名探偵藤崎誠の事件簿ー警視庁編
警視庁25階の会議室、警察幹部のキャリア官僚が集められ、
みな深刻な面持ちで会議が始まるのを待っていた。
202X年の事である。
国家財政は悪化の一途をたどっていた。
国立大学は今や完全独立採算制となり、その波は警視庁にも及んでいた。
今日のテーマは財源確保について今後どうするかだった。
「交通違反の罰金をもっと強化したらいいんじゃないですか」
入庁して2年の小太りの男が発言した。
階級は警部、ノンキャリアなら20年経っても中々なれない階級である。
「罰金は国庫に入る。
まあ、罰金が多ければ、多少予算が増額されるけどな」
プロジェクト責任者の警視正が応えた。
「コストカットで、人件費を抑えるしかないですね」
眼鏡の男が腕を組んで言った。
「馬鹿なことを言うな」
警視正は怒鳴った
眼鏡の男はキョットンとした。
「人件費で問題になっているのは、我々だぞ。
この頃ではキャリア制度不用説も出始めている」
一同は静まり返り、下を向いた。
「店や企業に警察官を立ち寄らせ、
警備費用を徴収したらいいと思います」
小太りの男が手を上げた。
「警備会社じゃないぞ。
それに夜の店だったら、ヤクザと一緒だ!」
警視正はさらに大きな声で怒鳴った。
「お前、意見はないのか」
一番奥に座る男が立ち上がった。
シャープな顎を持ち、目つきが鋭い男だった。
「犯罪検挙のコストを下げるべきです」
「具体的には」
警視正は期待していないようだ。
「捜査を困難にしているのは黙秘権です。
黙秘権を行使されると裏取りするのに手間が数倍かかります」
「黙秘権を無くすことなんかできないだろう」
「国民に選択させるのです。
黙秘権の権限を抑えることで検挙率を上げ、捜査コストを下げるか、
それとも、現状のまま人権を配慮するならコストがかけるかを」
「いい考えだな。
実際、英国では黙秘権を使うと裁判の心証が悪くなるという。
一考の価値があるな」
警視正は満足げに微笑んだ。
その後、有用な意見は出なかった。
「おい顎、他に意見はないか」
警視正はシャープな顎の男を指差した。
「面白い友人がいます。
彼の意見を聞いてみたらどうでしょう」
警視正は露骨に嫌な顔をした。
「どこの馬の骨とも分からん奴に…」
「彼は元キャリア官僚です」
「そうか。じゃあ今電話してみろ」
警視正はキャリアと聞いて態度を一変させた。
シャープな顎の男はスマホを耳にあてた。
「藤崎、暇だろ。
ちょっと頼みがある」
『なんだ、お前か。
また面倒な事だろ。
それにどうせ報酬はでないんだろう?』
「お前にはまだ貸しがあるだろう」
『しょうがないなあ。
名探偵にお任せあれ』
シャープな顎の男は藤崎に事情を説明した。
しかし、今会議中であることを話さなかった。
『今から「相棒」を見てみろ。「MOZU」でもいい』
藤崎は考え込む間もなく、すぐに答えた。
「『相棒』?刑事ドラマか?」
『ああそうだ。見たら、分かる。
分からなかったら、電話しろ。
一時間後にな』
「おい、ちょっと待て」
電話は既に切られていた。
「どうしますか。
『相棒』を見ろと言っていますが」
「しょうがない。
休憩がてら見てみよう。
DVDを持って来い」
なぜか警視庁には相棒のDVDがそろっていた。
二人の刑事が登場する。
ほのほほんとした日常のやり取りで始まる。
事件が起こる。
殺人事件だ。
二人が現場に到着する。
邪険にされる。
しかし、杉下が連続殺人と見抜く。
現場に緊張が走る。
「お~」
会議室でモニタを見ていた官僚たちが一斉に声を上がった。
警視庁の建物が移されたのだ。
刑事ドラマは臨場感を出すため、
よく警視庁の建物を映す。
捜査本部が設置され、捜査会議が始める。
刑事たちが捜査を始める。
二人は独自に犯人の手掛かりを見つける。
杉下が犯人に心の叫びを上げる。
小料理屋で話が終わる。
「これのどこがヒントだ?
