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10. 王都ラテウスと護衛騎士

 



 クリアファラン王国王都ラテウス。


 ヒロインがゲーム上で幾度となく訪れることになるこの街は、中央の高台に、人を拒絶するかのように高くそびえる外壁に守られるように建つ王城を、まるで取り囲むようにして街並みが円状に配置されております。

 王城へと続く門は、城をぐるりと囲むように張り巡らされた幅広の水路の南側にある跳ね橋を渡った先にあります。水路の水は、王都から離れた遥か北方の神棲みし聖なる山、ラザムから流れる川から引き込んでおりますわ。そして、その水路と並列して造られた道を挟んで貴族の居住区があるのです。

 王城に近い場所に建つ屋敷ほど――一部貴族を除く――高位貴族の御屋敷になります。さらにその先に商店街や市井の民の居住区があるのです。

 

 また、水路と並列する道から王都の東西南北に伸びる殊更に広い道は、そのまま王都外壁門まで続き、外の街道へとつながっており、さらにその広い四本の道からは、王都中をくまなく繋ぐように大小の道が縦横無尽に張られております。

 王都には非常時以外、比較的安易に出入りできるという事も相まって、数多の旅人が訪れているという事です。


 今も王都東門を、行商の方々や冒険者を生業としている方々が引っ切り無しに出入りしているのが見えますわ。


 ええ、私は今、王都を一望できる街の外壁の上に建つ東塔――王都を取り囲む外壁の四方に、王都内外を監視する塔があるのです――の上から街を見下ろしております。


 




 市井の民のように街を見たいのです! 


 という私の願いを叶える形で、今私のいる塔の真下にある東門から王都に入りました。


 わざわざ王都の門を通らなくとも街に行くことは可能なのですが、馬車で街中に降り立ちますとはっきり言って目立ちますでしょう? 身分もばれそうですし……。ですから、公爵邸敷地内に隣接する森から王都外へ一旦出た後、門から少し離れた場所で馬車を降り、そこから徒歩で来ましたわ。


 我が公爵邸は、いざという時には王家の避難場所ともなり得るようにとの配慮から、貴族街にではなく、王都の北東部、その外れにある広大な森の側に屋敷があるのです。おそらく敷地だけだと王城すら凌ぐのではないでしょうか。ただし、その面積の半分以上は森なのですが……。


 ええ、その森も公爵家の所有ですわ。

 公爵邸所有の森は、王都と隣接する『時狂わせの森』に続いていてそのまま街道へ出る事も可能です。この森がある区間は王都を覆う外壁はありませんわ。


 安全面は大丈夫かって?

 もちろん森への不審者対策は完璧にしていると父様や兄上様たちから窺っております。隣接する森の名前からも察してくださいな。あれ、我が公爵家と王家からの依頼で作られた魔法具の力から名付けられた名前ですわ。

 許可なきものが入り込むと、散々歩かされた挙句、元の場所に戻されている、というものらしいのです。詳しくは教えてもらえませんでしたが、過去に何度かそのような目に遭った方がいらしたと伺っております。その末路までは存じませんが……。




 東門から一歩街中に足を踏み入れた時、何とも言えない胸の高鳴りをおぼえましたわ。

 待ち焦がれた探索ですもの、気分が高揚するのは当たり前です!

 それに乙女ゲームの世界なのですよ。それが静止画ではなく動いているのです。街並みも、人々も、世界に息づくすべてが現実となって私の目の前に広がっているのです。浮かれるなと言う方が無理ですわ!

 

 逸る気持ちを押さえながらきょろきょろしていると、なぜかゼンに手を引かれ塔へとやってきました。


「街を見て回る前に、一度王都を眺めてみませんか? お嬢様」


「はい、見たいですわ!」


 にこやかに告げられた言葉に2つ返事で了承しました。

 隣で苦笑しているルキトは無視です。

 

 ゼンの王国騎士団時代の伝手を使い――門番をしていらっしゃる騎士の方がゼンを知っていたのです――許可されたもの以外は近付く事すら許されない塔へと登ることが出来たのです。


 塔から一望する王都は圧巻で、思わず、


「…すごいですわ。これが―――の世界なのですね」


「ん? 今、何の世界と言いましたか?」


 極小さな声で呟いた私の声を聞いたルキトが、怪訝そうに訊ねてきます。


 なぜ聞こえますの!? 


「…な……なんの事かしら?」


「今、言ったでしょう? 『すごいですわ。これが―――世界なのですね』と」


 地獄耳……ですわね、ルキト。

 一言一句間違えずに言えるなんて――それも私の口調を真似ているのが腹が立つ――どれだけ耳が良いのですか!


