顔合わせ
駅のロータリーで停まったタクシーから中年の女性が降りてきて辺りをキョロキョロと見回す。
彼女は僕の姿を認めると、にっこりと笑った。
その笑顔は優香とよく似ていた。
僕の方に小走りに近づいてくる彼女の服装は、優香がさっき電話で教えてくれたのと一致していて、僕は彼女が優香の母親だと確信した。
「よう! 息子よ」
思わずずっこけそうになった。
すべての事務的手続きをすっとばしていきなりこれか。
僕の反応を面白そうに観察して、彼女が改めて口を開く。
「あなたが賢斗君ね? すぐ分かっちゃったよ。あたしが思ってた通りだわ」
その頃にはなんとか僕も最初のショックから立ち直った。
「はじめまして。ですね、お義母さん。優香……さんからお話は伺っています」
「他人行儀じゃなくていいよ。あんたは娘の婚約者なんだから」
そう言って彼女はにかっと笑った。
「あのプロポーズを聞いた時、わたしはあんたとは絶対上手くやっていけるって確信したよ」
「僕も、お義母さんのそういうノリ好きですよ」
「気に入った! ただし、わたしのことはお義母さんじゃなくて奈津子さんと呼ぶこと」
そう言いながら彼女が僕の背中をぽんぽんと叩く。
僕は苦笑しながらうなずいた。
優香は30分ぐらいで着くと言っていた。なのに、予定時刻を20分過ぎても優香は駅に姿を現さなかった。
「ずいぶん遅いねえ。このままじゃ、食事する時間もなくなっちゃうよ」
「そうですね。さっき電話で話しましたけど、朝食も食べてないそうですね」
「そうなのよ。昨日は浮かれて遅くまで寝れなかったみたいで、案の定寝坊よ! まったく、このまま二食抜いて卒業式の最中にお腹を鳴らしたら大恥だわ」
そう言って奈津子さんが大げさにため息をつく。
そうこうしているうちに駅にオレンジ色の特急列車が停まり、ずいぶんと沢山の人が降りてくるのが分かった。
「この列車かしらね?」
「いや、違うでしょう。方向が逆ですからね。……でも、この駅で特急が停まるって……」
なんか妙だなと思った。この駅は急行ですら停まらない小さな駅なのに。
「時間調整じゃないの?」
「あ、そうか。そうですね」
言われてやっと思い当たる。このローカル線は上下線で一本の同じ線路を使っていて、駅の辺りだけ二本に分かれている。
正面から列車が来ているときは線路が分かれている駅でやり過ごすのだ。
やがて、不似合いなほど大勢の人間が駅から出てきてタクシー乗り場とバスの停留所に長い列を作った。
その様子を見ていた奈津子さんが首を傾げる。
「おかしいねえ。あの人たち、みんなここが目的地じゃないみたいじゃないの」
「そんな感じですね」
僕は何気なく駅を見た。
ずいぶん時間が経つのに特急は停まったままだ。
反対側に優香が乗ってるはずの列車の来る気配もない。
「故障でこの駅に停まらなければならなかったってところでしょうか」
「それもあるかしらねえ。じゃあ、ちょっと訊いてくるわ」
「は?」
奈津子さんが野次馬根性丸出しでバス停に並んでる人の所に走っていく。
おばさんという人種のすごい所だとちょっと感心する。
少しして彼女は慌てて戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「事故らしいわ。詳しいことは分からないけど、飛び込みでもあったのかしら? とにかく事故処理で電車が停まってていつまでかかるか分からないみたい」
「うわ……。じゃあ、優香を迎えに行かないといけませんね。じゃあ、どうぞ乗ってください」
カフェの駐車場に停めていた車に乗り込んで、線路沿いの道を走り出した。