1. プロローグ
良くある悪役令嬢ものに挑戦してみました。
設定など、まだまだ至らない点が多々ありますが、温かい目で見てもらえると嬉しいです。
「…どうして」
弱々しく紡がれる声がずっと耳に残っている。
「…どうしてなのですか、ディレム様」
縋る様に手を伸ばし、愛しい人の名を呼ぶ。
「どうして、わたくし…では…ないのですか? …あの娘さえ……いな…ければ……」
溢れる涙を拭おうともせず、少女は空を睨みつけている。
「いいえ…そうではありません…わね。全ては…わたくしの所為。あの娘を傷つけ…貴方の信用を失った……わたくし自身の…」
少女は、噛みしめるように唇を閉じるとゆっくりとその瞳を閉じていく。
「ディレム…様。それでも……それでも、わたくしは……貴方を…愛しておりましたわ」
微かに呟かれたその言葉を最後に、少女の瞳は二度と開かれることはなかった。
あ~~~もうっ! 何度思い出しても腹が立つ! 何がって? 決まってますでしょう! あのエンディング、いえ、あの乙女ゲームですわよ!
さんざん好きにさせといて、本気で好きな子が出来たから君との婚約は解消? 政略的な婚約だから問題ないよね? 君の虐めは目に余る? 挙句に心を病んで弱っていく婚約者に掛ける言葉が、君には失望した?
なんなのよ、それはっ!
全部、貴方の所為でしょう~~っ!!
―――はっ……私としたことが、取り乱してしまいましたわね。
コホン
申し遅れました。
私はイリアーナ・メルス・インスフィアと申します。
冒頭のセリフはゲームのエンディングの一場面ですわ。悪役令嬢が心を病んで弱っていき永遠の眠りにつくという場面です。
その最期の瞬間に流した涙のスチルがきれいで、私は一瞬で悪役令嬢が好きになっておりました。それまでも、イベントの流れでヒロインや攻略対象には好印象を持っていませんでしたので、なぜ彼女がこんなつらい目に遭わなくてはならないのかしら、と腹を立てながらプレイしておりましたわ。
もちろん、ヒロインに感情移入なんて出来ませんでした。好感度を上げるための選択肢が、まるで攻略対象に媚を売るようなセリフに見えて嫌でしたもの。
例えば、まだそんなに好感度が高くないときの選択肢ですら『相手に寄りかかる』とか『上目づかいで見つめる』とか、しまいには『相手の唇にそっと手を添える』とかがあるのですよ。それも全部、好感度上昇の選択肢で! いくらなんでも婚約者のいる相手にそれは無いでしょう? ヒロインの方こそ、どこの悪女よ、とか思いましたわ。
それに比べて悪役令嬢と言われる彼女は、ヒロインに心惹かれていく婚約者を取り戻そうと、それはもう一途に相手に尽くすのです。本当に健気なのです。
攻略相手も、初めの頃は悪役令嬢の事を恋愛感情は無きにしても婚約者として大切にしていたはずなのですが、ヒロインに出会ってヒロインの人柄にふれてヒロインと逢瀬を重ねるうちにどんどんヒロインに惹かれて――いいえ、惹かれて、ではありませんわね! どんどんのめり込んでいったのですわ! まるで底の無い泥沼に沈みこむかのようにっ!
それを目の当たりにした彼女が嫉妬するのは当たり前のことです。ずっと想い続けて、いずれは恋しい相手の元へ嫁ぐものと思っていたのですもの。
そしていくら尽くしても心を得られないと気づいた時に、やはりといいますか、例にもれず彼女の怒りの矛先は数多の悪役令嬢の如くヒロインに向きましたわ。
神憑り的な確率でことごとく失敗に終わりましたが……。
当たり前ですよね、乙女ゲームですもの……。
本当に、プレイしていてこんなにヒロインが嫌いになるゲームなんて初めてでしたわ。
『蒼穹の約束』
そう銘打ったその乙女ゲームを、私は、それはもう楽しみにしていたのです。
タイトルもさることながら、スチルが好きな絵師さんでしたし、ヒロインと恋に落ちる殿方の声を担当するのが好きな声優だと知ったら期待せずにはいられませんでしょう?
