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異世界の非戦闘系傭兵  作者: ※未入力です
序章:傭兵さんの零落
5/12

5

「ところで、クレア」


 買ってきた串焼きと飲み物を渡しながら俺は問う。


「なんです? しぐれさん」


 クレアは服にそれらがつかないように慎重に、しかし大胆にかぶりつきながら聞き返す。


「上層区から今まで出たことってあるのか?」


 俺はこちらの貴族だったり、平民だったりの習慣・生活なんかにそこまで詳しくない。ただ純粋に興味があった。


 幸か不幸か完全な偶然によって俺はどうやらこちらの世界に来てしまったようなのだ。異世界にくることができてしまった以上どんなことが起こっても不思議ではなかった。

 ただでさえ、一つ間違えていれば貴族のイケメン跡取り息子とかに転生できていたかもしれないのだ。


 誰だって人は手に入れてもいない皮の算用ぐらいする。


 それがどんな聖人だろうがそれだけは意思あるものとしては絶対に行う類のものだろう。


 だから、俺は単純に貴族に興味があるのと同じくらい純粋に生まれながらに貴族の娘であるクレアが羨ましかった。


 最初から成功を約束されているであろう人間が羨ましかったのだ。


「いえ、中央区に来るのは初めてです、これが自分一人の初めての遠出です」


 やはりそうか。クレアにとってはこれが初めてである、と。

 『初めて』とか興奮するぜ。


 クレアにとっては少し街を歩くだけでも、散歩ではなく冒険なのだろう。物珍しいものが多く、すべてが新鮮なのだ。


 自分も初めてここにきたとき、そんな感じだったから、一見俺とは全く共通点がないクレアと自身を重ねて嬉しく思う。


 俺も随分余裕が出てきたものだ。当初は巨体の異種族の冒険者と出会い頭にぶつかっただけでも、ちびるレベルだった。


 それがいまや、美少女お嬢様と逢瀬を楽しんでいる。


 勝ち組である。人生の勝利者である。ボッチ製造機である高等学校に合格した時よりも雲泥の差で嬉しい。


「そうか。それで見て回って面白そうなものでもあったか?」


 俺は一見暇を持て余しているだらけものなイメージがついているかもしれないが、実質超働いているのである。そこらのニートとは桁が違うレベルで。


 異世界は引きこもっているだけで自動的に部屋にご飯が無償で運ばれてくる魔道具はこの魔法が発達している世界でも存在しなかった。

 元いた世界の寄生組はある意味勝ち組なのかもしれない。


 まあ、何が言いたいかというと忙しいので中々街を徘徊したり、野次馬になったりといったことをやりにくいのである。


 それに貴族の目から見た世界ならば何か商売のタネが生まれるかもしれない。


「そうですね……、目新しいものは色々ありましたが一番記憶に残ったのは冒険者ギルド前での出来事ですね」


「へぇ、そんなところにもいってみたんだ。むさ苦しい男ばっかりであまり見るところもないだろ?」


「ええ、確かに独特な雰囲気でしたが、一際異彩を放った光景が広がってまして」


 そんな名物になりそうな珍しいものなんてあったか?


「とても体の大柄な……おそらくミノタウルス族の人でしょうか? 一心不乱に頭を雑草に擦り付けていて騎士団の方に不審人物として連行されていましたね。……しぐれさん、どうしました? 微妙な顔して」


 一人該当人物が頭に浮かんだような気がしたが、俺にはそんな変態な奴は生まれてこのかた二次元以外で出くわしたことがないので、気のせいだろう。


 俺は静かに見知らぬ彼の前途多難な変質者人生に冥福を祈った。


「他にはですね……、そうですね。薬屋の近くで」


「薬屋の近くで?」


「ポーションを持って私のようないたいけな少女に声をかけまくっている不審者がいました」


 春でも発情期でもないのに、不審者多いな。二人のうち一人はエミリアが生成したようなものだが。


「それで大丈夫だったのか?」


 不審者よりもクレアの方が大事である。


 外見上には変化があるようには思えなかったが、膜が一枚なくなっていたり、心が傷つけられているかもしれない。もし、そんなことが起きたならば、俺はどんな手を使ってでもそいつを殺す。


「ええ、大丈夫だったのですが。しきりに薬屋の方向を聞いてきたので近いうちにしぐれさんも出会うかもしれません」


 なんて物騒な話だ。これはあれだな。きっとエミリアに何か用がある人だろう。エミリアがきっと何かいつものようにおちょくった結果、迷惑を被った人が押しかけようとしているに違いない。


