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12. 乙女ゲームの世界は危険がいっぱい?



「ここが『時知らせの塔』ですよ、お嬢様」


 食事を終えた後、私たちは『時知らせの塔』へやってきました。


「やはり高いですわね~。ねえルキト、ここ、登れますの?」


 見上げた先は、空にも届きそうに見える塔の尖端。

 実際にそれほど高くはないという事ですが――街を囲う外壁より低いそうです――下から見上げると思った以上に高く感じますわ。

 そして、塔の外回りに地上から尖端まで石段がずっと続いているのです。


「魔法具を取り付けるための石段ですよ。関係者以外は立ち入り禁止です」


 見ると、石段の前には、教会の法衣を着た神官様が二人ほど立っておられました。

 神官と一目で分かるのは、その着用している法衣にあります。


 神官様は白を基調にした裾の長い法衣の襟元に階級を現す線があるのですが、魔法師様たちは、同じく白を基調としておられますが、いざという時に動きやすいように法衣の足の付け根のあたりから裾までの両側に切り込みが入っているのです。もちろんズボンをはいておられますから、素足が見えるという事はありませんわ。


「そうなのですね……」


 ゲームの背景に描かれていた塔に登れたらと思いましたが、そう簡単にはいかないようです。

 少し残念に思いながら何気なく塔の向こう側に目を向けると、広場の一角に木々に囲まれるようにして建つ白い建物が目に入りました。


「あそこは神殿? どちらの神様を祀っていらっしゃるの?」


 この世界の神殿は、世界に住まう数多の神を信仰していて、それぞれの神殿で祀る神様が異なるのです。

 前世で言う、神社に近いのでしょうか。


 それぞれの国で、その国の神殿を統括する大神殿があり、魔法師の多くがそこで暮らしておられます。

 もちろん、魔法師のほかにしっかりと神を奉る神官もおられますよ。その頂点が大神官と呼ばれる御方ですが……。

 その大神官様の殆どがそれぞれの国の王族です。そして、今現在のこの国の大神官様は、王弟殿下ですわ。


「あそこは、月の女神を祀る神殿ですよ。見に行かれますか?」


「月の女神? ユシェリア様の神殿なの? 見たいですわ!」


 一の兄上様が良く比喩される月の女神さまの神殿です。そこには、女神ユシェリア様の像があると言います。


 一度見たかったのですよね! 

 だって、魔法師様の手で作られた石像は、女神と喩えられる一の兄上様ではなく、ゲームのヒロインに似ているはずですもの。


 ええ、そのようなイベントがあったのですわ。


 確か、ディレム様がヒロインと女神像を見比べて「君と初めて会った時、どこかで見たと思ったんだ。君は、月の女神にそっくりだ。きっと、ユシェリア様が君を僕にめぐり合わせてくれたんだね」と言うセリフと共に始まるイベントは、その後の選択次第ではディレム様の美麗スチルが見れるイベントでしたわ。


 塔を見上げ、切なげにヒロインに告げる胸の内。

 婚約者であるセレナへの想い。そして、それ以上に焦がれてやまないヒロインへの想いの一端を垣間見るイベントでしたわね。


 綺麗でしたわよ。イベントスチルは……。

 夕日に照らされたディレム様の苦悩する横顔。振り向きヒロインに向ける自嘲交じりの笑み。セレナとヒロインの間で揺れ動く心情が痛いほどに伝わるスチルでしたわ。ヒロインのセリフさえなければ……。


「大丈夫ですよ、ディレム様。セレナ様はきっと分かってくれます。だから、私への想いを否定しないで下さい。私はいつまでだって待てます。だって、ディレム様が下さった約束があるのですもの」


 何がセレナなら分かってくれる、よ! 人の婚約者を奪っておいて、セレナを苦しめておいて、挙句にその言葉って、完全にディレム様は自分のもの発言でしょう!


