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異世界の非戦闘系傭兵  作者: ※未入力です
序章:傭兵さんの零落
6/12

6

 帰り道のことである。


 俺は無事にポーションの山をバックレラ邸に届け終わり、自分の住まいに帰る途中のことだった。


「あ、しぐれさん! しぐれさんじゃないですか!」


 行きには何もこれといったことは起こらずに通過した、区と区の境にある門で俺は門番に呼び止められた。


 いや、こう言っては語弊がある。 何か俺が問題でも起こしたかのようではないか。


 否。そういうことではなく、単純に親しげに声をかけられた。


 振り返ると快活そうな、薄茶色の髪を肩あたりで短く揃えた顔見知りの騎士の姿が目に入る。


「よう、久しぶりだな。ユリカ」


「うん、久しぶりというほどじゃないけど数日ぶりですね!」


「それで、俺に何か用でもあるのか?」


 何かユリカに対して忘れていたことでもなかったか、思考を巡らせて一瞬停止する。


 その一瞬の間に目の前にはむくれたようなユリカが出来上がっていた。


「私は何か用事でもないと人に話しかけちゃダメなのかな?」


「いや、そんなこともないが……」


 ユリカの表情に笑顔が戻った。

 相変わらず忙しいやつだ。


「うーん、特に用事と言った用事はないけど、面白い話ならありますよ!」


「面白い話?」


「ええっとね。今日冒険者ギルドの前でですね。暴れ牛が一般人を激しく角を振って襲っていたんですよ!」


 巡回中の私達がさっき捕まえて、牢の中にぶち込んでおきました!、と自慢げに語るユリカ。


「それはもしかして、犯人は毛を生やしていたとかなんとか供述してるんじゃないのか?」


「しぐれさん、 耳が早いですね! さすがです! そうなんですよ、一般人を襲っても毛なんか生えてくるわけないんですけどね……」


 それは恐らく、いやたぶん本命に頭を擦り付けている過程でなってしまったのだと思うのだが。


「何よりですね、最近本当にこういったおかしな奇行がよく起こるのですよ! 私はですね、きっと今日のような変態さん達を扇動している黒幕的変態がいると思うのですよ!」


 ああ、いるだろうな。俺も一人知っている。というかバイト先の店長だが。


「へえ、俺が聞いたのは数えるような変態ぐらいだけど、そんなに増えてるのか。ユリカも職務とはいえ、襲われないように気をつけろよ」


 騎士にきっと『クッ、殺せ……』とか言わせたがる変態がこの世界にもいつ現れるかわからない。ユリカがその被害に合うのだけは絶対に避けるべきである。


「お気遣いありがとうございます! ですが、私も日頃の鍛錬を怠っていませんし、今度騎士団で一斉摘発と捜査も行われることになったのできっと大丈夫ですよ」


「そうか、ならまあ安心か」


 恐らくその元凶かもしれない人と一緒に働いているので俺としてはひどく先行きが不安になるが。


「あとは、ですね……。これはエミリアさんに教えてもらったのですけど」


「エミリアが?」


「今日自称傭兵を名乗る性欲を迸らせた不審者が貴族のお嬢様相手にしつこく話しかけて誘拐しようとしていたそうです」


 まったく本当に世の中変態ばかりですねー、私達騎士団が頑張らないと! 、とやる気を漲らせているユリカを尻目に俺は脳内でエミリアに突っ込みと罵倒をしまくっていた。


「そういえば、しぐれさんも傭兵でしたよね! 仕事仲間とかで知り合いだったり心当たりありません?」


 じぃいっ、と見つめてくるユリカ。


「いやぁ知らないなぁ! 世の中には色んな人がいるから、職業もきっと被っちゃったんだろうなあ」


「うーん、そんなもんですかね……、やっぱりそう簡単には見つかりませんよねぇ……」


「まぁ、あれだ。別に律儀にエミリアの言うことなんか聞いて捜査しようとしなくても俺と同じ傭兵を名乗るということはきっと自分に正直な人だろうから、別に気にしなくてもそのうち勝手に自首してくるんじゃないか?」


 多少どもったのはセーフでお願いします。


「ダメです! そんな少しの気の緩みがこの街の、いえこの国を左右する大きな問題となりかねないんです!」


「ア、アハハハ。ソ、ソウダヨネ、ウン」


 ダメだ。彼女は性格で騎士を体現するようなタイプだ。ここは後で、誰か生贄を騎士団に変質者として送らないと俺がいつか捕まってしまいそうだ。


「そういえば聞いておきたかったんだけれど、お前は騎士になってからなる前と比べて素早く動けるようになったとか、重たいものが持てるようになったとか何か劇的な変化とかなかったか?」


 ユリカは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに合点がいったようで笑いながら言葉をかえしてきた。


「ああ、例の噂ですか? いえいえ全然そんなことはありませんでしたよ。今の私がいるのは訓練を続けた結果ですし」


「やっぱりそうか……」


「確かにそれを行い続ける環境を提供してもらい、こうしてみんなの安全を守れる立場につけてくれた騎士という職業には感謝こそしていますが、騎士になったからといって何かが劇的に変わるわけでもないですし、結局は日々の精進ですよ!」


