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異世界からの恋

異世界からの恋 ~ ある師匠と弟子のお話 ~

作者: 葉室 笑

「私が異世界に置いてきた(はずの)恋について」「異世界で彼女といい感じだったのに、日本に戻ったら実は教え子だった件」と同じシリーズのお話です。

「異世界からの恋」というシリーズタイトルでまとめました。


シリーズを順番に読んでいただかないと、話がよく分からないと思います。

今回のお話は、主人公の女の子視点ですが、他の人が同じ異世界での体験を話している部分が長いので、そういう感じのタイトルになっています。

 学校で、教師せんせいと生徒が二人きりで話をするのって、結構難しい。


 教師せんせいの方が呼び出して、面談室とかそれ用の部屋を使うんであれば話は別なんだろうけど。オフィス・ラブならぬスクール・ラブのために、そんな真似ができるはずもない。

 生徒から押しかけて話をするとなると。授業の質問か、世間話とかじゃなければ、いろいろと噂になるのは間違いない。と思う。

 これだけ人がいるのに、人目につかないなんて、無理無理ムリムリ!


 あっちの世界だったらなぁ。二人きりで会っていても、人目をはばかる必要もなかったのになぁ、とついつい思ってしまう。


 シーヴァーー椎葉先生と知り合ったのは、実は異世界でだった。

 異世界トリップなんて、電波な発言に聞こえるので、大っぴらには話せないけれど、本当のことだ。

 あちらの世界での出会いは、この世界から異世界に落ちた「落ち人」同士としてではなく、薬師のおじいちゃんの孫娘と、腕のいい傭兵としてだった。


 シーヴァが日本人、それも自分が通う予定だった高校の先生だなんて知らなくて。異世界からこちらに戻るときには、もう会えない覚悟をしていたはずなのに。


 ーーいっそ、まったく会えないなら、いつか忘れられたのかな?

 でも、顔を見てしまうから。声を聞いてしまうから。

 大勢の生徒の一人じゃなく、ちゃんとこっちを見て欲しいって。以前みたいにおしゃべりしたり、笑いあったりしたいって。繋いだ手のぬくもりが恋しいって……思ってしまう。


 自分でも勝手だと思うけど。……ほんとは、全然思い切れてなんていなかったんだってわかる。



 この前、ちょっとだけ、二人きりになれたことがあった。


 日直の仕事で、課題のプリントを集めて持って行ったときだったんだけど。

 社会科準備室って、椎葉先生以外の先生は使っていないし。そこに届けに行くってことは、先生ももしかして、二人きりで会いたいとか思ってくれてるのかもと、どきどきしながら行ったんだけど。

 先生は、ずっと机に向かって仕事していて。

「ごくろうさん、阿比留あびる。そこに置いていっていいぞ」

 ねぎらいつつ、本棚にもなっているカウンターを指さしただけで、ほとんどこっちも見ないでいるから。つい。


「はい、先生! 質問があります」ぴしっと挙手すると。

「ん? なんだ? 今日の授業のことか?」

 先生が赤ペンを置いて、こちらに笑顔を向ける。けどなんか、微妙に視線がずれているような? むむむ。


「ついこの前まで、会うと必ずハグしたりキスしたりしてくれてた彼が、最近目も合わせてくれなくなったんです。これってやっぱ、飽きられたんでしょうか?」

 棒読みの質問口調で言うと、先生が頭をごん、と机にぶつけていた。……痛そう。


    *  *  *  *


「で? その話に僕はどうコメントすればいいのかな。それとも、聞き流すだけでいいの?」

「うえっ?」

 入谷先輩の、いきなりの直球に、私はその場であやうく撃墜されかけた。


 ……私だって、知り合って間もない、それも男の先輩に話すことじゃないって、分かってはいる。

 裏庭の、校舎から完全死角になる銅像の裏とか、明らかに人目を避けた先輩の”くつろぎスペース”に押しかけての相談も、多分イマイチなんだと思う。ここって一応、(私には効かないけど)人避けの術とかもかけてあるし。