時間を潰しただけだ」
警視正はシャープな顎の男の方を見ていた。
「分かりました」
小太りの男が発言した。
「ドラマの監修や実際の事件に即したドラマの脚本を作って、
収入を上げろということではないでしょうか?」
「警察は、個人情報保護の点で基本的に情報非公開だ。
そんなドラマ作れないだろう。
おい顎、電話してみろ」
『分かっただろう』
藤崎の第一声だった。
「ああ」
シャープな顎の男は口ごもった。
実は、よく分かっていなかった。
でも、ありきたりなドラマの監修とは言えなかった。
『お前が一番良かったと思ったのはやっぱりあれだろう。
警視庁が映った場面!』
「ああ、そうだ」
彼も他の官僚同様に声を漏らしていた。
「それがどうした」
『まだ、分からないのか。
それが答えだ』
シャープな顎の男は顔をしかめた。
「警視庁の映像使用料を取るのか?」
『そんなの取れるわけないだろう』
「じゃあ、どうするんだ?」
『スポンサーの看板を立てるんだ。
そうすれば年間数億の利益になるだろう』
「…」
「建物の壁面だけじゃなく、屋上にもな。
よく空撮も使われるからな』
「ははは、面白いな」
シャープな顎の男は警視正に目をやった。
『冗談だよ。
何個か方法がある。
基本は特許を取ることだ』
「特許?」
藤崎は具体的なアイデアを説明した。
一つ目は、防犯システムを企業と共同開発し、
特許権を共同取得することだった。
防犯カメラの映像認識において、警視庁が持つノウハウや情報を基に、
不審者や犯罪者を割出し、マークするシステムを開発するべきだという。
またその情報を交番勤務の警察官に即座に通報する携帯端末の開発も必要だと説いた。
二つはDNAパスの提言だった。
シャープな顎の男は、無理だと、即座にダメ出しした。
利点があれば国民は受け入れると藤崎は反論した。
藤崎はDNAパスの詳細な説明を始めた。
DNAパスとは、言葉通り、人間のDNA情報を登録したICカードだった。
使用する最大のターゲットは空港だ。
電車の改札のように入出国できれば利用する人もいるだろう。
それにカジノにも利用できる。
そのシステムは、タブレットに手置くとリアルタイムにDNA検査ができ、
DNAパスと情報が一致するか比較するというものだった。
リアルタイムでDNAを検査することは困難だが、だから特許になると藤崎は言った、
それに絶対に漏らしてはいけないDNA情報のセキュリティも特許になるということだった。
それから藤崎は嫌な予言もした。
これからテロが起こる、と。
リニアでも新幹線でも手荷物検査が必要な時代が来ると。
『あとは資料を送っておいたから』
藤崎はそう言って電話を切った。
シャープな顎の男はノートPCでメールを確認した。
A4十数ページの詳細な資料が添付されていた。
ニヤリとした。
DVDを見ている間に資料を作ってくれたのだと初めて理解した。
1時間弱でここまでの資料。
彼は窓越しに遠くの空を見た。
その方向に『名探偵藤崎誠事務所』があるのだった。
「興味深い内容だな」
警視正は唸った。
「警視庁の利益だけでなく、犯罪予防の観点も優れている。
それに将来の日本の産業発展も望める。
システムをまるごと輸出できそうだ。
よしこれをベースに検討しろ。
今日はこれで解散」
警視正も国のことを第一に考える熱い人物だった。
官僚たちは立ち上がり、警視正に礼をした。
警視正は会議室の奥の方に歩き出した。
「確かに面白い男だな」
警視正はシャープな顎の男に声をかけた。
「自ら名探偵と名乗る男ですから」
彼は藤崎の名刺を警視正に渡した。
警視正は名刺を顔に近づける。
『名探偵藤崎誠』
ニヤリとした。
「じゃあ、今度事件の解決でも依頼しようか」
「そうなれば彼はこう言うでしょう」
シャープな顎の男は微笑んだ。
「名探偵にお任せあれ」と。