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店は広すぎず狭すぎず、二人で経営していくには充分なスペース。元々空き家だったのものを、わたしたちが利用することになった。住宅も兼ねているため、二階建てだ。以前この家も店を経営していたから、一階に店と倉庫と調理場がある。二階に二人部屋と一人部屋が一部屋ずつ、お手洗いと風呂、それから、狭いけれどキッチンも兼ねたリビング。
開業してまだ二ヶ月目、一日十五人ほどくればいい方だと思っていたけれど、予想を裏切ってお客さんの来店数は倍近くだ。
店頭には菓子の他に紅茶の茶葉と、コーヒー、それと雑貨をそれぞれごく僅か並べてある。それらもたまに売れるから、今後の目標は菓子以外の売り上げもあげることだ。まったく売り上げがないわけではないから、上手くやれたらロメリアさんに頼まれたカラメルの入荷も夢じゃない……とは思う。あくまで上手くいったら、の話。
わたしたちの店、「リューコ・ディオーネ」は午前十時に開店し午後六時に閉店する。その後は片付けと翌日分の準備をして、モミジと夕飯を取って、寝支度をしてやっと一日が終わる。ちなみに、その日余った商品は捨ててしまうか、その日か翌日に食べきってしまうことも多い。初めこそご近所におすそ分けしたけれど、衛生面などを考慮してやめてしまった。
「ふあー、今日も疲れたあ」
間延びした声で、赤銅色の髪をなびかせベッドにダイブしたのはモミジ。わたしは風呂上がりで、乾かした髪にくしを通しているところ。
鏡越しに見える妹に「そういえば、今日もロメリアさん来たよ」と知らせる。
「ロメリアさん!? いいなあ、あたしも会いたかったなあ」
体を起こし目を輝かせる妹。ロメリアさんに懐いてるもんなあ。親しみやすい人だと思うし、年もそう変わらない。……あ、そういえば今日敬語いらないって言われたなあ。ついそれを使ってしまうのは、初めて会った時は二、三ほど年上だと思っていたからで、さほど変わらないと知ったのはつい最近の話だ。そのせいか、癖が今も抜けない。ちなみにモミジは今ではすっかり彼女に対して敬語は抜けて、仕事中でもタメ口だった。
「あんた、いつもタイミング合わないもんね。茶葉のカラメルが今度ほしいって言ってたよ。あと、あんたによろしく、って」
「今度は呼んでよね、カエデ姉さん。……ところで、そっか、カラメルかあ。あたし飲んだことないなあ」
「まあ、ロメリアさんが言うんだから美味しいんでしょ」
「そうだよね! 再来月くらいには入荷できるといいんだけど」
くしをしまい、わたしもベッドに入る。
少しの間聞こうとラジオをつけると、ちょうど地元情報を知らせる番組が放送されていた。
妹とともに耳を傾けていると、心に影を落とす情報が入ってきた。
――先日、魔物の駆除を申請したそうだ。最近、街周辺で餓狼という魔物を数体見かけるようになったらしい。
「が、餓狼……この辺大丈夫かなあ、もし街に入ってこられちゃったらどうしよう……」
モミジが眉尻を下げ、不安げな声をもらす。そんな妹に、わたしは「そういうことにならないためにお願いしたんだから、きっと大丈夫よ」としか言えなかった。ここミリアの街は、ぐるりと高さ五メートルの塀に囲まれているから。
餓狼は全長が最大で百八十センチにもなる狼で、非常に食欲旺盛。そして腰周りが細いため、まるで飢えているように見える。それが餓狼と呼ばれる所以だ。彼らは通常五、六匹の群れをなし、テリトリーを持たないため常に移動している獣だ。
餓狼を含む魔物は体が大きく気性が荒いものばかりなため、発見次第駆除されるのが普通だ。ただ強靭な力を持つ獰猛な生き物をわたしたちで対処しようとしたところで、限界は知れている。対処しきれないのなら、根本から鍛え方の違うプロに頼んだ方が確実だ。だから、魔物が街周辺に姿を見せるようになったら駆除を申請する。被害は最低限に抑え、不安となる種を取り除いてもらうことが、街の人にとって何よりありがたいことだから。
「魔物が街に侵入してくることなんてそうそうないらしいし、もしもの時は街のひとも尽くしてくれるはず……。それに、そうならないために専門家に頼んだんだから。もう少し、安心してていいと思う……」
「……うん」
わたしだって、もしものことを想像すると怖くて仕方ないけど。大丈夫だと思うしかない気がする。
さて、そろそろ寝るよ、と一声かけてからラジオの電源を切り、電気を消す。暗くなった部屋の中でおやすみと挨拶を交わし、まぶたを閉じる。
——魔法でも使えたら、なにかが違ったんだろうか。
沈みゆく意識の中、ふとそんな考えが浮かんできた。迷信に聞く、絵本や小説にも登場するそれ。学校でもその名を聞いたけれど、習わなかったと言っても過言ではなかった。過去には魔法があったようだがそれと確信できるものは残っておらず、確証を持てないため信憑性はないと——そう聞いただけだった。だから、見たことは一度もない。もしもそれが本当にあって使えたなら、誰かのために使えるのだろうか。