 はぁ……ほんとうに、嫌な事を思い出してしまいましたわ。

 こうして街を歩いてゲームの世界を堪能できるのはすごく楽しい事ですけれど、突然にゲーム内容が思い出されるのはあまり気分が良いものではありませんわね。


「どうかなさいましたか、お嬢様?」


「なんでもありませんわ、ゼン。神殿に行きましょう」


 本当か? とでも言いたげにルキトが見てこられますが、こればっかりは言えることではありませんので、黙秘を貫きますわ。


「…?」


 ゼンに手を引かれ歩きながら、ふと塔を見上げました。

 なぜなのでしょう。

 妙に胸騒ぎがするのです。


 別に塔に何かがあるという訳ではありませんが、ゲームの事で何か忘れているような――――




 あっ! 




 そうですわ、ありましたわよ、イベントが!

 ゲームでのあのイベントの後、確かディレム様がヒロインへの気持ちを決定づける展開があったはずなのです。雷雨に紛れてヒロインが悪漢にさらわれ、それをディレム様が救出する、というイベントが……。


 そう、始まりは……こんなふうに空が急に暗くなって――――


「えっ?」


 嘘……どうしてここで空が暗くなりますの?


 まさかイベント?


 そんなはずありませんわよね? だって、まだヒロインとディレム様は出会ってすらいないのに……。

 でも、この天気の急変はゲームのイベントを彷彿させますわ。単なる杞憂だといいのですけれど……。


 私はそっと空を見上げました。

 目に映るのは、今にも大粒の雨が落ちそうなほど空を覆い尽くす暗い雲。遠くに微かに聞こえるのは雷鳴? 

 急に雨が降る事は良くありますが、それにしては突然すぎませんか? ほんの一瞬前まで雲一つない青空でしたわよ。


「なんだ、この雨雲は?」


「お嬢様、離れないで下さいよ!」


 ゼンとルキトの緊迫した声が聞こえます。


「ゼン、ルキト…これはいったい?」


「……この雲はおかしい」


「ええ、おかしいですね。こんな急激に空を雲が覆うなんてあり得ない」


「いったい何が起こっておりますの……?」


 不安げに問いかける私の声に、二人の返答はありませんでした。

 分からない、という事でしょうか。

 

 張りつめた空気の中、二人はゆっくりと腰の剣に手をかけ、私を守るように辺りを警戒しております。

 その中で妙に異質に映るのは広場に集っていた民たち。

 彼らは、空の異変に気付いてないかのように何事もなく動き回っているのです。


「どうして誰も…この空をおかしいと思いませんの?」


「気づいていない…? いや…もしかしたらこれが普通だと、いつも通りの気候の変化だと思わされているのかもしれない」


「…そんなことが可能なのですか?」


「可能だろう? 神の力を具現せし者たちには…」


「魔法師様…ですか?」


「魔法師は民の益にならない事はしない。こんな胡散臭い事をするのは…」


「魔に染まった者の仕業、ですね? ゼンさん」


「そういう事だ…」


「俺たちが変事を感じ取っているのは、この魔法具のおかげ、なのでしょうね……」


 ルキトが、腰に下げている鞘に取り付けられた宝石に触っております。


「ルキト、それは?」


「この鞘には、魔法師が作った法具が埋め込まれているんですよ。身を守る守護のお守り程度の効果だと聞いていますが…」


「お嬢様もお持ちになっておられるでしょう?」


 ゼンの言葉に私はこくりと頷きました。

 『安息の眠り』から解放された後、「これからイリアーナを守ってくれるお守りだよ」と父様から渡された魔法具は、可愛い花模様のペンダントに加工されたもので、今も私の胸元を飾っておりますわ。


「良いか、お嬢様。そのお守り、何があっても離すなよ」


「分かっておりますわ、ルキト。でも、貴方のその言い方は、まるで何か起こることが前提みたいで怖いですわよ」


「それだけ、用心しろっていう事だ」


「兄ちゃんたち、どうしたの?」


 ふいに掛けられた声。

 その声に振り向けば、薄い水色の髪をした10歳ぐらいの少年がゼンとルキトを興味深そうに見上げておりました。


 平然と行動している民の中で、妙に警戒をしている私たちは異質に映るのでしょうか…。


「いや、空が……」


「ああ、曇ってきただけだよ。ここではよくある事なんだ。神様の気まぐれだね」


 なんでもない事のように告げる少年の言葉に僅かに目を細めます。


 よくある事……? 


