第三話
場面は変わって、池さんの隣の家の中。正確には、左隣の家だが、今回そこは関係ない。
「警察の人に聞き込みを受けましたね」
池さんのお隣の木内さんはコクリと頷く。
玄関先で掃除をしていた木内さんを見つけた水瀬は、聞き込みのため事情を話し、話を聞かせてくれないかと、頼んだ。すると、一つ返事で了承してくれただけでなく、外は暑いからと、中へ上がらせてくれた。通してくれた部屋は、風通しが良く、風鈴の音が涼しさを演出してくれた。
「それで、木内さん。警察からは何を聞かれましたか」
水瀬は丁寧に聞く。隣の二人は、ニコニコと水瀬から一歩引いた位置で聞いている。きっと、何も考えていない。
「そうですね。初めに不審な人物は見なかったか、聞かれました」
「どうでしたか」
「そんな人は見ませんでした。その日は、たまたま非番だったので、一日中家にいて、家のことをやったり、藁を編んだりしていたため、外にはほとんど出ていないんです」
「そうですか。それでは、不審な物音や物が倒れるような大きな音などは聞かれましたか」
「それも警察に聞かれたのですが、不思議なことにそんな物音は聞いていないんです。家の中があのような状態ですから大きな音が聞こえてもおかしくないのに、その日は、お隣からはそのような音は一切聞いていません」
木内さんは、湯飲みを一口付けた後に「不思議ですよね~」と、のんびりとした口調で言った。すると、隣の二人もつられるように湯飲みに手を付け、「ホントですね~」と、まねるように答えた。この二人、考える気が全くないな。二人の態度に水瀬はあきれた。そんな時だった。
「こんばんは。池さん、いますか。今晩こそは、払っていただきますよー」
隣の家の方から大きな声が響いた。その後、ガラガラと扉の開く音がして、何か話している様子が聞こえてきた。
「池さん、借金でもしてるんですかい」
湯飲みの水を飲み干した佐藤が、淡々とした口調で聞く。デリカシーは無いのか。
「んんー。そこまでは知りませんが、最近羽振りが悪いと聞きました」
少し言い辛そうに、声のトーンを下げて木内さんは答えてくれた。そして、続けて、
「警察に話を聞かれているときもこのやり取りが隣から聞こえてきました」
木内さんは言った。
「へー」
「何の請求なんですか」
興味のない返事を返す佐藤を置いて由良が聞いた。
「大家が家賃を取りに来ているそうです。なんでも先月から払えてないとか」
ヒソヒソ話でもするように、木内さんは口元に片手を当てて言った。沈黙に風鈴の音が一つ。
「できごころ」
水瀬の言葉に木内さんは驚いて身を引いた。
「何言ってんだ、水瀬。突然変なこと言うから木内さんびっくりしちゃったじゃねえか」
「いや。急に八一さんのできごころが聞きたくなっちゃって」
横目で木内さんを見る。
「警察の方も同じことを言ってました」
「なに?」
木内さんの言葉に佐藤が噛みついた。それを「まあまあ」と、由良があやす。
「隣のやり取りを聞いて、同じことを警察の方に教えた後、警察の方が『そういうことか』と頷いてから水瀬さんと同じ言葉を口にしたのです」
木内さんは、水瀬を不思議そうな目で見つめて続けた。
「そのあと、警察の方は挨拶もほどほどに出ていかれ、仲間を集めて町を離れていきました。聞いた話によると、その後は池さんのお金周りを調査していたとか」
木内さんの言葉にうんうんと頷く水瀬。そして、
「最後に質問なんですが、空き巣の犯人について何か聞きましたか」
と、水瀬は訊ねた。
「はい。事件性がないと聞いたとき、それじゃあ犯人は?と、思った私は、警察の方に犯人は捕まったんですか?と、聞きました。すると、犯人はいないのでご安心ください、と答えられました。全く理解できなかった私は、首を捻ることしかできませんでしたよ」
「ありがとうございました。お水ご馳走様です」
最後の質問の答えを聞き終えると、水瀬は立ち上がり、挨拶もほどほどに木内さんの家を立ち退く準備を始めた。
「おい、ちょっと待てよ」
そんな水瀬の腕をつかんで、佐藤は「まだ何も分かっちゃいねえじゃねえか」と、引き留めた。水瀬は、掴まれた腕を軽く振り払うと、「いいから着いて来な」と、佐藤と由良に動くよう言った。
「それでは、お邪魔しました」
最後尾の由良が別れの挨拶をして、一行は外へ出た。