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異世界の非戦闘系傭兵  作者: ※未入力です
序章:傭兵さんの零落
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7

 昼間行ってきた上層区が華やかだと仮定するならば、今現在進行形で歩んでいる下層区はいってみればその逆。暗雲漂う裏の世界と言ったところだろうか。


 秩序も規則もなく、今なお流れ着くものたちによって拡張しているこの区には多くの他所者や流れ者がその日暮らしの生活をしている。


 一つ門を越えただけで雰囲気は一変してどんな犯罪が起こってもおかしくないようなそんな恐ろしさがここにはある。


 おそらく国の平和を守ることが一種の責務でもある、騎士団の人間でもその全容と居住人数は把握していないのではないだろうか。


 いや、違うな。そんなものを知る必要がそもそもないのだ。今日いた人間が明日には行方不明になっていることが良くあるそうだし、そもそもが人数を把握して各種機関に登録するのは国や貴族が税を取るためのものだ。


 税を払えるような、払うような人間はこの区に好んで住んでいることは稀だ。


 一寸先は闇というが、金にならないものに金をかけるほど人間とは愚かな生き物ではない。


 足元に地獄が横たわっていたとしてものうのうと天国で楽観しているものだ。


 俺がこの区になぜ来たかというと、理由は幾つかあるのだが、一つは遠くからでも目立つそこだけ別次元のような景観を誇る建物に居る人だ。


 教会がイメージを上げ、信仰を強めるためにわざわざ下層区に設置したそこにいる人のことを俺が一言で表すと『聖女』というのが一番しっくりくるだろう。


 遠縁ながらこの国の初代国王と共に魔王を討伐した聖女の血筋を継いでいる彼女は、数か月前に起こったある種の異常事態の結果、この地で神官としての任につくことになりここで炊き出しや配給なんかの……ボランティアみたいな仕事をしている。


 俺が彼女の元に向かっているのは彼女の身に起こった異常事態を目の当たりしてしまった一人としての、定期訪問であり経過観察であるということも大きい。


……が、そんなことよりも彼女に俺が色々と便宜を図ってもらったということも一つの要因としてあげられる。


 いってしまえば恩を感じているのだ。それも一つや二つではない。何かにつけて俺がどうしようもなくなったときは、結果的に彼女に助けてもらっていることが多い。


 異世界に来て何事にも汚くなり、人間性を捨てるレベルで生きようとした俺にはその姿はまぶしすぎた。


 だからこそ彼女に対して少しでも役に立ちたいと思い、こうしてかなりの頻度で様子を見に行っている。





「灰栗くん、こんばんは。どう? 元気にしてた?」


 灰色というか、銀色というか。

 少し淡い色合いの髪を伸ばせるだけ伸ばしたといった印象の少女がにこやかに愛想笑いをしてくる。

 正確には伸びてしまった、のほうが正しいようだが。


「ああ、サーシャも変わりなかったか?」


「うん、今日は少し忙しかったけどもう大丈夫かな。本当は噂の傭兵さんに仕事を頼みたいぐらいだけど割り当てられてる予算上、人を増やすのはきびしくてね」


「別にいってくれればいつでも報酬関係なしに手伝うぞ?」


 彼女の身に起こった変化がある程度収まってからもう数ヶ月というべきかまだ数ヶ月というべきか。


 どちらにせよ、あまり彼女に負担をかけたくない。


 そもそもが、こういう下層区のような貧困層向けの教会での神官の仕事の量はそれを行う人によって大きく上下しやすいのだ。やっていることは俺の元いた世界でいうボランティアと変わらないのだからそれも当然といえば当然なのだが。