「こんなに空が急変するのは、街中ではよくある事なの?」


「うん、だから心配いらないよ、お姉ちゃん」


 にっこりと微笑み、無防備に差し出された少年の手に私はつい条件反射のように手を伸ばしてしまいました。


「お嬢様、駄目だ!」


「えっ?」


 ゼンの叫ぶ声とルキトが私の腕を掴もうとしたその瞬間、空に、一際激しい光が走ったのです。


 ピシっ! 


 閃光は、『時知らせの塔』を直撃し、次いで激しい突風が巻き起こりました。


「きゃあぁぁぁ―――!」


「「―――お嬢様!」」


 巻き起こる風は、そのまま私と少年を吹き飛ばし…?


 吹き飛ばし?

 いいえ、違いますわ。

 この風は……あれ? この眠気は? どうして?


 少年と共に風に飛ばされた私の意識は、ゆっくりと眠りに落ちるかのように沈み込んでいきました。


「不用心だね、お姉ちゃん」


 微かに聞こえたのは、私に手を差し伸べた少年の声。

 そしてその手には―――


 あ、私のお守りが……。


 父様から頂いた守護のお守りが握られていたのです。

 

 暗転する意識の中、私はどうすることも出来ず、ただ襲い来る眠りに身を任せるよりほかはなかったのです。




 ☆




「気がついた? お姉ちゃん」


 無邪気に私を呼ぶ声が聞こえます。

 ゆっくりと目を開けると、そこには水色の髪をした少年が子供らしからぬ冷めた表情で私を見下ろしておりました。

 

 拘束はされていないみたいですわね。逃げる事が不可能と思っているのでしょうか?


「…ここは?」


 少年と向き合う形で身体を起こした私は、とりあえずの現状を把握しようと思い訊ねたのですけれど…。


「言えないよ」


 帰ってきた言葉は、まるですべてを拒絶するかのような返答。


「…ではどうして私を?」


 問いかけながら辺りを見渡せば、今いる場所が、少し朽ちかけた民家の一室のようにも感じます。

 木枠をはめ込まれた窓はきっちりと閉じられていて、外の様子を窺い知ることは出来ません。辺りも薄暗くてあまり目視出来ませんが、微かに雨が降っている事は音で分かります。それに……。


 私はそっと天井を見上げました

 微かに漏れる明かりが照らすのは、たくさんのひび割れ。そこから幾つもの水滴が落ちてきているのです。


 あちらこちらで雨漏りがするという事は、ここは相当古い家のようですわね。

 これがゲームのイベントだと思いたくはありませんが、ゲーム上でヒロインが悪漢に襲われ、連れ去られる場所って―――




 ……駄目ですわ、まったく思い出せません。

 と言うより、確かゲーム上だと場所の表記は無かったような気がするのですよね。取説や攻略情報の中には、もしかしたら記されていたかもしれませんが…ほとんど読んでいなかった私には知る由もありません。


 はぁ……。


 中途半端なゲーム知識に加えて、初めて王都の街に来た私には、ここが何処なのか皆目見当もつきません。こんな事になるなら、もっと事前に城下の街の情報を調べておくべきでしたわ。


 今となっては時すでに遅し、ですが……。


「いくら周りを見渡したって無駄だよ、お姉ちゃん。助けが来るって思ってる? でも残念だね、ここに助けは来ないよ。それに…お姉ちゃん、きれいだからね。きっと喜んでくれると思うんだ」


 冷やかに告げる言葉に戦慄いたしました。


「…喜ぶ? ……誰がですか?」


「それは言えない。でも、もしかしたら、お礼も弾んでくれるかもしれないなぁ~」


 お礼? 弾む? それって―――


「……私を誰かに引き渡すのですか? その見返りに…まさか、金銭を貰うという事ですか?」

 