 でも、他に話せる人がいるわけでもないから。


 だって異世界ネタとか、夏葉相手にだって、話すの抵抗あるんだもん。

 先生のこととか、相談できる相手は、同じ異世界に落ちて、こっちに戻ってきた人ーー入谷先輩しかいなかった。

 叡智の塔の長にして、界渡りの魔術師、イリヤ・シン=リィ。

 あちらの世界で会った時には、けっこう歳がいってたはずだけど。体の時間が、見事に巻き戻っている。雰囲気は落ち着きすぎだけど、一応高校生にしか見えないのは、ある意味感心する。


「ああ、悪い。今のは別に皮肉ではなくって、本当にわからないんだ」先輩は困った様子で言うと。ベンチに座ったまま少し端にずれて、隣に空いたスペースに座るよう勧めてくれる。

 どうでもいいけど、なんで銅像の裏にベンチがあるんだろう?

 それに、校舎からベンチが隠れるくらい銅像が大きいって、縮尺がおかしい気がするんだけど? ーーって、本当にどうでもいいので、勧められるまま腰掛けた。


「女性の相談ごとは、解決策じゃなくてただ共感を求めているだけのことが多いって聞いてたけど、どちらなのかが判断できなくてね」先輩は、少し戸惑った口調のまま。「向こうの世界ではそれなりに世慣れていたつもりだけど、こっちでは長いこと、まともな人付き合いもできない問題児だったんだ」

「? そうなんですか?」

「そうなんだ。根拠のない万能感で、他人を見下す嫌な野郎だった。異世界に飛ばされた後も、誰にも頼れずに死にかけて。師匠に拾われて、性格込みで叩き直されて。今の僕があるんだ」

 その師匠というのもやはり落ち人で、界渡りの魔術師。叡智の塔という組織を事実上作り上げた、先代の長だったのだそうだ。


「女性の相談ごとは、共感のこもった相槌とともに、聞き流すに限る。それがわかるまで、師匠もこっちにいた頃は、苦労していたらしい。女の子同士の阿吽の呼吸がわからないと、輪から弾かれてしまうからね」

「師匠って、女の人だったんですか?」

「そう。でも、すっきりきっぱりしているというか……まあ、その時の周りの女の子とは合わなかったんだろうね。でも、その日々があったから、たった一人の最高の親友ができた。だから、それでよかったんだとも言っていた」

 そう言って、何かの記憶を追うように、しばらく視線をさまよわせて。


「もしも、僕に共感ではなく何等かのアドバイスを求めているんなら、言えるのは、もったいないってことだね」

「? もったいない、って……?」

「大切な人と一緒にいられる時間は、案外短い。君たちはそのことを知るべきだと思う」

 --そうして、先輩は私に話してくれた。先輩が師匠と呼ぶ女性と過ごした日々と。それがあまりも突然に、断ち切られてしまった時のことを。



「師匠があっちの世界に落ちた時、一人じゃなかったんだ。親友の、もう一人の女の子も一緒だった。そのもう一人というのが、初代の炎獄の魔女だったんだ」

 力ある魔女となったがゆえに、権力者に囚われ、枷を付けられた悲劇の女性。

 彼女を救い出し、一緒に元の世界に戻ることを、師匠は決してあきらめなかった。

 組織として塔をまとめ、権威を高める取り組みも、界渡りの術の改良も、すべてはその目的のため。

 異世界の時間では、彼よりも何年も前の時間に落ちていた彼女は、あちらでは彼より年上で、最初はコワいばかりの師匠だった。でも、長く一緒にいて、その強さと弱さ、そして悲しみを知ってーーいつしか、愛しいと思うようになっていた。


「あちらでは、長くは一緒に居られないとわかってはいたんだ。できるだけ早くに親友を解放して、一緒に帰るのが師匠の目的だったし。僕の方は、次の界渡りの魔術師を育てないことには帰れないからね。適性のある弟子は多くはなかったし、全員がものになるというものでもないしね。だから、覚悟はしていた。だけどーーまさか、あんな事態が待っているとはね」


