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11. 出会いは波乱の幕開け?



「よう、ルキト! 珍しいな、おまえが女連れでここに来るとは!?」


 今私たちは、『時知らせの塔』の真下にある広場を囲むように軒を並べる店の一つ、宿屋兼食堂を営む『時知らせの宿』におります。名前の由来は『時知らせの塔』の近くだからとの身も蓋見ない理由でしたが、そこの食堂の味は保証する、と二人から言われましたわ。


 ここには良く来るのだそうです。たまに王国騎士団の方々も訪れるみたいで、店の店主はルキトやゼンとは知り合いらしく、空いている席の一つに着くと、にこやかに声をかけていらっしゃいました。


「見てわかりませんか? お()りですよ、お守り」


「またまたぁ。確かに小さい嬢ちゃんだが、単なるお守りでお前が一緒にいるわけ……あっ、もしかしてこの嬢ちゃん……」


 何かに思い至ったらしく、店主が徐に私をじっと見てこられました。人懐っこい顔立ちのおじ様ですが、優しげに細められた目が今は大きく見開かれておりますわ。


「ま…まさか…噂の?」


 …噂?


 首を傾げながら店主を見上げると、その顔色が僅かに強張っておりましたわ。


「…そういう事だ。他言無用だよ」


 店主さんは、ますます顔を強張らせながら小さく告げたルキトの言葉に頷いておりました。


「私を知っておられるのですか?」


「…知ってるも何も、噂で聞いてたんですよ、…と、言葉遣いは勘弁してくださいよ。格式ばった言葉使いは俺には無理なもんで…」


 突然私に話しかけられた店主さんは、どこか挙動不審げにきょろきょろした後、僅かに屈みこんで周りに聞こえないように小さな声で答えました。


「俺たちが誰の護衛騎士をしているかは、騎士団の奴らならほとんど知っているんですよ。それに…ゼンさんはもともと騎士団にいたしね~…」


 ああ、ここには騎士団の方々も良く来られるとおっしゃっておりましたわね。仕事柄、耳に入るのでしょう。

 店主さんは尚も落ち着かなさそうにしておりますが、もしかして私に対する態度が不敬に当たると思っておられるのでしょうか? 気にしませんのに……。


「店主、お嬢様はそんなことを気にする御方ではない。普通に接して大丈夫だ」


「いや…しかしだな、ゼン。この方は……噂の……だろう?」


 ちらちらと私を見ながらゼンに問う店主は、こんな食堂にいて良いのか? とでも言いたげに困惑しておりました。


 そこまで言う噂は気にはなりますが、それより…。


 私は、テーブルに置かれた木片に刻まれているメニューに釘付けになりました。


 野鳥の串焼き? 串焼きがありますわ! 


「ここのお食事、美味しいって聞きましたの。楽しみですわ!」


 期待に胸ふくらませてにっこり笑って告げましたら、なぜか店主さんは恨みがましくルキトとゼンに視線を向けておられました。


「お嬢様がこう言ってるんだ。いつもの頼んだよ」


 どこか面白がる声音でルキトが店主さんの肩を叩きながらおっしゃっております。


「はあ…お嬢さんの口に合うかは分かりませんが、ゼンには恩もある事だし、腕を振るいますよ」


「…ゼンに恩?」


「昔、ゼンには危ないところを助けてもらったことがあったんですよ」


 危ないところを助けてもらった? あら、これはゼンの武勇伝を聞く良い機会? ぜひ聞きたいですわ!


「そのようなことがあったのですね。ゼンはあまり自分の事は語りませんので、お話を聞くのは楽しいですわ。ぜひ…」


「はいはい、そこまで! お嬢様、あまり人の過去を詮索するものではありませんよ」


 乗り出す様に店主に詰め寄る私を、ルキトが落ち着けとでも言いたげに言葉を割り込みました。


「あら、私としたことが……。そうですわよね。誰にでも知られたくない過去の一つや二つありますわよね」


「そういう事。大人にはとく…イテッ!」


「馬鹿な事を教えるな、ルキト。…まったく、お嬢様が変な誤解をしたらどうする」


 ルキトがなぜか足を抱えておりますが、いったい……?