 たぶん、エミリアが有責なのだろうが美人はそれだけで無罪である。


 もし出会うことがあれば、好感度上げのために消えてもらおう。


「私も質問していいですか?」


 クレアが俺を見て尋ねてくる。

 ちなみに俺とクレアのように身長差があると意図しなくても自然と上目遣いになるのである。

 最高だ。


「ああ、なんだ?」


「しぐれさんがしてる傭兵って結局のところどんな仕事なんですか? 私の知っているものとは違うようなので」


「んー、一言では言えないけど俺がやってるのは人から戦闘以外の依頼を受けて、それをこなす感じかな?」


 傭兵のイメージはまあ、雇われた用心棒と言ったイメージだろう。


 理想と現実は違って、俺は戦闘が起こる依頼なんて受ける気がないのだが。まあ、自称傭兵だし、名前詐欺なだけで、実際に騙りではないだけマシだろう。


「んー、やっぱりどこか胡散臭いですね。まあ、理解しました。その依頼の一環として薬屋のエルフさんのペットになり、ポーションにまみれて駄犬のように遊んでいたというわけですね」


「違う、俺は別に遊んでやっていたわけでじゃない」


 そしてその認識は大きな誤解を孕んでいる。


「なるほど、遊びではなく自らの使命として責任と義務をもって、ボランティアとしてペットになっていたわけですね」


「そんな気構えを持って俺はペットになってたわけじゃない!」


「仕事に気構えを持たずに適当にこなすなんて、それはもう家でダラダラとしているだけの働かない生産性の低い汚物と、なんら人生のコンセプトは変わりないじゃないですか!」


「今すぐ俺の人生への憧れを返せ!」


「仕事とは名ばかりのペットになって愛玩動物として果てるだけの人生に希望も輝きもないと思いますが」


 クレアが疑惑の目を向けてくる。

これが俗に言うジト目という奴か。


 別に俺がペットの役を演じることが仕事の全てではないと否定したいが、最近エミリアにいいようにやられているのを鑑みるとあながち間違っていないのかもしれない。

 今度下克上でもしよう。俺は心に誓った。


「まあ、なんだ。お前が思い浮かべてるのがどんなのかは分からないが、俺のは非戦闘の何でも屋ってところだな」


「何でも屋ですか……、そこには何を頼んでも遂行してくれるのですよね?」


「ああ、俺ができる範囲ならな」


 エミリアが広めた嘘話のせいかはしらないがたまにどれだけ金を積まれてもやりたくない仕事も混ざってたりする。


「そうですか……、ならまた機会があれば頼むことがあるかもしれません。その時はよろしくお願いします」


「ああ、そのときは任せろ」


 もしクレアに依頼を頼まれたならば、俺はどんなことをしてでも完遂させるだろう。


 美少女お嬢様の頼みをきかずにのうのうと暮らせる男子高校生はこの宇宙には存在しないのだ。


「では、ご馳走になりました。また何処かであったときは声をかけさせてもらってもよろしいですか?」


 クレアが軽く頭を下げて、微笑みを浮かべながらいう。


「ああ、是非」


 まあ、お嬢様が外に出る必要のある用事はたぶんほとんど絶対的に限られているだろうから、このやりとりもおそらくは社交辞令で終わるだろう。


 明日からは恐らく顔も合わせることがないクレアの微笑みをしっかりと網膜に焼き付けつつ、別れる。


 明日からも頑張ろう、と思ったが目の前にある台車に積まれたポーションをみて、俺はため息をついた。




 エミリアがベッドの上でだらけているような、だらだらごろごろした擬音を従えて、俺は貴族区の坂道を台車を転がして登っていた。


 正直なところどこも豪邸ばかりでとても羨ましい。

 俺が貴族の息子とかに転生していたのならば、きっと全財産を換金して、借金を限界まで借りて、悟らせないように親交の深いものと一緒に他国へ亡命して栄華の限りを尽くすだろう。


 なんでラノベとかの主人公はそれやらないんだろう。地道に改革とかするより、手っ取り早いと思うのだが。


 まあ、クズすぎだろという反論は認める。

 しかし人間生きるためならば何でもする人が多いのではなかろうか、 そんな人が数千人、数万人と集まった結果革命が起こる事例は良くある。


 どんな小手先の罠も妨害も、無限の弾があればいつかは崩れる。

望むべくは、それが俺が生きている間に影響を受けるようなことがなければそれでいい。


 でもこの世界の仕組みとか魔法とか正直あまり理解できてないから、ある日いきなり魔法使いとかの私怨とかで貴族区が消失しているかもしれない。恐ろしい。


 貴族というのは節約しすぎても浪費しすぎても世論の矢面に立たされる。


 節約すると庶民に金が流れなくて潤わないし、浪費すると無駄遣いと何ら変わりないからだ。


 と、いうか本当この街貴族多いな。

 一つの地域に大量に貴族がいるというのは何処か違和感がある。


 さすが異世界クオリティ。


 それにしても、と本当に思う。

 無駄だということはわかっている。

 簡単にできることなら誰もがしていることは知っている。



 ただ、俺はそれを叶えられるのなら叶えたい。


 俺はひたすら台車を押しながら、こう嘯く。



「働かずにご飯が食べたいなぁ……」




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