 サーシャのようにすぎるほどに真摯であればそれは際限なく広がり、いつの間にか彼女の精神を蝕むことになる。


 それは彼女に恩を感じている俺としては望むところではない。


「それはダメだよ、頼むときはしっかり依頼するから。自分の仕事に価値を問わないというのは何より灰栗くんやあなたに依頼をしようとする人に対して失礼だから」


 サーシャは断言した。


「そっか……、そういうものなのかな。やっぱりお前は本当に聖人というか何事にも真面目だな」


「別にそういうわけでもないよ。意外と人目につかないところではだらけてたりするしね」


 サーシャほどの人物の行動がだらけるとこがあるのであれば、エミリアの場合は溶け落ちているレベルだろうか。


「灰栗くん、そうやって女の子話してるときに他の女の子のことを考えるのはあまり感心しないな」


「エスパーかよ……」


 どうしてわかった。やはり超能力者かチート持ちなのだろうか。


「違うよ、ただのしがない神官だよ。それと灰栗くん女の子のこと考えてるとき必ず口が緩むから」


 思わず素っ頓狂な声が口からもれてしまう。


 そんな癖をもしエミリアに知られているとしたら、今まであしらわれてきたのも理解できた。


「だからそういうのだって。まあ、灰栗くんにもそうやって仲のいい人ができたのは私にとって喜ばしいことだけどね」


 可愛い少女について考えるのは、もう男の性みたいなものであるからこればっかりは仕方ないのかもしれない。


「度々ながら悪いな……、でもサーシャも常連さんというか仲いい人こっちに来てからしばらく経つし何人かはできたんじゃないか?」


「うーん、まあ何人かはできたんだけどね。やっぱり灰栗くんと話してるときが一番楽しいかな」


 宗教にのめり込む人間の気持ちが今俺は理解できました。サーシャ教とかあったら狂信できる気がする。


「そうか、それならサーシャにわざわざ時間割いて会ってもらってるかいがあるよ」


「ううん、気にしないで。環境はかなり変わったけれど……、今の生活が楽しいことに変わりはないから」


 それならばいい。


 彼女への対処は本来騎士団に任せられるはずだった。

 それを俺が口を横から出す形になり、色々と引っ掻き回してしまったのだから多少罪悪感はある。


 所謂神憑き、というものになっていた間の記憶がどこまで彼女に残っているかはわからないが、おそらく要所要所の部分はあるのではないだろうか。


 なら、その経験は今も彼女を苦しめていることには変わりないし今後もその締めつけは続くだろう。


 この世界は魔法や魔物なんかが当たり前に存在している世界だということを彼女をみていると改めて痛感させられる。


 なにせ彼女は実際にその身に一度神を宿したのだから。





 少し、長引いてしまった談笑も終わり、俺は帰途へとつく。


 路地裏を横切って行き止まりになったところに差し掛かり、俺は立ち止まった。


「つけてるんだろ? 出てこいよ!」


 先程から尾行されていた気がしていた。

 確信したのは、特徴的な影が視界にうつったことだったが。


 しかし、反応はない。

 もう一度叫んでみる。

 やっぱり反応はない。


「これじゃ、俺がまるで痛いやつにいきなりなっちまったみたいじゃないか! さっさと出てこい! いや出てきてください、お願いします」


 その静寂さに俺がとうとう、暗闇に向かって独り言と妄想を吐き続ける厨二になってしまったか、と錯覚したそのときだった。


 目の前に何かが落ちてくる。

 いや、正確には飛び降りてくる。


 それは見事に衝撃を押し殺し、うまく着地したあとにくるっとこちらを振り返った。


「やっぱり、まだ明るい内に動くもんじゃないね」


 まだ夜は更けていないとはいえ既に辺りは薄暗い。


 これを明るいといってしまえるのだから、言葉を発した主が本来もっと暗く地面に映る影すら見えない時間帯に活動していることが伺える。


「で、どうしたんだ? まさか興味本位で追いかけてきたってわけじゃないんだろ?」


 目の前にただ立つという行為によって存在しているだけなのに、それだけで長編の伝説に出てきてもおかしくはないくらいの存在感を放つ彼女。


 まだ本来は寝ているような時刻なのだろうか。少しあくび混じりに頷く。


「うん、前に頼まれてた例のお札と秘薬の材料がもう少しで手に入りそうだから経過報告にね」


「そうか、わざわざ悪いな。保管場所の情報の出処を確かめるだけでも結構大変だったろ」


「まあね。でもほら私って天才肌だから」


 小さく数回自分で頷いた後に、大抵のことはできちゃうのよね、と続けた。


「むしろ天才というよりも秀才っていうタイプじゃないのか? お前は」


「君はそうやってすぐ人をおだてようとするから嫌いだな」


「そんなにいうほどおだててるか?」


「まあ、私の努力を見てくれていることには素直にありがとう、といっておくよ」


 そういって彼女は後ろでまとめている髪を少しふった。


「どういたしまして」


「まあ、札の方については実質数ヶ月もあれば手に入ると思っていてくれ」


「依頼してから数週間でそこまで掴んでくるお前の性能には時々劣等感を感じさせられそうになるよ」


 今の生活に既に順応してその手腕をふるっている彼女と違い、俺は今だ半人前だ。


「まあこればっかりは性分にあってるかどうかってだけだし、取り替えるわけにはいかないしね」


 そういって彼女は笑顔をみせた。


「世の中そんなにうまくいかないもんだな」


 思わずため息をつきそうになる。


 俺は彼女に何もしてあげられなかった。そんな自分が彼女に頼み事をしているということが滑稽で仕方ない。こんなことで薄ら笑いをしてしまう自分のことが大嫌いだ。


「じゃあまた進展あったら報告するね」


「いつも本当に悪いな」


 彼女は背をこちらに向けて片手を頭上にひらひら振りながら夜の闇へと消えて行った。


 悪目立ちしてしまう赤い髪を上から黒で染めているために、二つが混ざったような色をしている髪を纏めてポニーテールにしているヴィーラは、鼠人族が家業としていることが多い情報屋としては珍しい隻腕のドワーフだった。



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