「…も…物語にあったのですわ。王都の街を舞台にした」


 ここで、乙女ゲームの世界よ、とは言えるわけがありませんので、とりあえず無難な理由でもつけて誤魔化しましょう。ちょっと無理があるけど、お願い騙されて!


「ああ…、お嬢様の好きな恋愛物語ですか。確か、架空の世界ですが、作中の街の描写は王都と似ていると言われていましたね」


 ――なぜ、私が好んで恋愛物語を読んでいると知っているのですか!? 内緒にしていたのに、ルキトにばれているなんて最悪ですわ。絶対にからかわれるに決まっております。現に今だって、


「そんなにお好きなら、俺が、物語のように甘い言葉でも囁きましょうか、お嬢様」


「いりません!」


 真面目ぶっておっしゃっておりますが、目が完全に笑っているではないですか! 私で遊んでいるのが丸わかりですわよ! 本当に失礼な護衛騎士!


「ルキト、お嬢様を困らせるな」


 見かねたようにルキトを宥めるゼンは、落ち着け、とでも言うように私の頭をポンポンと軽く叩きました。

 ルキトへの怒りはルキトを無視することで落ち着かせ、私は再び王都の街を見下ろしました。


 念願叶っての街なのです。

 これからじっくりと見て回って、あわよくばヒロインの姿を一度この目で見てみたいですわ。

 ゲーム内情報でヒロインが何処に住んでいるかは分かっているのだし――確か、商家の民家が集まる東区画でしたわよね、ここから近いですわ――そこに行けばもしかしたら会えるかもしれないですわよね。楽しみです!




 ☆



 

「ゼン! あれは何?」


 東塔から降りゼンに手を引かれゆっくりと街を歩いていると、一際目立つ高い塔が目に入ってきました。先端を見上げると、陽の光に反射して光が一定方向へ伸びております。


「あれは、『時知らせの塔』ですよ」


「時知らせの塔?」


 聞きなれない言葉に首を傾げます。


「あの塔の先端に魔法具がはめ込まれていて、時を知らせてくれるんですよ、お嬢様」


 そんなことも知らないのか、という口ぶりでルキトが教えてくださいました。


「知っておりますわよ」 


 ええ、知っておりますわ。

 名前は知りませんでしたが、前世で見たことがありますもの。ゲームの街の背景で描かれていた塔ですわよね、時知らせの塔、と言うのですね。

 東塔から見下ろしていた時は遠目ではっきりとは分かりませんでしたが、これがそうなのですね。


「へえ、どこでお知りになったのです?」


「セシャに聞いたのよ。良く待ち合わせなどで使われる塔があるって。実物を見るのは初めてだけど……けっこう高いのね?」


 ずっと見上げていると首が痛くなりそうです。真下から見上げたらどれほど高いのでしょう? 興味ありますわ。


「近くに行ってみますか? お嬢様」


「ええ、行ってみたいですわ、ゼン!」


「ちょうどあの辺りにはうまい食堂がある。昼はそこで良いだろう? ルキト」


「俺は良いですが、お嬢様には……」


「街の食堂ですか? それは楽しみですわ!」


 嬉々として笑みを浮かべる私に、ゼンとルキトはどこか困惑しておりました。

 公爵家令嬢が市井の食堂で食べるのを忌避しないのが珍しいのでしょうか? 


「お嬢様は、市井の民に交じり食事を取ることがいやではないのですか?」


 ゼンが戸惑いながら聞いてきます。


「どうして? 街の皆さんが食されているものでしょう? いやではないですわよ」


 むしろ、ものすごく楽しみですわ!


「…いや、だから、街の住民と一緒に食べる事を何とも思わないのか?」


 ルキトはどこか不思議がるように私を見つめてこられます。

 

 伯爵家の人間からすれば、高位貴族の令嬢がまさか、と言う思いなのでしょうね。お会いしたことはありませんが、ルキトにも妹君がいらっしゃるはずなので、きっと何か言われているのでしょう。


「…妹が、あからさまに顔を顰めるんだよな。街で食事だなんて貴族としての矜持が許しませんわ、とか言って」


「それが普通だろう? 貴族の令嬢は……」


 どこか遠くを見る目つきで妹君の口癖を真似るルキトに、ゼンが相槌を打っておりました。


 確かにそうですわね。いつだったかセレナもおっしゃっておりましたもの。街で食事だなんて、絶対に無理ですわ! と。


 貴族令嬢とはそういうものなのでしょうか? 

