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8. セレナ・バーンティスト、公爵令嬢を語る その2

 



 ディレム様との婚約から数年。


 その間に幾度かお会いし、お話しさせて頂くたびにわたくしはディレム様に惹かれていきました。

 肩先まで伸ばされた金に近い薄茶色の髪は、ひと房だけわたくしの瞳と同じ碧の紐で編み込まれていて、それがわたしくしを大切にしている証なのだと告げられれば、尚更に想いは募ります。優しく笑む、光に当たると金色にも見える薄茶色の瞳は、いつも穏やかで、本当に素敵なお方です。

 

 お姉さま――インスフィア公爵令嬢、イリアーナ・メルス・インスフィア様ですわ――とのお茶会でもちょくちょく話題にしては、お姉さまに「とても仲がいいのね、羨ましいわ」と言われることもたびたび…。

 その時のお姉さまは、本当にうらやましそうで、きっとお姉さまも恋するお相手に巡り合いたいと思っていらっしゃるのだと思います。

 お姉さまの愛読書は、城下の街中で人気の恋愛小説ですもの。確か、身分違いの障害を乗り越えて結ばれる物語、でしたかしら。


 大丈夫ですわ、お姉さま。

 お姉さまは事情がありますので、すぐには無理だとは思いますが、魔法具から解放されればきっと引く手あまたですわ。


 だって、成長されたお姉さまは、それはそれは女神の如くの美しさですもの。

 王宮でその容姿から『月の女神』と喩えられるシャリアン様と瓜二つの美貌をもち、さらに、どこか冷たい雰囲気を持つシャリアン様とは違って、お姉さまは本当に柔らかい笑みを浮かべるのです。一目見たら絶対に惹かれる程の!


 そんなお姉さまは、どこから伝わったのか、いつの間にか『眠れる月の女神』と噂されるようになりましたわ。

 おそらく、シャリアン様に似ているとの噂からなのでしょうが、それにつられ、密かにお姉さまに縁談を持ちかける輩もいるとか……。


 馬鹿ですわよね~。お姉さまを射止めるには最大の敵――誰とは申しません。シャリアン様とか、シャリアン様とか、シャリアン……――がおられるでしょうに。 


 


 そんなシャリアン様でさえものともしない殿方も存在いたします。


 一人は、シャリアン様が側近として仕える王太子殿下。


 わたくしの婚約の切っ掛けともいえる王太子殿下は、御年18歳になられ、輝ける金糸の様な髪と紫水晶のような瞳を持つ、どこか神々しささえ感じさせる容貌をもつ青年です。シャリアン様と並び立つ姿は、光の神と月の女神とよく比喩されておりますわ。噂では、自らが認めた者以外には冷酷だと言われておりますが、民に接する姿をお見かけした時には、とても心を砕いていらっしゃるようで、冷酷の欠片すら伺えませんでした。


 さすがはディレム様の兄上様。親身に民の事を考えていらっしゃるお優しい殿下ですわね―――と、心からそう思っておりました、言葉を交わす前までですが……。


「バーンティスト侯爵令嬢、と言ったか? そなたはシャリアンの妹…いや、インスフィア公爵令嬢と懇意だと聞いた。ディレムとの婚約は――理解しているな?」


 意味ありげに問いかけられたその言葉の裏に見え隠れする王太子殿下の真意。

 冷たく告げられるその言葉に戦慄いたしましたわ。さすが、シャリアン様が仕える御方だと……。

 刺すような眼差しは有無を言わせない威圧を伴っていて、わたくしはただ恭順の礼を取る事しか出来なかったのです。


 ただ、この時にわたくしは確信いたしました。

 殿下は、お姉さまを王太子妃にと望んでいらっしゃる…と―――


 きっと、お姉さまが逃げられないようにわたくしを利用していらっしゃるのでしょう。ですがこのわたくし、セレナ・バーンティストは誰よりもお姉さまが大事ですの。お姉さまの望まない縁談など、誰が協力するものですか。


 ふふふふふ…。


 殿下、わたくしお姉さまとお会いするときは、決して殿下の事を話題には出しませんのよ。お姉さまの心を掴むのなら、ご自分で行動なさいませ。




 そして、もう一方(ひとかた)―――


 こちらの殿方の方が厄介ですわね。

 幼いころからお姉さまと接し、お姉さまの事情を誰よりも把握していらして、尚且つ、この国の民の尊敬と畏敬の念を向けられる最高魔法師グランの唯一の弟子との異名を取る、魔法師キアノス様、ですわ。


 あのお方と初めてお会いした時は、まずはその容姿に驚きました。僅かに青みがかった白銀の髪に、闇を映したかのような漆黒の瞳。隣国の皇族の色を纏いしその姿に、この方は本当にただの魔法師様なの? と疑問を抱きました。

 公爵家の皆様やグラン様も弟子とおっしゃっていたので間違いではないのでしょうが、お姉さまが僅かに目を逸らしたのが気になるのです。


 お姉さまは、ご自分の苦手なものや嫌いなものを引き寄せるとシャリアン様がおっしゃっていたのもその要因です。


 もしかして、魔法師様はお姉さまにとってあまり歓迎したくないお相手?


