第四話
木内さんの家を出た一行は、帰り路についていた。
「そいで、いったいどういうことなんだい」
口を開いたのは、もちろん佐藤だった。
「なんのことだい」
水瀬は、白を切る。
「そんなこと言わんで、教えてくださいな」
横からソロッと近づいて、水瀬の裾をツンツンと引きながら、由良は上目遣いで聞いた。どこでそんな技を覚えてきたんだ。怪しからん。
「わ、わかった。わかったから、その手を放しな。あと、そんな態度をとるのは、今後控えなさい」
慌てて水瀬は、由良から離れる。由良は、クスクスと笑いながら、「そんな態度って?」と、とぼけて見せた。由良の態度に水瀬は深くため息をついた。
「あれは、自作自演ってやつだよ」
「自作自演?」
水瀬の言葉を繰り返し、佐藤は首を傾げた。由良もまだピンと来ていないようだ。
「つまり、池さん本人が家を荒らして、空き巣に入られたように見せかけた、ということだよ」
「ええっ!なんでそんなこと」
「証拠はあるんですか?」
「確たる証拠はないが、話からして間違いないだろう。木内さんが一日中家にいたが、不審な物音や大きな音は聞こえなかった、と言っていた。これは、現場の状況を考えるとおかしい。タンスや障子が倒れていたという佐藤の言葉が本当なら、倒れるときに結構な音がするはずだ。その音がなかったということは、犯人は、音のならないよう静かにゆっくりと倒したことになる。これは、空き巣の行動としてはおかしすぎる。いつ家主が返ってきてもおかしくない状況で、ゆっくり部屋を荒らしてなんかいられないはずだ。つまり、この犯行は空き巣によるものではない。
じゃあ、なぜ池さん本人がやったのか。それは、家賃の支払いを引き延ばすためだろう。木内さんの話では、最近の池さんは羽振りが悪く、先月から家賃を滞納していた。きっと、今月も支払いの算段がつかなかったのだろう。そこで、池さんは今回の事件を考えた。払うつもりのお金は空き巣に捕られてしまった。そう言えば、大家も文句は言えない。だからタンスの中身は散乱していなかった。きっと、中身は質屋に入れてしまっていたのだろう。しかし、タンスと障子が倒れているだけの部屋では、空き巣に見せかけるのは難しい。だから、床を砂まみれにして、中身が散乱していないことから意識を反らしたのだと思う。
警察も気づいたんでしょう。大家と池さんのやり取りで、池さんを怪しいと思い、木内さんの話から池さんのお金の周りを探った。そこで、きっと裏付けが取れたんだと思う。大家も少なからず警察の話を聞いているから、今日も池さんの所へ徴集に来たんだろうよ」
一気にしゃべった水瀬は、「ふぅ~」と、汗を拭うフリをして見せた。
「はは~ん。そういうことかい。それで、自作自演ってわけね」
「よく気づきますよね。いつもながら感心します」
「そいつはどうも。お気に召したようで、何よりでぇ」
佐藤と由良はすっきりしたと、笑顔で見合わせた。
「それにしても、一気にしゃべったせいか、のどが渇いたねぇ」
「お店まではまだかかるし、困りましたね」
水瀬の言葉に由良が返す。そのやり取りを横で見ていた佐藤が、ハッと、何か思いついたように手を叩いて、
「旦那、待っててくだせぇ。今、お水を用意しますよ」
そう言って、佐藤は先の林に消えていった。辺りはもうすっかり暗く、周りの住宅からは夕飯のいい香りが漂ってきた。今日はずいぶんと暑かった。汗で着物が張り付いて気持ち悪い。そんなことを考えていると、向こうから佐藤が返ってくるのが見えた。手には、何やら持っている。
「お待たせ旦那。ほら、ご所望のお水だぜ」
手渡されたのは、起用に葉っぱを編ませて作った湯呑だった。中には水が半分ほど入っている。
「どこからこんなもん持ってきたんだい」
「そこの林で作ってきたんだよ。ほら、飲みな」
「手先だけは器用だね。まあいい。それじゃあ、遠慮なくいただくよ」
湯呑の水を一口含んだ瞬間だった。水瀬は勢いよく口から水を吹き出し、咽たように咳き込んだ。隣の由良は驚いて跳ね逃け、佐藤はケタケタと笑った。
「なんだいこの水は。苦いような酸っぱいような。気持ち悪い」
そこまで言って、水瀬は昼間の佐藤とのやり取りを思い出した。
「お前さん、まさか」
水瀬は佐藤の顔を凝視する。佐藤は、ニッと、悪戯っぽく微笑んだ。
「そいつはおいらの汗だよ」