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冒険者ギルドまでくると既に周りには人だかりができていた。
うまく人混みをくぐり抜けて最前列まで躍り出る。
人だかりの中心部には五人のむさ苦しい男達と、一人の少女がいた。
全く状況が読めない。
男達の中から一際でかい存在感とともに態度もデカそうなみるからに強そうなスキンヘッドの一人が前に出てくる。
「悪いが魔法使いの嬢ちゃん、俺の仲間を怪我させた礼はきっちり返させてもらうぜ」
それを聞いて女の子の方を見れば確かにいかにも魔法使いな服装をしていた。
金の花刺繍が入った赤いローブに赤い魔女帽。
このままでも充分それっぽいがこれに加えてもし、古臭い杖でも持っていたのならば誰がどう見ても魔法使いだろう。
淡い水色をしたショートカットと黒い瞳が目深にかぶった魔女帽の隙間から覗いている。
目線は伏し目がちで相手を直視できていないようだった。
「よくもファーストをやってくれたな!」
「俺達の流れに逆らったのがお前の運の尽きだ!」
「ダッシュさんにこってり絞ってもらえ!」
前に出たスキンヘッドの口上で勢いと気迫にノリにのった後ろの男四人組が口々に囃し立てる。
流れが途中からきたのでさっぱり分からない。
か弱い少女に柄の悪い冒険者がケチをつけている、といったところだろうか。
もしかすると柄の悪い少女に仲間意識の高い正義漢が制裁しようとしている場面かもしれないが、それは非現実的だ。
この世界において口が悪く、見た目がアレっぽい人たちはどんな場面でも悪役なのが定番である。
ここまでであんな可愛い要素を取り揃えた少女が悪者だとか一瞬でもその可能性を考えてしまった奴は万死に値するレベルの屑だ。
……ああ、俺もか。
──だ、だってあなた達がしつこいから……
魔法使いの子の方は何か言い返しているようだが、いかんせん野次馬が多く何を言っているのか聞き取りづらい。
娯楽の少ないこの世界で日頃命をかけて魔物なんかと戦っている冒険者達が多くたむろしており、かつ休日ゆえに酒が入っている奴も多いためこういう荒事は異常なまでの盛り上がりを見せるのだ。
「ん、あの先頭のやつってもしかして最近名前を上げてきているBランク冒険者の『倍速』か?」
「ん? ああよくみたらそうだな」
横で喋っていた成り行きを知っていそうな野次馬二人組が会話していたので聞き耳を立てる。
ちなみに彼らが言っている『倍速』とはおそらく二つ名のことだろう。
冒険者として活躍するためにはもちろん実力も必要だが、基本的には冒険者ギルドを通した依頼のような形になっているので依頼主に自分の名前を知っておいてもらえば指名依頼なんかがくることもあり、効率良く稼げるのだ。
長ったらしかったり、野暮ったかったりキラキラしている本名よりも覚えやすい二つ名がギルドの方でつけられることが冒険者では多い。
依頼が増えれば仲介しているギルドも儲かるからだ。
まあ、他の冒険者から一目おかれたくて自分で付ける奴も多いが。
ともかく二つ名が知られているということは中々に活躍しているということの証拠でもあるのだ。
「『倍速』のB・ダッシュはこの前、鋼鉄亀とダッシュアタック勝負して押し勝ったって聞いたぜ」
「うわ、化け物かよ。ってことはあの三人組はダッシュのパーティメンバーのCランク冒険者達か」
「ああ『左利き』のサードに『剛健』のフォース、『嗚呼』のシックスス、ナインスス兄弟だ」
鋼鉄亀とは甲羅が鋼鉄でできている人ぐらいの大きさの亀だ。
甲羅から鍛治で作れる装備の素材の鋼鉄がとれるので、そこそこに需要があり中堅冒険者パーティがよく獲物として選ぶ魔物だ。
ちなみに良くも悪くもたかが亀なのに中堅が狩るのは、甲羅が硬いので鋼鉄製以下の武器でないと攻撃のダメージが通らずそこまでの装備を揃えるのは初心者では難しく、上級者ではあまり換金報酬がおいしくないからだ。
俺が懇意にしている情報屋のヴィーラは罠をしかけて生け捕りにして亀鍋をおすそ分けしてくれたが。
ああいう頭の使い方は脳筋が多い冒険者ではなかなかできないに違いない。
獲物=即殺すもの、という方程式があいつらの頭の中では成り立っているからな。
「よくみたら隅でのびてるのもダッシュのパーティの『湧水』のファーストだな」
確かによくみると後ろにいた三人の男達の後方に一人気絶しているなぜか水ぶくれだらけの男が壁にもたれかからせられていた。
「ダッシュさん! 呼んできました!」
野次馬二人組の会話を聞くのに夢中になっている間に状況が変わったようだ。
スキンヘッドの仲間っぽい男が銀色の鉄鎧装備に身を固めた騎士を一人連れて走って戻ってくる。
ん? よくみたらユリカじゃないか。あいつなにやってんだ?
