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9. 家族会議? 兄上様たちの内緒の企て



「お嬢様、ちゃんと前を向いて歩いてください」


「前を向いて歩いておりますわよ、ルキト」


「物珍しそうにきょろきょろしていると、すぐ迷子になりますよ」


「きょろきょろなんてしておりません! 迷子にもなりません! 子ども扱いしないでくださいな」


「そうやって声を荒げるところがお子様なんですよ、お嬢様」


 そう言って宥めるように私の頭を撫でる青年は、私の護衛騎士の一人、ルキトですわ。


 その身分は、グレイハイム伯爵家の次男なのですが、将来近衛騎士を目指すために王立学園を卒業した4年程前から騎士見習いとしてインスフィア公爵家に仕えていたのです。


 ああ、王立学園というのは、この国の貴族の男子、及び市井の優れた頭脳と剣技の素質のある少年たちが通う学園ですわ。10~12歳頃に入学しそこから5年間学び、将来王国を支える力を身に付けるのです。もちろん、兄上様たちもフェラン兄様も卒業生ですわ。

 

 記憶の中にある前世のゲームでは、学園は出てこなかったように思います。ヒロインがディレム様と出会うのは、ディレム様が学園を卒業なさった後ですもの。


 それ故なのでしょうか、気になるのですよね。乙女ゲーム世界の学園というものに……。

 

 記憶を思い出してから、一の兄上様に女の人は学園に入学できないの? と訊ねたことがあるのですけど、一の兄上様は私をどこか不振がりながらも「皆無じゃないよ。数は少ないけど男顔負けの強さを持つ女性もいる。全てが市井の民だけどね」と答えてくれました。その後に「イリアーナには絶対無理だから、学園に入学したいなどと言わないようにね」となぜか釘を刺されてしまいましたが……。


 心外ですわ、一の兄上様。

 誰も入学したいなんて言っておりませんし、それに、年齢的に無理ですわよ。


 そうぽつりと呟いた私の声を聞きつけ、ルキトが「いつか紹介しますよ、その女性を。そうすれば、一発で諦めがつく事でしょうから」と、笑いながら話しておりました。


 一発で諦めがつくような女性っていったいどのような御方なのでしょうか? 別の意味で興味が湧いてきましたわ。いつか必ず紹介して下さいね、ルキト。


 ―――と、話が逸れましたね。


 そのルキトなのですが、いったい何を思ったのか、1年ほど前に突然私の専属騎士になるから近衛騎士にはならない、と宣言され、伯爵様を困惑させておりました。


 確か、近衛騎士団の入団試験には受かっていると聞きましたが、良かったのでしょうか?


 私の護衛などより、そちらの方が将来安泰ですわよ、と本人にも告げましたが、「お嬢様は目を離すと何をなさるか分かりませんからね。守って差し上げますよ、俺が」とかなりの上から目線で言われ、いりません! と言ったら「良いんですか? そんな事を言って。俺がいなくなれば、お嬢様、あまり自由が無くなりますよ」と返されました。


 そうなのです。

 今まで、敷地内で自由に出来たのは、ルキトのおかげでもあるのです。

 監視の目があっては息苦しいでしょう、と言っては、ほんのひと時でも私に一人の時間をくれていたのです。そしてセレナが屋敷に来ているときは良く二人きりにしてくださいました。

 その所為で私たちが敷地内で迷子になったりしたときには、ルキトが良く叱られておりました。何故、目を離した! と……。


 私の所為ですのに、ルキトは一言も弁解せずに頭を下げていましたわ。


 その事には本当に感謝しておりますわ……。

 上から目線の態度は気に入りませんが――私の方が身分は上なのですよ!――守ってくれているのは確かなのですし、本人が望むならと伯爵様が引き下がった事もあり、専属護衛として受け入れましたわ。

 その時のルキトの言葉も気に入らない要因の一つです。


「俺が守るよ。お嬢様を守れるのは俺だけだ。忘れるな。何があろうとも、この下賜された剣に誓って俺がお嬢様を守ってやる」


 不遜とも取れるその言葉と共に――この事は父様も兄上様たちも知りません――父様から渡された私の名が刻まれた刀身に口づける姿は、物語に登場する騎士のように凛々しくて、一瞬見惚れてしまいました。その直後、にやりと笑んだルキトに、からかわれた! と実感いたしましたが……。


 実際、口を開きさえしなければルキトはかっこいいのですわ。

 本人には絶対に言いませんが、鈍く光る長い灰色の髪と――後ろで三つ編みにしています。結ぶ紐がいつも琥珀色なのは、もしかして一の兄上様の信奉者?――若葉を思わせる鮮やかな緑の瞳のなかなかの好青年で、屋敷に仕える使用人の間では相当人気があるそうです。街でもルキトは人気なのですよ、とは、私の専属侍女であるセシャの言葉。


 休日になるとルキトは良く街へ遊びに行くようで、前に、街で何をしているの、ルキト? と訊ねた折、「お嬢様にはまだ早い遊びですよ」と意味ありげな笑みを向けられてしまいました。

 その言葉を聞いたセシャは顔を真っ赤にしてどこかへ走り去り、ゼンには頭を小突かれておりましたが、私にはまだ早い遊びってなんなのでしょう? 

