第二話
佐藤の話はこうだった。
「一昨日のこと。西浦の池さんのところに空き巣が入ったそうだ。部屋は、台風に侵されたかのように荒らされていて、金目のものは全部取られちまったって話だ。当然、警察が入ることになった。部屋の中を調べた警察も、これは空き巣で間違えないと、犯人の捜索を始めることにした。しかし、昨日の昼間になって突然警察は捜索を打ち切りにした。この騒動を見ていた隣人が警察になぜ打ち切りになったかと理由を尋ねると、この空き巣に事件性はないため、とのことらしい。」
水瀬、佐藤、由良の三人は、先までいた水瀬の運営する古本屋を出ると、佐藤の話を聞きながら西浦へと向かっていた。日が陰ったとはいえまだ凡過ぎ。暑さで足は重く、額に流れる汗に水瀬は鬱陶しさを感じていた。
「ほんと、不思議な話よね」
佐藤の話を聞き終えると、由良が喜々として感心していた。
「どこがだい?いったい何が不思議だって言うんだい。普通の事件噺じゃないか。俺はもう疲れた。帰ってもいいかい」
ため息交じりに佐藤達に言うと、二人の目は怒りに燃えていた。
「どこが普通の事件噺だって?お前さん、ちゃんと話は聞いていたのかい」
「そうよ、水瀬さん。こんな変な話めったにないわよ」
左右からワーワー怒鳴られた水瀬は首をすくめ、両手で耳をふさいだ。
「そう大きな声を出さんな。隣にいるから聞こえてらあ。そんで、どの辺が不思議だって?」
「ようやっと、聞く気になったかい」
水瀬の言葉に佐藤は肩を叩いて答えた。その顔はとても笑顔だった。
「いいか。この話の不思議なところは、警察の急な態度の変化だよ。変だろ。一昨日の晩までは、空き巣事件だと言っていたのに、次の日の昼には、事件性がないから帰ると言う。この話を聞いて、池さんの家も見に行ったが、聞いた通り荒れていた。警察から調査を受けた隣人からも話を聞いて、事件性はないと言っていたということも聞いた。おかしいじゃねえか。荒れた家からは事件性が見えるのに、警察は事件性がないという。なぜだ。それが、不思議でたまんねんだ」
「それは、警察の調査の結果だから、しょうがねえんじゃねえか」
「だから!」
水瀬の答えに勢い良く突っ込んできたのは由良だった。
「なんで、事件性のある現場を残して警察は事件性がないといったのか。その根拠が知りたいわけですよ」
「そんなの警察に聞けばいい。俺の出る幕じゃない」
そっけなく水瀬は返す。
「私もそう思って聞いてみたんですけど、捜査内容はまだ話せないって、突き返されちゃいました」
しょんぼりと、身を縮ませ、残念さをアピールする由良。かわいらしいと、少し心を揺さぶられる水瀬だった。そんな水瀬を横に由良の肩を強引に引き寄せて、満面の笑みを水瀬に向けて佐藤は言った。
「だから、お前さんの出番ってわけさ」
由良の肩を抱いているだけで腹立たしいにもかかわらず、その自信たっぷりの笑みが水瀬の癪に障った。
「は~。わかった、わかった。その話に付き合ってやるよ。だから、その汚い手を由良さんからどけな」
「いえーい」
水瀬の承諾を得ると、佐藤と由良は元気よくハイタッチを交わした。
「喜ぶのは早いぞ。考えてはやるが、答えにたどり着ける保証はないからな」
水瀬の言葉に「ま、そういうこともあるわな」と、口では理解したと言いながら、その目からは期待の色が一向に消えなかった。
「じゃあ、まずは現場検証と、行きますか」
西浦の池さんの家は川辺に面しており、道中より涼しく感じた。池さんに事情を話し、家の中を覗かせてもらった。やはり、他人に人の家を見せるのは快くないのか、水瀬たちを通すときの池さんの顔は、少し険しかった。
予想はしていたが、事件は一昨日。もう、ほとんど家の中は片付いていた。
「なんだよ。きれいじゃねえか」
「ほんとね。きれいというより、殺風景って感じだけど」
由良の言う通り、池さんの家の中はほとんど物がなく、ガランとしていた。
「一応聞くが、昨日見に来たときは、どんな感じに荒れてたんだい」
水瀬が佐藤に聞く。
「そうだな。詳しくは覚えてねえが、そこの障子が横たわっていて、タンスも倒れていたな。畳の上が汚れていて、砂まみれって感じだったかな」
佐藤の言い方に引っかかった水瀬は、再び佐藤に聞く。
「タンスの中身も散らかっていたのかい」
「ありゃ。そう言われてみれば、中身のようなものは出ていなかった気がする。きっと、砂まみれの部屋に圧倒されちゃったんだろうな」
「佐藤さんは、そういうところあるよね」
由良が佐藤の答えに茶々を入れる。そんな二人をよそに水瀬は一人頷いていた。すると、
「もういいだろ。期待に応えられなくてすまないが、いつまでもそのままってわけにはいかんからな。片付いた部屋なんか見ても面白くないだろ。さ、帰った、帰った」
割り込むように部屋の中へ入ってきた池さんが帰るよう促してきた。
「えー。まだ、何もわかってないのに」
「すみません。どうも、ありがとうございました」
駄々をこねる佐藤を引いて、水瀬は池さんの家を出て行った。由良も不満そうではあるが、水瀬たちの後を追うように家を後にした。
「どうしたんだよ。やけに聞き分けがいいじゃねえか。もしかして、お前さん、何かわかったね」
こういう時だけ勘のいいやつだ。しかし、まだ確信には至らない。水瀬は「さあね」と、肩をすくめて見せた。
「なんだよ。期待させやがって」
「まあまあ。きっとすぐ解決してくれるわよ」
佐藤をなだめた由良が期待の眼差しを水瀬に向ける。
「……、さあね」
由良の笑顔がまぶしすぎる。水瀬は、由良から目を背けるようにしてとぼけて見せた。