 それでも、魔法具の管理でたびたび訪れる魔法師様とは、回を重ねる事に打ち解けられていらっしゃったみたいですが、何時だったかぽつりと呟かれた言葉が印象に残っているのです。


「…魔法師様を前にすると、すべて見透かされているようなそんな不気味さがあるのよね。あの漆黒の瞳の所為なのかしら? それとも、神の力を具現する方々は、みな魔法師様のような方なの? でも、グラン様はとてもお優しくて側に居るととても安心できますのに、どうして、魔法師様は近寄りがたいと思うのかしら……」


 お姉さま……それは無意識に魔法師様を危険人物ととらえているのではないでしょうか? だって、魔法師様のお姉さまを見つめる瞳には明らかに熱がはらんでおりますもの。

 自分こそがお姉さまを守っている、とでも言いたげな瞳は、かなりの束縛の色を纏っておりましたわ。

 おそらく、お姉さまが魔法具を外されたことを誰よりも遺憾に思っている事でしょう。




 ええ、偶然ではありますが、お姉さまが魔法具『安息の眠り』を外されたのです。




 あの時は本当に驚きましたわ。

 心の臓が止まるかと思いましたもの!


 シャリアン様が戻られて事無きを得ましたが――わたくしだけだと、どうしていいのか分かりませんでしたわ――ひとつどうしても腑に落ちない事が……。


 なぜ、あの時、あの時間にシャリアン様が戻られたのでしょうか?

 それも、王太子殿下とディレム様までご一緒されているなんて……。


 後日、ディレム様とお会いした時にそれとなく訊ねてみたのですけど、「僕はセレナに会いに行っただけだよ」とにこやかに言われ、その言葉にのぼせたあまり質問をはぐらかされたと気づいたのは大分経ってからでしたわ。


 きっと、シャリアン様と王太子殿下から口止めされているのでしょう。

 だってあの時、シャリアン様おっしゃっておりましたわよね? 「……殿下…申し訳ありません。折角の機会がこんな………」と。


 それはつまり、お姉さまと殿下を偶然を装いつつ会わせるおつもりではなかったのでしょうか? それに、帰り際の殿下の言葉も癪に障ります。


「さすがはシャリアンの妹、期待以上だな。そう思うだろう? セレナ嬢」 


 殊更にわたくしの名を強調なさっておられたのは、わたくしがお姉さまとの会話に殿下の事を話題にしないと知っているからですわよね。ディレム様も苦笑なさっておられたし、絶対に気づいておられますわ。


 釘を刺したという事でしょうか? これ以上は待てないと……。


『安息の眠り』を外されたお姉さまには、遅かれ早かれきっとお話がありますわね。

 王太子殿下との婚約のお話が……。

 そしてその事をお姉さまはお受けなさるのでしょう。それが公爵家の令嬢としての務めだと理解なさっておられますもの。


 それでもわたくしは、お姉さまが望まない婚姻など認めたくはありませんわ。

 ですから、出来るだけ殿下との出会いを邪魔して差し上げます。




 ☆




 あれから三か月。

 わたくしの策が功を奏したのか、未だに殿下とお姉さまは正式にお会いしておりませんわ。

 一番危惧していた、女神の祝祭と言われる王宮舞踏会でも、事前に殿下のお出でになる時間をディレム様に訊ねて――何でも急に外せない予定が入ったとかで、舞踏会には遅れての出席とおっしゃっておりましたわ――出会わないように画策いたしましたわ。

 

 それに、お姉さまをエスコートなさるのが、お兄様だったのも良かったですわよね。

 当日お兄様は決して態度には出しませんでしたが、相当浮かれていたとは思いますわ。独り占めできると思っていたのでしょうね。ですから一言忠告を――


「お姉さまは初めての舞踏会なのですから、無理はさせないでくださいね。一曲踊りましたら、すぐに帰られた方がよろしいと思いますわよ。それに、あんまりのんびりしていると王太子殿下がいらっしゃいますわよ。お姉さまをとられてもよろしいの?」