「ゼン?」


「なんでもありませんよ、お嬢様。店主、注文良いか?」


「ああ……」


 店主さんのこめかみ辺りがぴくぴく動いております。見てはいけない物を見たような、そんな挙動です。

 それより、注文良いんですわよね?


 私は、うきうきとメニューを眺め、


「では私は…野鳥の串焼きと……牛筋シチューのランチを下さいな」


 意気揚々と注文した私の声に、店主さんは顔を引き攣らせ、


「……野鳥の串焼き? いや、お嬢ちゃんくらいだと、こっちの野鳥のシチューとかじゃ……」


 と、ぶつぶつ呟いておりました。


「好きなんです、串焼き! あっ、こっちの川魚の塩焼き、これも下さいな」


「ははは……了解。…ルキトはいつもので、ゼンはどうする?」


「お嬢様と同じでいい」


「分かった、少し待ってな」


 どこか渇いた笑いを浮かべながら、店主さんは厨房の奥へ消えていきました。




 それにしても……と、私は店内をぐるりと見渡しました。


 先ほどから、執拗に視線を感じるのです。

 食事に来ているので頭巾は取り外し、私は顔を晒しているのですが、ちらちらと窺い見るようにして何度も私を見てこられる殿方――なぜか私が見ると目を逸らします――や、興味津々という眼差しで私たちを見ていらっしゃる女性たちがいるのです。

 その女性たちの中には、にこやかに手を振ってこられる方もおります。


 二人の知り合い……なのでしょうか? 


 何気なくルキトを見ると、どこかぞんざいな仕種で手を上げておりましたわ。


「ルキト、彼女とはお知り合いなのですか?」


 その女性は、見事な赤毛のとても優しげな顔立ちをした女性です。ただ、一際目を引くのがその服装と二の腕。彼女は、一緒に食事をとられている他の女性とは違い、シャツとズボンと言うどちらかと言えば男性的な服装をしていて、袖から覗く腕はルキトやゼン程ではありませんが、かなりの筋肉質です。なにか、力仕事でもなさっている方なのでしょうか?


「ああ、街でよく一緒に遊ぶ奴だ」


 遊ぶ? それってもしかして…?


「ルキト! あの方ですか?」


「…あの方?」


「はい! ルキトが前に言っていた『私にはまだ早い遊び』のお相手! あの方なのでしょう?」


「ぐふっ…!」


「ゼン! 大丈夫ですか?」


 私の言葉に突然ゼンが飲んでいたお茶を吹き出し、言われたルキトは……、


 ―――まるでこの世の終わりを見たような暗いお顔をなさっておられました。


「ふふ…はははは……あはははははっ! 駄目だ、もう我慢できない!」


 突然響き渡る、妙に耳に心地いい笑い声。

 声の主を辿れば、先ほどルキトに手を振っていらした女性が、お腹を抱えて笑っておられました。


「後で覚えてろよ、ソリン」


 憎々しげにつぶやくルキトの視線は、にこやかに手を振っていた女性、ソリンさんに向けられておりました。


 あれ? 違うのですか? 街でよく遊ぶと言ってましたので、てっきりそうだと……


「いいか、お嬢様。あいつとは間違ってもあり得ない。誤解するな」


 あいつとは、という事は、他にはいらっしゃるという事ですね。ルキトは本当に女性の友達が沢山いるみたいです。


「大丈夫ですわ、ルキト」


 とにっこり微笑んで答えれば、なぜかルキトが項垂れてしまいました。ぼそぼそと「絶対に分かってない…」と呟いておりますが、いったい何のことにでしょう?


