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28. 見え始めたヒロインの思惑

 



 ―――ミデアの街。



 

 襲撃に遭ったその日の夕刻、父様と母様との待ち合わせの街にやっと到着しました。

 街を目前にして襲撃に遭いましたが、もともとそれを目的とした旅でしたので、上手くいって良かったですわ。これで、私の囮役もお役御免ですね。一安心です。


 冬間近のこの時期は日の落ちも早く、到着したときには、すでに辺りは真っ暗な闇でした。

 立ち並ぶ店先に灯る街灯を頼りに目的の宿屋に向かい――先行していたロンナがすでに宿泊の手続きを済ませておりました――温かい食事をとると、私は、自分の部屋ではなく、魔法師様たちが寝泊まりする部屋へと案内されたのです。


 件の伯爵子息様からお話を伺うために――――


 ええ、今、伯爵子息様が私たちと一緒に居るのですわ。


 私を襲った黒ずくめの一団は、あれからミデアの街に駐在していた騎士に預けられ王都まで連行されて行きました。けれどメイグリム伯爵子息様だけはなぜか残されたのです。

 魔法師様がいろいろとお話を伺いたいと申し出て……。


 なんでも事前に許可を頂いていたらしく、騎士たちは何の疑問も持たず伯爵子息様を残していかれました。

 おそらく私を囮に使うと言っていたあの時には、すでにこの方の事を知っていたのでしょうね。襲撃に現れるのは、メイグリム伯爵子息様だと―――


 その子息様は今、私の目の前の椅子に座らされ、詰問攻めにあっております。


 




 宿屋の一室。据えられている四角いテーブルの上には、ホッとするような優しい香りの香草茶。一口飲んでちらりと目の前を伺いみると、項垂れる様にして俯く伯爵子息様がおりました。その両脇にはルキトとゼンが座り、背後には威圧するようにソリンさんが立っております。


「さて、メイグリム伯爵子息殿。お話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「な……何も話すことは」


「無いとは言わせませんよ」


 私の隣の椅子に座る魔法師様は、穏やかな口調で咎めておられます。


 いろいろと言っておりましたものね。

 王室と縁戚になるとか、私を妻に娶るとか、それが運命だとか―――あれ? 運命? 同じような事、前にミエンナ様もおっしゃっていたような………。




『わたくしは王太子妃になるのを運命づけられているの。それを忘れないでね』




 ああ! 思い出しました!


 あれは……私がアーク様への気持ちを自覚したあの時、ですわね。ミエンナ様、確かにおっしゃっておりましたわ。

 あの時の事を思い出すと今でも胸が痛みますが……覚えております。確かにミエンナ様は、王太子妃になるのを運命づけられていると言っていましたわ。


 今思えば不思議ですわね。

 なぜミエンナ様はあれほど確信を持っていたのでしょうか?

 なにか、そう決定づける事柄でもあったというのでしょうか?


「さっさと白状した方が身のためだぞ。すでに伯爵家は目をつけられているからな」


「ソリン、貴様、平民のくせに僕にこんなことをして只で済むとは……っ!」


「口を慎め! 今の貴様はお嬢様の温情で囚われていないだけだ! 誰が後ろにいるか分からないけどな、公爵家を甘く見ないほうが良いぞ」


 特にシャリアン様を、な。そう、言葉を続けるソリンさんは、ずっと伯爵子息様を睨みつけたままです。


 どうしてここまで伯爵子息様を毛嫌いするのか訊ねたところ、学園時代、かなりソリンさん――平民出身の学生――に辛く当たっていたようです。

 ルキト曰く、なんでも伯爵子息様がソリンさんに実力で敵わないから一方的に敵対していた、という事らしいのです。それが次第にソリンさんだけではなく平民全体を蔑むようになったのだとか。あまり触れてほしくないこともあるそうで、言葉を濁らすルキトにそれ以上は訊けませんでしたわ。


 ゲームでのヒロインのお兄様は、市井で育ったヒロインにもとても優しくしてくれて、平民だからという理由で虐げるような方ではなかったような気もします。現実は違うという事でしょうか……。


「ソリンの言う通りだ。お前に逃げ道は無いぞ」


「ルキト……」


「別に俺たちはこのままでも一向に構わないけどな。ただ、明日には公爵様も到着なさる。そうなればお前は弁明すら出来ずに囚われることになるぞ、良いのか?」


「…………」


 諭す様に声をかけるルキトに、伯爵子息様は口を紡ぎ押し黙ってしまいました。

 何も語る気が無い、という事なのでしょうか。それにしては落ち着きなく目を泳がせておられますが、ちらちらと、私に救いを求めるかのような視線を向けるのは止めてほしいですわ。 


「貴方が言えないのなら、私から申し上げても宜しいのですよ」


 沈黙を破ったのは魔法師様。


「まずは……そうですね、貴方はなぜイリアーナ様を襲ったのですか?」


「―――っ! 僕は襲ってなどいない!」


「襲っていないなどと、まだそんなことを言うのか? お前は……」


「煩い! ルキト! お前たちだって見ていただろう! 僕は女神を襲ってなどいない!」


「貴方が直接手を下さなくとも、命令を下していたのは貴方でしょう? 違いますか?」


「違う! 僕は女神を迎えに来ただけだ!」


 私を迎えに? 