 その後セシャと共にやってきた一の兄上様にその事を訊いたら「イリアーナは知る必要のない事だよ」とはぐらかされ、ルキトには「伯爵家に帰るかい、ルキト」と妙に優しい声音で問いかけておりました。


 一の兄上様を直視したルキトは―――


 可哀そうだから、見なかったことにしてあげます。




「あまりお嬢様を困らせるな、ルキト」


 そうルキトを宥めるのはもう一人の護衛騎士、ゼン。

 黒に近い短い藍色の髪と、涼やかな水の様な薄青の瞳の長身――ルキトより頭一つ分ほど高いです――の男性です。

 もともとは王国騎士団にいた経歴の持ち主で、父様にその腕を買われ私の護衛騎士となりました。


 精悍な顔立ちに、落ち着いた物腰。細身に見えますが、意外とがっちりとした体格をしていて、腕の太さなんて私の両手でつかみきれない程です。額の傷――どうしてついたのか教えてくれませんでした――がさらに魅力を引き立てています。

 うん、大人の貫録ですね。

 年齢が一回り以上離れている所為なのか、私の背が低いせいなのか――ちょうどゼンのお腹辺りが私の頭ですわね――ゼンと並んで歩いていると兄妹と言うより、親子に見えます。


 今日の私の服装もそう見せる要因の一つでもあるのですけど……。

 

 今私は、セシャから教えられた街娘風の服装をしております。

 白い薄手の長そでブラウスにレースをふんだんに使った淡い紅色した膝丈のスカート。髪を後ろで一つに括り、靴は踵の低い革靴。仕上げに頭から目深に頭巾をかぶると、不思議な事にどこからどう見ても街娘にしか見えなくなりました。目立たないようにとの配慮からなのですが、これがまた動きやすくて、気に入ったのですよね。


 そうなのです。


 私ことイリアーナ・メルス・インスフィアは、ただ今ゼンに手を引かれ、王都の街を目指して歩いております。




 ☆




 記憶を思い出してから早くも4か月あまり、やっと念願かなって街に来ることが許されました。でも、さすがに一人で、とはいかず、私の護衛騎士2人を引き連れての探索になりましたわ。それもしぶしぶ許可が下りたのです……。


 母様が父様たちを説得して下さらなかったら、今も外出など出来なかったですわよね。


 思い出すのは三日前の晩餐の後。

 私は意を決して家族に街へ行きたいと告げたのです。




「何を馬鹿な事を言っている、リア! 街へ行くなど、許可できる訳がないだろう!」


 室内に父様の怒号が響きます。


 滅多に聞かない父様の怒声に私は口をつぐみ、震えながら俯くことしか出来ませんでした。心配しての事と分かっていても、怒られるのはやはり怖いです。


「良いではないですか、あなた」


 震える私の肩をそっと抱き寄せるのは、母様。

 母様は、私の目じりに溜まった涙を指で拭うと、「大丈夫よ、リア。私に任せて」と、耳元で小さく呟きました。


「えっ?」


 驚いて母様を見つめると、口にそっと指を添えられました。

 

 黙って見ていなさい、って事でしょうか?


 母様はふわりとほほ笑むと、訝しげに見ていた父様に視線を向けました。その母様の笑みに一瞬父様から怒りが消えます。


「ねえ、あなた。リアもずっと屋敷の敷地内だけでは息が詰まりますわよ。折角魔法具から解放されたのだから、少しくらいは自由にさせてあげたらいかが?」


「しかしだね、心配なんだよ、私は。リアはああ見えてお転婆だ。勝手にあっちでふらふら、こっちでふらふらした挙句、迷子になったり、変な輩にさらわれたり、邪な男どもに乱暴されたり……ああ! 考えるだけで、怒りが湧いてくる!」


 あっちでふらふら、こっちでふらふらって……私、そんなにふらふらしておりませんわよ、父様……。


「考えすぎですわよ、あなた。リアには手練れの護衛がついておりますでしょう? 彼らは信用できないのですか?」


「それは信用しているよ。彼らは今までずっとリアを守ってくれていたからね。しかし……」


「私も反対ですね」


 今まで傍観を決め込んでいた一の兄上様が声を発しました。

 口調は淡々としておりますが、明らかに不機嫌さが滲み出ております。


 やはり、一の兄上様も反対なのですね……。


「あら、貴方も反対するの? シャリアン?」


 おっとりとした口調の母様の視線が、貴方が私に意見するの? とでも言いたげに一の兄上様に向けられます。

 その視線を真っ向から受け、一の兄上様はゆっくりと口を開きました。


「理由としては二つほど」


「それは?」


「イリアーナがどんな行動をとるのか皆目見当もつかないというのが一つ…」


 ………前例があるだけに、反論のしようがありません、一の兄上様。


「そしてもう一つは……今、城下の街には魔に染まった者が潜伏しているとの情報があるからです」


 えっ? 魔に染まった者? 街にいるのですか? 本当に?


