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5. 攻略対象は意外と近くに存在する



「…イリアーナ、気分はどうだい?」


 王都の北東、広大な敷地に建つインスフィア公爵邸の居室で、肩先で切りそろえられた真っ直ぐな私と同じ色彩の髪と、これまた同じ色の瞳を持つ一の兄上様――名をシャリアンと申します――が、優美な顔を僅かに曇らせながら訊ねてこられます。


「大丈夫ですわ、一の兄上様」


 にっこりとほほ笑んで答えれば、父様似の精悍な顔立ちで王太子殿下の近衛騎士を務めている二の兄上様――名をカイレムと申します――が、本当か、とでも言いたげに顔を覗き込んでこられます。


「本当に大丈夫か? 俺たちを安心させるためにそう言っているんじゃないのか?」


 どこか乱雑に頭を撫でる二の兄上様は、日に当たると茶色にも見える少し癖のある短い黒髪と、母様ゆずりの晴天の空の様な青い瞳の持ち主で、なんとびっくりな事に、ゲームの攻略対象の一人でした。


 倒れた直後に目覚めた時は、まだ記憶が混在していて気づきませんでしたが、その数日後、不意に二の兄上様の顔を見た時思わず叫びそうになりました。


 いったい何の冗談かと。


 本当に驚きましたもの。

 まさか、こんな身近に存在するとは思いませんでしょう? まじまじと見つめた先の容姿は、紛れもなく記憶の絵と重なります。

 まさか、ディレム様以外の攻略対象に出会うとは思っておりませんでしたわ……。

 何かの切っ掛けで思い出すかも、とは思っておりましたが、突然降ってわいたかのように思い出すのは心臓に悪いです。

 

 ただ一つ良かったと思うのは、二の兄上様のルートをプレイしていなかったことでしょうか……。


 …ほら、あれですよ。……自分の身内の恋愛ごとをあれこれ知っているというのは、さすがに恥ずかしいというか、脳内に鳴り響く甘いセリフの数々に居たたまれなくなるというか…、まあ、そんなところです。


 完全なモブだと思っておりましたけど、二の兄上様が攻略対象という事は、私もゲーム上に登場していたのでしょうか? そのような情報はなかったように思いますが……。


 なんにせよ、あのヒロインに私の大切な二の兄上様を近づける訳にはいきませんわね。


「本当に大丈夫ですのよ、二の兄上様。頭痛もおさまりましたし、もう妙な夢を見る事もありませんわ」


 嘘ですが……。

 夢だけは未だに見続けております。

 なぜかゲームに関する事だけですが……。


 それも、セレナの最期のスチルを見て前世の私がものすごく怒っていて、あまつさえ、怒りに任せてゲームを床に叩きつけて壊し、その晩階段から転落する、というのを繰り返し見ております。


 なんの拷問ですか……!

 さすがにうなされる事はありませんが、これは、壊したゲームの祟りですか?

 セレナを救うため転生したと喜んでおりましたが、まさかの祟りでの転生ですか?


 恐ろしい事に、夢を見るほどに前世の記憶に引きずられるようで、日に日にヒロインに対する怒りが強くなってくるのです。


 セレナを傷つけたディレム様は良いのかって?


 いくらなんでも今の時分であの御方に怒りをぶつけるのはまずいでしょう。仮にもこの国の第二王子殿下なのですから…。

 それに、セレナが好意を寄せている相手でもあるのです。彼女には、幸せになってほしいですわ。その為には、ヒロイン、徹底排除、です!