「おう、ご苦労だったな。それにしても結構早かったな」
『倍速』が労う。
「ええ、たまたま騎士団の詰め所に向かっている途中で買い食いしているのを見かけたもんで」
アイツ、本当なにやってるんだよ。
仮にも公務中だろ。
「よし、これでもう言い逃れはできないぜ。ここまでお膳立てしたんだ、もちろん決闘受けてくれるよなぁ?」
『倍速』がそういうと、嘲笑混じりの声で後ろの男達が盛り上がる。
ここで俺は彼等がやろうとしていることがようやく理解できた。
いくら口喧嘩レベルの諍いといっても女性に暴力を一方的に振るったとなれば冒険者として外聞が悪い。
しかし、『決闘』なら話は別だ。
決闘とは、騎士を証人に立て正当な手段として戦い武力によって場を収めるものだ。
言い換えると気の赴くままに報復できるチャンスと言ったところだ。
「いくらCランクを一人気絶させたと言ってもおそらく不意打ちだろうし、これは勝負あったな」
「ああ、あの魔法使いも『倍速』には敵わないだろうな」
どうやら、先に魔法使いの子が一人のしていたらしい。
その汚名返上と憂さ晴らしもかねて、といったところだろう。
ユリカが双方に決闘の意志を尋ねる。
両方とも頷きを持って肯定とした。
まあ、そうなるだろうな。
冒険者とは先ほども行ったがある程度は実力と信用も大事なのである。いくら魔法使いの方が傍目からみて劣勢といえども、受けないと何を言いふらされるか分からないゆえに決闘を受けることが多いのだ。
ちなみに決闘場だとかVRバトルフィールドだとか便利なものは存在しないので、大抵は広い不特定の場所で行われることになるのだが周囲の施設なんかに危害を加えた場合は決闘に負けた方が賠償責任などを負う。地味にシビアなのだ。
半ベソで口に食べ残しをつけているユリカはお目当てのものを食べかけだったのだろうか。
ユリカが合図を行い、決闘は開始された。
「ダッシュアタック!!」
開始と同時に『倍速』が吼え、猛スピードで魔法使いの子に向かって突進し始める。
ヤバイ、すっごい気持ち悪い。
傍目からみても大質量体であるむさ苦しいおっさんが走って寄って来るのだ。
気持ち悪いというか怖い。
それは魔法使いの少女も同じだったみたいで伏し目がちだったのがびっくりしたのか後ずさりしながらも目を見開きしっかりと『倍速』のおっさんの姿を捉えていた。
「いっけー! アニキ!」
「決まった! ダッシュさん最強の必殺技“倍ダッシュアタック”だ!」
後ろの男達が今までにないレベルで盛り上がりを見せる。
野次馬達もあるものは勝負の結果を確信し、あるものは接敵する瞬間を見逃すまいと固唾を飲んで見守っている。
瞬間。
おっさんが爆ぜた。
いや、爆ぜたというよりも一瞬にして火だるまになったという方が正しいか。
見ていた誰もが状況を理解できないままでいる間に爆発の衝撃で方向が逸れたのか『倍速』のおっさんは、魔法使いの子の横を通り過ぎ冒険者ギルドの目の前の広場を挟んで向かい側にある呑み屋に頭から突っ込んで行った。
おそらくは酒が入っていたであろう瓶の割れる音が奥から響いたと同時に、なかなかの老舗であっただろう依頼帰りの冒険者をお得意さんにしていた呑み屋が爆発した。
引火したのかどうかは分からないが、単純にこの世のものとは思えない断末魔が辺りに響いた。
この中で一番最初に正気を取り戻したのが『倍速』のパーティメンバーだったのは不幸なのかどうか分からない。
「ダッシュさん!」
「よくも……アニキを!」
「捻り潰してやる!」
全員で一斉に爆発した呑み屋の方を見ていて完全に後ろがガラ空きの魔法使いの子に向かって飛びかかる。
魔法使いの子がそれに気づいて後ろを振り向いた瞬間。
『倍速』パーティメンバー達は一斉に体のどこかしらに火がつき、そこから火だるまになってあるものは頭から、あるものは背中から飛びかかった勢いのままに地面に叩きつけられる。
場がしばしの静寂に包まれた後、最初に口を開いたのはさっき俺が盗み聞きしていた二人組だった。
「お、おいもしかしてあの魔法使いって……」
「間違いない……。Sランク冒険者の『火付け』だ!」
おい、まじかよ……、Sランク冒険者だってよ……、と言った声が野次馬の中で広がる。
そこでに我に返ったユリカが魔法使いの子の決闘においての勝利を言い渡し、火だるまになった男達に冒険者ギルドの職員たちと一緒に水をかけて消火活動を行い、時を同じくとして『倍速』の回収にも向かっていった。
彼らも荒くれ者とはいえ、立派なギルド員であり冒険者ギルドの庇護を受ける立場だ。最低限の治療を行い復帰可能レベルには治療するのだろう。おそらく、薬代と呑み屋の賠償で彼らの実質的な収入は大幅に減額されるが。
ギルド員が何かやらかして即座の対処ができない場合肩代わりするのはギルド側である。
彼らは未来永劫こき使われることになるのだろう。
決闘が収束したのを察して野次馬達も手伝うか立ち去り始めた。
辺りを見回すと魔法使いの子の姿がない。早々に立ち去ったのか。
Sランクだなんて肩書きを持つ別次元の存在である彼女に俺もこれ以上興味をよせる気もなく、ユリカと話をするためにユリカの手伝いにいくことにしたのだった。