 訳が分からずきょとん首を傾げる私の目に、ちょうどルキトの後ろの席で食事をとられている方々が視界に映りました。

 四人おられるのですが、その方々は店内の喧噪などお構いなしに、ひたすらに強張った姿勢で食事をしているです。


 ―――あれ?


 いま……目があったような。


 ええ、気のせいではありませんわね。

 他の殿方は何故かみなさん目を逸らすのに、強張った姿勢で食事をとるその四人のうちの一人がゆっくりとお茶を飲みながら、その視線を私に向けているのです。

 

 長い金糸の髪を無造作に後ろで束ね、瞳の色は離れていてよくは分かりませんが、顔立ちは、一の兄上様にも勝るとも劣らず、というかなりの美形ですわ。

 市井の民の服装をしておられますが、腰には剣がありますので、街を渡り歩く冒険者なのでしょうか? それにしては、軽装のような気も致しますが……。


 それに、その青年の纏う雰囲気が、それこそ市井の食堂で昼食をとっているのが不思議なくらい……はっきり言って浮いております。穏やかにお茶を飲んでいるだけなのですが、その仕種一つ一つが妙に気品に溢れていて、なぜか、お一人だけ場違いのようにも感じるのです。


 どう見ても、高位貴族の子息にしか見えないのですけれど―――違うのでしょうか?


 その所為なのか分かりませんが、なぜか、目が離せないのです。


 青年も私をじっと見てこられます。

 不躾に見つめるのは失礼にあたると分かっていても、目を逸らせないのです。

 

 どうして、これほどまでに惹きつけられるのでしょうか……?


「お嬢様、どうしましたか?」


「え? あ…いえ、なんでもありませんわ」


 ゼンの声でようやく我に返った私は、まるで緊張から解き放たれたように息を吐きました。


 誰…なのでしょうか? 

 初めて見かける御方ですけれど、なぜか気になって仕方ありません。


 あの方は、まだ私を見ていらっしゃるのかしら……?


 ちらりと伺い見ると、私の視線に気づいた青年はその顔にふわりと柔らかい笑みを浮かべました。


 ――トクン


「…あっ」


 胸が……すごくドキドキしていますわ。どうして―――?


「どうしました、お嬢様?」


「……ルキト、私、変ですわ」


「お嬢様が変なのは元からでしょう? で? 何が変なのですか?」


 ルキトがかなり失礼な事を言っていますが、今はそれを気にかけている場合ではありませんわ。

 だって、先ほどから胸が早鐘を打って止まらないのですもの。

 あの青年が何かしたのでしょうか?


 気になって、もう一度青年に視線を巡らせれば、まるで愛しい恋人を見つめる様な眼差しで私を見ておられました。


 ――えっ! どうしてあんな目で私を見ているのですか!? 初対面ですよね? それとも、どこかで会っているとか…? 


「お嬢様、挙動がおかしいですよ」


 ほっといてくださいな!


 あんな美形さんにあんな目で見つめられて、冷静でいられるわけがないではないですか!


 それに……


「なんだか…先ほどから、胸がドキドキしますの」


「…はい?」


「ですから…胸がドキドキして苦しいのですわ」


 高鳴る胸に手を当て告げれば、ルキトは一瞬怪訝そうな顔をしたかと思うと、こちらがおもわず後退りするほどの笑みを浮かべてきたのです。


 ときめき?  

 そんなもの感じるわけがありません。むしろ、怖いですわよ。 

 その証拠に、先ほどから煩いくらいに高鳴っていた胸のドキドキが一瞬で消え去りましたもの。


「……ルキト?」


「ドキドキですか…それは大変ですね。じゃあ、このまま屋敷に帰りますか?」


「……え?」


「ですから、胸がドキドキして苦しいなら、屋敷に帰りますか?」


 にっこり微笑んでいうルキトの目は、なぜか底冷えするほどに冷え切っておりました。 


 私……何かルキトを怒らせるようなことを言いましたかしら?


「ルキト、お嬢様を困らせるな」


 ゼンが深いため息と共に、私の頭を撫でております。


 なんだったのでしょうか?