「それでもあまりご無理はなさらないように。『安息の眠り』の効果は無くなったとはいえ、長らく身につけていたのです。何らかの影響が出ないとも限らないのですから、外出は控えた方が無難でしょう」


 淡々とした口調でそう告げる彼は、この国の神殿から派遣されていらした魔法師様。


 魔法師というのは、世界を見守るとされる神々のお力を具現することが可能とされる人々です。

 神殿は、そのような力を持つ者を魔法師として育て、その力を危惧した国の保護という名の下で監視をしているのです。

 

 実際には、監視と言うほど束縛されている様子はなく、むしろ、人ならざる力を持った者達が助けを求めるが故に神殿に集っている、という事でしょうか。

 人ならざる力でも、魔法師としてなら人々から尊敬と畏敬の念を向けられますが、魔法師ではない人ならざる力を持った者達は、人々から忌み嫌われ、次第に魔に染まっていくと言われておりますから……。


 そのように魔に染まった者達は、国から一級危険人物として指名手配対象になりますわ。酷い時は、賞金が懸かるとも聞きます。

 でも、魔に染まるとは申しましても、別にこの世界に魔王がいる訳でも、魔物がいる訳でもありませんけれどね。物語に登場する、人間と敵対し、世界を混沌と闇に染め上げる魔王や魔物たちから取られた比喩ですわ。それほど、魔に染まった人ならざる力を持つ者は危険視されているのです。

 

 今私の目の前にいる魔法師様は、自ら魔法師となった一人ですわ。


 緩やかに波打つ僅かに青みがかった白銀の髪に、闇を映したかのような漆黒の瞳を持つ彼は、もともとは隣国ユグラール皇国の第3皇子のはずです。

 確か、幼いころから神の力を感じ取り、その力を人々の為に役立てたいという願いから、皇族としての身分を捨て神殿の魔法師になったはずですもの。


 ええ、お察しの通り。

 

 その身分含め、すべて説明書情報です。

 けして本人から聞いたわけではありません。

 御年17歳の若さで最高魔法師グランの唯一の弟子と言う肩書を持つ彼は、紛うことなく攻略対象の一人です。


「聞いておられますか? イリアーナ様?」


 意識をゲーム脳に持って行かれていた私は、魔法師様の声で現実に戻されました。


「……聞いておりましたわ、魔法師様」


「…心ここにあらず、という様子でしたが、本当に私の話を聞いておられましたか?」


 真っ直ぐに見つめてこられる魔法師様の目から逃れるかのように、思わず目を逸らしてしまいました。


 苦手なのです。


 魔法師様の漆黒の瞳が、あまりにもきれいで吸い込まれそうで怖いのです。

 特に記憶を戻してからというもの、私の前世の記憶の事がばれるのではないかと冷や冷やです。

 それと、早く街へ出かけたいことを伏せて、外出が出来るのは何時ごろ? としつこく訊ねたのが気に障ったらしく、それ以来ことごとく外出はまだ駄目の一点張り。


 結局、今回も外出は駄目でしたわね……。

 いったい、いつになったらお許しが頂けるのかしら。

 いっその事、完全に効果が切れているなら魔法師様に内緒で外出する、とか……?


「どうして目を逸らすのですか? 何か、隠し事でも…?」


 ――ギクッ!


 なぜ、ばれていますの!?


「まあ良いじゃないか、キアノス殿。イリアーナもまだまだ本調子じゃないという事で、大目に見てやってよ」


 魔法師様の名は、キアノス様とおっしゃいます。本当のお名前も知っておりますけれど――説明書情報では、キア・ノルスタ・ユグラール、と記載されておりました――言える訳ありませんわよね…。

 といいますか、記憶が戻って数日後の治療で魔法師様を見た時に、思わず「キア様」と言ったことがありまして、その時以来、どうも私を疑っているようなのです。


 私を、というより、私の夢ですわね。

 人ならざる者の片鱗、と思っているのでしょうか? 


 只の前世の記憶ですけど………。


 問い詰められると思わず話してしまいそうになりますので、ますます目が合わせられません。

 そんな私の挙動不審さを咎めるどころが、どこか面白がる素振りで二の兄上様が助け船を出してくださいました。感謝ですわ、二の兄上様!