当然、発売日にショップが開店と同時に購入しましたわ。
――プレイ開始後数日で、そのゲームそのものを投げ出すことになるなんて思いもよりませんでしたけれど………。
いえ、ゲームを投げ出したなんて生易しいものではありませんでしたわね。
たしか、一発で壊れてしまうほどに思いっきり床に叩きつけてしまったはずですもの。案の定、その後ゲームは起動いたしませんでしたわ。
そしてまるでその壊したゲームの祟りとでもいうように、私はその晩自宅階段上から転落いたしました。
ええ、何度でもいいます。
転落したのですわ! 何の因果か、そのゲーム世界の人間に転生するというおまけつきで……!
おまけ――?
いえいえ、違いますわね。おまけなんて可愛らしいものじゃありませんわ! やはりこれはゲームの祟りと言わざるを得ないでしょう。
転生――はまだ良いのです。きっと階段から転落したときに、前世の私は打ちどころが悪く天に召され生まれ変わったのでしょうから。
ただね、どうしてよりにもよってこのゲームの世界なのでしょう!
新たな人生を生きるのが何処だろうと、生を受けた場所が今生の生きる場所と割り切ってはいても、なぜ嫌いなヒロインのいる世界に転生?
本当に祟りですか!?
実際、転生したと言っても、ここがゲーム世界で自分が転生者と認識したのは成人間近になってからですわ。物心つくころは、ひたすら夢という形で前世の記憶を見せられ続け、その知らざる知識に翻弄された私の苦労分かりますでしょうか? 家族が言うには、毎晩うなされていたそうですわ。
前世の記憶を思い出すまでは、この世界の一人の人間です。現実に見たこともない使用したこともない夢の事柄など幼い少女に説明など出来る訳がありません。
拙い言葉で両親や兄上様たちに夢の内容を伝えようとはしましたが、誰一人として理解してはくださいませんでしたわ。ただ、空想を語っているのだろうとしか思われてはいなかったようです。
それはそうですわよね~。言葉もたどたどしい幼子が、「ちっちゃな箱のなかで、きれいな絵が、おはなちしてるの」とか「おっきな鳥さんの中に乗ってお空を飛んでるの~」なんて言われたって現実にはあり得ない事ですので理解できる訳がありませんわよね~。
それでも幾度となく夢に悩まされる私を心配した家族は、神殿に『安息の眠り』という夢も見ずにぐっすり眠れるという魔法具――可愛らしい花模様のペンダントに加工されました――を作っていただいたのです。「肌身離さず身に付けていなさい」とお守りという形で渡されたその魔法具のおかげか、それ以降、見知らぬ夢に悩まされることはなくなりましたわ。
ただ『安息の眠り』を渡されてからというもの、ぐっすり眠れるようなったと同時に突然眠りに落ちるという弊害も生じたのです。
いつどこで眠りに落ちるのか予測できません。それ故、私の身を案じた家族は敷地内からの外出を禁じてしまいました。それと同時に侍女と護衛の騎士が必ず二人ずつ常に側で控えることになったのです。
大げさなとお思いになられるでしょう? 私自身もそう思いますわ。四六時中監視されているようなものですもの。
それでもいやです、とは言えませんでしたわ。私を心配しての事と分かっておりますし、私自身、何度か突然眠りに落ちたことがありますので、自分の危うさは自覚しております。
さすがに真冬の庭園や浴槽の中で眠りに落ちた時は本当に死ぬかと思いましたもの…。
本当にゲームの祟りとしか言いようがありませんわ。
それから月日は何事もなく過ぎ、訳の分からない夢に悩まされることもなく10年の月日が流れたのです。
転生したこの世界が、嫌いな乙女ゲームの世界だと私が認識したのは、件の悪役令嬢と呼ばれるだろう令嬢とのお茶会の席でした。
―――私、自覚なしに悪役令嬢と親密になっていたようです。
ありがとうございました!