 ーー暗殺なんて、ね。と彼は暗い目でつぶやいた。

 この平和な国で生まれ育ってみると、ドラマの中にしか登場しないことが、あちらでは日常で。実際、師匠は覚悟して対策も取っていたのだという。ただ、それが追いつかなかっただけで。

 あまりにも早く、彼の手の中から奪われてしまった、ただ一人の愛しい人。


「死にかけた師匠を、界渡りの術で強引にこっちへ送った。術が発動すれば、体の時間が戻って、致命傷も無かったことになるはずだから。もう、それ以外の術では回復できない状態にまでなっていた。師匠は最後まで、親友と一緒に戻るんだって頑張ってたけど。 師匠の親友は、僕が必ず日本ここに、師匠を送った先と同じ時間と場所に送り届けると約束した。

 成功したはずだ、と思っている。でも、瀕死の相手に術を使ったことなんてなかったし。時々不安でたまらなくなる。すべてのことわりを曲げてでも、師匠を送った先の時間と空間に駆けつけて、無事を確認したいと、何度願ったかわからない」


 先輩の表情に、深い苦悩の跡を見て、思わず言葉を失う。


「師匠を送ってから、その親友ともを解放できるまでに、何年もかかった。国と交渉できるまでに年数がかかったし、死んだと思わせるための裏工作やら、何やらでね。

 でも、やり遂げたから。後は、師匠に会える日をーー二人が日本ここで再会できる日を待つだけだから。

 分かっているけど。でも……正直、つらいよ。理屈なんかとび超えて、たまらなく彼女に会いたくなる」


「えっと……会えないんですか? こっちの世界には送ったんですよね?」

「そう。師匠があっちに落ちたのと、同じ日の同じ時間にね。ただ、その日というのが、今から四年と十か月と三日ほど未来さきになるんだ」

「え?」

 --えええぇぇっ!


  *  *  *  *


 先輩が異世界に落ちたのが今から二年前。

 で、あっちの時間にはそれより何年も前に落ちていたはずのお師匠様が、こっちの世界から落ちたのは、今から五年くらい未来? それって、どういうーー?

 何だか頭がくらくらしそう。


 その後は、何だか気まずいままで、私はそそくさと立ち去った。


 さすがに、好きな人と何年も会えずにいて、これから先も何年も待たなくちゃならない人に、”彼氏が最近つれなくて”レベルの相談をこれ以上するのは、ヒトとしてどうかと思うし。


 家に帰って、部屋一人で、先輩から聞いたことを思い出してーーいろいろと、考えてしまった。


 明日は今日の続きではない。

 たとえば、不意に見も知らぬ異世界に落ちてしまうみたいに。全然予想もつかないような、断裂が訪れたりすることもあるんだと、私はもう知っている。


 もしも。もしも明日世界が終わっても。

 私は後悔せずにいられると。今、そう思うことができているんだろうか?


ちなみに。

玲奈が入谷先輩と再会したのは、銅像付近にかけられた人避けの術がきっかけでした。

自分がいた異世界と同系統の術式を自分が通う高校で見つけて。何だろうと寄っていったら、あらびっくり、でした。

椎葉先生が二人が一緒にいるのを目撃したのは、この再会の後、玲奈が”椎葉先生は先輩の正体に気付いてるんですか?”という趣旨の質問をした辺りのタイミングでした。


そして、関心がある方はいらっしゃらないかもしれませんが、一応。

銅像に関しては、私が通っていた大学にいくつかあった銅像の一つがモデルになっています。本当に銅像の裏に、ベンチが置いてありました。この銅像は、正面以外の三方をブロック塀に囲まれていたので、どこから見ても死角になる位置に、唐突にベンチが置かれている形になり、アンバランスというか、妙な感じでした。


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― 新着の感想 ―
[一言] つーか異世界の上等な機関とか、優れたものとか大体落とし人が絡んでますね。何やってんだよ現地人。無能揃いか。
[一言] 続き書かれていたんですね、気付いて読ませていただきました。 入谷先輩は異世界でかなり歳喰ってましたから、4年少々の待ち時間など「あっ!」っというまでしょうね。 人間、月日の感覚は人生の何分…
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