事故現場
「そうだ、優香に電話かけてもらえませんか」
もしも行き違いになったら困る。
「ああ、そうね」
奈津子さんはハンドバッグからケータイを取り出して、しばらく耳に当てていた。
「駄目ね。呼び出しはしてるけどマナーにしてるのか、まだ列車の車内にいるから取らないのかもしれないわ」
「そうですか。しかたないですね」
事故処理が長引くなら、たぶん代行の交通手段が準備されるだろうし、優香ならたぶん列車から降りた時点で連絡してくれるはずだ。
その連絡がまだないということは、まだたぶん電車の中にいるんだろう。
やがて、前方に赤色灯がいくつも回っているのが分かった。まだ遠くてよく分からないが、パトカーや救急車の類だろう。
黒山の人だかりで、一般車両もたくさん道路に停まっているようだ。
「ああ、なんかすごい騒ぎですね」
「野次馬が多すぎてどういう事故なのか分からないわね」
「もうすこし近づけば分かりますよ」
事故現場に近づいて、状況が分かった瞬間、言葉を失った。
「ひぃっ!?」
奈津子さんが言葉にならない悲鳴を上げ、僕も背筋を冷たいものが走りぬけるような感覚を味わった。
信じられない光景がそこにあった。
列車同士の正面衝突。
先頭車両同士は原型ととどめないまでに激しく壊れ、後続車両は衝突の衝撃で脱線して横転し、ひどく壊れていた。
一体、どれほどの死人が出ているのか。
「ゆ……優香!?」
奈津子さんが裏返った声で叫び、ガタガタと震えた。
まさか……優香があの列車に乗ってるなんてことは……。
自分自身の想像を打ち消すように僕は激しく首を横に振った。
ありえない! そんなことがあるわけがない!
次から次にパトカーや救急車が到着し、けが人がどんどん運び出されている。
近くの駐屯地から陸上自衛隊も出動していた。
あまりにもけが人が多いようで、搬送待ちの人間が道路にあふれている。
「ぼぼ僕も、僕も行きます!!」
僕は道路わきに車を停めて、事故現場に向かって駆け出した。
もしかすると優香が巻き込まれているかもしれない。
まだ救助されてないかもしれない。
そう思うともういても立ってもいられなかった。
僕はちょうど一人のけが人を運び出してきたサラリーマン風の男性に声をかけた。
「俺にも手伝わせてください! お願いです!!」
彼は僕をチラッと見てうなずいた。
「助かる。人手は一人でも多い方がいい! 車内からけが人を運ぶ人間が足りてないんだ!」
事故車に向かう途中で彼は簡単に事情を説明してくれた。
彼はすぐそばの会社のサラリーマンで、上田と名乗った。
上田の勤める会社の社長は事故直後に迅速な決断を下して、会社の敷地にけが人を一時収容して手当てが出来るように取り計らい、上田たち社員には救助活動に可能な限り加わるようにと指示を出したそうだ。
酷く壊れた1両目、2両目には、自力で逃げ出せる人間はほとんどおらず、レスキュー隊が要救助者を車外に運び出し、応急処置場までは一般の消防隊員や自衛隊員やボランティアの人間が搬送しているそうだ。