「なるほど、参考になったよ。ありがとう」


「いえいえ、こちらこそ引き止めてしまってすいません。では、私は職務に戻ります」


 俺は行きに半券を渡したので、半分のサイズになっている通行許可証の残りをユリカに渡して、門を通り、別れる。


 これが高ランク冒険者だったりすると、ギルドカードを見せるだけでフリーパスになったりするので羨ましいが俺には関係ない話である。


 それにしても、やはりそうか。

 予想通りといえばその通りなのだが、期待通りの結果といえば嘘になる。


 先ほど、ユリカに聞いた内容は今街に急速に広まっているある噂に起因するのだ。


 端的にいってしまうとその中身はRPGでいう職業補正、というやつだ。


 話の発端はこうだ。この国随一といってもいい、中々に強い槍使いの冒険者がいた。


 雷槍という、槍に雷魔法を纏わせて目の前の敵を薙ぎ払う技を使って無双していたそうだ。


 国王が、港を襲撃した魔物との戦闘に彼を含む数人を冒険者ギルド経由で発行させた緊急クエストにより派遣したのである。


 結果は全滅。


 かろうじて生き残った国直属の騎士団の証言によると、一切彼は雷魔法を使えずに屠られたという。


 高名な槍使いがある日一切雷を使った槍技を使えなくなった。


 それが判明した当初、他国の戦略魔道具の効果だとか、復活した魔族の特殊能力だとか色々と説が流れたが、最終的には一つの仮説に収束した。


 彼の死後。彼の情報を示す冒険者ギルドカードの表記が槍士から槍騎士に変わっていたのだ。


 冒険者ギルドカードも魔道具の一つであり、あらかじめ冒険者が登録してある内容も彼らの依頼達成度や、研鑽によって表記が自動的に変わる。


 そこから出た結論は、彼は槍使いではなく、国王直属の命で一人の騎士として戦闘に参加したから雷魔法を使えなかったというものだ。


 つまるところ、噂の内容としては職業によって使える魔法、特技なんかんに制限ができるのではないということである。


 逆に言うと、本来先天性の才能と後天性の努力によって構成されるべき個々人の資質が職業によってある程度左右されてしまうのかどうか。


 これまで、冒険者ギルドに登録時申告する剣士、魔法使いなんかといったものは自称であり、さほど重要視されてはいなかった。


 それがもし才能を、能力を、努力をも制限するのだとしたら。


 今まで公に残っている出来事の中に死後にカードの表記が変わっていたなどということは一切なかった。


 勿論何度も非公式に検証は行われた。

 だが魔法使いだろうが剣は扱えるし、斧使いだろうが弓をはなつことはできるのである。


 だからこそ、あくまで与太話として噂にとどまっていた。


 しかしながら、俺にはこれをホラ話だと断じることができない理由があるのである。


 この世界に辿り着き、傭兵になってからの中で最初に出会った今だに完遂することの、解決することのできていない依頼の一つ。


 俺が人から聞いた依頼人である彼女を表すのであれば、『天才』というのが妥当だろう。


 わずか10歳にして、熟練の鍛治師でも扱うのが難しいとされるミスリルを使った防具を完成させ、鍛治が得意とされる種族であるドワーフとしても異彩中の異才。


 鍛治師を多く輩出した彼女の家系の中でも自慢の神童。


 そんな彼女はある日突然どれだけ鎚を振るっても装備らしい装備がうまくつくれなくなってしまった。


 当初は才能にかまけた怠慢だとか怪我だとか病気だとか色々と言われていたが、彼女はその後いくら必死に努力してもおよそ鍛治師らしい仕事が一切うまくいかなくなったのである。


 鍛治師ギルドはこのままではギルドの面目がないということで最終的に彼女はギルドから追放され、一族からも追放された。


 追放内容は他人の作製物の盗用。

 彼女の作品は別の人物が作ったものを彼女自身が自分で作ったものとして発表したということで結着がついたのである。


 鍛治師は自分の仕事場に他人が入るのを嫌う。よって彼女が確かにそれらをつくったと証明できる根拠も証言もなかった。


 それは若干16歳の彼女には自分の生まれてからの全てを否定された、ということと同義であり、重すぎる内容のものであった。


 世の中には色々なギルドが神の名の下に教会によって承認されているが、どこもその存続に信用が大きく関わってくるというのは同じである。


 信用を、利益を守るためにはどうするか。

 最も簡単なことはルールとして規則を作り、戒めに罰則を与えることである。


 ギルドの価値及び信用を著しく貶めたものとして彼女に対する刑は例外なく執行された。


 結果、彼女は片腕となりその鍛治師人生は終わりを告げた。


 ギルドはその業界の最大手ともいえ、それから追放された時点でギルド員のその業種での活動はほぼ不可能となる。


 全てを覆せるほどの実績を作れば、個人での再起は可能であるが、両腕でも失敗作にしかならなかったのだ。片腕ではいくら努力をしてもロクな成果は出しにくいだろう。


 彼女の細腕では、片手で鎚を正確に振ることもままならないのだ。



──もし、彼女が鍛治ができなくなった原因の一端が槍使いの噂の事例の根源と関わりがあれば。


 俺は彼女の依頼を遂行させたい。


 おそらく、彼女もこの噂をつかんでいることだろう。それが与太話なのは理解しているはずだ。


 だが、俺は納得できない。異世界からきた俺の知識がこの世界に合わさればきっと突破口が見えてくるはずなのだ。


 そのためにも今は一つでも多くの依頼をこなして経験を積みたい。


 時刻は日暮れ間近。

 特に用事があるわけではないが一応寄っておくか。


 俺は自分の住処がある、中央区を通り過ぎ、門を抜け下層区に足を踏み出した。


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