 どうしてこの方が? 


 声を張り上げ魔法師様を睨みつける伯爵子息様は、次いで私に視線を向け、


「だって、女神は僕の妻となる運命なのだから僕の側に居るべきなんだ。そうだろう? だから迎えに来たんだよ。女神だって一刻も早く僕の側に来たいと願っていたはずなんだから」


 妻? 

 私が、この方の……?


 ………なんといいましょうか、おっしゃっていることが支離滅裂すぎて理解に苦しみます。そもそも私は、この方とはなんの面識もありませんもの、そんな事を願うはずがありません。


 困惑気味に笑みを浮かべる私に、伯爵子息様は同意を得たとばかりに微笑んで頷いておられました。

 柔らかなその微笑みは、一見すると悪意の欠片すら見えないものでしたが、なんでしょう? 逆にすごく薄気味悪く感じて、思わず鳥肌が………。


「ほら、女神だって否定しないじゃないか!」


 否定どころか呆れて何も言えないだけなのですが、どうしてそこまで思い込めるのでしょうか?


「その前提がおかしい事に気付いていないのか? こいつは………」


「思い込みが激しいのは学園時代で知ってはいたが、ここまで酷くなっているとは思わなかったな……。どうする、魔法師殿?」


 ソリンさんとルキトが視線を交わしながら、顔を引き攣らせております。


 そのお気持ち分かりますわ。

 私だって、出来る事なら一刻も早くこの場から立ち去りたいほどですもの。


「思い込みが激しい……ですか。それにしては腹立たしいですね。イリアーナ様が貴方如きを相手にするはずが無いでしょうに。それすらも理解できない方なのですね」


 淡々と言葉を紡ぐ魔法師様は、思わず目を逸らしたくなるほどの冷笑を浮かべて伯爵子息様を睨めておりました。それを目の当たりにした瞬間、部屋の温度が数度下がったような……? 気のせい……?


 ゾクッとした感覚に思わず腕を摩っておりましたら、ロンナがふわりとショールを羽織らせて下さいました。ありがとう、ロンナ。


「魔法師風情が何を言っている! 貴様が女神の隣に侍る事こそ勘違い甚だしい事だと理解しろ!」


 えっ? 魔法師様に盾突くの? 正気なのですか、この方は?


 驚きで目を見張る私の瞳に護衛騎士たちが映りました。皆、一様に青褪めておられます。


 そうですわよね、神のお力を具現する魔法師様に逆らうなど、命がいくつあっても足りませんわよね。


 そして盾突かれた当の本人――魔法師様は、口角をあげてとても楽しそうに笑んでいらっしゃったのです。


「どうやら私は貴方を買いかぶっていたらしい。神の力など行使せずとも貴方は自ら己の非を認めると思っていたのですが、やはり無理なようですね。このままでは埒が明きませんので直接訊きましょうか、貴方自身に――――」


 ゆっくりと右手を持ち上げる様に上げる魔法師様は、次いで伯爵子息様の眼前に手を翳しました。


「な…なに……を―――」


「感謝なさい。貴方がおっしゃった魔法師風情の神の力、ですよ」


 その言葉と同時に魔法師様の手の中から僅かな光が溢れ、伯爵子息様の額に吸い込まれて行きました。がくんと項垂れる伯爵子息様。意識を失っているのか、まったく動きません。


「……大丈夫なのですか? 魔法師様」


「大丈夫ですよ、手加減は致しましたので……。ただ、力が浸透するまで少し時間がかかっているだけです。ほら、もう気付きますよ」


 その言葉に導かれるように顔を上げた伯爵子息様は、まるで憑き物が落ちたかのように清々しい笑みを浮かべて私を見ておられたのです。


「……貴女様に御心配頂けるとは、まこと光栄の至りです」


 誰?


 席を立ち胸に手を当てゆったりとお辞儀をする伯爵子息様に思わず目が点になりました。


「うまくいったようですね……」


 いや、それは違いますから。うまくいったようですね、ではありませんから、魔法師様! 貴方はいったい何をしたのですか!


