤは。

 こいつにはまだ教えたいことが山のようにあったのになあと、多少残念に思いながらも。

 まあ、今回の一件であれこれ迷えばまた、こいつも一回り成長できるだろうと信じ。

 そして再び意識を失ったのであった。


「師匠? お、おい師匠」


 思わずアヤに呼びかけるジュン。

 だが、アヤからの返事はない。

 と、とりあえず手当をしなければ。

 ジュンは再び、アヤの手当を試みる。

 だが、彼女がそれを行動に移すより早く、道場生の呼んでいた救急車が到着したのであった。


 救急隊員は迅速かつ的確にアヤを救急車へと乗せ、病院へと運んでいった。

 様々な怪我人を相手にしてきた彼らにしても大きな刀傷を持った人間を処置して病院へと連れて行くという事は経験したことがなく、内心では動揺していたのだが。

 それでもその様子を表面には現さず、冷静沈着に対応した辺りは流石プロと言ったところである。

 また、救急車と同じくして警察関係者も同時にやってきた。

 勿論これは刃物による殺人未遂事件として、今回の件を調査するためである。

 だが、この時。

 既に事情を道場生からも聞いていたジュンは、自身の姉が犯人であることや、その姉が深夜零時にあの屋敷に現れることを警察には伝えなかった。

 勿論これは、この件に関しては自分が決着をつけるべきだと考えていたためである。

 なので警察は、この事件を武術の達人が何者かに斬りつけられた凶悪事件と判断し、危険人物が街に潜伏している可能性もあるとして周辺地域を警戒したものの、それ以上のことはしなかったのであった。

 ちなみに、アヤが警察相手にも武術を教えていた関係で、そのアヤから武術の指導を受けたこともある警察官の中には何が何でも犯人を捕らえようとした者たちもいるのだが。

 それはまた、別の話である。

 さて、警察に事情を説明し、その後病院へと向かったジュンは、そこでアヤの知り合いの医者から「全力を尽くして助ける」とは言われたものの、アヤ本人が「助からない」と言っていたのでおそらく師匠は死んでしまうだろうと覚悟しようとした。

 だが、身近な人が突然死ぬという状況はそう簡単に、現実であると受け入れられるものではない。

 それとともに、尊敬してきた姉が育ての親であり師であるアヤを殺したというのもまた受け入れられるものではなかった。

 どちらも受け入れられないジュンは、師匠の死を悲しむこともできず、姉に対して怒りを覚えることもできない。

 自分を取り巻く今の状況が全て偽りにすら感じ、今寝てそして朝起きればまたいつもの一日が始まるのではないかとさえ思えてしまう。

 そんな気持ちの定まらないジュンは、この状態で誰かと会い、会話をすればいずれ行き場のない感情をぶつけてしまうのではないかと考えた。

 なので、本当はアヤの側にいたいジュンではあったが、この知り合いの多い病院にいれば、そのうち彼らに迷惑をかけてしまうだろうと判断して病院から外に出る。

 しかし、家に帰ろうにも、事件現場となった道場のある家にはまだ、アヤの知り合いの警察関係者も多数いるはずである。彼らが話しかけてきた場合、冷静に対応できるという自信もない。

 行く当てのなくなったジュンは、一人で夜ののない公園に行き、ブランコに腰を下ろして考える。

 自分の持っているこの複雑な感情をどうすればいいのかと。

 そして、今までこういった感情を抱えてきた時にどうしたかと過去を振り返ったジュンは、時にアヤに相談し、時にアヤに気持ちをぶつけて、悩みや苦しみを超えてきたのだと思い出す。

 そして、それと同時にジュンは、もう自分には悩み苦しみを打ち明けられる存在が誰もいないのだとも気がついた。

 ジュンは確かに知り合いが多く、人付き合いも上手い方である。

 だがしかし、そんな彼女だったが自分の弱さや醜さを見せられるのは育ての親であり、師匠でもあるアヤしかいなかったのであった。

 これはジュンが頻繁に引っ越しているために長い付き合いの友人というものを持っていないことと、ジュンが他の人を頼らなくても問題がないほどにアヤという存在が偉大だったためである。