 と、いろいろ含みを持たせた物言いで伝えましたら、案の定、本当に一曲踊った後、国王陛下と王妃様に挨拶なさると、すぐさま退出していかれました。


 国王陛下も王妃様もお姉さまの事情は理解しておりますので、無理に引き留めようとはなさいませんでしたわ。

 ただ、鬱陶しい事この上なかったのは、お姉さまにダンスを申し込もうと画策しておられた殿方たち。あわよくば、お姉さまとお近づきになりたいとの下心満載な胸の内が滲み出ておりましたわよ。わたくしから情報を引き出そうと必死なご様子は見ていてとても滑稽でしたわ。


 そしてお姉さまとの出会いをまたもや果たせなかった王太子殿下は、


「やってくれたな、セレナ嬢」


 と苦虫を噛み潰したかのような表情で、私を一瞥し、


「…殿下、妹は体調が万全ではないのです。一曲踊ったのなら、すぐ帰るのは得策。彼女の所為ではありませんよ」


 なぜかシャリアン様が珍しくわたくしを庇ってくださいました。


 でもなぜでしょう。

 その微笑みにどうしても裏があるように感じてしまうのは……。


「シャリアン…謀ったな」


「何がですか? 殿下」


 表立ってはにこやかに交わされる殿下とシャリアン様の会話で、わたくし分かってしまいました。


 ディレム様を通じて齎された情報は、シャリアン様の意向だと……。

 シャリアン様がわざと舞踏会に遅れるように殿下の予定を立てたのだと。


 おそらくシャリアン様は、本心ではお姉さまと殿下が出会うのを歓迎していない。もしかしたら、内々に進められているお姉さまの婚約話に憤っていらっしゃるのではないでしょうか…。

 その証拠に…、


「…隠し通せるとは思わない事ですね、殿下。私は、あの子が望まないのであれば、相手が誰であろうと―――」


 その先の言葉は、わたくしの耳を素通りいたしましたわ。あまりに物騒で、わたくしの耳が拒絶いたしましたの…。


 さすがはシャリアン様、怖いもの知らずです。


 あの殿下でさえ、「…分かっている、シャリアン。私はお前を敵に回す気はない」と言って嘆息しておられましたもの。


 もう秘密裏に動くことは出来ませんわね、殿下。

 ここから先は、殿下御自身のお力でお姉さまに好かれないと、とてもではありませんが王太子妃にと望めませんわよ。どう行動なさるのか、このセレナ、しかと見届けさせてもらいますわ!


「セレナ、楽しそうだね」


 かけられた声に振り仰げば、柔らかい笑みを浮かべるディレム様がわたくしを見つめておられました。


「そう見えますか?」


「うん、見えるよ。兄上相手に画策しようとするのもすごいと思ったけど、あの二人を前にして平然と振る舞える君にも驚かされた。本当にイリアーナ嬢が好きなんだね」


「ええ、大好きですわ!」


 間髪入れずに答えたわたくしに、ディレム様は益々笑みを深め、


「そんな君が、可愛いと僕は思うよ」


 ――――っ!


 ディレム様が…ディレム様がわたくしを可愛いとおっしゃって下さった!


 これが天にも昇る気持ち、とでも言うのでしょうか?


 浮かれすぎていたわたくしは、その後何があったのか、まるっきり覚えておりませんでした……。 



 

 ☆




 後日、お姉さまに気になることを訊ねられました。


「私が帰った後、舞踏会に現れた令嬢はいなかった?」


 なぜそのような事を聞くのか分かりませんでしたが「お姉さまが帰られた後にいらっしゃった令嬢はいませんでしたわよ」と答えましたら、あからさまにほっとした表情をなさっておりました。


 いったいどこの令嬢の事を気になさっていたのでしょうか?

 お姉さまが気に留めるほどの令嬢なのでしょうか?


 どちらの令嬢がいらっしゃると思いましたの? と訊ねましたら、お姉さまはどこか困った様子で「私にも分からないの…。ただ、気になって…」とおっしゃいました。


 お姉さまはその見ず知らずの令嬢に何かを感じ取っているのでしょうか? 




 ――令嬢……?

 



 そういえば、令嬢はいませんでしたが、メイグリム伯爵がおかしなことを言っておられましたわね。

 殊更に自らの紋章を王太子殿下やディレム様に見せて、しきりに「…娘が」とか「探しているのです」とかおっしゃって……。


 あの紋章に何か意味があるのでしょうか?


 伯爵家に令嬢がいるという話は聞かないですから、もしかして、妾腹の娘? その娘を探している? その娘が、その紋章を持っているとでも言うのでしょうか?


 なんにせよ、メイグリム伯爵――その御子息含め――はあまりいい噂を聞かない方ですので、これはお姉さまには言うべきことではありませんわね。


 例えお姉さまが気になさっている令嬢がメイグリム伯爵の娘であろうと、あんな危険人物にお姉さまを近づけるわけには行きませんわ!


 

 

 ですから――このことはお姉さまには絶対に内緒です。

 

 





ありがとうございました。




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