 どうしてこんな幼い少年が……。


「うん、そうだよ」


「……あなたは、いつもこんな事をしていますの? こんな…こんな悪事に手を染めて、捕まったらどうなるのか分かっていらっしゃるのですか?」


「そんな事、僕は知らないよ。頼まれただけだもん」


「誰に?」


「だから、言えないって」


 何度問いかけても、少年は頑なに言えない、の一点張り。

 この子は、これが犯罪だと認識しているのでしょか? いいえ、きっと悪い事だとすら思っていない。だから、簡単に力を行使する……。


 力……あれは、神の力なのではないでしょうか?


「…あなた、神の力を使っておりましたわね?」


 ええ、ずっと気になっていたのです。

 あの時、あの強風の中、少年は笑っていたのです。

 それは、紛れもなくあの強風が少年の起こしたものなのではないかと思わせるには十分でした。


「へえ~、気づいたんだ」


 気づかれたことが嬉しいのか、少年は僅かに相好を崩すと私の目の前に座り込んできました。


「気づきますわよ。あれほどの強風の中、あなたは、平然としていたのですもの」


「うん、そうだよ。僕は水神と風神の力を具現することが出来るんだ」


 まるで自慢するかのように告げる少年。

 その言葉には邪気はありませんでした。本当に神の力を使える事が嬉しくて仕方ないという感じなのです。


「…神殿には?」


「神殿?」


「ええ、神の力を具現する力のある人たちを保護していらっしゃるでしょう?」


「? そうなの?」


「知らないのですか?」


「うん。それに、知る必要ないでしょ?」


「どうして?」


「だって、僕には僕を必要としている人がいるもん。保護なんかされなくたって大丈夫」


「え? その方は、あなたのその力を知ったうえで、こんな事を命じているの?」


「そうだよ」


 嘘でしょう……?

 こんな少年に、いえ、少年が神の力を具現すると知ったうえで利用なさっている方がいるなんて信じられません。


 でも、無邪気に話す少年の言葉には嘘はなく、おそらく、少年自身が利用されていると微塵も思っていないのでしょう。


 いったい誰なのでしょうか? 

 少年を利用し、悪事を重ねていらっしゃる方は―――


 見つけ出して問い詰めたい所ですか、いくら考えてみても、その相手の事など私には分かるはずなどなく、ただ、時が過ぎるのを待つだけしか出来ませんでした。




 ☆




 静かな室内に響くのは、強くなり出した雨の音だけ。


 きっと今頃、ルキトとゼンはこの雨の中、私を探しておられますわね。


 あの時――異変を感じたあの時にもっと用心しておけば、こんな事にはならなかった。警戒していたはずなのに……魔に染まった者が街にいると警告されていたはずなのに油断してしまった。その責任を問われるのは、きっとルキトとゼン。


 初めての街探索に浮かれていて、周りが見えていなかった私の所為なのに、きっと責められるのは二人……。


 ごめんなさい―――


 ごめんなさい、ルキト、ゼン……。


「…お姉ちゃん、泣いてるの?」


 申し訳なさと、自分の軽はずみな行動が招いた現状が悔しくて、思わず零れそうになった涙を隠す様に俯く私の耳に、少年のどこか気遣わしそうな声が聞こえてきます。

 

「お姉ちゃん?」


 目の前の少年は、助けは絶対に来ない、と言った。そう私に言う事で、諦めさせようとしたのかもしれない。


 でもね、少年。

 私は、自分の護衛騎士を……二人の事を心から信じているのです。

 何時いかなる時も私を守ってきたルキトとゼンは、必ずここに助けに来てくださいますわ! だから泣いてなんていられない、泣き顔を二人に見せる訳には行かないのです!


 今私に出来る事は気丈に振る舞う事だけ……いいえ、違いますわね。敵に弱さを見せる事は、公爵家令嬢としての矜持が許さない!


 涙を拭う私を訝しげに見つめる少年に向かい毅然と顔を上げると、返事のかわりに満面の笑みを浮かべました。






ありがとうございます!




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