「貴方がたは、イリアーナ様に甘すぎます」


「はははっ、そう言うなキアノス殿。貴殿には今後も世話になるとは思うが、リアには、今までと変わらず侍女と護衛はつけておくよ」


 リア、と私を愛しげに呼ぶのは父様。

 父様は私の背後に視線を向け、侍女と護衛騎士が、当然です、とでも言いたげに力強く頷くのを確認すると満足げに笑んでおられました。みなさん、相変わらずの心配性です。


「そうですわね。大事な私の娘に何かあってからでは遅いですものね」


「私たちの大事な娘だ」


 どこかおっとりした口調の母様の言葉に、ちょっとふて腐れたような口調で父様が訂正いたします。


「そうでしたわ、あなた」


 母様はふわりと笑みを浮かべ「二人の大事な娘ですわね」と答えると、機嫌を取るかのように父様の頬を指でつついておりました。


 いや、私を肴に目の前でいちゃつかれても、恥ずかしいものがあるのですけれど……。

 兄上様たちは―――


 ああ、見ないふり、ですのね。


「……イリアーナ様」


 ふいに掛けられた声で顔を上げると、とても疑心な眼差しで私を見てこられる魔法師様と目が合いました。


「なんでしょう、魔法師様?」


「くれぐれも約束を違えないようにお願いいたしますよ」


 えっ……約束?


「まさか、覚えていないのですか? あれほど念を押したのに……」


 呆れ口調なのは気のせいではありませんわね。魔法師様の目が、怖いくらいに冷え冷えとしております。


「…私はいったい何を貴方と約束したのでしょうか?」


 微妙に棒読みになってしまったのは仕方ないと思います。

 怖いのですよ、魔法師様の雰囲気が……!


「……私の許可なく外出はしない、と約束したことをお忘れですか?」


 ああ……そういえば、いつ外出が出来るの? と、しつこく訊ねた時にそのような事をおっしゃっておりましたわね。すっかり忘れておりましたわ。


「貴女というお方は、本当に忘れていたのですね。……これだから目が離せないのですよ―――」


 ――えっ!


 小さく呟かれた言葉と共に向けられた漆黒の瞳に宿る光は真剣そのもので、思わずその視線から逃れようとしましたが、まるで縫い付けられたように逸らすことが出来ませんでした。


 神の力を具現するという力を持つ魔法師様方には、人をも従わせる力があるのでしょうか?


「イリアーナ様、貴女が行動を起こすときは、必ず私が力に成りましょう。女神に誓って、私は貴女のために、貴女を守る守護の一翼となりましょう。ですから、くれぐれも軽はずみな行動は慎んでください」


 えっ? ちょっと待って? なにそれ? 私が行動を起こすって、魔法師様、いったい私の何を気付いているのですか!? それに、そんな、誓いの言葉―――


「これは心強い! キアノス殿が守護の一翼を担うなら、イリアーナの守りも充実する。私からも、ぜひお願いするよ」


 私が答えるより先に、一の兄上様が、極上の笑みでもって魔法師様の誓いを受け入れておりました。


「もちろんですよ。私の持ちえるすべての力を行使して、イリアーナ様をお守りいたしましょう」


 そう答える魔法師様も、とってもいい笑顔です。うすら寒いです……。だって、二人とも、目が笑っていませんからっ!




 それより、なに今の? 誓いの言葉? どうして私に? しかもあれって、ゲームの約束のようではないですか!

 

 エンディングに影響する約束は、攻略対象全員にあるはずだから、もしかして今の魔法師様ルートの約束なの?

 

 まさか……ね。

 そんなはずありませんわよね。

 気のせいですわよね。

 それっぽく聞こえただけで、私はヒロインではないのですし、魔法師様の好感度を上げた覚えもありませんし――むしろ下げる行動ばかりとっておりましたわね――約束などであるわけありませんわよね。


 ああ…本当に、びっくり致しましたわ。記憶が蘇ってから心臓に悪い事ばかりです。


 気分転換に、セレナを招待してお茶会でも開きましょう。

 外出は、まだ先になりそうですしね。

 ついでに内緒で―――


「……約束、忘れないで下さいね」


 念を押されるように告げられた魔法師様の言葉に、私はコクリと頷くことしか出来ませんでした。






ありがとうございました!




よろしくお願い致します。

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