 本当に、ルキトの態度は意味不明です。

 

 


 ☆




「行くぞ……」


 ふいに聞こえた声。


 運ばれてきた串焼きを食べていた私の耳に、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえてきました。

 ふと顔を上げれば、すぐ横にあの青年がいたのです。


 今の声は、この方?


 間近で見上げた青年の瞳は、紫水晶の様な鮮やかな紫色。

 

 きれい―――


 宝石のような瞳に笑みを浮かべ、青年は、放心しながら見つめる私の口の端にゆっくりと指を伸ばしてきました。


「え…?」


「ついてる」


 青年は、まるで掠め取るように私の口の端についた野鳥の肉の欠片を指でとると、それを何のためらいも無しに自らの口の中に入れたのです。

 

 え? 


 …え? 


 ……え? 


 ………なに? 


 ―――いまの、なにっ~~!?


 相当混乱していたのだと思います。

 混乱以前に、きっと私の顔は真っ赤、ですわ!


 あまりの驚きと羞恥で、穴があったら入りたい、とはこのことを言うのですね!

 もう、顔を上げられません! 恥ずかしすぎます!

 

 美味しさのあまり、ついつい(かぶ)り付くように食べていた私にも非があるのですが、まさか、見ず知らずの青年が、このような公衆の面前で赤面するような行動をとるとは、誰が想像出来るでしょう。


「うまかった」


 うまかった? 今、うまかった、と言ったのですか? それ、私が食べていた肉の欠片――っ!


「そうしている姿も愛らしいな」


 去り際にそう言って、恥ずかしさに震える私の頭をふわりと撫でていく手は大きくて……あれ?




 今の手の感じ―――どこかで…?




 妙な既視感に囚われた私は、確かめようと顔を上げたのですけど、青年はすでに店を出た後でした。


「本当に無防備な方ですね、お嬢様は…。さあ、こっちを向いて」


 ルキトがどこかイライラした口調で私の頬に手を添えて、胸ポケットからハンカチを取り出すと何の前振りもなく、私の口をというか、唇をごしごしとふき取ってきたのです。


「…い…いたい…ですわ、ルキト!」


「少し我慢してください。っとに、少しは危機感持ってくださいよ」


「何、ルキト?」


 ぶつぶつと愚痴をこぼしながら私の唇を拭くルキトは、「なんでもありませんよ、お嬢様」と言った後、ハンカチをしまいました。なぜか、丁寧に折りたたんで……。


「ルキト…そのハンカチ、洗って返しますわ」


「洗うのは使用人でしょう? 良いですよ、このままで」


「いや…でも」


「良いんです、これはこのままで……。それより、さっさと食べて出ましょう。街を見るんでしょう?」


 まるではぐらかす様に話を変えるルキトを不審に思いながらも、私は当初の目的を思い出し急いで食べました。もちろん、齧り付く、なんてしませんでしたわ。あんな恥ずかしい思いは二度とごめんです。




「あは…あははははっ! 駄目だ! やっぱ我慢できない! ルキト、おまえ何やってんだよ~~!」


 たまらず、と言ったふうに響き渡る笑い声は―――


「笑うな、ソリン!」


 ルキトを指差して笑い転げるソリンさんでした。




 


 あれ?

 

 ふと気づきました。


 ルキトとゼンなら、あの青年が私の口に手を伸ばした時に止める事も出来たはずなのでは…と。


 なぜ止めなかったのでしょうか?

 二人とも、剣の腕は確かですし、動けなかったという事はないと思うのですが、何か理由があるのでしょうか?


 どこか、不機嫌なルキトはほっといてゼンを見ると、微かに苦笑を浮かべておりました。

 仕方がないな…とでも言いたげな表情です。

 もしかして、顔見知り、なのでしょうか?

 でも、とても二人には訊ける雰囲気ではありませんね。




 特に、ルキトが怖いです―――






ありがとうございました!

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