 ふわりと優しそうに微笑む伯爵子息様に心底驚かされます。まるで別人のようにも思えますもの。


 ―――別人。


 そう、そう思わずにはいられないほど、目の前の伯爵子息様は落ち着いていて物腰も柔らかくて、本当に先ほどまでとは雲泥の差なのです。


 いえ、今の伯爵子息様は、どちらかというとゲームのお兄様に近いですわね。

 市井で虐げられていたヒロインを優しく家族に迎え、親身になってくださった優しいお兄様に―――


「あの……魔法師様。私には伯爵子息様がまるで別人のように思えて仕方がないのですけれど、これはいったい、どういう事なのでしょうか?」


 本人目の前にして訊くことではないと思っておりますが、気になるのです。


「ああ、そう思えても不思議はありません。本人に間違いはないのですが、光の神のお力で心の邪気を押さえました。それと、少し素直になるようにと暗示も……」


 ああ、邪気を押さえて素直になるように暗示、ですか? それでゲームのお兄様に近かったのですね。それを思えば現実のヒロインのお兄様って………。


 あまり深く考えないようにしましょう。残念すぎます―――


「……さて、お話を訊かせて頂けますか? 伯爵子息殿?」


「この私に訊きたい事、ですか? 貴殿は、いったいなにを知りたいとおっしゃるのでしょう?」


「貴方がなぜイリアーナ様を襲ったのか、ということです」


「……そのことに関して私の犯した罪を弁解しようとは思いませんが、女神を襲うよう命じたのはエンディス公爵令嬢です。あの方が王太子殿下の婚約者となるのは必然としても、今この時期にイリアーナ様が魔法具から解放された事実は衝撃だったのでしょう。一番危惧しておられましたよ」


 え?


 ミエンナ様が婚約者になるのは必然?


「なぜエンディス公爵令嬢が殿下の婚約者になるのが必然だと? いまだ候補すら正式には決まっていないはずですが?」


「市井にいる私の妹が話していたのです。近い将来、王太子殿下には幼馴染の婚約者が出来る、と。そして、来年の春に妹がその王太子殿下の婚約者と偶然に出会い、その出会いが、妹と殿下が出会うきっかけになるだろうと……」


 ……?


 おっしゃっていることが良くわかりませんわ。


 幼馴染の婚約者? 

 一度も聞いたことがありませんが、ミエンナ様はアーク様の幼馴染でしたの?

 

 それに妹って、ヒロインですわよね? もしかして伯爵子息様はすでにヒロインと出会っているの? いつの間に? ゲームだと伯爵家に引き取られてからですわよね。


 本当に訳が分からない。

 いったい、何が起こっているの?

 それに、なぜヒロインが王太子殿下の婚約者と出会う事が、ヒロインとアーク様の出会いのきっかけになるの? 


「未来を語るという市井の娘、ですか?」


「魔法師殿は知っているのですか? 私の妹を」


「街の噂で……ですが」


 一度お会いしたことが在るにもかかわらず、魔法師様は噂話で止めておられます。

 今は下手なことは言わないほうが良いとの判断なのでしょう。


「そうですか。訳あって市井で暮らしてはいますが、妹――ユイアナは我が伯爵家の娘です」


 ――――ユイアナ・メイグリム!


 ………間違いありませんわ。その名は、確かにゲームでのヒロインの名前です。

 そのヒロイン―――ユイアナさんは、この世界でいったい何をしようとしているのでしょうか?

 

 先ほど伯爵子息様は、ユイアナさんが王太子殿下の婚約者に出会う事が、アーク様と出会うきっかけとなる、とおっしゃいました。真っ向から疑うわけではありませんが、伯爵子息様の言葉を信じるなら、ヒロインが目指しているのはもしかしてアーク様エンド? そんなエンディング、私の記憶には一切ありませんわ。といいますか、アーク様も攻略対象でしたの?



 ………………………。




 分からない………。


 本当に覚えがないですわ。説明書でも攻略情報にもそんな事一言も―――っ!




 まさか、隠しルート………?




 嘘……でしょう? 

 アーク様が隠し攻略キャラ?

 ヒロインは、隠しルートを攻略しようとしているの?

 ヒロインは―――ユイアナさんは……アーク様とのエンディングを目指しているというの?


 そんなことって―――――


「お嬢様?」


 心配そうに声をかけてくるのはルキト。


「な…なんでもありませんわ」


 応える声が震えます。

 相当動揺しているようです。

 平静を装うとしても、身体がいう事を聞きません。


「なんでもない、という顔色ではありませんね。……イリアーナ様、後はこちらで訊いておきます。先にお休みになられてください」


 魔法師様はそう言うと徐に手を伸ばし強張った私の両手を取ると、ゆっくりと、まるで緊張を解きほぐすかのように撫でてきました。


「……後ほど部屋に伺います。今は何も考えないことです。良いですね」


 耳元で囁くように告げる魔法師様の言葉に、了承の意を持って頷きました。

おそらく、私の事を慮って席を外す様にとおっしゃってくださったのでしょう。魔法師様は私が前世の記憶を持っているのを知っておられますもの。


 今はそのお言葉に甘えておきます。

 これ以上ここでお話を聞いていたら、平然としていられる自信がありません。

 震える体を懸命に抑えながら静かに立ち上がり、退室の礼をして部屋を出る私は、その後どうやって自室に戻ったのか覚えておりませんでした。


 無性に……怖かったのです。


 ヒロインが目指しているエンディング。


 その欠片を垣間見た私は、これから起こるであろう未来に――――ただ、震える事しか出来なかったのです。








ありがとうございました!

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