 しかし、そんな頼りになる師匠はもういない。

 もう、いない。

 いないんだ。

 何故なら師匠は――

 まだアヤが死ぬであろう事を受け入れられないジュンは、何度も何度も繰り返しそう思い込むことによって事実を受け入れ、師匠の死を悲しもうと努力した。

 しかし、それでも。

 彼女の感情は師匠の死という突然起きた残酷な現実を拒絶しようとする。

 そして、そんな最も大切な人の死を悲しめないという事実がジュンに「自分は育ての親の死を悲しめない薄情な人間ではないのか」とか「こんな時にしっかりと現実を直視できない自分は未熟ではないのか」と言った疑問を抱かせ、更に精神的に追い詰める。

 ――っ。

 一体、あたしはどうしたらいいんだ。

 そう再び考えたジュンは、今度は自身が今まで苦しいときに心の支えにしてきたものを考える。

 だが、それによって思い出したのは。

 ここ数年、苦しいときは「姉ちゃんも必死に人々を守っているんだから、自分も困難に立ち向かわなければならない」というのを心の支えにしてきていたという事であった。

 そしてまた、それと同時にジュンは今の自分には苦しいときに心の支えになる、憧れの存在もまた誰もいないのだということに気がつく。

 姉ちゃんは正義の味方じゃあなかった。

 それどころか、あたしの大切な師匠を殺した。

 何故なら姉ちゃんは――

 こちらの、姉がアヤを殺した犯人であるという事も受け入れられないジュンは、やはり何度も何度も繰り返しそう思い込むことによって事実を飲み込み、姉に対しての怒りを燃やそうと努力した。

 しかし、やはりこちらに関しても。

 彼女の感情は自身の姉がそんな残忍な事を行うような人間であったという現実を拒絶しようとする。

 とはいえ、師匠が死に際に嘘をつくとも思えない。

 そして、あの道場生も鎧の戦士が師匠を殺したところを見ている。

 ならばやはり、姉は人殺し――

 と、そこまで考えてジュンは「鎧か……」と呟き、ある可能性を思いついた。

 それは、鎧の戦士の中身が姉ではなかったのではないかというものだ。

 だが、冷静に考えれば師匠が根拠もなく、謎の戦士をジュンの姉と認識するわけもない。

 また、かつてあの鎧の戦士に遭遇している道場生が、戦士の放つあの独特な雰囲気を別人のそれと誤認するとも考えにくい。

 何より、あの師匠の傷から感じた不思議な感覚は紛れもなくかつて姉の剣から自分が感じたもの。それを自分が捉え間違えるはずがないではないか。

 ジュンはそう考えて、自らの思いつきを否定しようとする。

 ただ。

 彼女はこの時、自分が考えている以上に冷静ではなかった。

 なので彼女は道場生や師匠そして自分自身でさえも、何か勘違いをしているのではいかという可能性を結局は拭い去ることができなかったのであった。

 また、それと同時にジュンは。

 師匠には当然殺されなければならない理由はないし、殺すほど師匠を恨んでいる奴がいるとは思えない。

 勿論、悪い奴には師匠を憎んでいる奴も大勢いるだろうが、そういった奴等への対策を師匠が怠っていたわけもないとも考え。

 師匠を襲った犯人は、何か誤解をして師匠に刃を向けたのではないかとも思いついた。

 そして結果として彼女は、どちらにしてもその犯人と会って、真実を確かめなければならないと答えを出し。

 その犯人が指示した、街外れの、あの自分と姉が最初に出会った屋敷へと足を運ぶことにしたのであった。

 途中。

 歩きながらジュンは、もし仮に、仮にだが、師匠を襲った犯人が自分の姉で、そして何の誤解でもなく、自分の意志を基に師匠の殺害を企てて実行したのだとしたら、自分はそれを知った時に、それでもその姉を前にして冷静でいられるだろうかと考えた。

 が。

 ここで真実の追求を諦めるわけにはいかない。

 そう自分に言い聞かせて、ジュンは答えのあるところへ歩き始める。

迷った末に、結局はカイの指示に従う事にしたジュン。

さて、その目的地である屋敷で彼女を待ち受けるものとは……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