 私はその言葉に驚き目を見開きました。

 噂でしか聞いたことがありませんが、本当にいるのですね。


「あら、それは危険ですわね」


「ですから、イリアーナが街へ行くのは反対ですね」


 これで私が街へ行くことは無いだろう、と決めつけるかのように、一の兄上様は締めくくりました。


 やっぱりだめなのでしょうか……。

 そんな危険人物が街に居るのなら、許してもらえないですよね。


「大丈夫ですわよ、シャリアン」


「はあ?」


「リアは私の娘ですもの。大丈夫です」


「いや、それは……」


 自信満々に告げられたまるで根拠のない母様の言葉に、一の兄上様は珍しく返答に窮しておりました。


「守るばかりでは駄目ですわよ。さまざまな事を経験させなければリアの成長に繋がりませんでしょう? たとえそれが危険を伴うとしても、それすらこの先に必要な事柄かもしれませんわよ」


「しかし……」


「父さんも兄さんも心配性だからな」


「カイレム…」


 どこか面白がる口調で会話に加わるのは二の兄上様。


「兄さん、騎士団が動いているんだろう? なら、ルキトとゼンの二人がいれば大丈夫。街を見て歩くくらい、危険はないって」


 騎士団? 

 疑問に思って首を傾げる私に二の兄上様は「王国騎士団だよ」と教えてくれました。


 ああ! ゼンが前にいた騎士団ですわね! 母様曰く、国中から集められた名うての腕利き集団! さらにそこから選ばれた少数精鋭部隊が近衛騎士団、なのですよね、二の兄上様!


 そう小さく問いかけましたら、なぜか、笑われました。なぜに…?


「だが、相手は魔に染まった者だ。いくら腕が立つとはいっても……」


「キアノス殿にも一報をいれるかい? 魔法師殿は喜んでイリアーナの護衛に駆けつけると思うけど?」


 ま…魔法師様!?


「あら~、それはいい案ですわ、カイレム。イリアーナの守護の一翼を担うと宣言なさっていましたもの、魔法師様はきっと否は唱えませんわね」


 母様! それ、忘れたい記憶!


「……彼はあまり…リアに近づけたくはないんだが…」


 そうですよね、父様! 


「良いですわよね、あなた?」


「そ…そうだな……。キアノス殿が護衛に加わるなら認めよう」


 ……父様、もっと反論してください!


 外出を認めてくれそうなのは嬉しいけれど、魔法師様が一緒では楽しめません。絶対にあれは駄目、これは駄目って難癖付けるに決まっております!


「母上……本気ですか?」


「本気よ、シャリアン。貴方もイリアーナの外出、認めてくれますわよね?」


 しばらくの沈黙。


 一の兄上様は何かを思案するようにしばらく考えにふけった後、徐に私に視線を向け、声を発しました。


「そこまで言うのなら認めるしかないでしょう」


「一の兄上様、本当に!」


「ああ、本当だ。だが…キアノス殿の護衛は遠慮してもらう」


「えっ?」


 魔法師様の護衛は無いのですね。それはそれで嬉しいのですが、なぜか背中に冷たいものが……。


「その代わり――」


「その代わり?」


 恐る恐る問いかけた私に、一の兄上様は口の端を僅かに綻ばせ、


「…秘密だ」


 と楽しげに告げたのです。


「あら、秘密だなんて、とても楽しそうね、シャリアン」


 母様、楽しそうね、ではありませんわ!

 一の兄上様が楽しそうにしているなんて、碌なことがありませんもの!

 それに、秘密? 秘密ってなんなのですか!?


 そっと窺った一の兄上様の優美な顔には、確かに楽しそうな笑みが浮かんでおりました。だからこそ私はその笑みに戦々恐々としてしまいます。


 一の兄上様、いったい何を企んでいるのですか?


「兄さん、何を考えてる?」


 私の心の声を代弁したかのように、二の兄上様は、とても興味津々というふうに問いかけ、一の兄上様は……ちらりと私を見た後、二の兄上様の耳元で何やら囁いておりました。

 それを聞いた二の兄上様は、一瞬驚いた顔をなさいましたが、すぐに破顔し、私を見てなぜか納得顔で一の兄上様に了承した、とでも言いたげに頷いております。




 なに? 

 なんなの? 

 ものすごい悪寒がいたしますわ。



 兄上様たちは――いったい何をしようとしているのですか?!




 



ありがとうございました!

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