 私は眠ってばかりいたので、あまりそういう事には疎いのかもしれません。

 親しい令嬢の友人と言えばセレナくらいでしたし、後は家族や屋敷に仕える使用人たちとの交流くらいしかありませんでしたものね。

 

 それに―――


「…我が公爵家の方針は、民あらずして国成り立たぬ、ですわよ。ですから、公爵領に赴いた時は、良く父様や母様と一緒に公爵邸敷地内で屋敷の使用人たちと串焼きなどを食べたことがあります」


「「……は?」」


 突然の私の告白に、二人は驚きで目を見開いております。


「ですから、民の生活を知る機会と称して、外で使用人たちと食事会をしたりするのです」


「…俺たちがいないところで、そんなことをしていたんですか?」


 ええ、していたのです。


 年に一回。

 王都で行われる収穫祭が終わった後から一月(ひとつき)ほど、領内の視察を兼ねて王国の南部、馬車で7日ほどの場所にある公爵領に行くのです。

 あれ? 公爵邸敷地内から出してもらえないんじゃないの? とは言わないで下さいませ。

 私の行動範囲は、ほとんど眠っていた馬車の中と宿屋の部屋の中――部屋を出るのは禁じられておりました――だけでしたので屋敷に居るのと何ら変わりはなかったのですわ。


 その公爵領には、領内を守る私設騎士団がおりますので、その時ばかりは一時の休暇を与えるため、ゼンとルキトを専属護衛の任から解放しているのです。もちろん、専属侍女も休暇を与えております。


「シャリアン様たちは何もおっしゃらないと?」


「兄上様たちも食べておりましたわよ?」


 ゼンの問いに首を傾げながら答えます。


 ええ、仕事柄なかなか公爵領までは来ることが出来ませんが、訪れた時は、それはもう美味しそうに食べていましたわよ。

 野鳥の肉の串焼きとか、川魚の塩焼きとか…。

 それに、熱せられた平らな石の上で焼く、牛肉と野菜の塩と香辛料だけで味付けされたあの素朴な味が何とも言えなかったのですよね……ああ、思い出したら、なんだかお腹が空いてきましたわね。


 ふと、塔を見上げると光が真北に近付きつつあります。

 そろそろ正午という事でしょうか?

 

「…今度領地に行くときは俺たちも行きますよ」


「え? 休暇は良いのですか?」


 突然のルキトの宣言にゼンは当然というように頷き、私はなぜ急にそんなことを言い出したのか疑問に思いました。

 だって、せっかくの休暇が無くなるのですよ。二人とも年中私のお守りだなんていやでしょうに。特にルキトは毎回休暇を楽しみにしていたではないですか。それが、なぜ?


 不審に思いルキトを見上げると、不意に頭上に影が落ちました。


「…ルキト?」


 ルキトが屈みこむようにして私の耳元に唇を近づけてきたのです。


「休暇よりも、俺の目の届かないところで他の奴がお嬢様と楽しそうに食事をしているのが気に入らない」


 ―――っ!


 どうして耳元で言うのですか! びっくりするではないですか! それとも、また私をからかっているのですか!?


 告げられた言葉は、熱く私の耳朶を打ち、一瞬鼓動がはねました。

 遠くで女の人の黄色い声も聞こえます。

 というより、道の往来で何をしているのですか、ルキト!


「ルキト、何度も言うがお嬢様をあまり困らせるな」


 ルキトを宥める繋いだままのゼンの手に、微かに力が加わったのは気のせいですね。




 ☆




 確かに浮かれていた自覚はあります。

 そう、浮かれすぎて私はすっかり失念していたのです。




 一の兄上様の企てに――――そして、




「…え?」


「どうなさいましたか?」


 突然後ろを振り返った私に、ゼンが怪訝そうに問いかけてきました。


 今の視線は……?


「お嬢様?」


「…何でもありませんわ。ちょっと視線を感じただけで…」


 なんといいましょうか、妙に値踏みされているような嫌な視線を感じるのですわ。纏わりつくというか、背筋に悪寒が走るというか……。


「ああ。先ほどから見られていますからね。誰かの所為で」


「それ、俺ですか? ゼンさん」


 ゼンがルキトをからかっておりますが、二人の目には僅かに剣呑な光が宿っております。見据える先は薄暗い路地。誰かいるのでしょうか?


「行きましょう、お嬢様」


「ええ、早く食堂に行きたいですわ!」


 ゼンに手を引かれながら殊更に明るく言う私の頭を撫でながら、ルキトが一瞬視線を巡らせました。


 そのルキトの視線を合図と受け取り、薄暗い路地に向かう民に扮した騎士の姿があった事など、私は知ることがなかったのです。






 ―――そして、


 魔に染まった者が、すぐ近くで息を潜めて私を見ていたことに―――気付くことが出来なかったのです。

 


 




ありがとうございました!



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